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「ほら、着いたぞ」
人気のない夜道をおぶってもらいながら歩き続けて数十分。ようやく見慣れた門構えが視界に入り、ショルダーバッグに乱雑に入れられた玄関の鍵を幼馴染へ手渡してようやく一呼吸おける我が家へと帰ってきた。投げるようにサンダルを脱ぎ払われ、番台のすぐ手前にゆっくりと降ろされると、すぐさま痛む足首に手を添え少しだけ宙に浮かせながら様子を見た彼はここで待ってろと一言だけ残し、古い床を軋ませながら店の奥へと姿を消した。
暇を持て余すようにぶらぶらと足をバタつかせ、赤くなった足首を見て小さく溜息を吐いていると、救急箱を提げてすぐ隣りに腰を下ろした幼馴染にべちんと額を弾かれた。
「いでっ」
「大人しくしてろっつの、全く…。ほれ、足。見せてみろ」
ぶら下げていた両足を上げて真っ直ぐ揃えるように床へ伸ばすと、足首に添えられた手が胡座を掻いた彼の膝の上へと足を持ち上げられる。そして、救急箱からがさごそと掘り出した、指先ですくい上げた軟膏を患部に塗りたくられてはぐるぐると包帯を固く巻かれてしまった。
「ん…心配する程、大した怪我じゃねぇな。だけど、腫れが引くまでは絶対安静だ。いいな」
「う、うん…わかった。ありがと」
意外にも手先が器用な彼に一言目を逸らしながら礼を言い、疲れた体を引きずりながら居間へ向かおうと立ち上がろうとするも、がっちりと固定された足を上手く動かせずにもだもだしていれば、それを察したのか背中を向けてしゃがんだ幼馴染が、乗れと一言だけ呟いては手招いたので、一瞬悩んだもののせっかくだからと恐る恐る手を伸ばせば、突然こちらへ振り向き腕を引っ張られた体はあっという間にそのまま彼の胸の中へと落ちていた。
「ちょ、っと! これやだ!」
「へへ〜。そう言うと思って、フェイント掛けたんだよーだ」
「ぐぬぬっー!」
その抱き方といえば所謂お姫様抱っこというアレであり、通常ならば自分は抱く側の性別であるはずにも関わらず、幼馴染にいとも簡単に軽々と抱き上げられてしまった事に不満を覚えつつも、非常に嬉しそうな表情を浮かべてにっかりと口角を上げる彼につられて何故だか声を上げて笑ってしまった。
そのまま横に抱き上げた状態のまま、電気ひとつも付けずに足だけで襖を開き、帰ってきたらすぐに横になれるようにと既に敷いておいた布団へそっと降ろしてもらう。
「あっ〜…お風呂、入りたかったなぁ」
「今からお湯入れんのも面倒だろ。包帯巻いちったし。今日は諦めろ」
「う、うん…」
「…ンなもんより、一個お前に聞いておきたい事がある」
狭い敷布団の上に二人、横に並ぶように腰を下ろせば、先程とは打って変わって眉間の皺を寄せながら眉を顰める彼の渋い表情がこちらを見据えていて、そんなしかめっ面になってしまった原因も思い当たる節などなく、恐る恐る顔色を窺いながらそっとその名前を呼んだ。
「あ、あの…なんでしょう」
「まぁ…別に、大した事じゃねぇけど。何で、だろうなって」
「だから、何が…」
「いや、その…さっき、公園でドタバタした後お前ぷりぷり怒ってたろ。だから、えと…俺、またなんかやっちまったのかと、思って」
そっぽを向きながらぼそぼそとばつの悪そうな顔で零す幼馴染の言葉に、その余所余所しい態度にさせてしまった理由が一体何であったのか最早自分でも思い出せず、腕を組みしばらく頭を唸らせた後、彼が眠そうに欠伸をし始めた頃にようやく思い当たる節が頭の中にふわりと浮かんだ。
「…あっ!」
「はぁ…やっと思い出したのかよ」
「えっと、その…いや、忘れた!」
「嘘を付け、嘘を!」
今現在から数十分前。馴染みの小さな公園で起きたちょっとしたトラブルに一人、あからさまな苛立ちを見せてしまった原因が何だったのかくらいはさすがに覚えていて、しかしそこからの彼との思い出話にて花を咲かせてしまったせいか、次第にどうでもよくなっては今の今まですっかり忘却の彼方へ置いてきてしまったものだから性質が悪い。すでにそんな小さな怒りなど沈んでは消失してしまっていて、今更掘り返されるのも正直なところ恥ずかしくて堪らない。自分自身でさえ、どうしてあんなにも頭に血が上っていたのだろうと疑問に思う程、今は沈静化しているその怒りの原因をどうやら隠さずはっきりと言って欲しい、という事だった。
