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 こればかりは奴に問い詰めねばなるまい。
そう決心し引き留める幼馴染を振り払い(付いていくと言われたものの、また余計な事に巻き込まれそうな予感がした為、力ずくで留守番しているように言いつけた)、知人であり今回の事件の発端である情報屋兼仲介屋のダビデの店まで足を運ぼうと店を出て三十分。寂れた街の中のある細い路地に入り、慣れた手つきで古ぼけた扉を開けて地下に繋がる階段をゆっくりと降りると目の前には木製のドアと、仄かに揺れるドアベル、力任せに押し開いた先には相変わらず埃っぽい店内とその奥のカウンターでどっしりと深く椅子に座り込み構えている店主がこちらの存在に気付いたのか、白煙の上がる煙草を口に咥えながら手招きをしていた。
 小さく溜息を吐きながらゆっくりとカウンターを挟んだ彼の向かい側にある椅子に腰を下ろし、どうやら用件は分かっているとでも言うようににやにやとした怪しい笑みを浮かべては、手の中に隠し持っていたらしい小さな小瓶を静かに目の前へと置いた。

「…どうせ、これに対するクレームで来たんだろ?」
「何だ、珍しく馬鹿正直だな。観念したのか」
「観念って…俺、別に悪い事なんてしてないしぃ」
「人を騙しといてどの口が何を言ってんだよ、ダァホ」

 自覚はあるのか、嫌みを言ったところでげらげらと笑い飛ばす彼の態度に肩を落としつつも、ところで、と話を店で留守番をしている幼馴染へと話題を移したダビデは小瓶の蓋をすぽんと音を立てて開いては、その開け口をこちらの鼻の前へと運んではにやりと口角を上げた。

「ところでこれの正体だけど、何だと思う?」
「何、って…性別を変える薬、だろ?」
「まぁ、それは見たままの通りだけど。そもそもだ、どうしてマゴさんがこんなものを欲しがったのか…お前に分かるか?」

 仄かに香る甘い匂いを再び小瓶の中へ閉じ込めた知人は、まるでクイズのように問題を提示をしつつ、右の二本の指で挟んでいた煙草をちらちらと掲げながらこちらの回答を待っている。被害者である幼馴染が話していた事を思い返して、自身の記憶が正しければ睡眠不足の為によく眠れる薬をもらった、という理由のはずだったのだが、知人の苦笑する表情を見るからにそれはどうやら間違った答えであるらしい。

「くっくく、なァるほど。マゴさんも上手く誤魔化したもんだ」
「んだよ、それ…アイツが俺に嘘ついたってのかよ」
「嘘、っていうか…まぁ、照れ臭さ故に思わずついちゃったカワイイ嘘、が正解かな」
「はぁ?」
「あの日の前日…つまり一昨日なんだけど。今思い出してもちょっと笑っちゃうな。あの人、顔真っ赤にさせながらお前には相談できないからっつって、勇気出して言ったんだと思う」
「だから、何を!」

 アイツを上手く誘うには、どうすればいいですか、って。
 そう静かに零しては咥えた煙草を一度離して大きく息を吐き、部屋中に溢れたその白煙で危うく咽そうになるも、頭の中は幼馴染がこの場で発したらしい、想像しただけでもあまりに艶やかしい言葉に思わずごくりと息を呑む。その様子があまりに滑稽だったのか、腹を抱えながらげらげらと笑い飛ばす知人の胸に一発拳を入れてやると、ようやく落ち着きを取り戻した彼(どうやら力を入れすぎたのか、少々嗚咽を吐いている)がようやく観念したのか一通りの出来事をつらつらと話し始めてくれた。

「…セックスする時、いっつもお前から誘ってんだって?」
「そりゃ、まぁ…シたくなっても素直じゃねぇから、アイツは」
「どうやらそれが悩みの種だったみたいだね。結構、落ち込んでたし」
「…別に、そんな風には見えなかったがな」
「マゴさんはそういうトコ、隠すの上手いよ。きっと俺に相談するのだって、何度も躊躇ったんじゃないかな。かわいい人だよね」
「お前なぁ…」
「それで変に責任感がある、っつーか。お前にばっかり負担掛けたくないのにどうすればいいか分からない。そこで、だ! コイツの登場ってワケよ! さすが俺」

