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あの日から数日が経過していた今日。嫌だと言ったらやめると言ったにも関わらず、半分約束を破るような行為をしてしまった気もして、これでも一応多少なりとも罪悪感のようなものは抱いていた為、紹介したはいいものの断られてしまっても文句は言えないと肩を落としていた。しかし、意外にも普段と変わらぬ様子でヨリはふらりと店へ姿を現し、どうやら怒っている様子でもなく、いつものように目の前のカウンターチェアへと腰を下ろした彼はまるで何事もなかったかのようにむすっとした表情(彼なりの無表情とも言う)のままに声を掛けてきた。
「…おい」
「いらっしゃい。なんでっしゃろ」
「えと、その…こないだの件、なんだけどよ」
あまりの単刀直入さに堪らず笑ってしまいそうになった。なんとか表情に出さないように堪え、からかうように冗談交じりで続きでもしたくなったのかと聴けば、少しばかり眉を顰めたものの、大きく息を吐いてはいつになく真面目な表情を浮かべては目を細めていた。
「別に、アレがヨかったとかそんなんじゃねぇが…」
「もしかして…の、もしかして?」
「…こっちに足運んでなかった間、テメー以外の情報屋に色々聞いて回ったんだよ。俺が探してるブツ、よく知ってそうなヤツらは普段どこほっつき歩いてるのかってな。そしたら、やっぱりお前の言う通りだった」
喜んでいるのかはたまたがっくりと肩を落としているのか、そう話す彼の言葉の裏には意味深にさえ感じる影が映り、どこか焦りの色さえ見える今のヨリからは間違いなく覚悟を決めたような力強い視線をこちらへと向けていた。
「…どんな客が相手だろうが構わねぇ。その代わり、少しでも可能性があるヤツを連れて来れるんだったら、テメーの言う今しか出来ないかも知れねぇっつー仕事、引き受けてやる」
今までに見た事のない、自分の知らないヨリの本当の顔を初めて目にした気がして、その圧倒されるような勢いに思わずごくりと息を呑んだ。
彼が今までもこれからも、何の意味もなくカネだけの為に仲介した仕事を請けていた訳ではないという事は勿論知っている。しかし、そっちの趣味嗜好がある訳でもない彼が自ら足を開いてまで得たいと思う程の自分には理解しがたい情報が確かに存在して、あまりに真剣な表情を掲げるヨリに小さく溜息を吐きながらもそっと頷いたのだった。
「…結構キツイぞ。それでもいいんだな」
「時間がねぇんだよ。それに、伝手が多いだけがお前の強みだろうが。頼りにしてるぜ」
「だけ、って…お前なぁ。仕方ない、これも何かの縁だしなるべく絞って探してやるよ。お前が欲しがってる例の薬の事、知ってそうなヤツ…その代わり、一つ条件がある」
やれやれと肩を落としながら彼へとその条件を伝えれば、一瞬言葉には詰まったものの、それさえも予測していたかのようにヨリは躊躇する事なく承諾し、後日再びあの日と同じホテルの一室へと約束通りに足を運んでいた。仕事を請け持ってもらうからには中途半端な事をさせるつもりは更々ない。一部の顧客から自分はどうやらいい加減な性格をしているイメージを持たれているようだったが、仕事とカネに関してはきっちりと線引きをしている上にこれでもプライドを持って情報屋を営んでいるつもりだった。それ故に自身の顔に泥を塗られない為にも、彼にはきっちりとこれから請ける新しい仕事に対してプロフェッショナルの意識を持ってもらわなければいけない。
「は、ぁ…っく。い、言われた通りにナカも洗ったし、この透明なやつも多分、奥まで突っ込んだ。後は…」
「おっ、上手いもんだな。じゃあこっちに来て俯せになれ」
「そ、それって…もしかして、テメーの」
「習うより慣れろ、だろ? それに俺も言葉で説明するより直接体に教え込む方が得意なの。ほれ、早く来いって」
ボーイ二人が並んで寝そべっても広いと感じる程の大きなキングサイズのベッドの真ん中、柔らかな白い枕に顔を伏せ、どこか震えを帯びているようにも感じる体の下肢をゆっくりと上げては臀部を突き出すように俯せになったヨリを目の前にしたその時、いつの日か胸の奥で感じた動悸の激しさに気付かない振りをしながら、彼の腰をそっと掴んでは洗浄を待っている間に自慰で既に固くなっていた陰茎の先を後孔へそっと押し当てる。
