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 大切なものを失うのはもう懲り懲りだった。
 風俗の母が客だった男に乱暴に種を植え付けられて生まれた子供であり、名前さえ分からぬまま養護施設の前に捨てられた自分にとってそんなものはもうこの世に有り得ないと思っていたのに、幼馴染である彼がここまで自身を奮い立たせる程の大きな存在になっていたなんて今でも信じ難い。
 しかし、本当は分かっていた。彼も自分と同じ、物心つく前に親を亡くした養護施設の子供で、そしてもう一人、ずかずかとしゃしゃり出ては男らしく声を荒らげる一回り体の小さかった紅一点、彼らが自分にとって大切な幼馴染であり、信頼できる家族でもあった事を。
 高鳴る感情の意のままに、体が勝手に足を踏み出させ、走った先で彼に覆い被さる男を背後から脇腹を狙っては渾身の力で蹴り飛ばした。油断していたのか、諸に蹴りを入れられたその男はそのまま真っ直ぐにドラム缶の山へと吹っ飛び頭から突っ込んでは、意識を失っているのか、そこから動き出す様子はどうやらなかった。
 目の前に残ったのは後ろ手に縄で縛られて気怠そうに横たわる幼馴染と、その瞳から零れた涙があまりにも痛々しく、衝動的にその体を両手で力いっぱいに胸へと抱き寄せる事しか出来なかった。

「マゴ…マゴ、しっかりしろ。おい、マゴッ!」
「…う、あ…ヨ、リ…? なん、で、ここに…」

 着ていたロッケンベルグTを急いで脱いで、露出されたままだった下半身を覆うように被せながら乱れた焦点を合わせようと頬を何度か叩くと、虚ろだったグレーの瞳にようやく少しずつ光が灯ってゆく。

「うっ…く…あ、っつ…」
「ッ…! 待ってろ、すぐ解いてやるから」

 固く腕を縛っていた縄を、落ちていたガラスの欠片を拾い手に感じる痛みを無視しながらも力任せにそのまま切り裂いた。崩れ落ちる体を必死で抱き留めて、側に落ちていたエゾッコメッシュを拾うと、それを頭に被りながらポケットに入れておいた携帯電話を取り出した。

「もしもし。あぁ、無事だ…一応な。ワリーけど、ちょっとそれ持ってこっちまで来てくれっか。…あぁ、うん。それでいい」

 外で待機している看板娘にショルダーバッグを持って中に入ってくるように伝え、とりあえず息を荒げたままの彼の様子を伺う。明らかに普段の彼とは異なる様子に不安げに揺れる心臓を無理矢理抑えつけるように息を飲む。何が異常かと言われれば、とにかく体全体が汗でまみれ熱を帯び、胸に手を当てると心臓が驚く程早く鼓動していた。

「なんで、こんな…お前、もしかして…!」

 その瞬間、ある事に気づいて肌の露出している部分をくまなく探すと、すぐに首筋に赤い小さな跡が付いているのに気付いた。明らかに注射器の細い針を刺されたような、つまり、こういった興奮状態に陥ってしまうものを体の中に混入されているのは明確だった。

(くそっ…催淫剤か)

 この様子ではしばらく体から薬が抜けそうにもない。とにかく看板娘が来るまでは無理はせず場所は変えないままこの場で待機していよう。そう思い、腿に彼の頭を乗せて楽な体勢で寝かせながら壁を背に足を伸ばして座ると、まだ目が開きかけたままの彼の口が苦しそうに小さく動いた。

「……っ、ごめ、」
「いいから喋んな。苦しいんだろ?」
「っん」
「幼女に心配かけたくなきゃ大人しくしてろ。うまく、ごまかしてやっから」
「っ…あり、がと。ヨリ」
「…どう致しまして」

 古びた天井を見上げながら施設内に漂う潮の香りに鼻を向ける。あと数分でも助けるのが遅くなっていたら、危うく幼馴染が酷い目に遭わされていたかも知れないと考えただけで身震いしそうになる。今回ばかりは、普段から何かと運が悪い方だったものの自分の勘を信じて正解だった。

