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勢いに任せる、という足りない頭で考えた良策は自分自身で出鼻を挫いてしまうという失態を招き、当然ながらその作戦は失敗に終わってしまった。がらんとした台所と、そこから渡り廊下で繋がる休憩所、そして脱衣所にも人気はなく、時間帯的にも店を閉める時間であるせいか、入口から顔を出して外を見渡すも誰かが訪れそうな雰囲気は既になかった。
とりあえず未だに出したままだった玄関の暖簾を中へと下げ、施錠を確認した後に冷たい夜風に当たったせいか急に下半身がぶるりと震えてはそっと催してしまい、早足で廊下を抜けてはお手洗いへと駆け込む。冷えた便器に腰を下ろしながら、数十分前に起きていた稀有な出来事を思い返しては重くなっていく頭を両手で抱え、溜め込んでいた全てを吐き出すかのように大きな溜息を吐き捨てた。
(ある意味、トラウマになってんな…ほんと)
店の常連客であるサファリハットの彼に(奇しくも)手取り足取りアドバイスを受けたはいいものの、結局分かったのは散々躊躇して来たもののその一線を乗り越えなければ変わるものも何も変わらずに終わってしまう、という事だけだった。何もせずにいるのだけは絶対に避けなければならない、と何度も踏み出そうとした結果が今であり、しかし、時間が経過すればする程、脱出口は縮み細くなっていく。つまり、現在後戻りなど許されない正念場である事に違いはない。下げていたスパッツを勢い良く上げ、叩き割るように木製の扉を開いてはどすどすと足音を立てながら廊下を歩き、襖の取っ手にそっと手を掛けた。ふう、と一息深呼吸をしてから一気に開けようとしたその時、まだ力を入れていなかったはずの襖は自動的にスライドをして滑らかに開き、部屋の中心に置かれたコタツと、目の前で呆然としながら立ち尽くす幼馴染が突然視界の中へと映ったのだった。
「うわ! いつからそこにいたの?」
「今さっきだよ! 急に開けんな!」
「急にって言われても、いるの知らなかったし…」
てっきりまだトイレにいると思っていた、と咄嗟に言い訳をした幼馴染は、驚きながらも居間の中へと手招きし、定位置の廊下側のコタツ机の前に自分が腰を下ろすと、お盆に乗せてあった湯呑を手に取り、どうぞと声を添えて目の前へと置いた。彼はというと台所側の斜め向かいにどっしりと座り込み、自分の分の湯呑に口を付けながら途中だったらしい家計簿と面と向かってはボールペンを握り締めた。
いつもの日常のはずなのに、不思議な緊張感が漂っているのは恐らく気のせいではない。会話が弾まずとも落ち着く空間であったはずの部屋が、今日だけは妙な静寂が纏わりつき体がそわそわして堪らない。何かしらどんな話題であってもしゃべっていた方がいいのではないか、そう思い頭が真っ白のまま口を開こうとした瞬間。
「あ、の」
「なっ! なん、だよ…」
「っ……えと、その」
「い、言いたい事、あるなら、はっきり言えよ」
自然と出た自分のその震えた言葉に心底がっかりした。もっと真面な事を真面な声で言えないのかと自身に問いかけるもその答えは悲しきかな、ノーである。頭の中で事前にシミュレートした事などとっくに頭の中からは消えてなくなっていて、どくどくとうるさく脳内で響き渡る心臓の音がやけに耳について離れず、最早自分が何を言っているのかさえも分からなくなっていた。
「い、や、やっぱり…なんでも、ない」
「…あっそ。じゃ、俺…先寝る、から」
今まさに、認めたくなかった腑抜けさが酷く露呈して自分自身を思わず殴りたくなった。準じてその場に立ち上がり、逃げるように背を向け看板娘が眠る隣の居間へと移動しようとしたその時、どこかに躓くような畳の擦れる音と、背中に伸し掛る突然の重みに踏み出した足が止まる。