「ま、待って…んなのいきなり入るワケ…!」
「何の為にローション塗らせてっと思ってんだ。まぁ、初めてだしな。ちっと痛みはあると思うが…ペースは合わせてやる、心配すんな」
「ぁ…ぅ、この、バカッ…そんなの、無理ッ…ひ、っく、い、あぁああっ!」
ミシミシと肉と肉を裂いていくような感覚と誰もが侵入した事のない奥の熱にぎゅっと包まれる興奮と、そして真っ白なシーツに深い皺が刻まれる程、必死にその痛みから逃れようと両手で握り締めぐりぐりと枕に顔を埋めているヨリを見下ろして更に胸が高まりゆく自身に苦笑をしつつも、逃げないようにがっしりと体を掴んだまま、半分力任せに壁へとぶつかった陰茎を抜くように腰を引いてゆく。中で満たされた冷たいはずのローションはすっかり熱で温く浸り、ぬちゃぬちゃと水音を立てながら絡み付いては後孔から溢れるそれに思わず笑みが零れてしまう。
「ひ、ぅ、っぐ…ざ、けんなッ、何が、心配、すん…っ、な、だよッ…ぁ、ぐぅう!」
「だーいじょぶ、だいじょぶ。慌てんなよ、こっからが大事なの」
「はっ…? ぅ…な、に…あ、うぅっ! 待っ、今の、何か、変…ッ、やだ!」
捻じ込むように押し入れた陰茎の先、あまりに突然全身へと味わった事のない強い快感であったであろう波が彼を襲った瞬間、反動で飛び出した高く甘い嬌声を上げた自分自身に驚いたのか、熱い息を吐き出しながらゆっくりと振り向いたヨリの薄茶色の瞳は戸惑いに染まり、応えるようににやりと口角を上げながら再び挿入を繰り返せば重くなりゆく彼の体は力なくベッドへと沈んでいった。
「ひ、うぅっ、そこ、擦んな、ァ…ッ!」
「いいかァッ…俺だって、忙しいんだ…今日のでしっかり、自分のイイとこ、覚えてけッ…! 客、シラけさせたらお前の取り分はなし、だからなッ!」
「ぁっ、あぁあ! も、俺、おかしく、なっちま…ッ、は、はぁ、う、嘘ッ…い、やだぁ!」
濁る声、脳に響く声と息が次第に枯れていく。それに反比例するように昂っていく自身が自分でも不思議に思えて、心のどこかで彼を抱いているという悦びが確かに生まれている事実からもう目を背ける事は出来なかった。
(…もっと、俺の知らないお前を知りたい。俺しか知らないお前を感じていたい)
我ながらくだらない独占欲だと思った。ただのビジネスパートナーである彼に対して何をそんなに思い入れがあるのか、今の自分には勿論理解する事など出来ず(理解したくなかったのかも知れない)、脳内でもやついた気持ち悪さを振り払うように首を振っては、苦しそうにヒューヒューと喉を鳴らすヨリの陰茎の根元を握り、腰の動きを止めないまま上下に扱いていけばびくびくと唸りを上げ、涙声にもなりつつある嬌声が部屋に響く中、今にも外へ放ちつつある互いの熱がどんどんと行為を激しくさせていった。
「は、ぁッ…ヨリ、俺の、ナカに出す、から…! 後始末の練習も、ちゃんと、してけ、よッ…!」
「う、ぐぅうっ、クッソ、勝手な事ばっか、言いやがっ、て…! も、出ちゃ…ぁ、ん、やぁあッ!」
体勢を保っていた膝がついに崩れようとした瞬間、右手の中で膨らんでいたヨリの陰茎は勢い良く熱を放ち、直後、タイミングを合わせたかのように自身の熱の全てを彼の中で吐き出した。そして頬を伝う汗を振り払い、大きく息を吐きながらゆっくりと後退すると、ローションと混じり合った白濁がどろりと後孔から零れ落ち、我ながらさすがにやりすぎたかと反省をしつつもヨリの顔色を窺うと、あまりの快感という名の衝撃に頭と体が付いていかなかったのか汚れた体もそのままに、すやすやとベッドの上で意識と共に沈めていたのだった。
「…やっぱりお前、才能あるよ。ははっ」
そう自然と口から零れた言葉に何故だか軋む痛みを感じながらも、いつの間にか床に落ちていたボーダービーニーを被り直し、ベッドの上に投げ捨てられたくしゃくしゃの箱から一本、少し湿気った嗜好品を取り出してはそっと口に咥えた。
***
「…ヨリ?」
