2年ぶりのマウンド。壮絶な野球人生ののちに・・・


2012年春。甲子園のマウンドで両手を広げて喜びを爆発させる16歳の少年がいた。


関西浪速・八幡英幸(現関西大)。

中央球界では無名ではある。


しかし連盟の中で彼の名は轟いていた。


これといった凄みはない。


しかし一つだけ異なる。


「ハート」だ。


この選手の野球人生は波乱万丈だ。




小学校4年生でオール意岐部ボーイズで野球を始めた。


身長は小6で153センチ、中3で164センチ。
決して体格には恵まれなかった。




「大きいやつを見ると燃えた」という闘争心に目を付けた島田監督が「こいつをトップバッターに置こう」と考えた。



非常に気の強い性格。喧嘩は絶えなかった。

「言い合いになれば大体勝っていました」

しかし野球が大好きだった

野球少年がそのまま大きくなっていった。




高校は大阪の名門・上宮太子高校に進学。


しかし入部早々に、ほかの部員とランニング中に激突。


靭帯損傷により退部してしまった。


「野球をやめようと思った唯一のタイミング」と話すほど落ち込んだ。



1週間ほど、痛みの走る左足を引きずりながらバッティングセンターに通った。



するとのちのチームメイトとなる佐東陽一(現関西学院大)の父・建太さんの目に留まる。


「左打者で小柄なのにしっかり振れる。あまり多くないタイプの選手。」そう思った建太さんは八幡をチームに呼び寄せた。



「また野球できるんや」
そう思った八幡は関西浪速へ入部。




想像以上にハードな練習。

「太子よりきついとは思わないけど、相当きつかった」と話すほど。



その中で1年生春からレギュラー。


しかし右手首を骨折してしまう。


監督の森光は骨折しながらもランニングをする八幡を呼び寄せ
「俺はお前をスタメンから外すつもりはない。」ただそれだけ伝えた。


「安心しました。気弱になることはなかったです。」

その言葉に疑いはなく、八幡は1年夏は準々決勝まで3割を超える打率をマーク。


しかし骨折が悪化した準々決勝で痛恨の失策を犯す。
その後気迫の2連続三塁打で追い上げるが惜敗する。


グラウンドには帽子で目元を隠しながらうろたえる八幡がいた。

当時の主将吉本は話す。

「もうこれで夏が終わるかのようにやっていた。僕たちとしては1年生がそういった気持ちで一緒に戦ってくれていることが嬉しかった。」

その強い気持ちを買われ、2年春からエース。

成長した姿を見せていた。





しかしまた試練が訪れる。


投球中に右ひじに違和感を覚えた。

靭帯損傷を起こし、何もできなくなった。


2年夏、ベンチには入れなかった。


チームはまさかの予選初戦敗退。

スタンドで必死に涙をこらえる八幡も、グラウンドから出てくる仲間の方を持つとこらえきれなかった。


「俺が引っ張る」


新チームのミーティングで自ら挙手。



秋の大会、敗者復活ながらも近畿大会で準優勝。




春の大会。記念大会で憧れの甲子園の土を踏んだ。


「やっとここまで来た。」



しかし現実は厳しかった。



1回戦に登板するも、制球が定まらず5回で降板。



準々決勝まで15打数3安打と苦しんだ。


そんな時、ライバルから1本の電話があった


「勝ってるやん!元気出せって!明日は振ったら当たるから。」


そして次の日の試合。

準決勝の盛岡戦。

八幡が先頭打者本塁打でいきなり先制するも、何度も逆転を許し苦しい展開。


9回1点ビハインド、1死2塁で値千金の同点タイムリー。

「負けるわけにはいかなかったんです。」



気持ちが乗り移った一撃だった。




しかし決勝で自らのエラーで延長戦に勝ち越しを許す。


その直後の打席でヘッドスライディングで出塁すると塁上で涙を浮かべる。

「自分のせいで負ける・・・」 主将の責任感からくるものだった。


副主将の佐山は「あのヘッドスライディングで周年に火が付いた」と話すと一気に逆転し、記念大会で初優勝を飾る。


メンバー全員が抱き合いながら、一方では涙を流して喜び合う。



優勝旗を受け取った八幡の目は真っ赤だった。



そのまま浪速は春季大会、夏の大会をぶっちぎりの強さで優勝する。


「春以降は負ける気がしなかった。」




それでも夏の全国決勝で15回に決勝打を放ち、閉会式後の保護者へのあいさつでは言葉に詰まった。



そして次は「プロ野球選手になる」という夢に向かっている。



「大学でもサークルで楽しくやっていた。それでもプロになりたかった。」


ひじの故障、足首の脱臼という大怪我を乗り越えて夢への階段を上る。


「悩みました。自分の体のことも考えて、しっかりやれるのか、全力で走れないくらいならやめておこうと思っていました。むしろ無理だという気持ちのほうが強かったんです。でも2割しかなかったプロへの思いのほうが重かった。」



怪我に泣いた3年間を話してもらったことがある。

その時は野球に対する思いを伝えてくれた。


そしてプロへの挑戦を打ち明けてくれた。


理由を聞くと「家族が、みんなが僕がプロになるところを見たいと言ってくれるから・・・。そのうちは止めたくないんです。親戚に3人男の子がいるんですけど、3人に僕がプロになるのを諦めるところを見せたくなかったんです。だってカッコ悪いじゃないですか。」



そして「それに『兄ちゃんがんばれ!!』って、毎試合手紙をくれます。それに生まれ故郷の珠洲(八幡は石川県珠洲市生まれ、大阪市育ち)の人たちが帰った時に声をかけてくれるんです。名前も知らない人まで・・・」

そこで言葉に詰まったが、森満監督の言葉にあった「優しすぎる」というのを思い出した。



同様に小池コーチもこのように八幡のことを話していた。

「元々は寡黙そうで結構その中にやんちゃさがにじみ出ている感じなんです。でもすごく素直で、扱いやすいというか・・・(笑) ただ面倒を見て可愛いんですよ。」

さらには捕手の辻山までもが「正直な奴です。女の子にも結構モテるんですけど、顔に嬉しさが出たりとか。だからすごく可愛いって言われていますね。」




しかしプロの世界はそれでは生きていけない。ずる賢さも必要である。



これから最後まで走り抜けるのだろうか。

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