雪解け - なんとはなしに

01


 不況の波の煽りを受け、五年働いた職場をリストラされた。けれど、運が良いことに再就職先はすぐに見つかった。それも高給、昇給有り、ボーナス有りの、安定している公務員。
 ……だがしかし。だがしかし、だがしかし。
 採用後の説明会に行って聞かされたお仕事内容は、耳を疑うほどに厨二でSFなもので、ぶっ飛んでいた。

 *

 西暦二千二百五年。
 歴史の改変を目論む「歴史修正主義者」によって過去への攻撃が始まった。
 時の政府は、それを阻止するため「審神者(さにわ)」なる者を各時代へと送り出す。
 審神者なる者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者。
 その技によって生み出された付喪神「刀剣男士」と共に歴史を守るため、審神者なる者は過去に飛ぶ――。

 *

 そう書かれたリーフレットを細目の担当者に渡され、詳細を口頭で説明されたんだけど──現実味がなさ過ぎて、すぐには信じられなかった。正直、今も半信半疑である。私は役場の支所で事務作業をするはずだったのに。
 なんなの、歴史修正主義者とか、審神者とか。時空を越えて歴史を変えようとする悪い奴らをやっつけないといけないって、どういうこと? そんな正義のヒーローみたいな仕事、本当にあったんだ。
 それより、「神様」って人間の偶像じゃなくて実在してるの? 付喪神なら知ってる。でも、「とうけんだんし」は初めて聞いた。眉唾ものだなー。しっかし、刀剣男士も歴史修正主義者も安直な名前だよね。
 で、その付喪神「刀剣男士」と一緒に歴史修正主義者と戦うとして……審神者(わたし)に危険はないらしいんだけど、大丈夫かなあ。どうも歴史修正主義者との戦いというのは、企業間の競り合いや経済戦争なんかじゃなく、物理的な戦(いくさ)だっていうから、不安でしかない。こちとら戦闘経験もなければ、戦う術の知識も技術もないのだ。
 歴史修正主義者の保有する軍隊、時間遡行軍と刃を交えるのは刀剣男士。私が就く審神者の役割は、陣形指示や鍛刀、手入れ等、直接戦いに関わるものではないそうだが、実際どうなのだろう。分からないことだらけで一つも想像できない。
 始終微笑んでいる担当者は、私の質問に答えてくれながら今までの話をおさらいしてくれている。小さな応接間には、私とその人の二人きり。ホールには他の新採用者がもっと居たんだけど、私だけ別室に呼ばれてこうなっていた。説明「会」なのにワンツーマンだ。
 あれやこれやと聞き、繰り返し教えられ、奇天烈な職業を少しだけ信じ始めた私だったが、同時に「断りたい」「断らなきゃ」という思いがムクムクと育っていった。理由はいくつかある。
「審神者」になれば勤め先に住み込みとなり、自宅へはそうそう帰れない。私は実家大好き人間だ。二、三日おき、少なくとも週に一回は実家に帰れないと嫌である。
 また、職場、ひいては第二の自宅ともなる「本丸」は、現代離れした場所にあるらしい。電柱、車道、街灯なんぞは一切ない、異空間に作られた大自然。そして住む建物もマンションや寮ではなく、日本家屋というか、武家屋敷というか──ともかく、話を聞く限りでもかなり不便な印象を受けた。炊飯器や洗濯機、冷蔵庫もない家でどう暮らせというのだ。文明の利器に代わる物はあるというが、電化製品がないのはいただけない。
 住宅環境や勤務地への拘束だけで「うわ無理」状態だったけれど、やはり一番は仕事内容。私は直接戦わないとはいえ、敵を倒すだの、付喪神を戦地へ送るだの、危なそうである。物騒な事はあまり好きじゃない。平和ボケした日本人の私が、戦いに関わる職務に適応できるかどうか気がかりだ。
 担当者の話に相槌を打ちつつどうするか考え、やっぱり無理だと意思を固める。高い給料や確実なボーナスはとても魅力的だった。それでも、ずっと働くのならば身の丈に合った仕事にしたい。無職の期間が伸びるのは辛いが、幸い貯金は多い方だ。しばらくはなんとかなるだろう。
 タイミングを見計らって遠回しに辞退を申し出ると、担当者が矢継ぎ早に口説き落としにかかってきた。口調や表情は穏やかなままだったけれど、勢いは良かった。
 逃すまいといわんばかりの担当者に対して、「実家には頻繁に戻りたいので」「よく分からない職なので、うまくやれる自信がないです」「仮に働き出したとしても、すぐに辞めるようなことになれば迷惑になりますし」と、やんわり拒み続ける。自ら採用を辞退するなんて社会人として良くないことだが、これはちょっと、仕方がない。
 だって、試験や面接に受かった時点での業務内容は事務作業だったのに、蓋を開けてみれば「審神者」とかいう嘘かホントか分からぬ怪しい職業。話が違うじゃないか。
 できるだけ丁寧にお断りをして、フェードアウトしようとする私だったが……。
「いやいや、勿体無い。あなたには審神者としての素晴らしい才能がありますのに」
「日本家屋も風情があっていいですよ。不便に感じるのは慣れるまでです。こちらから支給品が出ますし、携帯電話やパソコンも使用できます」
「夏季、冬季の手当の他に、成果に応じた報奨金もありましてね。十分な親孝行ができる額です。ご実家のご家族もさぞ喜ばれるのでは?」
「本丸が安定していれば月に一度ほど帰宅も可能です。長期間は難しいですが、ご家族の不幸や一大事には必ず帰宅許可が出ますし、どうしても外せない用事があれば少々融通もききます」
「あなたの人となりも見込んでの勧誘です。そのお力、お人柄、まさに審神者たる者。ぜひ、私達と共に歴史を守っていただきたい」
「審神者の業務自体に危険性はほぼありませんよ。戦うのはあくまで刀剣男士。あなたは安全な地で平穏に役割を果たせばいいのです」
「日課はあるものの、必須というわけではないので自分のペースで仕事ができます。休憩、休日もお好きな時にどうぞ」
「心配ありません。審神者の仕事の中身に特に難しい事などないですし、二十四時間体制の補佐役も付きますから」
 ……。
 ……。
 細目の担当者は話術が巧みだった。さすが審神者スカウトマン、口がうまい。
 やり取りをするうちに、「もしかして私にもできるかも」なんて思うようになっちゃって、結局、甘言に乗せられて契約してしまった。月給の具体的な額を聞き、欲に目が眩んでいたのもあるが、後悔してももう遅い。 
 丸め込まれた感はあっても、やると決めたのは私だ。とりあえず、できるところまではやってみよう。

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