(まさか、本当にいるなんて思わなかったけど)

 この場所が思い当たった理由としては、彼宛に送られた封筒の中に封入されていた二つのものが決め手であった。一つ目はキラキラと輝く海の砂、そして二つ目は赤黒い複数の固い塊。この場所は昔、採掘施設として油田を掘っていた場所であり、すぐ側には青々とした綺麗な海が延々と広がっている。ここを拠点とする以外、この砂が封筒の中へと混入する事はまず有り得ないのではないかと踏んだ。そして、問題はこの赤黒い固い塊で、初めて見た時は血痕だとばかり思い込んでいたが、実際は古い鉄筋から剥がれ落ちた赤いサビだったのだ。

「良かった、本当に…」

 勢いよく飛び出したものの、正直、怖くて恐ろしくて堪らなかった。幼馴染を攫った男に対しても、彼を失うかも知れないという息苦しさも全て、何もかもが。地面に投げ出されたままの手を握り締め、生きている証拠である体温を感じたところで、ようやく無事に取り戻す事が出来たのだと実感できたような気がした。

「ヨリちん、ヨリちーん!」
「おっ、きたきた…おーい、こっち! こっちだ、幼、女…」

 遠くの方から慌てて大きなショルダーバックを抱えては、よたよたと此方へ走ってくる幼女の姿が視界に入り、大きく声を上げながら手を振ると、それに気付いた彼女が慌ててすぐ目の前まで駆け寄ろうとした、その時だった。

「あっ…」

 あと数メートルというところで、幼女の背後にぬっと現れた黒い影があの小さな体の全てを覆っていく。その影が細い鉄のような何かを、確かに手にしているのを見た。暗闇に落ちた幼女がその場に留まり、ゆっくりと後ろを振り向いた時、ばちばちと点滅をしている壊れた蛍光灯の光が一瞬、その姿を捉えたのだった。

「その人、俺のモンだから」

 にやりと怪しく微笑みながら振りかざしたバールのようなものが、今まさに幼女の脳天に直撃しそうになったその瞬間の出来事は、まるで時間がスローモーションのように流れているようにも感じた。
 気付けば、すぐ隣りでぐったりと横になっていた幼馴染の重みがいつの間にか消えていて、慌ててその姿を捉えるのに辺りを見渡し思わず彼の綽名を呼んだ。

「おい、マ…」

 立ち上がり、前へと勢いよく飛び出した時。すれ違った際の彼の表情が知り合ってから今までで一度も見たことのない程の真っ黒な表情を落とし、這い蹲りながらもたった数メートルの、しかし今の彼にとっては長い長い数メートルを物凄いスピードで突き進んでいった。

(あ…の、バカ!)

 呆然と眺めていてようやく事の重大さに気付いて強く舌を打つ。慌てて背を追うように駆け出すも、今から追いかけたところで距離があるせいかどうやら間に合いそうにもない。しかし、諦める事など到底出来る訳などなかった。一気に体中から冷や汗が溢れ出し、伸ばした視線の先には今にも殴り倒そうとしている男の足元、看板娘を覆うようにして蹲っている幼馴染が確かにそこにいたのだった。


***


 看板娘の命が危ういと察したその瞬間。あれだけ重かった体の底から沸々と力が湧いてきているのを感じた。自分が今、あまり見た目がよろしくない姿になっている事くらいは分かっているつもりだった。でも、そんな事今はどうだって良かった。
 無意識のままに、なによりも急いで彼女の傍へと向かおうとがむしゃらに地を蹴り駆け出していた。自分に光を齎してくれた彼女の命が今まさに、最悪な形で失われようとしている。それが分かっているのに何もしないままでいる事など、自分には絶対に出来やしない。

「マゴに、」
「大丈夫。大丈夫、だ」

 震えて動けなくなっている彼女の小さな体を蹲るように抱きかかえ、落ちてくるだろう強い衝撃に備え目を瞑り、囲んだ両腕に力を込めた。

「やだ…やだあぁ!」

 早く逃げろと言わんばかりに泣きながら胸元を叩く彼女の優しさに胸が痛んだ。後ろから聞こえてくる幼馴染の必死な声が背中にずぶずぶと突き刺さっては、重い体の中から長い溜め息をゆっくりと吐く。

