あまりアルバイトには執着のない自身をこんなにも酷く恨めしいと感じたのは初めてだった。いつも通っている銭湯に店主と共に暮らしているその幼馴染の悪い予感はまさしく的中していて、慌てて向かった先には露出の高い服装で今にも甚振られそうになっていた相方と店主が視界に入り、一瞬で湧き上がった熱に危うく客だというボーイに取っ付きそうになったものの、自分よりも早く手を出した存在を引き止めているうちに次第にその熱はゆっくりと引いていった。
 精神的にも疲弊していたのか、発見した時から既に眠っていた相方の目元には微かに涙の跡があり、後から聞いた話ではあるが身を挺して自分の事を守ってくれたのだと店主から聞いた時、恐らく彼自身も心底怖かったくせにひたすらそれを我慢して、いつものように彼らしい正義感を全面に出しては必死に抗ったのだろうと容易に想像をする事はすぐに出来た。
 お互いに落ち着いた頃合いを見て連絡をしようと約束し解散した後、いくらジップアップカモを肩に掛けてあげたとはいえ、小さな子供には見せられないような状態に陥っている彼を背負い、一度休んでから家に帰ろうとすぐ近くにあったラブホテルへと足を運ぶ。エントランスは無人だったので特に誰かに怪しまれる事もなく、ダブルベッドとジャグジー付き風呂、ソファーにローテーブルと二人が泊まるには十分な広さの部屋を借りた。そして、未だすやすやと眠る相方をベッドの上に寝かせ、起こさないよう静かに真っ白なベビードールを脱がせると、至るところ、特に太腿の間にこびり付いた大量の白濁を見つけて思わず舌打ちを打った。しまった、と瞬時に口をつぐむも割と大きな音を立ててしまったようで、静かに海色の綺麗な水色が垣間見えてはゆっくりと閉じていた口を開いた。

「あれ、ここ…」
「…起こしちまったか」
「あ、サキ…俺、何して…」

 まだ寝ぼけているのか現状を理解していない彼に、ここまでに至る経緯を手短に説明してやれば意外にもそうかと眉尻を下げつつも安堵の笑みを浮かべていて、すっかり泣き付かれるかと思っていたので肩透かしを食らっていると、その様子を見かねてかさぞ当然のように意外な言葉を口にしたのだった。

「ほんと、助かったよ。マゴさんも無事で良かった」
「…怖かっただろ。よく我慢したな」
「そりゃまあ。でも、俺信じてたから。きっとオマエが来てくれるって」

 それはマゴさんも同じだったと思う、と続けた相方の自信は一体どこから来たものなのか自分には全く理解出来ないものではあったものの、彼は彼なりに自身を頼ってくれていたのだと思うと悪い気はしなかった。勝手にこちらが把握していないアルバイトに行っていた癖に、助けが間に合わなかったらどうするつもりだったんだと詰め寄るも回答は変わらず。ただただ何の疑いもなく信頼を寄せてくる相方が今は愛おしくて堪らなかった。
 しかし、そうはいえど目に見える汚れを無視できるはずはなく、意識もはっきりしたところで嫌がる身体を横に抱き上げてはそのまま浴室へと連れて行った。自分で出来ると豪語されるも納得のいくまで綺麗にしてあげたい気持ちが強く、持っていたボディタオルを取り上げ、大きな浴槽の縁へ腰を降ろしては膝の上に座らせた。背後から腕を回し抱き締めるような形で泡立たせたそれで身体を洗っていると、むず痒いのか腰をくねらせて逃げようとする彼の背と自身の腹を密着させしっかりと抑えつけた。

「あ、の…じ、自分で洗えるからっ」
「俺がやりたいからやってる。嫌か?」
「そんな、嫌ではない、けど…」

 乾いてこびり付いた汚れをシャワーでふやかして綺麗さっぱりその存在が消えるまで丁寧に洗ってやり、一つに纏められた髪のゴムをするりと引き抜くと、綺麗な水色が顔の脇へだらりと垂れて、空いた手で片方を掴み上げてはその先の吸盤にそっと触れるだけの口付けを落とした。

「なななな、何、すっ」
「…これでも怒ってるんだぞ」
「あっ…う、ん。その、ごめん…」

 酷く傷付いているはずの彼を咎めるつもりは初めからなかった。寧ろ一番側にいてあげられる自分がその傷を癒やしてあげるべきなのだと理解していたが抑えきれない悔しさと怒りが心の奥底で渦巻いているのは確かで、実際のところ相方の姿を見た瞬間にそれは一瞬で沸騰してしまいそうになった程で。もっと危機感を持てだとか、少しは怪しんだらどうだとか、言いたい事はいくつもあったものの、それよりも彼が今こうして無事に自分の隣りへ戻ってきてくれた喜びと安心の方が遥かに上回っていた。だからこそ、不安でいっぱいだったこの胸中を掻き消して欲しいという我儘さえ芽生えてしまっている。