突如として腰に回された腕と乗じて沈んだ体が、思わぬ接触に驚き硬直して身動きが取れない。じんわりと腰から伝わる、久々の彼のぬくもりが既に高鳴り続けていた心臓を更に苦しめては締め上げていくのと同時に、背中に嫌な汗が流れるのを感じてごくりと息を飲んだ。
「…え、と…マゴ、さん?」
「…い、」
「い?」
「行か、ないで」
一瞬、ちくりと胸に痛みが生じた。
幼馴染の明らかに力のないか細い声を耳にして、ようやく俯いたままの顔をゆっくりと反転させると、見下ろした先で小さな雫を瞳に浮かべた彼がじっとこちらを見詰めていた。咄嗟に引き剥がそうと肩を掴むも、回す腕に込めた力を抜くつもりはないのか、頬を腹に擦り付けるようにその身を寄せては絞り出したかのような声でぼそりと呟いた。
「この間は、本当に、ごめんっ…! もう、大丈夫だから…だから、俺の事、嫌いにならないで…ヨリッ…!」
濁声で告げられた、奥底に沈ませていただろう本当の気持ちが吐き出されたその時。無意識にそっと頭を撫で、不思議に思った彼がその腕の力を緩めた直後、雪崩込むように畳の上へとその体を押し倒していた。思いもしていなかった事態に目を丸くさせたままの表情を影の中へと溶かすように重ねては、後頭部を掴んでかさついた唇を噛み付くように貪っていく。
「んっ、う、ふ、あぁっ…!」
数日ぶりの甘い口付けと、ぶるりと震え上がる程の突き刺すような刺激が自制していたはずの心を奮わせた。数十秒という長い時間の繋がりを解いた後、自分でも止められない程の衝動が背中と畳の間に腕を忍ばせて、自身の胸に涙を押し潰すようにその存在を確かめるよう掻き抱いた。
「は、あっ…う、うぅ…。すき、です…ヨリの事が、好きっ…!」
「んなの、とっくに、知ってるっ…!」
「だか、ら…も、いなくならないで…。お願、っ…んうぅ!」
一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
思い返せば返す程に悩みが深く巧妙に絡み合い、暗闇の中で見えない出口を探し続けるのはもう嫌だった。寧ろ、どうして今まで性に合わないような、うじうじといつまでも頭を抱えるような事をしまっていたのだろうと後悔さえする程に。
寝巻きのFCジャージーのファスナーを一気に下げ、露わになった薄い胸板を撫でるように手のひらを滑らせて、その中で染まる突起を指先で弾けば、彼が顔を歪ませ見開きながら怯えるような声を漏らした。
「ひ、うっ! や、だ…」
「怖いか?」
「え…?」
「もう二度と、あの日と同じ思いをさせたくない。無理をさせてしまうだけなら、しなくたって構わない。お前が隣りにいてくれるだけで、俺は、」
「い…嫌だ!」
「いでぇ!」
急に上半身を起こしたかと思えばそのまま額と額がぶつかり合って、互いにお裾分けし合った痛みを手で押さえて和らげていると、目の前の幼馴染は黙々と着崩れたFCジャージーを、そして黒のスウェットを次々と脱ぎ捨てては丸めて側へ置き、一糸纏わぬ姿で頬を赤く染めながらゆっくりと股を開いていた。その様子を呆然の眺めていたのち、慌ててその足を力ずくで閉じると、すぐさま不満そうな表情を浮かべた彼がなんとか再度開こうと無理矢理力ずくで抵抗を始めた。
「ぐぎぎっ…何、やってんだよ! このバカ!」
「ヨリ、こそ、邪魔しないで…っ、ぐぬぬ!」
「何だって、急にこんな…う、わっ!」
普段の彼からは想像できない力で脇からの圧力を跳ね除けると、今度は体を反転させて這い蹲るように背中を向けては、尻を突き出すように下半身を上げ、顔を床に伏せながらそっと地に向かって小さく零した。
