05

 
 穏やかな昼下がり。
 甲板の芝生の上にはパラソル付きの丸テーブルと3脚のイスが並ぶ。私は両側を美女に固められていた。字面も見た目も華やかだが、実情はそう甘くない。

「それで?」
「いやはや、なんのことやら……」
「ウフフ」
「大人しく吐いちゃいなさいよ。相談ならいくらでも乗るわよ。有料で」
「怖すぎる……」
「私は無料でいいわよ。でも根こそぎ・包み隠さず・洗いざらい、話してね」
「恐ろしすぎる…………」

 もはや尋問である。
 整理中のレシピノートにできるだけ顔を埋めて美女2人の視線から逃れようとするも、美人の圧とは恐ろしいもので無視など到底できそうにない。

「別に、ただの幼馴染の同業者だよ……」
「あーーら、一言もサンジくんの話だなんて言ってないわよーー??」
「お相手はサンジなのね」
「……!」

 魔女…!
 テーブルに肘をつき、内手首をチョンと合わせた手のひらに顎を乗せたナミがニコニコと可愛く笑う。ロビンは読んでいた本に栞を挟んでいよいよ腰を据えて私をイジめる気らしい。
 思わず背もたれにピンと背筋を沿わせて、両端を持ったノートで顔を隠す。息をつめて言い逃れを考え、無理だと悟り、情けない顔で鼻先までノートをずり下ろす。
 二人は相変わらず綺麗な顔で女神のように微笑んでいた。

「そ、そんなに分かりやすいかな……!?」
「えー? んふふ、こんなこと言ってるわよロビン、どうする?」
「クスクス、可愛いじゃないの」
「まあ正直私はカマかけただけだったんだけど」
「え!?」
「? ずいぶん分かりやすいわよ。瞳孔の動きとか呼吸の乱れ方とか……脈をとれば一発よ」
「ロビン!?」

 そんなのできるのアンタだけよ! とナミがロビンの肩を小突く。
 ロビンは肩を揺らしてウフウフ笑った。少女のようなあどけなく楽しげな笑顔は万人の心臓をこそばゆく赤らめる力を持っているのだろう。

「まー、分かりやすいかって言われたら分かりにくいわよ。ナマエ、すぐに仕事モードになるし」
「私にとってキッチンは神聖なる戦場だもん……料理作ってる時は料理に一番集中したい」
「ふふ、サンジは料理に負けてるのね」
「どうせあのアヒルちゃんは悔しがってませんよ!」

 不貞腐れてそっぽを向く。
 私はサンジの眼中にない、分かってるってば。嫌ってほど。

「サンジくんの態度も謎よね。いつもなら女と見れば誰にでもデロンデロンになるのに」
「そうならないのはある意味、特別ってことじゃないかしら」
「……サンジは女なら誰でもなの?」
「まあ……概ね?」

 ナミは華奢な首を傾げる。肩でオレンジ色の髪が柔らかく跳ねる。

「ふっ……腰の曲がったおばあちゃんにも、年端もいかない幼女にも? 本当に何でもかんでも、万物のメスに対して?」
「「…………」」

 この沈黙こそが何より固い証明である。
 私は半笑いで、海と空の間にある虚しさを眺めた。

「私がサンジに会ったのは11の頃……一緒にいたのは2年間……つまり、ヤツの中での私はずーーっと11だか13だかの少女なわけです。わかる? そりゃ芽生えない、芽生えないのよ。こんなこと私に言わせるなんて二人ともあんまりだわ!」
「そ、そんなヤケなることないわよ! ね!? ロビン!!」
「なら、やっちゃえばいいじゃない」
「……? なにを……」
「色仕掛け」

 黒曜石のグラマラスな笑みがパラソルの日陰でとびきり艶っぽく光る。

「きゃッ……却下! 却下却下!! ロビンなに言ってるの!?」
「使える武器は全部使った方がいいわよ」
「よくない!」
「集中砲火ね」
「しない!!」
「効果覿面のはずよ」
「勘弁してよ……!」
「イイ案じゃない? 一番手っ取り早く女として意識させられるでしょ」
「ナミまで……」

 あのねぇ! と私は肘をついた両腕の間にガクッと首を落とし、重たいため息とともに両側のこめかみを指先でぐりぐり押す。
 色仕掛けの結果を軽く想像してみるだけで目眩がする。

