オマケ
⚠︎ぬるい性描写あります。全体的に夜の話です。
「しやわせ……」
「ねー、ナマエはどういう時が一番しやわせなの〜?」
「えー……うふふ、それは…」
「それは〜?」
「えーすと一緒にいるときですよお」
「一緒にいるだけでしやわせなの〜?」
「はい……」
「ですって」
「……」
「えへへ」
エースはいわゆるヤンキー座りの体勢でナマエの前に鎮座していた。が、当の彼女は彼には一切気づいていなかった。
クロエの肩にしっとりとしなだれかかり、目を閉じて酩酊の中にいるからだ。彼女はパステルカラーの桃源郷にいて、クロエの質問に対して脳みそを通さずにふわふわ答えている。
エースは膝に頬杖をつき、やたら可愛いことをとろとろ申している彼女をじ…と見下ろす。極力無表情を努めているが、口の端はじりじりと上がってしまう。どんなに顰めっ面を作っても結局それはニヤケ面に違いなかった。
クロエはカクテルグラスを傾けながら「かわい〜わね〜」と彼女の髪を一房くるくると指に巻きつけて遊ぶ。
どうしてこうなったか。
ナマエとエースが見事、海賊の世界への帰還を果たしたとなれば宴会は不可避であった。
二人は前夜も宴会をしていたし、軽い仮眠を取っただけの体で海を駆け抜けてきた。スピードの出るストライカーはいくつもの波を荒々しく乗り越えてきたわけだから、乗っているだけでもそれなりに疲れるものだ。
そこから大興奮と涙の再開、喜びに満ちた大宴会。疲れも忘れて二人は飲み食いし、語らい、口を開けて笑い。とろけるほど幸せだったから、ナマエもまたアドレナリンでハイだった。
海賊に制約などはない。休みたい時に休めばいい。裏を返せば、休みたくない時は一切休まず暴れ尽くす。
今日がまさしくその日だった。
そしてすっかり日が暮れて夜が深くなる頃には、酒を入れたナマエはこの有様だった。酒に弱いわけではないのは確かだが、飲み交わした相手の数とコンディションが最悪でどうにもならなかったのである。
手招きされるがままにクロエの隣という安全地帯に収まり、酒を注がれない代わりにエースのことをあれこれ聞かれた。恋バナという名の優しく巧みな尋問は、ナマエを乙女チックな気持ちにさせて金平糖のように可愛らしい恋心をひとつひとつ詳らかに語らせた。
人間、好きなものについて語っているだけで心は強制的に柔らかくなるもので、おかげでエースが様子を見にやってきた頃には彼女はふにふにになってしまっていたのだった。
「……ま、こうなるだろうとは思ってたけど」
「あら人が悪い。隊長ったら分かってて放っておいたんです?」
「別にいいだろ。楽しい夜だ。潰れてデロデロになってたっておれァ構いやしねェよ」
「急性アル中とか」
「腕利きの医者とナースがごまんといる。そもそも女にバカさせるほど飲ませるアホもいねェ」
「まあ……それもそうね」
エースの放任は家族である仲間への信頼から出たものだった。少し羽目を外したって誰かが必ずこの子を世話してくれる。水を飲ませてやるだろうし、気分が悪くなれば介抱してくれるだろう。誰も彼もが彼女よりうんと酒に慣れているんだから。
エースの予想は当たり、彼女は幸せな酔い方をしている。マァ男であるエースは容赦なく潰されかけたが。潰し返したのでこちらも問題ない。
クロエの肩にもたれたままナマエが「エースのこえする、」とふにふに笑うと、エースは心を柔らかくしてフ、と笑みをこぼす。
「ナマエも寝ちまいそうだし、ぼちぼち部屋に引き上げるとするわ」
「えーここで寝かせておけばいいじゃない。肩でも膝でも全然貸すし。夜は長いのよ」
「昨日もろくすっぽ休んでねェんだよ、こいつ」
「そお……? 仕方ないわね……」
クロエはナマエをエースに引き渡し、おやすみなさい、とグラスをチョイと上げた。エースに背負われたナマエも「……? おやすみなさぁい」とふにふに手を振った。
そのままオヤジのもとに行き、先に休むと挨拶をして宴会を抜けた。船内に入って甲板とつながる扉を閉めれば、たちまち喧騒が遠のく。
