「なに、これ…」

 昨夜は気付かない間に眠ってしまったのか、久しぶりに居間で酒でも飲もうと幼馴染に提案され、ちびちびとテレビ番組を眺めては二人でどうでもいいような話をしているうちにコタツに突っ伏したところ静かに眠りへとついてしまったらしく、どうやら彼に寝室へと移動されて現在に至るのであろう、と隣りで気持ち良さそうに眠っている幼馴染の表情を見下ろして小さく苦笑を漏らした。しかし、それだけで話が終われば特に問題なく本日も平和な一日を過ごせるはずだったのだが、どういう訳か自身の体のあちらこちらに異変が生じている事に気付き、あまりの唐突さに頭は付いていかず自身でも驚く程の叫び声を上げてしまったのだった。
 その声のおかげですかさず布団から飛び起きた幼馴染は当の本人よりも慌てふためいており、心配そうに声を掛けている彼の腕を取っては、至極冷静にその手のひらを胸に当て、柔らかいクッションのような感覚を味わわせた瞬間に目の前の褐色肌は一瞬で赤く染まっていったのだった。

「マ、ゴ…これ、もしかして…おっ」
「ぱい、です」
「し、下は…」

 本来ならば下半身に存在する膨らみもすっかり消え失せ、萎むようにへこんだグレーのスウェット越しに股間を手のひらでぱんぱんと叩いてみるも確認できず。仕方なしにウェスト部分を恐る恐る引っ張り、そっと中を覗いてみればそこには長い事目にしていない、異性の一糸纏わぬ下半身が目に映ったのだった。

「な……ない、です、た」
「そ、そんな…バナナ…」


***


「一体、どうして、何ゆえにこんな事に…」

 普段よりも気持ち長めのツヤのある髪、豊かとは言えずとも嫌でも目に入る仄かな胸の膨らみ、そして一番の違いは、今や自分の頭一つ分ほど低く縮んでしまった身長だった。さすがに二十センチもの高さに差が出ると視界の違いが著しく感覚がよく分からないのか、初めのうちは真っ直ぐ歩こうとするだけでも足がもたつき、第二の仕事場である台所でも今まで余裕で手が届いていた上棚に例え背伸びをしても触れる事すら叶わず、仕方なしにと番台に置かれた幼女用の踏み台を持ち運んでは大きく溜息を吐きながら収納されている食器を一枚一枚取り出していた。
 本来ならば今日は朝からハイカラシティへと出向き、ガチバトルで一人稼いでこようと昨晩までは意気込んでいたのだが、そんな幼馴染である彼を一人にしておくのはさすがに不安な要素が残り、個人的にも目を離せないレベルの気が気でない状況である為、少々お財布の中身が乏しい状態ではあったものの背に腹は代えられないという事で、今日は一日彼の側で様子を見る事にした(普段あまり甘えない傾向のある幼馴染であったが、今回ばかりは余程不安であるのか、今日は店にいて欲しいと本人自ら素直に訴えていた)。

「…心当たりはね、あるんだけど」
「なんだよ、言ってみろ」
「ううん、実はその…」

 天気が優れず昨日の晩から居間に干していた洗濯物を正座をした膝上で畳みながら、小さく溜息を零しつつ少々浮かない顔で呟いた彼の言葉にはさすがに肩を落とさずにはいられない。
 話を聞いてみればどうやら最近不眠に悩まされていたらしい幼馴染は何故だか知人である腐れ縁のボーイ、ダビデに相談をしていたようで(何故自分には話さなかったのかと問い質したところどうもはっきりとせず、上手く誤魔化されてしまった為、真偽の程は定かではない)、その際にこれを飲めばよく眠れるとあくまでも善意である薬を受け取っていた、との事(怪しい事この上ない)。そして物は試しにとその薬を昨晩夕飯を食べた後に一粒飲み、一夜を明かした結果がこの異常すぎる事態を引き起こしたのではないか、との考えのようだった。