「……それで本当に駄目だったら"終わり"じゃん…………」

 きっと、立ち直れない。
 胸がじくじくと痛む。

「ふ、ふたりは、私を終わらせたいの……?」
「終わらないかもしれないじゃない」
「ええ、終わらないと思うわよ」
「あーもう!」

 私は、色仕掛けなんか、しない。




「大人の色気ってどうすればでるのかな……」
「そういう青臭い相談は女部屋でやれ」
「まぁまぁそう言わず……」

 夕食の片付けと朝食の仕込みを終えた22時のフランキー兵器開発室、トンテンカンとカナヅチを振るうフランキーの横で私は話を続ける。フランキーは地べたに胡座をかいて謎のメカ作りに打ち込んでいた。開発室横の階段に腰掛ける私には目もくれず、作業の手も止めず、それでも適当かつ鬱陶しそうに相槌を打ってくれた。
 兄貴肌だから年下に頼られると邪険にできないと知っているのだ。

「ンなもんロビンに聞きゃいいだろ」
「二言目には脱げ・抱けしか言わないんだもん」
「ブハッ。ンハハ、意外と雑だよなあの女」
「そーなんだよ。こういうゴリ押しの作戦って、まずは勝機が見出せるくらいのポテンシャルがないとお話にならないのに」
「おっと、おれァ知ってるぜ。女の話は肯定しても否定してもゴチャゴチャうるせェんだ。だから何も言わねー」
「愚痴りにきたんじゃないやい。フランキーが思う大人の色気とはなにか聞きに来たんだい」
「めんどくせェ……なんでおれなんだよ」
「だってフランキーが一番大人の男でかっこいいもん」

 宴の席で聞いた話では、フランキーは造船街のゴロツキどもを束ねて解体屋をやっていたとか。ゼロから始めた稼業は、瞬く間に大きな組織に成長して彼はそのボスを長年務めていたというのだから、とんでもない叩き上げだ。踏んできた場数やくぐってきた修羅場の数が違うせいか、時として、ロボだビームだ変形だと騒ぐ普段の様からは想像できないくらい渋い空気をもっている時がある。だからきっと、アダルトな経験も豊富なのだろう…と推察した次第である。嘘やお世辞のつもりはない。
 これを聞いて工具箱を漁っていたフランキーの手がピタリと止まる。

「フ……確かにおれはウォーターセブンの女は全員抱いたしな……」

 フランキーはブリキ製の鼻の下を人差し指でこすりながら、やっとこちらを向いた。「休憩がてら聞いてやらァ」と製図机の椅子を引いてどっかりと座る。フォークと一緒にお皿を差し出すと料理名も聞かずに素直に食べた。賄賂という名の夜食、チーズフリッターである。私はお向かいのウソップ工場の木箱の埃を軽く払って即席テーブルにする。うめェな、とフランキーは木箱を自分の方へガタガタと引き寄せながらもうひとつ食べた。

「大人の色気っつってもなァ」
「フランキーが思う色気のある女性ってどんなの?」
「ニコ・ロビン」
「具体的すぎる。抽象化して」
「でかい乳」
「最低。相談する相手を間違ったみたい」
「おうおう待てよ、あんまりだぜそりゃあ」

 左の手のひらを上にしてパッと大きく広げて片眉をきつく上げる。オーバーリアクションの仕草が逆にふざけているという空気を分かりやすく作っていた。
 さらにもうひとつ口に放り込んで、フランキーが席を立った。チャンネル0から海水につけて冷やしていたコーラを網ごと引き上げて戻ってくる。アロハシャツの裾で適当に水気を拭い、王冠を取った瓶コーラを私にも一本くれた。

「だってそんなもん好みだろ」
「主観でいいよ、いち意見として聞きたいだけだし」
「なァにを必死になっちまって……テメェにとってのいい女は微笑むだけで充分だろうよ。薔薇は咲いてるだけで薔薇なんだから」
「わ、かっこいい……!」
「惚れンなよ、巻き込まれたくねェ」
「アッ、アニキー!!」
「よせやい」

 くっと瓶を煽った喉が男性的に上下する。
 茶化されたり深掘りされたりしない。フランキーは大人の男性特有の荒っぽい無関心さがあって話しやすかった。

「大体相手は童貞だろ?」
「どっ……いや…そんなの知らない…けど……」
「大人っぽいのが好みだって言ってたのか?」
「わかん…ない……や、でもセクシー系の方が好き? かも……」
「まァ、確かに意識させるには色っぽいに越したことねェだろうが、付け焼き刃でやったって仕方ないんじゃねェのか?」
「……」