「おーい、寝んなよー」
「んー……」
「寝ーるなー」
「んんー……」
脱力してきた体を背負い直して廊下を進む。
マジでこいつ寝落ちしそう。エースはとりあえず水を飲ませて歯磨きをさせようと共同洗面所へ向かおうとした矢先。
「エース、」
耳元に熱い声が囁いた。その色香に一瞬グ、とエースの腹筋に力が入る。
脱力していた腕が撫でるようにエースの首元に絡まった。
「……狸寝入りか?」
「ううん。ちょっと目、覚めた」
「そーかい」
「も少し飲みたい気分……」
「おお、いいね。そうこなくちゃ。付き合うぜ」
「ふふ、楽しい夜だしね」
「起きてたのかよ」
「ふふふ」
ナマエは意味もなく楽しそうにエースの背中で笑った。よじ登るようにエースにくっついていつまでも幸せそうにしている。エースはご機嫌な彼女を背中に乗っけて「暴れんな」「落ちんぞ」とまったくブレない体幹で簡単にいなす。
みんなのところに戻るかと聞けば首を振るので、エースの部屋、もとい二人の部屋で飲み直すことにする。食堂に立ち寄って、つまみを漁りにきていたクルーがテーブルに放置していた酒を「強奪」と一言言って適当に掻っ払う。取られた! とゲラゲラ笑って嘘っぽく悔しがるクルーに、ナマエはにっこりとピースサインを突き出して食堂を後にする。
「ほい、到着」
部屋についてベッドに降ろされたナマエは、そのままベッドに倒れ込んで枕にぎゅーっと抱きつき、胸いっぱいに空気を吸い込む。そして「帰ってきたー……」と安心した声をこぼす。
「おかえり」
「ふふ、ただいま」
エースの火種で灯したランプのオレンジ色がころんと仰向けに寝転がった彼女を照らす。
エースは改めて持ってきたボトルを見た。飲めりゃいいやとラベルも見ずに適当に2本持ってきたがなんの酒だろうか。ラベルを見比べ、度数の低い方をナマエに渡す。
上体を起こしたナマエは、先ほどよりも頭がシャッキリしてるようでまだしばらく飲めそうな雰囲気だった。
グラスの用意はないからコチン、と瓶同士で乾杯をして。
「う、」
一口飲んで眉をしかめた彼女をチラと見たが、エースはぐーっとそのまま酒瓶を煽った。彼が飲んでいるのを見て、自分だけあっさり飲むのをやめるのはなんとなくきまり悪く、ナマエもチビチビ飲み続ける。
「飲めそうか?」
「ちょっと強いけど……ゆっくりなら」
「ダメならおれがもらうけど」
「んーん、味は好き」
そう言って果敢にもう一口飲む。舌の上で酒を転がしてラベルを眺めてウンウンと頷く。
エースは様子を見てあとで水でも持ってきてやるか、と可愛いカノジョのために甲斐甲斐しく世話を焼く気でいたが、このあとエースは部屋から出られなくなってしまった。
なぜなら。
「、……」
「ん、…ちゅ、」
「……なァ」
「だめ」
「……」
ちゅ、と可愛いリップ音が響く。
ナマエはエースの腿の上にまたがって、彼を見下ろして色っぽくて熱い息をつく。少し首を傾げると綺麗な髪が一房垂れた。エースの顔は彼女の両手に挟まれて少し上を向いた角度で固定されている。別に苦しくはないが、情を絡めたその極上の顔から目を逸らせないのはひどい我慢だった。
手を出していいなら話は別だが、エースが手を出そうとすると「だめ」とやさしく怒られるのだ。
「……ん」
ナマエの息が整うと、再びキスの雨が降ってくる。
額や瞼なんかじゃない。唇にだ。
ちゅ、ちゅ、と啄むような甘いキスが繰り返される。角度を変え、時おり下唇を喰み、わざとリップ音を鳴らして。数ミリ離れただけの距離で二人の吐息が混ざる。
少しでもエースから顔を寄せて唇を迎えにいこうとすると、添えられた両手で頬をムニと摘まれて無言のお咎めがくる。
先ほどからこれの繰り返しだ。拗ねた顔をしても無駄だった。天使みたいに美しく微笑まれ、悪魔みたいに顎下をくすぐられるだけ。
罰ゲームなのかご褒美なのか何なのか。……
数十分前。
ボトルを半分ほど空けたナマエは、おもむろにボトルをベッドの足元に置いた。ゆったりと立ち上がり、何だろうと眺めるエースの手からも酒瓶を取り上げ、近くのデスクにことん…と置く。空になったエースの手を取り、ベッドへ誘導。座らせる。
