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(高三、引退後)
(付き合ってるふたりのお話)
(R-15風味)


夏が終わり、あっという間に秋になった。もうすぐ年末年始だねって言葉が挨拶になりつつある、11月初旬のこと。私は、南朋くんのお家にお邪魔していた。お互い早々にAO入試で希望の大学には合格していたから受験勉強っていうよりは、ちょっと早すぎるけど期末テストの勉強のため……といいつつ、なんとなくそれは口実。
つい数日前。
「満と一緒に過ごしたいんだ」って南朋くんが私の頬をするりと撫でながら、相変わらずの直球でそう言ったから。私はやっぱり頷くしかなくて。でも別に嫌なわけじゃないの。恥ずかしいだけ。

「お邪魔、します…」
「まだ緊張するの?」
「うん、ちょっとね」

南朋くんのお父さんお母さんにご挨拶してから、一階にある南朋くんの自室へ。彼の部屋にお邪魔するのは三度目なんだけど、やっぱりドキドキ、心臓の鼓動が少し早くなる。南朋くんはそんな私の様子にクスッと笑った。
男の子の部屋にしてはきっと綺麗な方なんだと思う。部屋の隅に置かれた棚の上に、大事に飾ってある野球のグローブに白球。それから鵜久森のみんなで撮った写真。それだけで南朋くんにとってどれだけ野球が、鵜久森が、大事だったかっていうことを実感させられる。

コートを脱いでいると、南朋くんのおかあさんが紅茶を持ってきてくれた。それを有難く頂戴して、ふたりで少しゆったりとした時間を過ごす。いつ切り出そうかって思ったけど、なんとなく先延ばしすることでもないかなと思って私は紅茶を一口飲んでから、唇を開いた。

「南朋くんお誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「これ、プレゼント。あとね、シュークリームも作ってきたの」

家から持ってきた紙袋を南朋くんに手渡す。南朋くんはそれを受け取って笑顔だ。「食べてもいい?」という言葉に頷いて、ふたりでさっそくシュークリームを食べることになった。

「美味しい」
「本当?」
「本当だよ、いつも言ってるけど」

疑うわけじゃないけど、相手に伺ってしまうのは最早私の癖みたいなものなんだと思う。勿論、それは長い付き合いの南朋くんも承知のことで。だからいつも力強く、私のことを肯定してくれる。それがとても嬉しい。ほんのりと赤く熱くなる頬。俯いてシュークリームをもぐもぐと食べていたら、頭にふっとした温もり。南朋くんの掌が私の頭を撫でる。

「可愛いなぁ」
「……南朋くん、恥ずかしいよ」
「これからもっと恥ずかしいことするのに?」

その言葉を聞いた瞬間、うっ、と言葉に詰まったし、固まった。全身に血が回る感覚。きっと耳まで真っ赤な顔をしているに違いない。

「嘘だよ、冗談」
「…っ、冗談に、聞こえない…」
「まあ、ちょっとは本音。だけどさすがに実家ではね」

肩を竦めて微笑む南朋くん。その言葉に、ああ良かった、って。内心、大きな息を吐いた。引退後から付き合い始めた私たちはーー、まだ『一線』を越えてはいない。高校生のうちはやめておこうねって話し合って決めたことだけど、南朋くんは時折こうして私をからかってくる。
彼が約束を破ることはないだろうってこと、理解しているけれど…それでも南朋くんの眼が熱っぽく私を見つめてくる瞬間を知っているから。ここで私が「いいよ」って頷けばきっと……なんて考えて、頭を振った。やっぱりまだ早い。

シュークリームを食べ終わってから、「満」と南朋くんが優しく私の名前を呼んだ。

「なあに?」
「ベッドに腰かけたいから、ちょっと手伝ってくれる?」
「うん」

車椅子の介助は、南朋くんと出会ってから随分と慣れた。基本的になんでも自分でこなしてしまう南朋くんだけど、こういう座り替えとかはどうしてもひとりでは難しい。ベッドに手をついて南朋くんは立ち上がり、私は車椅子を後ろへと引く。ベッドに座りなおす南朋くんの横で、私は車椅子を畳んで、定位置と教えてもらった部屋の片隅に置いた。

「満」

南朋くんが、もう一度私の名前を呼んだ。振り返って彼の顔を見れば、視線が交わる。

「おいで」
「……うん…」

手招きされて、私はおずおずと南朋くんの隣に腰を下ろした。ベッドのスプリングが、ギシッと音を立てる。同時に肩に暖かさと重み。自分のものとは少し違うシャンプーの香りが鼻腔を擽った。南朋くんのサラサラした髪が、私の首筋に落ちる。寄りかかってきた南朋くんに対して、どう対応していいか、いつもわからない。だから私はいつもその度にカチコチになるのだ。そうしてそんな姿に南朋くんはやっぱりクスリと笑う。

「緊張してる?」
「…うん…」
「可愛いなぁ」

そう言って、さらりと私の頭を撫でた南朋くんの指先は、ゆっくりと私の耳に触れ、耳朶、顔のライン、顎と通ってーー私の顔が彼の方を見るようにと仕向けた。そして、あっという間に、唇に柔らかい感触。くっついては離れてを繰り返すそれをバードキスって言うんだよって教えてくれたのは優紀ちゃんだ。舌が入りそうになったらとりあえず拒否しなさいって言われたけど今のところそんな心配はない……って思った瞬間、ぬるっとしたものが僅かに開いた隙間から入り込んできたものだから、宙を彷徨っていた指先に思わず力が入る。