「寧ろそれ以外にあるか! 用意周到のアイツのこった、どうせ解毒剤みてぇなのがあんだろ! 待ってろ、すぐにふんだくってきてやる!」
「ま、待って待って! それが原因かどうかもまだ分かんないし、えと、うーんと…あ、そうそう! 今日はダビデさん、仕事で遠出してるって言ってたからお店行ってもいないと思うよ! ねっ!」
「…チッ、仕方ねぇな。だったら今日は一日様子見るしかねぇか…」

 以前から自分の知らないところで幼馴染に仕事を押し付けてくる知人の仕業に間違いはないと確信はあったものの、当の本人が行方知らずとなれば悔しくもどうする事も出来ない。試しに電話だけでも掛けてみようと試みるもこういう非常事態に限って応答はなし。商売をしているくせに客からの電話に出ないとは何事だと更に膨らむ怒りを残り僅かな自制心でなんとか宥めつつ、今はとにかく不安ばかりが募っているであろう彼の傍に寄り添う事が第一と考え、思い通りにいかずに肩を落とす幼馴染のサポートに徹している現在に至る。
 そんな時に限って来て欲しくない存在は意気揚々と店へと足を運ぶもので、番台をするにしても下着はどうするべきかと二人で議論を交わしていた中に、その厄介者は高らかな声を上げながら勢い良く玄関の引き戸を開け放っていた。

「やっほー! おっちゃーん!」
「遊びに来たぞぉー!」

 ナワバリバトルを堪能した帰りであるのか、少し大きめのショルダーバックを肩に掛け、そしてその隣の頭二つ分程背丈の小さいガールは豪快にもパブロを真っ直ぐに挿し入れたリュックサックを背負っては、こちらの姿を確認すると嬉しそうにぶんぶんと手を振りながら店の中へと踏み入れてきた。

「はぁー…こんな時に限って面倒くせぇのが二人…」
「ヨリちんおふろ! 汗びちゃびちゃ!」
「ちゃんと牛乳用意しといてけろー!」
「あぁもう分かった! 分かったから、ちょっと待っ…」

 店の常連客でもあり友人でもある、肌が真っ黒で少々訛り口調が特徴のガール、通称焼きイカ(自分はこんがりニットと呼んでいる)と、その彼女の腹違いの妹であり最近になって幼馴染が昔愛用していたというパブロでナワバリバトルに励んでいるこの店の看板娘、リン(通称、幼女である)がどたばたと居間の方へと駆け込んでいった。あまりに騒がしいのでここは自分がガツンと一喝しなければ、と奮起した直後、どうやら普段と様子が違っている幼馴染に気付いたらしく、おそるおそる彼の目の前へと腰を下ろしたかと思えばゆっくりと伸ばされたこんがりニットの両手が迷う事なく微かに膨らんでいる胸をフク越しに掴んだと同時に、その唐突な行動に驚いた幼馴染の悲鳴が店中に響いたのだった。

「ひあぁあっ! な、何してんの!?」
「やっぱり! ほら、リンちゃんも触ってみい!」
「おう、どれどれ…うっほ、マゴにいのおっぱい…」
「ちょ、待って! リンちゃ、あっ…や、あんっ」
「おい、そこのバカ姉妹! んなのいいからさっさと風呂に入れー!」

 ボーイ同士で暮らしている為、ガールが着用している下着など存在するはずもなく、結局いつもの薄いハラシロラグラン一枚のみを着ていた幼馴染を突如現れた姉妹二人がもみくちゃに弄んでいた(前からこんがりニット、背後からは幼女が胸を揉みに揉みつくし、あまりの酷さに目も当てられなかったものの、その中で所々紛れていた甘い声に少々興奮したという事実は否めない)ところ、さすがに止めてやらないと収拾がつかないと思い仕方なく怒号を浴びせてやれば、すたこらと逃げるようにけらけら笑いながら更衣室へと逃げ、反省の色など全くないままに沸いたばかりの風呂を堪能したようだった(この時点でもう疲労感が尋常ではない)。
 その後、めそめそとしばらく沈んでいた幼馴染を宥めつつ、興味津々に現状について問い詰めてきた彼女らに面倒ながらも説明をしてやれば顔を見合わせ頷いた二人が突然持っていた紙袋の中からがさごそとあるものを取り出し、未だ肩を落とす幼馴染へそっと何かを手渡していた。