 正論である。慣れないことをやったって、単なる無理した背伸びで終わるかもしれない。
 ぐっと黙り込んだ私に、フランキーは唇を瓶のふちにくっつけたまま「あー」と視線を一度天井へ寄越す。

「仕方ねェっつーか……必要ねェんじゃないのって話よ」
「よく分かんない……」
「まァ聞け」

 フランキーは話し始めた。


 それは、ナマエが加わる前の麦わら一味がとある島に停泊した時のことだ。
 フランキーは昼から営業していたレストラン兼バーの席で女を引っ掛けた。向こうも乗り気で、話は弾んだし事の流れも滞りなかった。宿に行くのが面倒…というか宿に着くまで双方待てず、フランキーは路地裏の壁に彼女の身体を押し付けてふしだらなキスをした。彼の無機質な鉄は、絡みついた女の熱い身体を少しだけ冷やした。
 そんな白昼の暗がりでの情事の最中、フランキーは聞き覚えのある声に名を呼ばれた気がして、声の方向へ視線だけ向けた。気だるげで色気のある眼差しだ。
 そいつは呆けた顔をしていた。食糧品がはみ出るほど入った紙袋を抱えて「よォ」と片手を上げたポーズのまま。薄く開いた唇に引っ掛かかった煙草の先がジリジリと焦げていた。
 レディに何してやがると怒鳴ることもなく、お楽しみを邪魔して悪かったと小粋に去るでもなく。殺人現場を目撃してしまった幼子のように驚きに脳みそを殴られて固まっていた。が、フランキーが女から唇を離して「ん」と短く顎でしゃくれば、ようやく顔を真っ赤にして慌てて引っ込んだ。
 その時、フランキーは思った。
 アァ、こいつ童貞なんだな、と。……


「だからあいつには何したって効くだろ」
「まっ……待って、誰の話してる!?」
「ルフィと海に出るまでは、チンピラみてェな野郎しかいない店で働いてたって言うしよ」
「う。フランキー、あの、」
「四六時中女に鼻の下伸ばしてやがるが……ハン、経験のホドはたかが知れるぜ」
「でっ…でも、たくさん口説いてきたはずだよ……!?」
「口説くだけならサルでもできんのヨ。問題は勝率。だいたい、あんなに下手くそな口説き方は見たことねェし」

 と、フランキーはケラケラ笑った。下手くそすぎて逆にカワイイぜ、とサンジが聞いたらブチギレそうなことを言ってフリッターをコーラで流し込む。
 私も明るい分野ではないから「そうなのか……下手なのかアレは……」と思い、緩く握った拳の側面を唇に押し付けてム……と大人しく口をつぐむ。

「ごちそーさん、もう腹いっぱいだ」

 フランキーは空っぽにした皿にカラン!とフォークを放り入れて立ち上がった。風呂入ってはやく寝な、と私のつむじをコンコンとノックして、作業の続きに取り掛かってしまう。
 本日の講義は終了らしい。

「お粗末さま、でした……」

 ノックされたつむじを意味もなくさすり、私はフランキー兵器開発室を出た。
 キッチンは灯りはついていたが無人だった。ここの主はどこに行ったのか分からないが、灯りの消し忘れは珍しい。おそらく寝てはいないんだろう。
 フランキーの言葉を反芻し、あの男の顔を脳裏に浮かべ、ナミとロビンの有難い助言も思い返し。
 悩ましいわ、と件の男と鉢合わせしないように私はさっさと皿の片付けを終わらせて熱いシャワーを浴びた。洗い終えた身体を湯船のへりにもたれかけ、湯気で白む天井を仰いで一息。

 美女二人は色香にあてろと言う。
 裏町のドンは色香は無用、薔薇は薔薇たれと言う。
 どちらが正しいかは不明、正解があるのかも不明。

 ならば己の性に合う方を選ぶのがよろしい。湯気の向こうをジィと睨み、考え……美しい薔薇になろうと思った。微笑むだけで心をとろかす乙女に、とてもじゃないがその辺に放ってはおけない女に。芽生えないなら芽生えさせればいい。11やそこらの女の子のイメージを破壊し尽くし、サンジをアッと言わせるのだ。
 幸い標的はおそらく、ど、……童貞。わからない、分からないが、ドンの見立てでは。そうであらずとも陥落の難易度は低いと言う。ならばこれは好機、おちおち逃してなるものか。
 全身をハートにしてメロメロしてほしいわけじゃないけれど、少しくらいあの鼻の下、伸ばしてみたい。現状に満足していないならやれるとこまでやってみたい。
 指を咥えて都合のいい結果を待つのは些か他力本願が過ぎるから。 
 夢は自分で掴みにいくものだから。

 目にもの見せてやる!

