雪解け - なんとはなしに

02


 幾つかの説明を受け、幾つかの書類にサインをしていると、暇を持て余したのか担当者が話しかけてきた。
「それにしても、奇縁ですね。元々あなたは事務方として役所の支所で働くはずだったのですが、どうも審神者としての能力がありそうだ、ということで、急遽」
「こうなったわけですか」
「ええ、そうです」
 目を糸にしてにっこり笑う担当者。不思議パワーを持つ審神者とやらの能力なんぞ、いったいどうやって分かり得るものなのか。若干疲れていたので、つっこめなかった。
「引き受けていただけて良かった。実を言いますと、現在審神者の数が不足しておりまして……嘆かわしいことに、主のいない本丸も多いのですよ」
「はあ」
 担当者の言っていることの良し悪しが分からず、返答ともとれぬ曖昧な声が出る。だって、主のいない本丸とやらが良いものなのか、悪いものなのか、知識のない私にはどうにも分からない。彼の口調からすると、悪そうな雰囲気だけど。
 んー、確かに、家主のいない家はよろしくないのかもしれない。でも空き家なんてどこにでもあると思うんだけど。管理面でよくないとか?
 少し考えたところで、向かいのソファーに座る担当者が口を開く。
「いつから任に就いてもらうかですが、身支度や身辺整理も必要でしょう。……そうですね、一ヵ月後でどうでしょうか」
「えっ」
 身辺整理。はあ、また大げさな。私は死地に赴く戦士か。うわ、洒落にならない。絶対に生き抜いてやる。
「一ヶ月……分かりました。大丈夫だと思います」
 マンション解約して、電気ガス止めて、実家に荷物運んで、住所変更とかして……うーん、一ヶ月あれば十分かな。その間にプチ旅行したり親孝行したり、だらだらしよう。つい最近まで前の仕事で忙しかったから、息抜きできてなかったんだよねー。
「では、一ヵ月後の○月×日、午前中にお迎えにあがります。それまでどうか、お健やかに。何かお困りの際は、こちらの連絡先にお電話いただけたらと思います」
 真新しげな名刺を渡され、一文字一文字をじっと見つめる。職員番号三千百十? 名前と苗字は……ほお、この人「斉藤」さんって言うのね。そういえば最初に自己紹介されたような、されてないような……。私、人の名前覚えるの苦手なんだよなあ。努力しないと。
「それと、これが資料です。時の政府の方針に始まり、審神者や歴史修正主義者等についてまとめられています。審神者の職務内容についても記されてますので、一度は目を通してください。あなたに担当していただく本丸については──追ってお知らせ致します」
「はい」
 うわっ、分厚っ! と、思わず口から出そうになったが、堪えた。いやだって厚さ五、六センチはありそうだったんだもん。こりゃあすごい。
「それと、本件については内密にお願いします。まあ、もし漏洩したとしても、誰も信じないでしょうがね。ただ、あなたが悪意を持って言いふらすようなことがあれば、その時は然るべき処置を取らせていただきます」
 然るべき処置。こっわ!
「は、はい。……親兄弟にも秘密ですか?」
「もちろんです」
「そうですか……後ろめたいですけど、分かりました。言いません。まあ、うちの家族、だいたいみんな適当な性格してるんで、多分言っても信じてもらえないですし」
「ご理解いただけて何よりです。不測の事態には我々が対応致しますので、有事の際は迅速にご連絡をお願いします」
「はい。名刺の電話番号に連絡したらいいんですよね」
「そうです。何もないことが一番ですけれど」
「あはは、そりゃそうですね」
 最後の書類にサインをし終わり、担当者もとい斉藤さんに全ての書類を返却する。それらを確認した斉藤さんは、満足そうに微笑んだ。蛇のように細められた目は、どこか胡散臭かった。
「不備はありませんね。こちらが本人控えです。話を受けていただき、本当にありがとうございます。それでは、また一ヶ月後」
 渡された何枚もの紙を封筒に入れ、席を立つ。
「いえ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします。はい、では○月×日に。失礼します」
 一礼して退室。両手で抱えた封筒は朦々たるもので、これだけの資料を読まないといけないのかと思うとちょっと気が重い。お金のため、生活のためと思えども、よく分からない職に就くというのはやはり不安であった。
 が、その反面、少しワクワクしている自分もいた。まさかこの歳で現実離れした出来事に直面するとは思ってもみなくて、好奇心というか冒険心というか、大人になって消え失せていたものが沸々と込み上げる。
 よっし。やると決めたからには気合でなんとかするしかないよね。不安は不安だけど、もしかしたら案外楽しくて、自分に合ってるかもしれないじゃないのさ。
 薔薇色の未来の為に、いっちょ頑張ろう!

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