「えっと、これ…は?」
「んとね、さっき焼きイカちゃんとね、バトル帰りにアロワナモールに行ってきたの」
「そこのお店で買ったものなんだけんどよぉ、セール品じゃから大きいサイズしかなくてな? でも安かったからついつい買っちまってさぁ」

 そう言いながらこんがりニットが目の前で広げたのは派手好きな彼女からはあまり想像しにくい、縦に線の入ったシンプルなデザインの薄いグレーのタートルネック、そしてドーナツ状にした薄手の布にゴムを通して縮ませた深緑のチェック柄がかわいい髪飾り(シュシュ、というらしい)だった。どうやら先程の詫びにとプレゼントをしたいらしく、幼馴染は遠慮をしつつも今の自分に合うサイズのフクを所持しておらず困っていた事は事実の為、折角だから貰っておけとこちらから促せば渋々ながらも彼女らに礼を言いつつ受け取っていた。それでは早速とでもいうように、奥の居間兼寝室へと無理矢理押し込まれた幼馴染は困惑しながらも恐る恐る着替えてみたところ、意外にも着心地は良いらしくタートルネックの少し長い袖を捲りながら照れ臭そうに再び三人の前へと姿を現した。

「おぉ〜! めんこいめんこい!」

 首元をすっぽり隠して手の甲まで伸びる程の長い袖、ゆとりのあるフクのおかげか、そのだぼっとした緩めの構造が胸を主張させずに裾も臀部を覆うまでに至る為、人目が気になる箇所に関しては全てを隠す事が出来ている程にその体つきによく似合っている。そして長い二本の群青色の髪はシュシュで首元に一本で纏め、左肩から流れるように胸元へと下ろす姿を見て思わずごくりと息を呑んだ(そんな下心があるとばれたらタダじゃ済まない気がして何とかその熱を再び飲み込んだ)。

「これ、生地が厚めだから透けないし、いいかも…」
「それ、あげっから元に戻るまで着てっといいべ」
「あ、ありがとう、二人共。この髪ゴムも、ごめんね。ちょっと借りるよ」
「それは元々マゴにいにプレゼントしようと思ってたやつだから、気にせず受け取っちゃっていいやーつ! ね、焼きイカちゃん!」
「うむうむ」

 何でこの若い娘たちはガール用の髪留めを三十五歳のおじさんにプレゼントしようと思ったのか。
 深まるばかりの謎は解明出来ずとも、とにかく現段階に置いてはこの状況のままに店を経営する他ままならない。本来ならばガールになってしまった幼馴染を誰にも見せたくないというのは本音であるものの、至極残念ながら二人の財布は月の中でも特に寒々としてしまっている時期であり、出来れば一日たりとも店を閉めたくないというのが現実で、ハイカラシティへと出稼ぎが出来ない今、風呂に入ってさっぱりとした二人が各自帰宅した後、渋々ながらも幼馴染はいつもの番台という名の定位置へと腰を下ろした。

「はぁ…とりあえず、俺はいつも通りここにいるから。ヨリは悪いけど男湯の更衣室、掃除してくれる? 女湯はさっき二人が来たから慌てて片付けたんだけど…」
「ん? あー、分かった。そんじゃあ、何かあったらすぐ呼べよ」
「うん、ありがとう」

 座布団の上に座ると余計に分かる体の縮み具合に思わず声に出して小さいと言ってしまいそうになるも、何かと機嫌が悪くなりそうだと気付き慌てて飲み込んでは腹の底へと沈めた。しかし服装と背丈が変わっただけで他は普段の幼馴染とそう変わらず、薬が切れるまでの辛抱だと早期の復帰は諦め、ようやく静かになった店内、更衣室の辺りに舞う埃を適当に掻き集めていると、背後から早速雄叫びが上がり、大きく溜息を吐きながら持っていた箒と塵取りを投げ捨てては番台へと早足で向かった。




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