初めて会ったあの日はまさか彼が自分よりも年上だとは思っていなかった。一文無しのまま無計画に借りていたアパートを飛び出して、逃げるようにこのガラクタだらけの寂れた街の中へ足を踏み入れたらしく、とりあえず名前を尋ねてみると、体の彼方此方から血を流しながらも気にする様子もなく、不機嫌そうな表情で一言、彼はヨリとだけ小さく零したのだった。
***
自分がやりたくもない事を強要された上で、決められた道だけを真っ直ぐに歩く人生など真っ平ごめんだとそれまで以上に強く思い始めたのは、ヒトの姿へと変える事が容易くなる程に年頃の体へと成長し始めていた頃だった。周りの友人や知人は大層なアレを掛けられているらしい高級そうなフクに身を包み、普通初心者では早々手に入らないようなレアなブキを片手に、ハイカラシティでバトルに嗜む他の存在を自分達とは違う貧乏人だと見下しては、ナワバリバトルのマナーやルールなど知った事かとでもいうような好き勝手の行動ばかりが目に映り、そんなやつらを広場の大きな液晶画面の前でさえ応援する気など起きるはずもなく、それ以来あの大きなデンチウナギに見守られたイマドキのイカした街へ踏み入れる気力はとうに失せてしまっている(出来る事ならば顔も知らない他人に戻りたい)。
他のインクリングとは違うやり方で、そして自分らしい自由気ままな生活を送る為の仕事とは一体何か、と考えたところですぐさま思い付いたのはブキ職人だった。
ナワバリバトルに興味はなかったものの、インクリング達がこぞって自身のお気に入りを見つけては練習に励んでいるブキそのものは嫌いではなく、寧ろ小さな頃から種類ごとに変わっているそのフォルムとデザイン、内部に事細かく散らばる部品と巧妙に組み合わされて作られたそれらは、実際にこの手に取ってバトルをしてみたいと思わずにはいられない魅力が、そこには確かに溢れんばかり詰め込まれていた。
しかし、今となってはそのバトルに参加するという意欲は無に等しく、それでいて数々の輝かしいトロフィーが何個も並び、日々体中にチクチクと刺さり続ける周囲からの威圧と期待の眼差し、一人息子故にあの家を必ず継がねばならないと物心つく頃から根付かれたあまりに人任せ過ぎる責任の重さに耐えろという方が無理な話であって、こうして今現在、長く築き上げてきた無駄な地位とごみ屑当然だった宝を捨ててまで汚い街をふらつき歩いているのはそれなりに自身にも覚悟があり、且つ生粋の面倒事を嫌う性格にはぴったりの生き方である事に間違いはなかった。
と言えど、結局の話。数年前、街のある古い銭湯に他にはなかなかいない素晴らしいウデを持つブキ職人のご老人がいると情報屋から聞きつけて、無理を言って弟子入りをさせてもらったものの厳しい師匠の指導が続く日々に、随分と体たらくな毎日を送っていた自分は頭も体も付いていく事は叶わず、ある程度の基礎知識とお古の工具、銭湯の門構えの記憶だけを土産にたった数日間でそこから逃亡してしまったのだった。
しかし、物覚えはいい方だった為、その頃には既にある程度ブキを修理できるくらいの技術は身に付いており、現在隠れ家のような地下に潜む自身の店の中で情報屋兼仲介屋、そして一応ブキ修理屋としてなんとか生活費を稼いでいる(修理屋としての報酬は一割にも満たないが)。
「…で、何。ヨリ、だっけ。俺に何か用?」
「あっ…いや、その。風の、噂で。アンタに相談すりゃ、儲かる仕事見つけられるって聞いた、から」
「あぁ、何だ…そっちのお客ね。でも、今そんなにいい仕事ない…っと、いや、ちょっと待てよ…」
そんな隠れた事務所内に、ある日突然前触れもなく姿を現したのが後々自分にとってビジネスパートナーとなる彼、ヨリであり、この日から彼に対して様々な仕事を紹介する日々が続く。初めは不当な方法で作り上げられたギアを盗ませ、ハイカラシティの路地裏で少々厭らしい商売をしているダウニーに転売するといったものから、裏で怪しい取引をして儲けている者が得た金品や薬物を奪い取ったりと、危険を伴う命知らずな内容であるにも関わらず、怖い程に淡々と仕事をこなしていく彼に対しての信頼は自分でも気付かぬ間に厚くなっていった。
「なぁ、ヨリ」
「…あんだよ」
「今までの仕事よりもっと手短に、しかも儲けが多い仕事、してみないか」
「は? 別に、今ので十分稼げてっけど」