「…怖く、ないよ」
「で、でも!」
「本当に、もう、大丈夫だから…。お願い、ヨリ」
抱いて、ください。
覚悟を決めた、その力強い声と言葉に冗談で言っている訳ではないと瞬時に理解した。二人、意識的に距離を置いていた、たった数日間の中で彼が何を思い、何を考え、どんな気持ちでいたのか等知る由もなく、しかし、あの日から百八十度変わってしまった関係は一度の過ちで崩壊してしまうような簡単なものではないと信じていた。叶うと思っていなかった恋が意外な展開で結ばれ、今でも嘘だと言われればそう思い込んでしまうくらいに奇跡的な成就によって、出来るだけ危険な道は絶対に通らないと決めていた。しかし、それは許されぬ事であり、避けては通れないものなのだとあの夜に存分と思い知らされてしまった。
(でも、一人じゃ無理だとしても、きっと)
黙々と乱れたロッケンベルグTブラックとグレーのスウェット、履いていた下着を脱ぎ、痩せ気味にくびれた腰を掴んで、ぴったりと自身の胸と彼の背中を合わせては既にそそり立つ陰茎を臀部へと擦り付けた。直後、びくりと強ばらせた体へ覆うように被さり、座布団に顔を埋めて耐えている彼の頭をそっと撫でてやる。そのまま落とすように下ろしては、爪が食い込む程に込めた右手をそっと包み込むように握り締めた。
「ヨリ…?」
「…痛かったら、すぐに言え。指、入れるぞ」
「っ…違う、指は、やだ…!」
「何言ってんだ! 慣らさねぇと、また…」
「もう、やったの。さっき、お風呂で」
「はぁ!?」
まさかと思い、そっと人差し指の先を後ろから差し込めば、以前よりも入口付近の括約筋に緩みが生じている現状に思わず目を見開いた。確かに、陰茎を入れられるくらいには既に穴は広げられていて、後はローションの代わりに自身の唾で中を滑らせてしまえば挿入するのは難しくない状態だった。
「な、んで、お前…!」
「…だって! 俺だけじゃなくて、ヨリに少しでも気持ち良くなって欲しいから、だから…。こんなのやった事なんてないし、上手く出来たか、分からないけど」
「…あぁ、もう! お前ってヤツはぁ…!」
「へ…? あっ、うわぁ!」
掴んでいた右手を持ち上げ、体を反転するように転がせば両足の間を割くように体ごと足を踏み入れて、すぐさま彼の首元に顔を埋めては右耳から首、胸元、肩、腹、脇腹へと軽いリップ音と共に弾かせると、嫌そうな顔を提げているのを無視しながら目元へも落とし、最終的に辿り着いた胸の突起を軽く歯で挟んではじゅるじゅると音を立てて吸い付いた。
「ひっ! う、うぅ…あ、ぁあっ! い、やっ…だめっ!」
「こっちも、欲しいよな…っ」
「う…んぅ、ううっ! それ、やだ! へん、な、感じす、る…! ひ、うぅっ」
ぺろりと舌で口元にはみ出た唾液を舐め取り、右手で頬を撫でながら左手で彼の既に硬くなった陰茎を根元から握り、ゆっくりと上下に扱いてゆく。繰り返す度に漏れる嬌声に、自身のものをこれ以上我慢は出来ないと訴えてくるかのように隠れた血管が浮き出る程に主張していた。その間にも彼の方の先から溢れ始めた白濁を握りながら親指で亀頭を舐めるように拭き取り、既に緩んでいる後ろの中へ塗るように擦りつけていく。
「…ふ、うっ…今、なに、して」
「いくら慣らしてあっても、潤滑剤ねぇと痛ぇんだよ」
「だ、だからって…!」
「悪い、マゴ。俺ももう、余裕がない」
冷静さなど、もう微塵にも存在するはずがなかった。
膝を立てて力なく置かれていた両足の足首を掴み上げ自然と浮いていく彼の腰と、順じて隠すもの一つなく丸見えになった後孔に気分が高まらずにはいられない。誰にも聞こえないくらいの小さな声で苦笑し、やはりまだ不安そうな表情で顔を赤らめる彼の額を撫でながら左耳へと顔を寄せては目を瞑り、囁くように彼の綽名を呟いた。