 彼との付き合いはそれなりに長く、素性が知れない部分はあれど性格や癖はある程度理解している事もあり、その言葉とは裏腹に恐らくさすがとは思えない策なのであろうという見当は早々についていて、相変わらずのおちゃらけた態度とどこから湧いて出てくるのか自信だけは大きい彼の話に仕方なく耳を傾けてみれば、密かに水面下で進められていたその計画はやはり行き当たりばったりな内容であった。
 素直になれずなかなか自ら誘う事の出来ない自分でも、どうにか自信をつける方法を教えて欲しいと知人に相談した幼馴染が彼から手渡されたのは性別を変える薬で、知人曰く、ガールになって上手く誘惑しつつそれらしき雰囲気を作れば誘いやすくなるのではないか、という思惑のもと、敢えてその説明と薬の正体は明かす事なく、今夜寝る前に一粒飲んでから床に就くといいとだけ伝えていた。そして次の日の朝、予定通りに幼馴染の体は見事に性別が反転しており、様々なトラブルは発生したものの、薬の効果が切れたのかその日の夜には元の体に戻る事が出来た。

「良かったね〜ちゃんと戻れて。あっはっは」

 といった、話せることは全部話したとでも言うようにあまりにも軽い言動で締め括ろうとする知人の額をぺしんと手の平で叩いては、説明の中で浮かびに浮かんだ疑問の数々を一つずつぶつけていく事にする(実に疲労が絶えない)。

「全く…まぁ、お前の立てた相変わらずアホみたいな作戦はよーく分かった。でもよ、何でアイツ睡眠薬だなんて嘘付いたんだ…はっきり言やぁいいのに」
「だからぁ、あんな照れ屋さんな人が彼氏をえっちに誘いたくてこんなお薬貰いましたぁ、なんて言えるワケないっしょ? それは咄嗟についちゃった嘘なの。でも、元の体に戻れたって事は、無事に目的を達成できたって事っしょ」
「は? 何だよ、そんな話聞いてな…」

 再び聞かされていない疑問を生み出した知人に掴み掛ろうとした瞬間、壁に掛けられた大きな古い振り子時計が店内にガンガンと響き渡り、びくりと体を震わせている間にカウンターを飛び越えて真横を過ぎ去った知人はショルダーバックから取り出した携帯電話を取り出すと、さっさと出てけとでも言うように店の入り口の方向を顎の先で指し示された。

「うーっし! 薬代は後で請求しとくな、お前宛に。言っとくけどアレ、ちょっとだけ遅効性の媚薬が含まれてるから、今頃マゴさん大変な事になってるかもね〜」
「な、んだとぉ!?」
「今日はもう店仕舞いだ。お前もさっさと帰れよ、どこぞの知らん誰かにマゴさん食われちゃっても知らねぇぞ」
「こ、ンのッ、人でなし…うわ、押すな! いってぇ、この…今に見てろよ、クソ詐欺師ィー!」

 背後から殴るわ蹴るわで店の外へと追い出され、振り向けば仕舞いには憎たらしいウィンクを掲げながら苦笑する彼の表情を最後に二人の間に割って入る大きな扉。突き飛ばされて転がった体は埃塗れになり、一枚板を挟んだ奥から香る煙草の焦げた臭いに苛立ちを募らせながらも、一刻も店へと戻らなければならない状況に致し方なく舌を打ち、来た道をそのまま戻るようにコンクリートの階段を駆け上っていく。

(…なんだか乗せられてるみてぇで腹は立つが…試しに今夜、吹っ掛けてみるか)

 実のところ満更でもない自身の胸の内に小さく溜息を吐きつつも、今はただ幼馴染の傍へと帰りたい一心で地を蹴り、足早に帰路を辿りながら昨夜頂き損ねたご馳走を思い浮かべては舌鼓を打った(結局、留守番をしていた幼馴染は何の被害も受けておらず、それどころか呑気に洗濯物を畳みながら機嫌良く鼻歌を歌っていた)。


(2017.09.13)


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