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(どうしたんだろ、ヨリのヤツ…)

 ばつが悪そうに居間を出ていった黒い背中と自分の間を襖が断ち切るまで、満たされたはずの胸の奥がいつの間にか不安な気持ちで塗り返されてしまっていた。
 二十年前のあの日に初めて食べた幼馴染のオムライスは、今でもはっきりと記憶に残っている。それまでに食べてきたオムライスとは段違いと思える程の、調理場のおじさんおばさん顔負けであるその美味しさは忘れようと思っても忘れられない、それ程に彼の作るオムライスはとても美味しかったのだ。

「あ…ごめんよ、リン。一口くらい食べさせてあげればよかったね」
「へ? あ、ううん。あたしは大丈夫だよ。さっきちょっとヨリちんにあーんしてもらったし」
「そうなんだ。どうだった、味」

 いつの間にかもぞもぞと布団の中に入り、その温かい体温を感じられる程にぴったりと隣りへくっついてきた看板娘は、にこにこと可愛らしい笑顔を掲げながらこちらを見上げて言った。

「うへへ、すーっごいおいしかった! あたしももう一回食べたいから、がんばって風邪引いちゃおうかな」
「あははは。気持ちは分かるけど、だーめ。オムライスの為に風邪なんて引くんじゃないよ。ヨリに頼めばまた作ってくれるさ」
「…うん。そうだと、いいんだけど」

 明るさを保ちつつも、自分と同じく彼女が心配そうな視線はやはり、今まさに居間の隣りにある台所にいるであろう存在へと向けられていた。
 人の事を言えたものではないが、幼馴染である彼は昔から自分の話をするのは好きではなかったのだろうと今でも思う。下手に掘り返されたくないのか、そもそも興味がないのか。もしくは話をする事自体、あまり好きではないのかも知れない。それを無理矢理に引っこ抜くような悪い趣味は持ってはいないけれど、一人何か悩みを抱えているせいであんなにも不穏な雰囲気を纏ってしまっているのであれば話は別だった。

(…なんだかんだ、アイツにはいつも助けてもらってばっかりだし。俺だって、力になれるんだったら、なりたい…)

 音信不通だった十年という月日はあまりにも長い。その長すぎる空白の期間の中で、彼が何処で何をしていたなど知る由もないのだけれど、自分にとっても彼女にとっても、最早家族同然のように大切で大きな存在となっている事には間違いはなかった。

「…リン」
「なあに?」
「お前の母さんと父さん、絶対に、見つけような」
「…うん」
「もし、いつか別れる日が来ても…俺達はずっと家族だ」
「っ…うん…!」

 腕にしがみ付く小さな体がぶるりと震える。温かな布団の中に埋もれた手のひらと手のひらが、触れた瞬間にゆっくりと自然に絡み合っていった。
 数十分たった今も、未だ彼はまだ戻らない。部屋には静かに鼻を啜る音だけが小さく響いて、近くも無くそう遠くも無い未来に、少なからず寂しさを感じている彼女の頭をぽんぽんと撫でる事しか今の自分には出来る事はなかった。


(2016.08.21)


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