「…マゴ」
「う、やぁっ! い、やだ…や、めてよっ」
「…挿れるぞ、いいな」
「あっ…う、ん」
「手…握ってて、やるから」
右足首を握っていた手を一度離し、頭の脇へ上げていた手と合わせ絡め取るようにそっと握り締める。空いた右手で左足を持ち上げて、視界いっぱいに映る火照った顔をただただ見下ろしているだけでも、乾いた心は十分に潤いを齎していた。しかし、今となってはもうそれだけでは満足なんて出来ない。
ゆっくりと足を上げて自身の陰茎を後ろへ合わせるようにぴたりと押し付ける。う、という低い呻き声が漏れて、一度動きを止めて顔色を窺えばすぐさま首を横に振られ、不服ながらもそのまま行為を再開する。亀頭が入口に収まり互いに荒くなっていく呼吸を落ち着かせながら、視線を合わせ頷き合った後、そこからゆっくりと沈ませるようにずぶずぶと奥へと挿し込んだ。
「はっ、あ、あぁ、う、う…ん、うぅっ!」
「っ…くっ、うぅ…マゴ、マゴッ…」
「い…だっ! あぁ、あ…くっ、ふ、うぅ、うっ」
「…頼む、無理だけは、すん、なっ……あぁ?」
瞬間、視界が淀むように波打っているのにようやく気付いた。
人生で初めての挿入であり、しかも養護施設に入所していた頃からずっと想い続けていた幼馴染と、確かに今一つに繋がっている事実を目の前にしていつの間にか目頭が熱くなっては、自分でも止められない勢いで、熱を帯びた彼の頬をまるで冷やしているかのようにぽたぽたと雫が落ちていた。そんな滝のような涙の雨を受け、息を切らせて力なく浮かんだ左手を浮かせると微笑みながらも彼はひたすらにその指先で拭ってくれていた。
「…もう。この、泣き虫」
「っ…! お前だけには、言われたく、ねぇよ…! ばーか…」
つられるように困ったような顔のままの笑顔を零せば、少しばかり浮かんだ顔が涙でびしょびしょになった唇同士がぶつかるように重なり合わさった。それが何故だか悔しかったので押し込むように乱暴な仕返しをしながら腰を動かすと、悲鳴のような声が次第に甘いものへと変化して、何度か繰り返したのちに唐突に奥へと突き挿してやれば、イイところにたまたま当たったのか、弓なりに曲がった体がさらに腰を浮かせて、今までにないくらいの高い声が溢れんばかりに彼の口から次々と飛び出していった。
「あっ! だ、めっ、そこ、へんっ! やっ、だ…ふ、あぁんっ!」
「…気持ち、いいかっ…なぁ、マゴ…言って、みろよっ」
「ひっ、あ、んっ、うぅうっ! き、もち…い、きもち、いい、よっ…ヨリッ…!」
「そう、かよ…! 俺、もっ、限界ッ…!」
「っ…ん、ふ、うぅ…あっ、や、だめっ! あっ…ん、あぁあっ!」
肉を叩きつけるように上下に動き続けていた中である一線、張り詰めていたはずの糸が切れたように溢れ出しては中を満たしていった欲望が、歯止めが効かずにどくどくと流れていく快感に危なく気を失いそうになった。強く握り返されていた力を更に強めて、上手く浮いた左足から手を離し彼の背中へと回すと潰れてしまわないか心配になる程にくたりと力の抜けた体を必死に抱き留める。
出し切ったところでずるりと後孔から抜け落ち、どろどろと白濁が零れ落ちているのも気にする事なく、この幸せとようやく彼の全てを感じる事の出来た喜びを今だけは許される限り浸ったままでいたかった。
***
「こんにちはー」
「あぁ、ヒナタくん。いらっしゃい」
