「それ、意外とカッコイイかもね」
ふにゃりと優しい笑顔を零しながらすぐ隣りでご機嫌の良さそうに、しかし照れ臭いのか視線は外したままそう小さく呟いた幼馴染につられて口角を上げた。
銭湯兼自宅である古い店で二人きりの生活を始めて早二年。常連客である友人達による宣伝のおかげか生活水準を満たす程の売上は日々保てるようになっており、お世辞にも豊かとは言えないものの経営を続けられる程度には二人で協力して仕事を賄っていた。
と言えど、周りからすれば大した事のない多少の変化があっただけで、たかだか二年が経過したくらいで今更互いに大きく変わった事などありもせず。しいて言うならば、最近若者が流行の新天地であるハイカラスクエアへとこぞって集まり、ブキ、ギア共に装いを新たにさせてナワバリバトルを繰り広げているという噂を聞きつけ、少々気は進まなかったものの物は試しにと店を閉じ一日がかりで幼馴染と共に足を運ぶ事にした所存である。
「お前も、その…なんか、少しは若く見えんじゃねぇの?」
「…もっと他に褒め方あるでしょ、普通」
その日は様子を見に行くだけと言って店を出て来た為、ブキは持たずにいつものギアでハイカラスクエアの街並みを散歩していた中。以前から自分の店を持ちたいという夢を抱えていたらしいロブが黄色のケータリングカーにてお手製フードを販売しているのを見かけ、その料理があまりにも大盛り(且つ胸焼けしそうなラインナップ)だったので少々悩んだものの、せっかくだからと二人で一つのフードを分け合って食べつつ、周りに立ち並ぶ店先にふらりと立ち寄っては気に入ったギアをお土産のつもりで数点購入した。
朝から行動をしていた上に日も暮れ始め、そろそろ家に帰ろうと思っていた矢先。休憩していた喫茶店の中で、幼馴染が興味深く客の若いガールやボーイ達を眺めていたので何が気になるのか問い質してみたところ、どうやら今ハイカラスクエア内で流行しているらしい変わった髪型に目を奪われているようだった。そっと遠くで話す彼らの会話に聞き耳を立ててみると、近くに腕の立つ美容師が経営するヘアサロンがあるらしく、帰りがけに少し様子を見てみようかと足を運んでみたが最後。
「そこのイカしたおにいさん達! 新装開店キャンペーンで今なら半額でヘアセットしてるんだけど、どうかな!?」
といった、店員の口から飛び出してきた謳い文句に幼馴染が嬉々と目を輝かせるものだから、一応金はあると言えどこれ以上彼を引き留める術は持ち合わせておらず。しかも自分としては全く乗り気ではなかったのにまるで道連れのように店内へと引き摺り込まれ、本人の意思など全く無視した上で髪型を弄られては現在に至る。
すっかり真っ暗闇に包まれた帰路を辿りながら、重力に逆らうかのように髪そのものに頭を引っ張り上げられているような、つんつんと逆立つオールバックヘアの感覚が一向に慣れず、つい無意識に手のひらで髪を撫でているとその様子に気付いた幼馴染が珍しく褒めるものだからその瞬間からたまにはこういうのもいいか、だなんて思い始めてしまう単純な自分に苦笑してしまった。
同じく満足気な幼馴染も巷で話題の今時ヘア、顔の両脇に垂らしていた髪を一本前へ出し、襟足部分を数センチ剃り上げ短めに残った二本をいつものように項のある高さで一つに纏める。その上からもう一人の幼馴染、シノブの遺品であるイカンカンを上から被ると前に垂らした一本の髪が顔の前に垂れ、その姿は不思議と知的な印象が生まれて今までとのギャップに少々戸惑ってしまった。それでも彼らしい落ち着いた髪型でとても似合っていると心の底から感じ、さり気なく褒めてはみたもののあまりにぶっきら棒過ぎたらしいその言葉はどうやら不評のようだった。
「…あっ! ま、まずい!」