「別にもう怒ってないんだけどな」
「…そうだとしても。気になるだろ、今後の為にも」
今後の為にも、とは。
思わずそう問い掛けたくなるも、早く説明をしてあげなければ今度はこちらが彼の怒りを買いかねない事もあり、一息ゆっくりと溜息を吐いてから、仕方なしにあの時自身の中だけで生まれた感情を仕方なしに言葉へと変えたのだった。
「…やだな、って。思っただけ」
「やだ、って…俺が?」
「そうじゃなくて。その…俺、以外に、あんな事されてるヨリを見るのが、嫌だった、の」
ぼそぼそと呟きながら、酷く熱くなっては茹で上がったように真っ赤になっている事くらい顔を触れずともすぐに分かった。自覚があるだけに、明らかにずっと年下の若いガールに嫉妬をしている自分自身があまりに恥ずかしくて、堪らず音を立てながら抜けていく力を振り絞っては浴衣の袖を皺が出来る程にぎゅっと握り締めた。
今回ばかりは一方的に襲われていた事もあり、少し威圧的な行動で追っ払ってしまったのも致し方ない事態だったとはいえ、その中でこんなにも邪な感情を潜めていたと知られたら彼は一体どう思うだろうか。あまりの心の狭さに呆れられるかも知れない、と気付いた瞬間に危なく涙が溢れそうになって、どうも女々しい気持ちが胸に宿ってはなかなか消えようとしてはくれない。
話せば話す程、淀んだ声が落ちてしまうのをなんとか留めようと唇を噛んだその時。そのかさついた唇を潤すように重ねられた温もりが自然と溢れだしそうだった感情を塞き止めた。
「んっ…!」
押し付けられた衝動で後ろに倒れそうになった体を、背中に回された腕が落ちるのを阻止し、がくんと急ブレーキが掛かったと同時にすぐさま引き寄せられ、噛み付かれるように貪られていく。半ば強制的に口内へ差し込まれた舌がぴちゃぴちゃと水音を交えながら中を掻き回し、ようやく離れたかと思えば額から瞼、頬、鼻の上、左耳、首元へと少しずつ視線を下ろしながらリップ音を弾けさせていた。
「や、だっ…! も、何してんのっ」
「お前が煽ったんだろうが」
「知らないよ、そんなの! いい加減、離し…」
「俺を取られたくなくて、嫉妬してたんだろ? 名前も知らねぇあの若いガールに」
彼の声で直接自身の本心を知らしめられた事が、顔を合わせられなくなる程に上昇する恥ずかしさで居ても立ってもいられず、しかし、再び包むように優しく胸の中へ抱き込まれた後、見上げた先に広がっていた柔らかい微笑みとじっと見詰めてくる優しい薄茶色の瞳に、いつしか頬に浮かんでいた熱は流れるようにゆっくりと引いていった。
「…悪い。こんな事言っちまうのは良くねぇって、分かってるつもりなんだけど。その…正直、嬉しかった」
「え…?」
「それ程、俺を好きだって思ってくれてるって事だろ? いや、なんか…ええと、あぁくそ! 自分でこういう事言うの恥ずかしいんだけどよ。なんつうか、その…少し、安心した」
俺だけじゃなかったんだな。
そう、困ったように眉尻を下げながら零した彼の言葉に、嬉しさが込み上げると同時に腹の底から沸々と苛立ちが生まれていた。
「…は? ちょ、お、おい待てって!」
怒りとその勢いに任せ、急に動きを見せた事で驚いた彼の力の抜けた腕から抜け出すと、立ち膝になり上体を真っ直ぐに起こした後、伸し掛かるように彼の下半身の上に跨るまでの時間はそう長くはなかった。ぽかんと口を開けたままの彼の浴衣の帯を外し、はらはらと露わになっていく悔しくも程よく引き締まった胸板と腹筋、その中に履いていたスパッツを腰から突っ込んだ指先で一気に下ろし、そこでようやく今まさにどんな状況に陥っているのかを理解したらしい顔を真っ赤に染め上げた幼馴染が慌ててその手を抑えた。
「た、タンマタンマ! お前こそ何してんだよ!」
「うるさいな、俺今怒ってるんですけど!」
「はぁ!? さっき怒ってないって言ったじゃねぇかよ、嘘付き!」