「あのなぁ…世の中には若いうち限定の仕事ってのもあるワケ。貰えるモンは貰える時にっつー話よ」
ゴミ処理場から拾ってきたキイキイと錆びた金属音が腰を下ろす度に唸るチェアに背を預け、地を足で蹴りくるくると自身を回転させながら零した言葉にぴくりと眉間に皺を寄せた彼ににやりと口角を上げた。
ブキ修理屋だけでなく(寧ろメインとなりつつある)情報屋兼仲介屋としての仕事を熟し常連とも言える依頼人が少しずつ増えていったこの頃、特に依頼が多かったのは一夜だけの相手を探している客、つまり身売りをしているインクリングの買い手が徐々に増え始めていて需要がそちらに傾きつつあるのが現状である。
「まぁ、それに…そっちの相手を欲しがってる客っつーのは割と裏で通じてるヤツらが多いから、儲けついでにお前が欲しがってるモン、そのうち見つかるかも知れないぜ。…分かるだろ、俺の言ってる意味」
ヨリと知り合い仕事上の関係を築き始めて数ヶ月、そしてもうすぐ一年が経過しようとしている今、彼が汚い仕事を請けてまでカネを稼いでいる理由は以前に話を聞いた事があった。表向きには存在しないとされた、とある難病に効くと言われている薬の情報とその所在、例えその噂がデマだったとしても僅かな可能性を信じていた彼は今現在までもただそれをひたすらに探し求め続けているのだという。一体誰の為に行動しているのか、もしくは自身の為であるのか、しかしそこまで詳しく話をする程の仲でもなく、仕事さえきちんと熟していれば何を目的で動いていようが自身には関係のない話でもある。ただ、情報屋としても商売をしている身としては力になってあげたいという気持ちも無きにしも非ず、こうして彼にとって都合の良さそうな仕事を紹介しているつもりではいる。しかし、多種多様の仕事を請けてくれていた彼もさすがに他人に足を開く仕事には抵抗があるようで、目の前にはどこか迷いの募る晴れない表情が確かに浮かんでいた。
「そうは言ってもよ…俺が売る方って事は、その、つまり…こっちが下になるっつー事だろ?」
「うん、そうだけど?」
「…勿論ボーイの相手なんてした事ねぇし、そもそもまず何から始めりゃいいかも全く見当つかな…」
「あっはっは、安心しろって。その辺の事に関しては、優しい雇い主の俺がちゃんと一から教えてやるよ」
にやりと口角を上げながら人差し指の先をくいくいっと曲げる仕草をすれば、なんとなくその意味を察したのか、ほんのりと染まっていく褐色の頬、ようやく観念したのか吹っ切れたかのように好きにしろと言い捨てて振り向いた彼の背中に向かって、後で連絡するからなと声を掛けるもその時ばかりは何も返さないまま店から姿を消していった。
後日、彼の携帯電話に一通のメールを送信する。内容は簡素なもので、今自分がいる建物の場所とその部屋の番号のみ、一足先にベッドの上でごろりと横たわりながら携帯電話をいじって暇を潰していると、それから三十分程が経過した頃にノック音とドア越しに聞こえた自身を呼ぶ声が部屋の中に響いた。
「開いてるぞー」
「…おい、ダビデ! ったく、テメーはいつも話が急なんだよ! 用事入ってたらどうするつもりだったんだ!」
「どうせそんなん無いクセに良く言うよ」
少々息を荒げながら部屋の中へと駆け込んで来たヨリは多少なりとも手荷物を抱えていて、律儀にも着替えと飲み物、摘まむ程度の菓子が入ったコンビニ袋まで持っているものだから、お前は初めて外泊する中学生かと思わず腹を抱えて笑った。
「…ま、それはともかく。俺からのメール、無視しないでここまで来たって事はそれなりの覚悟が出来てるっつー認識でいいんだな?」
「まぁ、その…一応。だけど体が持たねぇ仕事じゃどうしようもねぇし。とりあえず、えと…検討したい、っつうか」
少々照れ臭そうにそう呟くヨリの表情から冗談で言っている訳ではないのだと判断し、それでは早速と言わんばかりに今着ているフクを全て脱ぐように指示をして、既に裸になっていた自身は先に脱衣所へと足を運ぶ。ふと振り向くと、ぼろぼろのロッケンベルグTブラックをベッドに投げ捨て、次いでいつも大事そうにしているオクタグラスをテーブルの上に置いた彼のそれなりに引き締まった褐色肌の裸体を見て、不思議と胸の奥がどくりと唸った。
(へぇ…まぁ、割と客にウケそうな感じでいいんじゃん?)