 と。ザバッ! と元気よく湯船から立ち上がったのと、浴室の扉が粗暴に蹴り開けられたのは同時であった。

 幸い、私は扉に背を向けていたけれど。
 幸い、乱入してきた金髪は衣服をちゃんと着ていたけれど。

 私は振り返って、奴はブルックが夕食時に派手にこぼした赤ワインのシミがついたテーブルクロスを両手いっぱいに抱え、扉を蹴り開けた長い足を上げた体勢のまま。
 お互いの視界にお互いの存在を間違いなく知覚し……


「「ハ?」」


 間の抜けた声が二つ、間の抜けた顔も二つ。
 湯気の中に沈黙が流れる。咥えていたタバコがぽと…と濡れたタイルの床に落ちる。

「……ッッ!!!!!!??」

 コンマ0.1秒。スサマジイ速さで再び浴室の扉が閉まった。状況を理解したサンジが自慢のその足技を駆使して再び閉めたのだ。扉が壊れそうな程の勢いは乱暴な音ととてつもない風圧を生んだ。
 バタバタと慌ただしく廊下を駆けていく足音が遠ざかる。大浴場にくる途中にはハシゴがあったはずだが、そんなまどろっこしい音はせず、一度ダン! と大きな音がなっただけだった。……ハシゴが必要な高さを物ともせず飛び降りたのだろう。あの男なら難なくできそうなことである。

 私はバカの顔で全裸で突っ立ったまま、ぽかんとしていた。そして、たったいま起こった一連の出来事を1分かけてようやく理解し……グーにした手を胸の前で揃えて打ち震えた。

「そ、そんなに私の裸は見たくないってこと……!?」

 サンジが足技を使うということは、それほど本気であり、彼が出せる最高スピードの方法を使ったということ。両手が塞がっていたこともあろうが、あれは間違いなく彼の最速であった。
 私は勢いよくもう一度肩まで湯に身体を沈め、なによ! ときつく目を閉じた。

 裸を見られたのはもちろん恥ずかしかったし驚いたし、鉢合わせしちゃって申し訳ないのもあるけど、な、なによ、鼻血のひとつも出さずに最速で扉閉めて! なによ! ナミやロビンだったら大喜びするはずのくせに! なによなによ!
 そうまでして一刻も早く扉を閉めたかったか、貴様!

 ラッキースケベだろ! ちょっとくらい喜んでみろってんだ!!


「っ、ぜ……絶ッッ対イイ女になる……!!」


 悔しさがカンストした。
 呪詛の言葉と聞き間違うような声音で、私は悔しさによる涙目になりながら一人決意を新たにしたのだった。


***


「あのよォ〜……」
「なに?」
「……なんかあった? 昨日の夜…サンジと……風呂場で」
「……!」

 瞼が半分しか開いていない、ひどく眠そうな顔でカウンターに頬杖をついたウソップが私にそう問いかけた。

「な、なんかって……なに……」

 朝食の皿を拭きあげる手をなんとか動かし、平静を装って聞き返すが、内心気が気じゃない。
 まさかあの男、ウソップに泣きついたのか。ナマエの裸なんか見ちまった、最悪だと。失礼極まりないのではないか、流石に……。
 今朝は顔を合わすなり、サンジから「昨日は悪かった」と一言サラリと謝罪があり、私も「こっちこそごめん」と一言サラリと謝罪を返して、この話題は終わった。チクチク蒸し返すのもおかしいし、とんだ事故だったわねと流すことでお互い決着していたのだが。
 ここにきてウソップに何をどう話したかによっては話が変わってくる。
 ウソップは目頭を摘むように揉みながら「いやさァ……」と再び眠そうな口調で話してくれた。