そんなこんなで自身としては、慌ただしくバトルに嗜む訳でもなく、ただただ街の中をぶらつきながら一日中二人きりの水入らずデートを満喫できた事もあり、互いに機嫌の良いまま帰り道を辿っていた訳だったのだがその最中に事件は起きてしまった。
あと数分で帰宅できるという距離になったその時、突如駆け足で前へと飛び出していった幼馴染の背中を呆然と眺めるだけしか出来ないまま直立不動になってしまった直後。一瞬放心した後にやれやれと肩を落としながら追い掛けて店の中へと駆け込むと、居間の奥、どうやら庭が見渡せる縁側の辺りで一人喚く声が引っ切り無しに漏れていたのだった。
「ったく…そんなに慌てて何騒いでんだよ」
「う、ぐぐっ…ちょっと、しくじった…」
庭の隅の軒下に置かれた古い洗濯機の中身を見下ろしながら肩を落としている彼を横目に、そっとその奥底を覗いてみると一目でその理由を理解してしまったのだった。
「あぁー…そうだな、回してたな。そういえば」
久し振りの二人きりでの外出に浮かれ切った心はどうやら朝から回していた洗濯物の存在を置き去りにしてしまったらしく。店に帰ってきた今になってそのまま湿った衣類を干さずに出掛けてしまった事実に気付き、二人がっくりと落胆してしまった始末である。
しかも今日に限って、天気が良かったからと持っているフクを全て洗ってしまったものだから質が悪い。新しく購入したフクも店で試着をして嬉しくなってしまったのか、そのままの格好で過ごしてしまった為少々汗も掻いており、体をさっぱりと清めた風呂上がりに着るには抵抗がある状態である、らしい(何故締まりの悪い顛末かというと、そもそもフクを今日購入したのは幼馴染だけだったから、である)。
「いや、待てよ。もしかしたら…」
「へ?」
「ある…一個、乾いてるやつある!」
頭の片隅に微かに残されていた記憶が不意に浮かび上がり、慌てて縁側からすぐ目の前の居間兼寝室に敷かれたままだった布団をばさりと捲れば、記憶のままの姿で残されていた埋もれてくしゃくしゃに丸まっているキングタンクスラッシュを発見し、致し方なくと重みを増したままの洗濯物の入ったカゴを胸に抱えながら居間へと戻ってきた幼馴染の前に広げてはぼそりと呟いた。
「…これ、着るか?」
「えっ! あ、う…でも…」
「ほら、俺はどうせ夜着ねぇし。あー…でも、まぁ、昨晩は着てたけど。お前が気にしないんだったら」
「う、ん…あり、がと。えと…か、考えとくっ」
何故だか気まずそうに頷く幼馴染の反応を見て、もしかして余計なお節介だっただろうか、もしくは一度自分が着たものを着るのはやはり衛生的にというか、生理的に無理というアレだったのでは、などと頭の中でぐるぐると思い悩んでいる間に、湿った洗濯物を部屋の中で干し終えた幼馴染は風呂を沸かしに行ったのか、いつの間にやら居間からその姿を消していた。
よくよく考えてみたら今まで自分が着ているフクを彼に貸すといった機会は意外となく、ああ見えて他の人のものを着用するのに抵抗があるのかも知れない(失礼な言い方ではあるが正直なところ、そこまで潔癖症であるようには思えない)。
(うーん…そうは言っても、ただでさえ病弱体質なのに風邪引かれたら困るし…。タンクトップだけど、着ねぇよりはマシだよなぁ)
とりあえず加齢臭だけでも落とす努力はしておくべきかと小さく溜息を吐きながら、ぱんぱんとフクを手で叩きシワを伸ばしては見栄えだけでも良く見えるよう綺麗に畳んで部屋の隅に置いておく事にした。
「ま…もしもの時は俺が温めてやっか。へへっ」
数時間後、予想だにしていなかった大変な事態へと陥ってしまう自身の近い未来にその時はまだ知らないまま、浮かれた笑顔と共に呑気にもそんな言葉を零しながら大きな欠伸を零しては炬燵の電源スイッチをぱちりと親指で押し込んだ。
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