いつもより少し遅めに顔を見せた常連客の友人は、にこにこと優しい笑顔を掲げながら店へと足を踏み入れた。既に入湯済みの彼の相方は既に休憩室でイチゴ牛乳に嗜んでおり、何故だか彼と折り合いの悪い幼馴染も同じものに口をつけてはどうやらどちらが早く飲み切る事が出来るか、などというなんとも子供じみた戦いを繰り広げているようだった。クツを脱ぎ入湯料を支払って、男湯の暖簾を潜ろうとした直前、振り返った彼が何か思い出したように慌ててUターンするように番台へと戻ってきた。
「あ、の」
「何だい?」
「えと、その…元気になったみたいで、良かったです」
「…あ。はは…もしかして、顔に出てた?」
「出てるもなにもダダ漏れです。俺もアイツも、ずっと心配してたんですよ」
眉尻を下げながら困った表情で告げられた言葉に溜息しか出ない。なるべく顔に出さないよう隠していたつもりだったのだが、どうやらそう思っていたのは自分だけのようだった。
「はぁ…なんだか、また色々と迷惑かけちゃったんだなぁ」
「いえ、俺は何にもしてないですから。アイツはなんだか…ちょっとお節介な事、したみたいですけど」
それじゃあまた後で。
そう続けてそそくさと男湯へと消えていったヒナタくんの背を訳の分からないまま見送ると、ちょうど休憩所で言い争っていた二人が肩をぶつけ合いながら奥の休憩所から姿を現した。空のビンをゴミ箱に放り投げながら悪態をついている様子を見る限り、どうやらいつもの通り常連客であるサファリハットの彼に今回も軍配が上がったようである。
「お前な…あのラストスパートは卑怯だろっ」
「卑怯も何もないな。俺は最後まで体力を温存していただけだ」
「あぁ、そうですか。そうですよねぇ、随分と余裕綽綽でしたもんねぇ!」
最早ボロボロの床を蹴りながら不機嫌さを露にしている幼馴染に店を壊さないよう注意をしながら、今し方ヒナタくんが店へ訪れた事をマサキくんへ伝えると、番台の受付カウンターに肘をつきながら、サファリハットの影で怪しく微笑んだ彼がいきなり自分の被っていたエゾッコメッシュの鍔の先を掴み、それに驚き見開いた表情を見上げるとくつくつと押し殺すように苦笑を漏らしていた。
「…どうやら、上手くいったみたいだな」
「へ? あ、うん?」
「いい顔してる。…安心した」
「ちょ…おま、何して」
「悪い、もう一回入ってくる。これ、お代だ」
「あ、はぁ…どうも」
あれよあれよと言うままに早々と流れていく頭に入らない会話を理解する時間などなく、入湯料を半分押し付けられた形で支払われ、反動的にロッカーの鍵を渡せば逃げるように男湯の暖簾を潜りその姿を眩ませてしまった。
そんな逃げ足の早い彼に文句の一つ言うタイミングも掴めず(何の文句を言いたかったのかは知らないが)、呆然と立ち尽くす目の前の彼の頭を、自分でも何を思ったのか衝動的にその頭を優しく撫でてあげた。
「うわ! な、なんだよ!」
「え? あ、いや…その、なんとなく」
「…あっ、そう」
本人も満更ではないのか突き出した手を弾くことはせず、されるがままに背を向けて受付カウンターに両肘をついていたので、そこでまたもや謎の悪戯心が芽生えてしまい、心の中で静かに微笑みながら、そっと耳元へ顔を近付けて一言、息を吹きかけるように小さく囁いてやった。
「…好きだよ」
「う、おおぉっ!? やめ、や、ちょ、うっ…あぁもうー!」
すっと耳から入り込んだ空気が彼の体をびくりと震わせて、こればかりは怒られてしまうだろうか、と思わず身構えると、振り返った彼の顔はこれまたトマトのように真っ赤に染まり、涙目になりながら意味の分からない叫びを上げたかと思うと、全速力で廊下の奥へドタバタと足音を立てながら走り去っていったのだった。
「ふぅん…変なヨリ」
(2016.09.28)
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