——酔ってんな〜……。大人しく腰掛けたエースは脳裏でそう思ったが、マァそれに付き合うのも嫌じゃない。酔っ払いの行動は理性がないから突拍子がなくてなかなか面白い。なのでとりあえず好きにさせてみることにする。ナマエならおそらく何をしても可愛いだけだし。エースはそう思って完全に油断していた。理性の剥がれた彼女は何をする気だろう、と。
目の前に立ったナマエの目はとろんとして眠そうで、緩慢な動きで髪を後ろへ払い……よいしょ、と脚を大きく開いてまたがるようにしてエースの膝に乗っかった。
ベッドが二人分の体重に軋んで、距離がグッと縮まる。酒で赤らんだ白い鎖骨が目の前にあり、彼女の香りが強く香る。柔らかい太ももがエースの腰をもちっと挟んだ。
「目、とじてね」
そうして一方的な我慢大会が始まった。
じりじりと心臓を炙られている気分だ。正直エースは腰あたりがずっとじれったくて背中にじわじわと汗を掻いていた。
押し倒したい。すぐにでも出来るそれをしないのは、この子が素直に色っぽく甘えて自由にしているのが嬉しいからだ。好きにして良いとなったら、こいつはこういうことがしたいんだなと、エースはまたひとつ彼女のことを知れて嬉しく思う。
いつもサラサラと手触りのいい彼女が自分から欲を曝け出してくれることは珍しい。二人がセックスをするようになったのはつい最近のことだけど、エースはナマエが自分に対してわがままに振る舞ってくれることがいつまで経っても嬉しいのだ。
甘やかしてやりたくなる。甘やかして、もっと気を緩めて甘えてほしい。だから夜更かしにも付き合うし、海にだって足をつける。ここに関しては、二人の恋が実る前からエースは変わっていない。
本当に股間は痛いくらいなのだが。真面目にそろそろ勘弁してほしいのだが。……好いた女を手放しに喜ばせてやれたら、それは男の誉だとも確かに思うから。
大きなことでも小さなことでも、生きている間はどんな希望も叶えてやりたい。
エースは無自覚ながら、大事なものにはその命でさえ投げ出したっていいと思えるほど一本気な男なのだ。
「…………、」
「きゃ」
「あっ…ちいー……」
エースは上半身を後ろに倒してベッドに転がった。
二人の体の間にこもった熱に耐えかねたのだ。強制的にできた隙間に空気がようやく入る。ナマエが思わず固まって呆けてしまうほど、唐突で、距離を感じさせる空白の隔たりだ。
だからナマエは少しさみしげに眉を顰め、追いかけるようにエースの上に寝そべってその隙間を埋めた。
案の定もっちりのしかかってきた体重に、エースは斜め上に視線を放ってしめしめと思う。
「ん、髪…垂れてくすぐったい」
「フン、いい気味」
「なに? イジワルか?」
「仕返し」
「ここまでしておいて……生殺したァこのことだぞ」
「……いつもエースが好き勝手するから」
「ん?」
「か、噛んだりくすぐったり。急に触ったり……だから今日は私のペースで好き勝手するの」
「ナマエだって気持ちよさそうにし…ンム、」
再び柔らかい口付けが落ちてくる。
エースの体の横についた華奢な手がシーツを握ってキュッと微かに衣擦れの音がした。
仕返し、そういうことらしい。これが仕返しなのだと。タネが分かればまた一段と可愛らしく感じる。こんなの子猫に噛まれているようなものだ。にやけを堪える方が大変で、エースは必死に苦しむフリをする。
しかし寝そべった体勢は先ほどよりも動きやすく。
「ッ、」
不意打ちに首筋にキスを喰らえば彼も息を詰めてピクッと肩を揺らした。彼女はその反応を見て、攻撃の先を唇から首筋、胸元に変えていく。
「お、オイオイ、ナマエ待てよ、そのまま行く気か」
「ちゅ、」
「っあー…マジか、そうかよ」
「…ちゅ」
「……っ、」
唇への子供みたいなとろけたキスには幾分か慣れて(飽きて)余裕も出てきたところだったが、首より下となると扇情的だ。エースの体を這うようにくっつく姿が視覚的にも刺激になる。