「二秒くらい前にまた怒ったの!」
「何で!?」
「それくらい分かれよ、アホヨリ!」
変なところで鋭いくせに変なところで鈍感な彼に苛立ちを覚えるも、そんなところも可愛いんだよなぁと頭の片隅にだけでも愛しさが込み上げてしまう自分に苦笑してしまった。
照れ臭さも交えつつ、ぽかぽかとその胸板を拳で殴りながら文句を吐くと呆れた様子のまま大きな溜息が彼の口からだらりと漏れ、すぐさま掴まれた腕が首に回された。素早い手つきで腰に巻かれた帯も外されて浴衣そのものがはらりと肩からずり落ちると、冷たい空気が剥き出た背中にそっと触れては思わずぶるりと体が震えた。
「っ…ちょっと待って…!」
「嫌なら、嫌だってちゃんと言え。今日はいつも以上に疲れてんだろうし」
目を伏せながら耳元でそう暗く呟いた彼の優しさが嬉しくも時より辛くも感じ、彼とて自分と同じくらい疲労を重ねているはずだというのに嫌でも伝わってくる気遣いと労りが身に沁み、感謝する気持ちと併せて申し訳なさが伴うのは今に始まった事ではなかった。
それは相手を想う気持ちとて同様で、いくら小さい頃から長い付き合いだとしても、言葉に表さなければ伝わらない事もあるとよくよく分かっていたはずなのに、喉元まで浮かんでいるにも関わらず勇気を出せずにそのまま飲み込んでしまう自分に苛立ちを隠せなかった。
(もう、どうこう言ってる場合じゃない。早く、伝えなきゃ)
ずるりと抜かれた紺色の衣紋を両手で握り締め、腰を折り彼の右肩に顔を埋める。その様子を見かねたのか、何も言わず優しく背中を撫でてくれた彼の耳元ですっと深く呼吸をした直後、気付けば心の中で決意していたものを唇を噛み締めながら強く振り絞っていた。
「おい、なんだよ。もしかして、本当に調子悪いのか」
「ち、違う! そうじゃない…そうじゃ、ないんだ」
「今度こそ、嘘じゃ、ねぇだろうな…」
「……ごめん。いつも、不安にさせて。でも俺、お前とこういう事をするのが嫌だなんて思ったの…一度も、ないから」
「マゴ…」
ごくりと息を呑みながら告げた言葉が全て本心であるのを知って欲しかった。彼が考えているよりも恐らくずっと、自分でも驚く程に強く大きな気持ちが確かにこの胸の奥に存在している事を。
「信じられないのなら、何度だって言ってもいい。誰にも負けないくらい…俺はヨリの事が、すき、で、それは…それだけは自信を持って言える。だから、お願い…自分だけだなんてそんな悲しい事、言わないでっ…!」
震える声で溢れ出た言葉の数々がぼんやりとした頭の中で何度もこだまのように反響し、唇を噛み締めてただただ耐えるように押し付けた視界がゆっくりと潰れて波を打っていた。
「ごめっ…こんな、困らせるつもりなんてなか…うおあっ!?」
生まれつきの綺麗な小麦色の肩にしがみ付いたまま俯いていると、突然両脇から掴まれた腰が一瞬浮いたと思った瞬間、目の前に反り勃っていた彼の陰茎が臀部の下へと潜りこみ、ゆっくりと降ろされた体はそれを根元までずぶずぶと侵入させていった。
「あっ! あ、うっ…そんな、突然、やだ…んっ、うぁあっ!」
まだ狭まったままの肉壁を裂くように切り開き、ずぶずぶと音を立てながら最奥へと押し入ってくる陰茎が中で擦れる度に沸騰しそうになる荒い快感の波が体全体へびりびりと流れていった。
無意識にも自ら彼自身を求めている心と体が弾むように浮き沈む膝を上下する腰に合わせて動かしては甘い嬌声を生み、背中に回されていた両腕が抱き寄せるように胸元へと引き寄せ、密着した肌と肌を通して伝わるどくどくと速いペースで震える心臓の鼓動につられるように奥底から奮い上がっていった。
「やっ! ん、うっ、ふあぁ! だ、だめっ、そんな、はげしっ…!」
「ど、したっ、腰、振ってよ…! 興奮、してんのか…!」
「っ…、…ん…る、よっ」
「…今、なんつった?」
「興奮、してるって、言っ…あ、ひっ、あぁんっ!」
唇を噛み締めまだ残る理性を振り絞りながら声を上げた直後、今までにない強い衝撃が後孔をほじくるようにその中を突き上げた。がくがくと体が揺れる程に繰り返されるピストンに早々に意識が朦朧とし始め、最早声にもならない声が居間のあちらこちらに飛び交っては冷えた汗が全身に流れた。