(…来るっ)

 殴り倒される覚悟を決めて、ぐっと歯を食いしばった。後悔もなければ、死さえも怖くなどない。非力な自分に彼女を守る術はもうこれ以外になかった。
 しかし、いつまで経っても来るであろう衝撃は降りて来ず、いつのまにか男の足元には持っていたはずのバールのようなものがからからと音を立てて落ちていた。不思議に思いそっと見上げると、顔が歪む程に力強く四角い機器が顔面に投げつけられており、そしてそのまま真っ直ぐ地面へと落ちては液晶がばりんとヒビだらけになって割れた。よっぽどの速度だったのか、真後ろに体が倒れた男の顔には真っ赤な跡がくっきりと残っており、少し歪んでしまっている箇所もあるようでさすがにこれは目も当てられない状況となっている。

「う、うわあ…」
「悲惨」
「………んの、クソボケジジイ!」

 男の顔面に直撃した携帯電話の持ち主がずかずかと大股で歩き近付いてくるのを呆然と眺めたまま、とりあえずそれを拾って目の前へと差し出すと、暴言を吐きながら力ずくで掴み上げては押し込むようにポケットへと突っ込んだ。

「おっ、俺…まだおにいさんなんですけど…」
「んなのどうだっていいッ! ふざけんなよ、この考えなしの無鉄砲野郎が!」
「そ、そこまで言わなくたって」
「あのなぁ、一人で解決しようなんてバカな事考えてっからンな目に遭うんだよ! ケンカのひとつも出来ねぇクセに!」

 流れる感情のままにありったけの言葉をぶつけてくる幼馴染に、よくよく心の底から驚いている自分がいた。まるで顔つきが別人のように変わった彼のいつもの喧嘩腰のような空っぽの言葉が、今日だけはひとつひとつ全てに熱い何かが込められている気がして吐き出しそうになった言葉をごくりと飲み込む。なんせ目の前の昔から知っている幼馴染が、目の前で歯を食いしばりながら思いの丈を強く訴えるように叫んでくるのだから。

「お前が一番分かってんだろっ…! 突然先に逝かれて、ただ一人取り残されたヤツの気持ちを!」
「ヨ、ヨリ…」
「…今のお前には、傍にいてやらなきゃならない大切なヤツがいるだろうが。もう、一人じゃねぇんだよ。自分の為にも、アイツの為にも、二度と勝手にこんな目に遭ってんじゃねぇぞ」

 目が本気だった。少しぶっきら棒だけれど、本気で自分を気にかけてくれている、そんな気持ちのこもった彼なりの強く響く言葉に違いはなかった。普段は見られない、彼の生粋の不器用な優しさが身に染みて、素直に頷きながらありがとうと一言だけ微笑みながら返した。

「マ、マゴにっ…マゴにい、良かった…!」
「あぁ、リン…! 心配させてしまってごめんよ」
「ほら! ヨリちん、ぼうっとしてないで早くこの人捕まえてー!」
「あーはいはい、分かりましたよ。仰せのままに、幼女ちゃん」

 互いに照れ臭くなってきた微妙な雰囲気の中、その殻を破くかのように看板娘にケツを叩かれた幼馴染を見て、自分もそそくさと今出来る全てをこなしておく事にした。
 倒れたまま気絶している男のパーカーのポケットを恐る恐る探ってみると、社員証らしき証明書を見つけた彼がそれを取り出して見せるように突き付けてきた。見てみれば、この男はどうやらこの施設が正常に機能していた時に働いていた社員だったらしく、中の構造や使い勝手に関しては詳しい身だったのだろう。それ故にこの場所での犯行だったのかも知れない。また襲われてしまっては堪ったものではないので、積み重ねられていたロープを使い、一人では身動き出来ないように拘束しては無造作に横たわらせた。あとはここを脱出した時に警察に電話を一本、怪しい男に襲われたと連絡をすれば一丁上がりだ。