今この瞬間の胸の高鳴りが一体何だったのか到底分かるはずもなく、特に気にする事もないまま広い浴室の蛇口を捻り、適温の湯が出てきた頃、どこか表情を固くしていたヨリがそっと扉の隙間からこちらを覗いてるものだから、こちらが先に痺れを切らしてさっさと中に入れと手招いた。すると少々緊張しているのか、おずおずと浴室へ足を踏み入れた彼は、ジャグジー機能が付いた大きな丸い浴槽の縁に腰を下ろし、律儀にもまず自分はどうしたらいいのかと普段は全く見られない不安そうな声を落とすものだから思わずけらけらと高笑いしてしまったのだった。
「ぁ、うっ…んな、馬鹿笑いしなくてもいいだろが!」
「だってあのヨリがっ、ぶふふ、あーおもしろい。心配しなくていいぜ、こっから先は俺の言う通りにするだけでいい。無理もさせるつもりはないしな、嫌なら嫌だって正直に言ってくれりゃあそこでやめるしよ」
「お、おう…なんだ、テメーこそ今日は気持ち悪いくらい優しいじゃねえの」
「おま…失礼だなぁ、全く。俺はいつも優しいぞ。…ほら、ぱっぱと始めるからまずそこに立って俺に尻向けろ」
少々こちらの態度に戸惑いながらも背を向け浴槽の縁に両手をついたヨリの側へと歩み寄り、固定したシャワーから吹き出すお湯でアメニティの石鹸を手のひらの上で泡立てては、ぬるぬるになった左手をそっと彼の臀部へと滑らせていく。
「う…何、もう、入れんの?」
「いきなりちんぽ入れる訳じゃないぞ。初めてっつーのもあるし、まずは慣らしておかねぇと…」
「っ、ぁ…う、嘘、おま…そんな、いきなり…!」
固く閉ざされている後孔を少しずつ解すように押し入れ、それでもきつく締まったままの肉壁を崩すようにぐりぐりと一本の指を挿入する。泡のおかげでぬぷぬぷと滑るように奥へと進んでゆく度、掴んだ手に力を込めて必死に今まで経験した事のない感覚と恐怖に耐えては歯を食いしばり俯く彼の様子を窺いつつも、行為を止める事無く奥深くまで侵入を果たしていった。
「は、ぁっ…く! 苦し、なんだ、これッ…」
「こら、締めんな。息整えて力抜いとけ」
「そんな、事、言ったって…ッ、ぁ、うぅ」
他人に触れられた事のない体の内部を弄られている感覚に違和感を生じているせいか、どう対応したら良いのか分からずただただ息を乱し次第に沈んでいく彼の腰に空いた腕で持ち上げた。そして、ぐちゅぐちゅと音を立てて奥底を広げながら抜き差しを繰り返し、ある一点、後孔から指先を挿し入れたすぐの箇所をとんとんとそっと突いてやれば、そこから前触れもなく全身へと流れた快感に驚いたのか、普段のヨリからは全く想像出来ない程の甲高い甘い嬌声が浴室に響き渡り、思わず背後でにやりと口角を上げる。
「は、ぁ、な、何だよ、今のっ」
「…前から思ってたけど、やっぱお前素質あるなぁ。初めてだとここまで反応できるヤツってあんまいないぜ?」
「素質って、っ…ん、そこ、触んのやめろ! 気持ち、わりっ」
びりびりと痺れるような初めての衝撃に力が入らなくなったのか、自然と床へ膝を付き、項垂れるように浴槽の縁へと俯いては浮ついた熱の籠もる吐息が漂い、しかしまだ中に入ったままの指のせいで臀部だけを突き出す四つん這いのような状態に陥っていて、指先をとんとんと動かすだけで小刻みに揺れるヨリを見下ろして堪らず無意識に深く息を吐いていた。
「ぁ、うぅっ! も、無理ッ…ストップ…!」
「…気持ち良くて、頭おかしくなりそうか?」
「そんなの、わっかんねッ…つーの…! っ、はぁ、はぁ…くっそ」
まるで瞳孔が開いているかのように目を震わせながら分からないと零す彼の陰茎は確かに反応を示していて、小さく鼻を鳴らしながらその根本をしっかりと片手で握ってはゆっくりと上下に扱き始める。すると、ふるふると首を横に振り拒否する意思を示すも次第のその手の中の熱は高まってゆき、必死に歯を食いしばり押さえていた声は次々と喉奥から零れ落ちていったのだった。
「ぁ、あうぅっ、い、やだ…も、頼む、から、やめ…っ!」
「バーカ。ここで止めたらもっと辛くなるぞ。一回イッとけ」
「ひ、うっ…も、無理ッ、イッちま、ぁ…あぁあっー!」
にゅくにゅくと擦られる度に膨らんでゆく陰茎が沸き上がる熱と共にどくどくと唸りを上げたその直後、その先から勢い良く飛び出した真っ白な白濁が浴室の床と手のひらへ飛び出し、つんとした特有の匂いが辺りに広がる中、全身の力が抜けたのかずっしりと重みを増した彼の体を慌てて胸元に受け止め、未だ息の荒いままの心臓が落ち着くまで何も言わずに抱きかかえていた。
そしてようやく、なんとか一人で歩けるまでに回復したヨリは汚れた体をある程度シャワーで洗い流し、濡れた体もそのままに部屋のベッドへと倒れ込むように体を横たわらせると、風邪を引くぞという自身の注意も聞かずにそのまま静かに意識を沈めたのだった。
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