02
本丸に秋が訪れた。
この地に棲まう付喪神たちにとっては、久方ぶりの秋だった。
穢れきっていた長い年月、ここに四季などやって来やしなかったのだから。
池にかかった太鼓橋のたもとの銀杏は黄緑から濃ゆい黄色へと色を変えゆき、畑の周りに生える柿や栗の木が成った実の重さで枝を垂らしている。地に萌え立つ名も無き草も、夏のような深い緑ではなく、褪せたような青朽葉に衣装替えをしていた。
──美しいと、ある付喪神は思った。
四方を囲む山々の移り変わる色彩、澄み渡る高い空、大地を覆う暖色の枯れ葉……目に映るもの全てが、彼の荒んだ心を仄かに癒やす。傷ついた仲間を救えぬ悔しさ、重傷を負い目を覚まさぬ兄たちへの悲しみ、人への憎しみ、断ち切れぬ復讐心──そんな負の感情も、秋の風景を眺めている間は少しだけ鳴りを潜めるのだ。
「だーっ焼き芋食べたーい!」
不意に、静けさが破られる。
春先にやってきた新しい審神者が、井戸の向こうで何やら声を上げていた。彼女は今、焚き火をしているようで、薄い青の空に一筋の煙が立ち昇っている。
火はあまり好きではなかった。
争いの起こる時、いつも近くに火があった。炎は何もかもを燃やしてしまう。灰にしてしまう。消してしまう。
その日、見張り番であった小夜左文字は、ぼんやりと女の背中を見つめる。彼女の隣には政府の遣いである管狐がおり、小さな体を震わせて──楽しげに笑っているようだった。
彼と狐は先の審神者の頃よりの古き相識であったが、あのように笑い、幸せそうな「こんのすけ」なぞ、小夜左文字は見たことがなかった。なぜああやって人に心を許せるのか、彼には分からなかった。
……けれど。
仲睦まじく笑い合い、語らう一人と一匹を眺めていると、無性に胸が苦しくなることがあった。
切ないような、淋しいような、苦いような、彼自身にもよく解らぬ、妙な心地。名前のつけられない感情。
女の体の陰に、赤いような橙のような焚き火がゆらゆらとちらついている。
青い髪を結い上げた傷だらけの短刀は、火はあまり好きではなかった。
それなのに。
(あたたかそうだな……)
女のあたっている火はとても穏やかに燃えていて、何かを奪い、消し尽くしてしまうようなものには見えなかった。
きゅう、と、前触れなく心臓が痛む。彼には理由など分からなかったが、その小さな胸は確かに締め付けられていた。