「こっちはオッケ。そっちは?」
「おぶって」
「は?」
「おぶってください」
「…あーもう、クッソ。分かったよ! おら、早く乗れ」
「やったー。リンちゃんも乗る?」
「んーん。あたしはバッグ持ってくね」

 そして一番の問題だった(意図せずも)下半身露出事件は、看板娘が幼馴染に借りていたジップアップカモを腰に巻く事で既に無事解決している。バッグに入っていた安物のタオルを水に濡らし、汗を拭いてもらったおかげで先程よりは大分気分も良くなった。のそのそと這うように彼の後ろから両方を掴んで足をかけ体重を乗せる。インナーから伝わるぬくもりが不思議と胸の奥を落ち着かせてくれているような気がして、既にぼやけていた意識は次第にゆっくりと夢の中へ沈んでいった。


***


 背中に幼馴染を懐に看板娘を乗せて、スピードの出ないバイクに跨り、ようやく店へと帰ってこられたのは既に空が明るくなり始めた頃だった。体力と精神的に限界だったのか、幼馴染は気付いた時にはもう寝息を立てて夢の世界へと旅立ってしまったようで、そのまま背負いながら店の中まで運んだ。
 彼女は布団の用意をすると居間へ走っていってしまったので、仕方なしに男湯へと向かい汚れた体を清める事にする。
 縒れたハラシロラグランとインナー、そしてビリビリに破かれてしまっていたスパッツの残りをきれいに脱がせ、横抱きにしたままに椅子へ座りシャワーを掴んだ。温かいお湯である事を触れて確認し、体の所々にまだ残る泥やその他の汚れを洗い流してゆく。

(…くそッ。こんなきったねぇモンまで付けやがって)

 体中を洗っているうちに、彼の太腿の内側にべたついていた白い液体の固まったものが、数箇所に渡り付着しているのを見つけて堪らず舌を鳴らした。

「やっぱり一発、ぶん殴っときゃ良かったか?」

 後日ひりひりになって痛がるかも知れないと思いつつも、兎にも角にも酷く腹が立ったので、完全にその跡が消えてなくなるまでごしごしとボディタオルでその部分を擦りあげた。
ある程度洗い流し終え、体を綺麗に拭いてやった後、適当にタンスから引っ張ってきたFCジャージーを着せてやって看板娘がいるであろう居間へと向かった。

「ヨリちん」
「悪い、待ったか」
「ううん、大丈夫。それより早く」
「…あぁ、分かった」

 未だ目を覚ます様子のない幼馴染を布団の上へそっと下ろして、体が冷えないよう薄い布団をしっかりと被せてやる。少なからず呼吸は安定し始めているようで、薬が抜け始めたのか額に触れてみると体温も正常へと戻りつつあるようだった。
 一息ついたところで、温かいお茶を淹れて持ってきてくれた看板娘に一言礼を言いながら小さく笑うと、どういたしまして、と向かいにテーブルを挟んで腰を下ろした彼女も湯気の立つ湯呑みを抱えては一口そのお茶をごくりと飲み込んでいた。

「相変わらずすっごい熱いんですけど」
「お茶は熱い方がおいしいの!」
「へーへーそうですか」
「…ね、ヨリちん」
「なんだよ」
「マゴにい、平気だよね? また、元気になるよね?」
「…ひと眠りすりゃ、すぐ元のうるせぇ銭湯の店主に戻るさ。心配すんな」
「うん…」

 今夜は彼女にとってあまりにも突然に恐ろしい事が起き過ぎてしまった。やはり、胸に宿る重い気持ちはまだ晴れる様子はない。無理もないだろう。彼女にとって今一番大切だと思われる存在があやうく危険な目に遭うところだったのだから。熱い茶に警戒しながら一口を啜り、彼女のじんわりと涙混じりの揺れては波打つその弱弱しい声に耳を傾けた。