「あっ! ん、んっ、ふあぁ! きもち、いっ…あっ、ん、うぅ…い、った…!」
「…!」
ゆさゆさと縦に身体が揺れ動き、その度に突き動く彼の陰茎はごりごりと体中に電流を流しこみ、どうにかなってしまいそうな頭で動きを止めようと手を胸に押し出すも力では到底叶わず、無理矢理に腰を捻ろうとしたその時、きつく固定されていた右足首の腫れからずきずきと痛みが生じて思わず小さな悲鳴を漏らした。
すると、その直後に腕を取られながらゆっくりと体制が後ろへと傾いては倒れたかと思えば、敷いてあった布団の中へとふわりと沈んでいく背中、そして古びた天井とその中で視界いっぱいに映った、息を荒くしぎらぎらとした瞳で見下ろす彼の余裕などひとつもない苦しそうな表情にそっと目を見開いた。
「この体勢なら、痛く、ねぇだろっ…」
「あ、うっ、んんっ」
「悪い。やめりゃいい話なんだが…もう、これ以上我慢、出来ない」
「え…? あっ、ん、やあぁっ! やだっ、そんな…ん、うぅっ!」
怪我をしていない左足首だけを膝を折るように掴み上げ、繋がったままの陰茎をびちゃびちゃと叩くような水音を立てながら、下腹部を臀部に打ち付けるように何度もスライドする幼馴染の腰に縋る恋しい両手に手を伸ばすも寸でのところで届かず、留まらぬ快楽に溺れそうになりながら、頭の下に置かれていた枕に皺が出来る程に強く握り締めれば、気付かないうちにその拳の上に温かい手の平が重なるようにそっと包み込んでいた。
「あっ…ヨ、リ…?」
乱れた浴衣は最早体の半分も隠す事さえ出来ておらず、襟元から覗いた腹から胸に掛け、するすると滑るように首、頬まで撫でていった左の手の平が浮かんだ涙を拭い取り、覆い被さるようにぴったりと上半身を寄せると、そのまま流れるように後頭部へ潜り込んだ手が枕に沈んだ頭を浮かび上げ、止めていた腰の動きを先程よりずっと早く、まるでもっと先まで浸透したいと言わんばかりに力強く中を擦り上げる、今にも破裂しそうなびきびきと太い血管の浮かんだ陰茎が激しく揺れているのを感じた。
「…ふぁっ!? や、やだ! 離して!」
それだけでも飛んでしまいそうになる程に混濁した意識の中で、重ねられた右手のひらがそっと離れていったかと思えば、だらりと腹の上に横たわった陰茎を握り締められた途端に、揉み下すように上下に扱き始めた手を慌てて掴んだ。
「こんなに、してるくせに…素直になれよ、アホマゴっ…!」
「ほ、んとにっ、も、むり! でちゃ…あっ、あぁ! んうぅっ」
大きく息を吐きながらなんとか起き上げた上半身と、併せてぐちゅぐちゅと我慢していたものを先端から溢れさせ、その羞恥心に耐え切れずにぽろぽろと大きな熱い雫が頬を伝っては落ち、自身の腹部の上に弾けて消えた。
肩を震えもひくつく嗚咽も最早制御する事は出来ず、押し付けるように唇が重ねられ文句を零す術さえ奪われ、そのまま逆戻りするように押し倒された体と今にも全てが溢れそうになっている陰茎から離した彼の右手が背中へ回る。足首を掴んでいた左手が頭の後ろへと潜り込むと、既に脱ぎ捨ててある彼の紺色の浴衣を横目に、無意識で抱き返すように首元へ回した両腕に力を込めれば、一瞬距離を置いた目の前の口元から目を細めながらぽろりと声をひとつ落とした。
「……すき、だ」
「え…?」
「お前だけを、あい、してるっ…トキ…!」
「ふ、あぁっ! だ、だめっ、おっき…あっ、やあぁっ!」
密着した胸と耳元に沈んでは熱い吐息の混じる言葉に麻痺するように体が震え、奥底からせり上がってゆく強い刺激に押され欲望がどくどくと外へ溢れ出たと同時に、熱い流れが中の全てを埋め尽くしていくのを感じた。
最奥まで押し込まれた陰茎とそれを包むように浸透していく白濁に呼吸する事さえもままならず、ぐったりと重力のままに落ちる体と変らず自身を抱き留める肉付きのいい幼馴染の腕がずっしりと敷布団へと沈んでは、じわじわと視界を潰していく黒に抗えないまま埋もれていった。