微睡に光が灯る。自分を呼ぶその声は子供の頃からよく耳に馴染み、ぬくもりのように感じるその優しさはゆっくりと意識を浮上させていった。重い瞼を力任せに開けば視界に映ったのは見慣れた古い天井と、心配そうに眉尻を下げてこちらを見下ろす幼馴染の顔。壁に掛かった時計の針は最後の残された記憶より二時間程経過しており、どうやらハイカラスクエアから店へと帰って来た後に居間で横になってはそのまま居眠りをしてしまったようだった。
「夕飯、出来たよ。お店開ける前に食べちゃおうと思うんだけど」
「…あぁ、悪い。手間掛けさせた」
「別にそれは構わないけど…なんか凄い顔色悪いよ。食べられそうにないなら無理しなくても…」
「い、いや! 食う! 飯だけは食う!」
「え、あ…そう。じゃあ準備するから、ヨリは座ってて」
どうやら体調不良が顔に出てしまっていたらしく、心配そうに様子を窺っていた幼馴染は再び台所へと戻り、その細い背中を見送ってからそっと陰で一人小さく溜息を吐いた。
(サイッアクな夢見た…)
頭をがしがしと掻きながら忘れようと試みるも、一度その濃厚さに浸ってしまったせいかそう簡単には拭う事は出来ず。ましてや空想上の夢ではなく、現実にあった昔の記憶が夢となって甦ったものだから余計に質が悪い。
幼馴染の二人が結婚してから数年、ありとあらゆる手を使っては彼女が患っていたという難病の侵攻を緩和させる事の出来る薬を必死に探し求めていた。本人達がそれを望んでいた訳ではない。しかし、このままではいつか必ず訪れるであろう、大切な家族がばらばらに切り離されてしまう未来を既に知っているというのに、それをそのままみすみす放っておく事など自分に出来る訳がなかった。ましてや、何も知らずに幸せな日々を過ごしていたはずの、襖を挟んだその先で今も夕飯の準備をしている幼馴染が酷く悲しんでしまう事は分かっていた事なのだから。
「……シノブ」
間に合わなくてごめんな、お前の幸せを守ってあげられなかった俺を許してくれ。そう、何度も心の中で懺悔した過去の自分を思い出す度、彼女はきっとヨリの癖に生意気言ってるんじゃないなんて一蹴してくるに違いないと不思議にも今ならそう確信を持つ事が出来る。
ふと、誰かに見られているような気がして箪笥の上へと視線を向ければ、結婚指輪と共にそこへ飾られていたまだ若い二人が幸せそうに笑っている写真の中の彼女と目が合って、全てを見透かされていたような感覚に思わず苦笑を零した。
「来年の夏は花だけじゃなくて、アイツが好きだった唐揚げでも供えとくか」
「はい、出来た…って、唐揚げがどうしたって?」
「何でもねぇよ。それより…ちょっとこっち、こっち来て」
二人が笑ってくれるなら自分がどんな目に遭ったとしても構わないと思っていた。この世に命を灯した直後に捨てられた自身などどうなったところで後悔はない、その代わりにせめて家族同然である彼らに何事もなく平和な日々を過ごして欲しい、それだけが願いであり夢でもあった。だからこそ、一人で生きていた毎日の中で盗みを働く事もあれば自ら体を開く事も厭わず、どんなに苦痛を感じる所業にも必死で耐えてみせた。でもそれは結局二人の為でも何でもない、自身のエゴを満たしていただけに過ぎなかったのだと、目の前で不思議そうに腰を下ろした幼馴染と再会してようやく気付く事が出来た気がする。
「ん、ぅっ…」
抱えていたお盆が畳の上へ落ちる音がした。夢の中の記憶を上書きするかのように、薄い唇へそっと触れるだけの口付けをしてはハラシロラグランの袖ごと腕を掴み、そのまま体を引き寄せ崩れる腰から背中へと両腕を回して少し苦しいくらいにぎゅっと抱き締める。肩口に埋まったその体温は酷く心地良く、堪らず頬ずりをするとぶつぶつと耳元で零れ始めた文句にけらけらと声を上げて笑った。
「ちょっと、苦しいってば!」
「…怖い夢見ちまってよぉ、こういう時くらい癒してくれたっていいだろ」
「全く、調子いいんだから…コロッケ、冷めちゃっても知らないよ」
小さな溜息が一つ、狭い居間にぽとりと落ちる。それでも離れようとはしない幼馴染に心の中で礼を言いながら、互いに瞼を落とし、何も言わずとも応えるように腰へ腕を回した彼の熱に甘えて今だけは静かに浸る事にした。
(2018.11.15)
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