エースは首だけをもたげて慌てて抗議したが酒の入ったナマエは強気で聞く耳を持たなかった。彼は再び頭をベッドに転がして片手で顔のほとんどを覆う。指の隙間から「あ゛ーー……」と無力に声を出した。かと思えば歯の隙間からスーっと息を吸う。
だいぶ“こらえている”ようであり、“こたえている”ようであった。
これに気をよくしてナマエはさらに大胆にキスを落とし、彼の鍛えられた筋肉で構成された脇腹を触れるか触れないかの曖昧さで撫でる。腹筋にクッと力が入ればれろっと舐めた。
大人しく仕返しを受け続けるエースの表情をちろりと上目遣いに見やる。骨ばった顎のラインと張り出した喉仏しか見えなかったが、首には血管が浮き出て肌はしっとりと熱かった。
鳩尾までくだっていた体をしなやかに伸び上げて唇にキスをすれば、今度はそれだけで肩が揺れた。目を閉じて耐えていた彼には出し抜けだったようだ。治安の悪い目にキロッと睨まれる。
無体を働き、それにエースが参っている——なんとも言えない高揚感に酒が手伝って、ナマエは彼の首筋をやさしくあにあに噛んだり吸いついたりした。
エースは反対側に顔を倒す。彼の前髪が散らばって目元を隠した。薄く開いた口でただただ熱い呼吸をしていて、その姿はとびきりセクシーだった。
息ばかり荒くして声をあげないのはエースの意地である。
ナマエはその健気な我慢をかわゆく思う。
「——……」
意趣返しのつもりであったが、こうくるとなにだか純粋に満たしてやりたくなる。キュンと音が立つほど胸が高鳴るのだ。
なにをしたらエースは嬉しいかしら、とするする体を弄しながら考える。エースの体のあちこちを唇でなぞり、指先で撫で、噛み、喰み、舐め。時には息を吹きかけて。……
彼のベルトのバックルは、彼女の体温ですっかりぬるくなっていた。
***
あ、続きしたい。
二度目の吐精に導くためにぬちぬちしごきながら、ナマエは興奮した桃色の頭でそう思った。
エースは一度果てても終わりじゃない。このあと一、二回は復活する。何度か夜を重ねているから彼女はそれを知っている。知っているからすでに硬さを取り戻しつつあるそれを見て、どうにも体の芯が疼いていた。
エースは肘をついて上体をなんとか起こし、「、んとに、お前……ッ」と呻きながら赤い顔で息を上げている。果てた後の敏感な局部を彼女がぬるぬる刺激し続けるからだ。甘ったるい弱い刺激で痛みはないが、つま先からジンと痺れが這い上ってやまない。絶え間ない快楽地獄に脳みそが焼き切れそうだ。下半身で起こっていることなのに、頭の中までぐちゃぐちゃにされている。
マァ、頭の中を総括すると「おれの彼女がエロくて最高!!」なのでまったく問題はないのだが。
いずれにせよ、一度休憩させてほしい。
手を止めてもらおうと腕を伸ばすが、するりと肘から先に腕を絡められてキスされるだけだった。与えられるキスが嬉しくて気持ちよくて、悔しいかな、瞼がおりて抵抗の意思が削がれてしまう。
もとより嫌なことをされているわけじゃないのだから、余計に。
だが。
「……?」
ナマエの様子が先ほどとはちょっと違う。
エースを見つめるとろっとした目つきには、ひとさじの迷いが混じっていた。ほんの少し困ったように柳の眉をしならせ、腿の内を擦り合わせている。
その機微を察して、エースはゆっくりと口を開く。
「……ナマエ」
「な、なあに…」
「こっから先、分かるか?」
「……?」
「どうしてもおれに手出しされたくなかったら、この先もひとりで進めるんだぜ」
「う、」
「自分でほぐして、挿れて、動いて……できそうか?」
「……」
エースの言葉を受けて、ナマエはのぼせた頭で考える。
続きをしたい。でもここからどう動けばいいのか。体ばかりがじれったい。あ、外で物音がした。クルーの話し声がする。もう二人きりの住まいではなくなったのだから当たり前だ。壁一枚を隔ててお互いのことを知る家族がいる。
わ、私、そんなところで、こんなことを……?