「…花火、見ようなんて、言わなければ良かった」
「花火だ?」
「フェスの花火、一緒に見ようって約束してたの。危ない事、起きるかも知れないって分かってたのに、マゴにい、いいよって言ってくれた」
「…多分、そこまで考えてないと思うけど。コイツ」
「それでも、あたしのせいでマゴにいがこわい目に遭っちゃったのは変わんないもん。ヨリちん…あたし、どうしよう。ごめんなさいすれば、許してもらえる? あたし、マゴにいに、嫌われたくない。嫌われたく、ないよぉっ…」

 湯呑を握り締めながらそう話す彼女の切実な気持ちと、彼女にとっても自分にとっても大切な存在である幼馴染への身に染みる思いの強さに柄にもなく、彼女の少しばかり傍へと寄ってはそっと頭を撫でてあげた。

「…バカな事、言ってんじゃねぇよ。この、マセガキ」
「うぇ?」
「ったく。そんなんでコイツがお前の事、嫌いになると思ったら大間違いだ。それに、悪いのはマゴを襲ったクソッタレ以外の何者でもねぇよ」
「で、でも…!」
「もしコイツが、お前のせいで、なんて言い始めたら俺が一発ぶん殴ってやる。ま、絶対、有り得ねぇと思うけどな」

 それはそれでいい気分か、なんて心の中で冗談交じりに呟いて、右手拳を開いたり握り締めたりしながらにやりと口元を歪ますと、しばらくしょんぼりと肩を落とし続けていた彼女の表情がようやく少しばかり明るさを灯し始めていた。何それ、よく分かんない、なんて眉を顰めながら突っ込んでくるも、声はどこか嬉しそうな温かみを帯びていて思わずつられて笑ってしまった。

「ヨリちん…」
「…なんだよ」
「ありがとっ」
「泣くな、バカ」
「……今度は、一緒に、三人で、花火見ようねっ」
「…しゃあねぇな。考えといてやるよ」

 ぽろぽろと涙を流しながら輝く彼女の笑顔につられて、にししと目を細めながら口角を上げる。見下ろせばすぐに幸せそうに涎を垂らしながら深く眠っている幼馴染がいて、また明日から戻ってくるであろういつもの日々が、今だけは堪らなく愛おしく感じた。
 そして後日。犯人の男は手紙に混入されていた物的証拠と住居侵入罪、誘拐と暴行、さらには危険な薬物を無資格に所持し不当に使用した事、そして今までに繰り返されていたストーカー行為の余罪等々盛りだくさんの罪状により即刻豚箱入りを果たしたとニュースで聞かされて、とりあえず一安心する事ができた。あの夜の事件から一週間程が経過した頃、ようやく調子を取り戻しつつあった幼馴染から礼をしたいとの電話が掛かってきたのでふらりと店へ立ち寄ってみると、久方ぶりに彼の手作りの夕飯をご馳走してもらう事になった(ご馳走っていう程凝ったものは作らないが、昔の事を覚えていたのかはたまた偶然か、何故か小さい頃から好きだったオムライスを作ってくれていた)。

「マゴにい、おかわり!」
「はいはい、お椀持っといで」
「バカヤロー、そのラストのチキンライスは俺のだ!」
「早い者勝ちだもんねー! マゴにい、早く早く!」
「ったくもう、ちっちゃい子とメシ争いなんかするんじゃないよ」
「だって今日の主役は俺だろ? 譲らねぇぞ、絶対に譲らねぇからなー!」

 どたばたと居間とキッチンを駆け巡る衝撃で、居間の壁に掛けられたコルクボードに画鋲で貼り付けられた幼馴染と看板娘、その中の左上に空いたスペースへ、いつの間にか撮られていた自分の笑った顔が欠席者のように貼り付けられた、なんとも継ぎ接ぎだらけの三人が写る花火の写真がゆらゆらと揺れている。
 こんなアホみたいなおかしな会話がいつの間にか日常になりつつあり、そして、今だけ感じる事のできる幸せで大切な時間なのだと理解する事ができるのはまだまだ当分先の話なのであった。


(2016.08.08)


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