「…ん…ッ、ぁ」

口端から漏れた甘い声が私のものじゃないみたいで、やっぱり頬に熱が集まった。

「可愛い」

南朋くんはもうずっと、そればかりだ。耳元で囁かれた言葉に目を伏せる。

「…可愛くないよ」
「可愛いよ。一番可愛い」
「……う〜〜〜…」
「嬉しくない?」
「うれしい、けど…」

でもやっぱり本当に恥ずかしいのだ。そんな私の様子に、南朋くんは「ごめんね」と頭を撫でてから身体を離した。その瞬間、ぽっかりと空いた隣のスペースを途端に寂しいと思ってしまうんだからーー私は大概我儘だ。でもそれすらも南朋くんはきっと理解しているんだと思う。話題を変えるように「プレゼント開けてもいい?」と私の顔を覗き込んで問うた。私はそれに対して頷いて見せる。

「気に入るといいけど…」
「満が選んでくれたものなら、どんなものでも俺は喜ぶって知ってる?」
「…うん、知ってる」
「なら良かった」

きっとこんな私たちのやりとりを梅ちゃん達、野球部のみんなが見たらどう思うんだろうって。一瞬そんな考えが頭をチラリと過ったけど。付き合うことになったって報告した時「まだ付き合ってなかったんだ?」ってガッチャンに呆れられたように、私たちの距離感は友人時代から『バカップル』って揶揄されるほど近かったな、と思い直す。でもそれは私がっていうより…やっぱり南朋くんが私に対してのアプローチが強かったというか…。なんて考えているうちに、南朋くんは私が手渡した紙袋から丁寧に、包装された箱を取り出していた。リボンを解いて、包装紙を解いて。そうして姿を現したプレゼントにーーハッと息を呑む。

「これ…随分高かったんじゃない?」

南朋くんの言葉に、私は曖昧に笑って見せた。値段を聞くなんて、そんなスマートじゃないこと南朋くんはしないと思っていたけれど、たぶんよっぽど驚いたんだと思う。南朋くんが手にした箱の中には、革張りのお財布。大人っぽいデザインのそれ。

「うーん…でも、たぶん、南朋くんが思ってるほどじゃないと思うよ…?」
「そう?」
「うん。ハンドメイド作家さんが作ってくれた一点もの」
「そうなんだ。すごいね、ブランドものみたい」
「そうでしょ!深いボルドーがね、なんだか南朋くんぽいなって思って選んだんだよ」
「トマト色?」
「うん、たぶん」
「ふふっ……ありがとう、満。大事に使うよ」
「うん、そうしてもらえると、嬉しい」

南朋くんはよっぽど嬉しかったらしい。ずーっと私がプレゼントしたお財布を眺めている。私はそんな姿を目に焼き付けるようにただじーっと見つめていた。そうしてゆっくりと開いた口から漏れた想いは、間違いなく私の本音。

「……大学で、離れ離れになっちゃうから。このお財布を使う度に、私のこと思い出してくれたらいいなって…思って…」

尻すぼみになる言葉尻。自分からこんなことを言うのは初めてで、胸がドキドキ、喉もカラカラだ。なんとなく南朋くんの顔が見れなくて俯いて、髪の毛を耳に掛ける。その瞬間、その手を強く掴まれてーーアッという暇もなく、視界に南朋くんの顔。

「ぁンンん…ッ!!」
「ん…」

さっき交わしたものよりも数倍激しくて熱っぽい口づけ。南朋くんの舌が私の舌を絡めとる。南朋くん駄目だよって思うのに、頭がぼーっとして身体に力が入らない。そのうち彼の掌が、服の上からゆるゆると胸を揉んだものだからビクッと身体が震えた。こんな風に生々しい行為に発展するのが初めてで、どう反応していいかわからない。恥ずかしい。

「満」

南朋くんが私の耳元で囁く。その時、胸のあたりにあった彼の手は、気づけばスカートの中。指先が下着のラインを撫でて、それから太腿やお尻の素肌に触れた。

「満の誕生日には、満が忘れられない思い出をつくろうね」
「…ぁうううう…」
「約束」

その「約束」が「何」を示しているかなんて、鈍い私でもわかる。だから羞恥心で顔が真っ赤に染まった。そもそも今までの一連の流れだけでも十分恥ずかしいんだよ。これ以上のことが待ち受けてると思うと、溶けてしまいそうになる。

「…でも、最初の、約束…」
「そうなんだけどね。…満があんまりにも可愛いから」

ーー我慢できそうにないんだよ。
その切羽詰まった声に、まだまだ私の肌を撫でる指先に、南朋くんという存在のすべてに。私はやっぱり小さく小さく頷くしかなくて。……きっと、こういうところが『バカップル』なんだろうなって。そう思いながら、今はただ南朋くんに身を任せるために彼の胸に顔を埋めるのだった。

( 2020 / 11 / 8 HAPPY BIRTHDAY NAO ! )