と。羞恥心に急激に襲われて、ナマエがじわじわと困り始めたところで。
「あう」
エースは無言でぺいっと体勢をひっくり返す。寝返りをうつような造作もない動きだった。
ナマエが下で、エースが上。
エースは彼女の体の横に両手をついて、深く項垂れた格好で息を整える。それはこれから獲物を襲おうという肉食動物の準備動作にも見えたし、本能に任せて縊り殺さないために昂りを鎮める人間らしい葛藤にも見えた。
マ、散々好き勝手やった自覚があるナマエには当然前者に見え、彼女は体を小さく縮めた。両脚をキュと揃えてつま先を丸くし、限界まで肩をすくめる。エースをこわごわ見つめて、「仕返しの仕返しをされる……!?」とナマエは胸の前で両手をグーにし、サバンナの大草原に置いていかれた人間のようにドキドキしていた。
しかし、エースから降ってきた声は柔らかかった。
「……ナマエだけ頑張るんじゃなくてさ、一緒にやろうぜ。おれたち、せっかく一緒にいるんだから」
首を傾げるようにして顔をあげたエースの表情もまた柔らかかった。ナマエはぱちぱちと瞬いてその顔に魅入る。
途中からナマエはすっかり奉仕の気持ちでエースに触れていたが、彼はこれらすべてを彼女なりの“仕返し”だと思っていた。齧ったりくすぐったり、体に触れて、泣きどころをくすぐり続けることが。
エースは体力があるからなんとかなっていたけど、普段の彼女はどうだったろう。彼女のかわゆい甘ったるいイジメを受けながら、エースはそんなことを考えていた。
「なるべく優しくしてたつもりだったが、ナマエには結構大変な思いをさせてたみてェだ。気持ちいいのがずっと続くのもある意味しんどいんだな、知らなかった」
エースは素直な気持ちで反省して理解を示した。彼女を理解したかったし、わからないまま形ばかりで傍にいるのは嫌だったから。
間違えたら叱ってくれと初めての夜に言ったのはエースだ。
叱られることは怖くない。
叱られもせず、心が離れていく方がこわい。
「噛んだりくすぐったり…テンション上がるとおれすぐやっちまうんだけど……ウン、嫌ならもうしねェ。気をつける」
「あ、」
「それとナマエはキスが好きだな? ずっとしてたもんな。おれもたくさんするようにするよ」
「ん、……う、エース、」
「なんかあったらまた叱ってくれ。好きな女に我慢させるなんてダセェ真似したくない」
エースはナマエの頬に触れるだけキスをひとつして、どこまでもやさしい気持ちでそう言った。
「あ、あの」
「なんだ?」
「……か。噛まれるのも、くすぐられるのも、ほんとは、やじゃないの……」
「え?」
「されると私、頭真っ白になっちゃって、エースのペースで私ばっかりぐずぐずにされちゃうのが嫌なだけ……だって、ずっと気持ちいいんだもの……」
ナマエは真っ赤になって顔を背けた。
「ごめんね、エース。噛んでもくすぐってもいいから……つづき、してほしい」
最後は蚊の鳴くような声だった。
エースはぽかん…とその全容を聞き、カワイイ彼女のカワイイ姿をまじまじ見下ろして。
アこれ止まんなくなる、と的確に自分の未来図を予知する。
「……その前に水持ってくる。おれ喉渇いた」
本当はナマエに水を飲ませるためだが。エースはいま彼女に「いやよ、すぐに」とねだられたら断る自信がなかったので誠実な嘘をついて一旦部屋を出た。
パタン、と扉が閉じる。ベッドの上にひとり残されたナマエは、ミノムシみたく頭からブランケットにくるまって横にぽてっと倒れた。
目を閉じて、彼のことがだいすきだなぁとしみじみ思う。つま先までぬくまるような陽だまりの幸福に涙が出そうだった。
……水差しとグラスふたつを持って部屋に戻ってきたエースは、ベッドのミノムシを見て猛烈に嫌な予感がした。
「ナマエ〜……?」
ミノムシは無言である。この無言に急いでデスクに品々を置き、ミノムシをころんと仰向けに転がす。
彼女はもう夢に片足を突っ込んでいた。
まさかここでお預けをくらうのか? 嘘だろ、冗談じゃねェ。続きしようって言ってたじゃねェか。つーか二日酔いになるから水は飲め……。
「きゃん!?」
なので起こした。
耳の淵を舌でなぞって名前を呼べば一発だった。
優しくしたい気持ちは山々だけど、エースだって二十歳の男の子だ。連日の宴と休養不足は理解しているが、ここで彼女の安眠を優先させてやれるほどまだ大人ではなかった。というか、「この手の寝落ち、何度目だと思ってんだこの女」という恨みがましい気持ちも大きい。
「あっ、あ。え! エース……!」
「お疲れのとこ悪ィけどよ」
「ひゃあ! う、ぁっ、んんっ、」
甘噛みされたナマエの丸い肩には歯形がついていた。そこをぬるっと分厚い舌が這う。
嫌いじゃないと言われたのでもう後ろめたさもない。
「まさか寝れると思うなよ?」