***
お互いに全力で果てた後、意識を飛ばした幼馴染を抱えながら汗と精液だらけに汚れた布団を片付け、体を清めるのに結局風呂に入る羽目になってしまうという自業自得としか言えない事後処理に追われ、全てが終わった頃には既にじんわりと空が明るくなってくる時間になってしまっていた。なんとか無事だった残りの布団を並べて敷き、未だ目を覚まさない幼馴染を起こさないようゆっくりと下ろし、いつもの寝巻きであるFCジャージーと黒のスウェットを履かせては汗でべたべたになった二人分の浴衣を丸めて洗濯機の中へと放り投げた。
余程疲れていたのか、これでもかという程に注ぎ込んだ白濁を指先で奥から掻き出しても目を覚ます事はなく、綺麗さっぱりシャワーで洗い流してあげた後、赤みのとれない腫れたままの右足首にそっと新しい包帯を巻いてあげた。
粗方やっておくべき事も終わり、さすがに昨夜から一睡もしていない状態な上、体力も使い果たしているところで体を横にすれば自然と瞼は下がり視界は真っ暗に染められていく。しかし、その瞬間にううんという小さな声が隣から漏れ、身動ぎしているのか掛け布団の擦れるような音が聞こえて慌てて沈みかけていた意識を持ち上げた。
「マゴ…?」
ゆっくりと垣間見えていく灰色の瞳と朧気な意識が一気に覚醒し、普段では見られない少しばかり色気のある雰囲気に性懲りもなくごくりと息を呑むと、その直後に大口を開けてでかでかと欠伸を掻くものだからせり上がってきた熱さは溜息とともにどこかへ消えてしまった。
「あっ…ヨリ、おはよう」
「へいへい、おはようさん…」
上半身を起こしきょろきょろと辺りを見回した幼馴染は、昨夜の出来事の記憶そのものははっきりしているらしく、綺麗に片付いた今の様子を眺めては申し訳なさそうに眉尻を下げる彼に苦笑しながらもがしがしと頭を撫でてやった。
「ちょっと、やめてよ。子供じゃないんだからっ」
「そんだけぐっすり眠ってりゃ子供と一緒だろ」
「店の手伝いもろくにしないで昼まで寝てるおじさんに言われたくないなぁ」
軽い冗談を交わしながら互いにけらけらと笑い、まだ眠気が取れないのか、すぐに横になった彼のすぐ傍へずりずりと体を引き摺りながら寄り添う。不思議そうな顔でゆらゆらと揺れている瞳をこちらに向けているのも構わずに、彼の首の下へと右腕を潜り込ませ、うわ、という嫌そうな声は聞かなかった事にしてそのまま抱き寄せるように左腕を腰へと回した。
「うっ〜暑い…」
「…今度、居間用の扇風機でも買ってくるか」
「あっ、いや、その…嫌じゃ、ない、から…いい」
「あ…そう」
視線を外しながら両腕を萎めるように縮こませては頬を仄かに染めている幼馴染に、思わず少しだけ力を込めて引き寄せると、次第に耐えられなくなったのか、擦り寄るようにそのまま胸元へと埋める彼に小さく笑みを零した。
「よ、よく、そんな、恥ずかしい事できるよなっ…!」
「うるへー。仕方ねぇだろ…好き、なんだから」
今この瞬間に思った事を何も考えずにぽろりと零したばかりに、真っ赤に茹で上がった顔が更に赤みを増していった気がした。見下ろせば明らかに不機嫌そうに細めた瞳と、しかし満更でもなく照れ臭そうに下を向いている幼馴染に対して気付かない振りを押し通し、同時に降りかかってきた重みのある眠気にそっと瞼を下ろした。
「ヨリ…?」
「俺ぁ寝るぞ。もう疲れた」
「あ、うん…」
「…マゴ」
「な、何…」
「すごく、嬉しかった。ありがと、な」
「えっ…?」
ふわふわと宙に浮かび始め今にも沈みそうな意識の中、後々恥ずかしさで後悔してしまいそうだと分かっていながらも、あんなにも真剣に気持ちを伝えてくれた彼の思いに応えずにはいられず、眠気が増した勢いで羞恥心を帯びながらも、発した言葉は我ながら主語がなく分かりづらいものだと痛感する。
それでも耳元で聞こえてきたたった八文字の返事に、そんな葛藤は一瞬で消え失せ、身も心も贅沢すぎる幸せに満たされながら、ゆっくりと瞳を閉じて看板娘が帰ってくるであろう数時間後へと旅立ったのだった。
(2016.10.14)
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