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「…メール、送っておいた。次会ったらちゃんと謝っておけよ」
「おっ、センキュ。でもまさか、二人の知り合いだったなんてねぇ…危ない危ない」
「い、いや…危ないどころか多分、アウトです…」
一人暮らしをしていた頃からよく通っていた銭湯に住み着いている知人のボーイが突然自宅を訪問してきた次の日の夜。相方と共に彼が話していた居酒屋の怪しい客の存在にそこはかとなく心当たりがあった為、ちょうど小腹も空いていた事もありチビガールとチビボーイも連れてヒカルの営む居酒屋へと足を運んだ。すると、いつものカウンター席には見慣れた顔が既に一杯飲み始めていて、なにやら何かを感じ取ってくれたコウがチビッ子の面倒を見ておくと奥の広い座敷の部屋へと連れていってくれ、残された自分と相方は空いている席へ二人並んで腰を下ろした。
そして店主である知人のヒカルの向かい、カウンターの一番端で気持ち良さそうにアルコールを摂取しているチカはこの店の常連でもあり馴染みの顔でもある。それ故に気になっていた事を一つ、単刀直入に問い質してみると、けらけらと楽しそうに笑いながら悪げもなく知らぬ間に働いていた悪行を全て暴露したのだった。
「だってぇ、あんまり見ない顔だったけど好みのボーイだったんだもん。まさか年上で、しかも彼氏持ちだなんて思わないよ」
「…だからって、席を外している間にこっそり人の酒にクスリを突っ込むバカがいるか」
「げっ! お前、そんな事してたのか!」
「挙句の果てにそのせいで他に被害者が出てる。少しは反省して今までの自分の行動を省みろ」
「マ、マサキ…もしかして、怒ってる…」
「当たり前だ」
注文が入り客席へ料理を運びに行っていたヒカルが戻ってきた頃、本人の自白によりようやく事件の全容が解明しつつあり、まさか自分が見ていないところでそんな事件が起きていたとは露知らず、げんなりと肩を落としながら溜息をつくヒカルに思わず同情の念を送った。
チカが以前からこの店でその日の夜の相手を探しているのは日常茶飯事で、いくら趣味で薬品の開発をしているといえど、まさか相手をその気にさせる為に媚薬紛いのものを酒に混入して飲ませていたというのは初耳だった。そして今回の被害者こそが銭湯を営む店主の幼馴染でもある知人のボーイであり、相変わらずのその不運さに今回ばかりは心の中で一人同情したのだった。
「…えと、その。今後は気を付けます。ちょっとばかし効き目が強すぎちゃったみたいで」
「薬に対して多少免疫のあるアイツが自分を抑えきれなかったくらいだ。ちょっとどころじゃない」
「はぁい…今後はきっぱりやめさせて頂きますぅ」
「ま、それが賢明ってヤツだな。コイツを怒らせると怖いのはお前も良く知ってるだろ」
「あぁもう、ヒカルまでそっち側なんだから!」
八方塞がりでようやく諦めの付いたらしいチカを横目に、すぐ隣りで心配そうな表情を浮かべながらサワーをちびちびと飲んでいる相方に気付いて、どうしたと声を掛けるとようやくぼうっとしていた意識が覚醒したのか、少し驚きつつもお人好しの彼らしい悩みを耳元でそっと小さな声で話してくれた。
「あのさ、マゴさんに説明してあげた方がいいのかな…誤解したままケンカしてるの、俺もう見てられないよ。二人共悪くないのに」
「そう、だな…いや、ちょっと待て。…どうやら、それはいらない心配らしいぞ」
小さく溜息を放ちながら彼の話を聞いている中、ジップアップカモのポケットの中へ突っ込んでおいた携帯電話がぶるりと奮えた事に気付き、取り出してホーム画面に現れた通知アイコンをタップしてみると、そこにはあまりに短すぎる、しかしとても現状が分かりやすい文面が一面に表示されていたのだった。
「あ、ヨリさんからだ…えと、なになに。世話になった、もう大丈夫だからメールはいらん、以上…あ、なんか写真も付いてる」
あまり電子機器に関しては詳しくない為、自分の携帯電話をそっと相方へ託し、どうやらメールと共に添付されているらしい写真を開いてもらうと、そこにはどこか清々しさを感じる程に気持ちよさそうに深い眠りについている店主の映った写真が画面に表示されていたのだった。
「…なるほど、分かりやすいな」
「あ、ほんとだ。へへっ…何はともあれ無事解決、って事なのかな」
「あっ…これヨリくんの彼氏? へぇ…年相応で綺麗な顔してる」
「…おい、チカ。まさかと思うけど」
「ばーか。ヒカルなら俺のタイプじゃないって事くらい知ってるでしょ」
「そういう問題じゃねぇっての!」
いつの間にかすぐ隣りの席まで移動してきたチカに自分と相方の間からぐいっと携帯電話の画面を覗き込まれ、相変わらず反省の色を見せない彼とヒカルのいつもの漫才にげんなりと肩を落としつつも、至極安心したのか胸を撫で下ろし、まるで祝杯のように気持ちよくグラスに残ったサワーを飲み干した相方を見て一人小さく笑みを零しては、それに負けじと自分もヒカルに酒のお代わりを注文したのだった。
(2018.07.13)
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