 昨夜、サンジは男部屋の吊りベッドですやすや眠っていたウソップの胸ぐらを掴み、前後にガタガタガタガタ揺さぶって叩き起こした。
 そして「今すぐ風呂場用の使用中の札を作れ」と真剣に脅したのだという。
 わけが分からん、明日にしてくれと言ったが決して聞かず、ウソップ工場へ彼を連行。作業スペースの真横を陣取って、肩を怒らせ腕を組み、胡座の膝を落ち着きなく上下に揺すりながら、札を作り終わるまで終始無言で作業を監視していたと。ありえないほどのハイペースで吸い殻の山ができていたそうだ。
 すぐ隣の兵器開発室にいたフランキーは「アラアラ……」と鼻で笑ったきりだった。

「食糧庫にルフィ用の巨大ネズミ取り作れって言ってきた時より怖い顔してたぜ」

 ウソップが大欠伸をして目尻に涙を滲ませる。
 この話を聞いて私は皿を拭きあげる手を完全に止め、わけがわからず呆然とした。ウソップも昨夜、こんな気持ちだったのだろう。

「使用中札……」
「おう。縦50センチの横100センチだ」
「でか……」
「赤地に黄色い文字で書いた」
「派手……」
「下に覗いたら殺すとも書いてある」
「こわ……」
「だよな」

 朝はあんな涼しい顔してたくせに、こんなことをしていようとは。二度と鉢合わせしないようにという固い決意が見て取れて、悔しさを超えて腹立たしさすら湧いてきた。やはりサンジにとって私の裸は"ラッキー"ではないらしい。
 いや、ラッキースケベを積極的に求めて欲しいわけではないけど。だってラッキースケベって単なるセクハラでこの世から一刻も早く撲滅すべきものだし。

「……それで、なんでその使用中札の一件から私の名前が出るのよ」
「お前が乗るまでこんなこと頼まれたことねェからよ」
「……」
「だってあのサンジだぞ? スケスケの実で女風呂覗くのが夢って酒の席じゃあ毎回……」
「ウソップテメェーーーーーーッッ」
「ンギャアッ!!」

 生簀の魚をチェックしに行っていたはずのサンジが飛び蹴りで現れた。ウソップはくの字に身体を折られ、床に伏して死した。震える指で渦巻のダイイングメッセージを書いて事切れる。
 サンジはウソップの死体を見下ろしてゼェハァと肩で息をしている。靴底で彼の肩を軽く蹴って彼の絶命を用心深く確認した。乱れた金糸の前髪を首の動きだけで左に払い、背筋を伸ばしてキュッとネクタイの歪みを直す。とことん骨肉に染み込んだチンピラの所作である。
 バラティエでも仲間内での暴力沙汰は日常茶飯事だった私は「うわあ」と一言思うだけだった。

「スケスケの実……昔、パティやカルネたちとも夜な夜な話してたね」
「う"……!」

 サンジはサーッと顔を青くしてバッとこちらを向く。両手をわたわた広げて「い、いや! それはその、」と顔を引き攣らせている。

「野郎同士の会話なんて120%の悪ノリみてェなとこあるし!? 大体、スケスケの実はもう食われてた! アッ…アブサロムってやつがもうすでに食っててな!? 悪魔の実はこの世に2つと存在しねェからもう大丈夫だ! 透明人間なれたからって女風呂を覗こうなんてそんな不埒な真似……ウ、ウソップクンにもクソ参ったもんだぜ酒の席でおれが毎回そんなこと言ってるだなんてアハハハハハハ」
「こいつ酒の席以外でも言ってるぞ」
「蝶々結びで海に沈めんぞクソゴム!」
「ビビんとこで女風呂覗いてたよな」
「肉団子にされてェか非常食!!」
「言い逃れできませんねェヨホホ」
「テメェのあご骨もぎ取って砕いて海に撒くからな!!!」

 開き直るかと思ったら案外慌てて誤魔化そうとしている。実に意外だ。私はチベットスナギツネの目でそれを眺めながら皿を拭く。

「ふーん」
「っ、な。なんだよ……」

 仲間3人をボコボコにしていたサンジはギク! と動きを止め、非常に苦い顔で錆びたブリキのようにぎこちなく私の顔を見た。

「すけべ」
「……ッ!!!!!!!」

 脳天から電流でも流されたかのようにサンジは固まった。
 拭き終えた皿を棚に戻して布巾を片付ける。私はダイニングキッチンを出る前に振り返り、サンジに一言言い置いた。

「次は殺すから」

 鼻からの出血多量で。
 扉が閉まる寸前、背後から「……へ……へゃい…………」と情けない返事が聞こえた。