「…風呂、入るぞ」
「ちょ、おま…だからなんで、抱っこ…」

 何事もなかったかのように汚れ一つない綺麗な身体になった彼を再び横に抱き上げ、そのまま沈むように湯の中へ腰を下ろせば、見下ろしたすぐ先で照れ臭そうに赤く頬を染めながらそっぽを向く相方にすりすりと頬ずりをしてやる。その流れで額、瞼、鼻に口付け、いい加減にしろとついに手で顔を押し退けてきた彼の腕を掴み更に引っ張り寄せては唇を重ねた。

「んっ…ばか、この…逆上せるっ」
「こういう時くらい、好きにさせろ」
「こういう、時、って…」

 隠し事はしない、というよりは出来なくなったと表現した方が正しいのかも知れない。相方の目は周りをよく見る力だけでなく、人の本心をずばり言い当ててしまう力も伴っていると自分は思っている(普段はあんなにも鈍感で興味のないものはまるで気にしないのに)。真っ直ぐにこちらを見据えた深く青い瞳が赤と混じり合った時、察したのかそれ以上何も紡ぐ事なく、こちらの言葉に対して静かに耳を傾けていた。

「…別に、バイトをするなって訳じゃない」
「う、ん…」
「ただ、さすがに今回のは肝が冷えた。だから…」

 もう少し、オマエを感じていたい。そう自然と溢れた気持ちに照れ臭さはあれど本物である事に変わりなく、危うく失いかけた大切な人のぬくもりに今はただただ触れていたかった。怖がりだと笑われてしまうかも、昔より弱くなったとがっかりされるかも知れない、それでも構わないと思える程に今の自分には余裕など微塵もなかったのだ。
 瞳を閉じて薄暗い世界の中で静かに胸の中の存在を抱き締めていると、ふと自分の名前を呼ばれてゆっくりと光を受け入れる。すると、その眩しい視界の中には意外にもいたずらっぽく笑う相方の姿があった。

「サキ」

 その瞬間、ぱちんと目の上で何かが弾ける音、そして仄かな痛みが額に帯びて突然の出来事に思わず顰め面になっていると、ケラケラと声を上げるものだから反撃だと言わんばかりに真っ白で柔らかな頬を抓ってやる。

「ひだっ! ひだい、ひひゃいっへば!」
「先に仕掛けた方が悪い」
「ちっくしょ、この…食らえ!」
「っ、おい、そこはさすがに…」

 お互い意地になってやってはやり返しを続け、自然と体は離れ浴槽の中で知らず知らずのうちに身構え対峙するような形で立ち尽くすと、瞬間に訪れた謎の無言の時間のせいで二人して苦しい程に腹を抱えていた。すると、傍から見れば何をやっているのかと呆れられそうな事をしていたのに、不思議とどこかでつっかえていたものが自然と消え失せていたのに気付き、それに驚いて呆然と立ち尽くしていると、一歩また一歩と目の前まで近寄ってきた相方が、つま先立ちで背伸びをしながらそっと頭を撫でてきたのだった。

「よし、いつものオマエだな!」
「…は?」
「今日は、助けてくれてほんとにありがとな。見ろよ、これ。まだ手震えてやがんの」

 眉をハの字にして差し伸べられた手のひらはよく見ると微かながら小刻みに揺れていて、恐る恐る握り締めるように自分の手を重ねるとぐいっと体ごと引っ張られ、そのまま二人大きな水音共に湯船の中へと飛び込んだ。

「おい、危な…」
「あ、のさ。コイツ何言ってんだって自分でも思うような、事…だって分かってるんだけど」
「…何だ、言ってみろ」
「えと、その…良かったら、今からシません、か」

 引っ張られたせいで胸から下が湯に浸かっている状態の彼の太腿の間に膝を付き、顔の脇の浴槽の縁を掴みながら見下ろす形になっていて、頬を染めながらも(もしかしたら逆上せていたのかも知れないが)視線をぐっと上げては真面目な顔でそんな突拍子もない事を言うものだから、堪らずげらげらと声を上げて笑ってしまった。彼としては決死の思いで発したのであろう、気に食わないのか、なんだよと一言文句が返ってきたので、致し方無しににやりと口角を上げては一つ溜息を吐いた。

「なかなかの肝っ玉だな、と思っただけだ」
「うっ…だって、あんなヤツにぶっかけられたのが最後だなんて、気分、悪いし。それに…」
「それに?」
「あ、いや…ああもう、これだけは言いたくなかったんだけど! 今日の事、記憶から消し飛ぶくらい、お、オマエ…と、シた、かった…とか、そういう…ごめん、やっぱり何でもな…ッ!」

 顔を真っ赤にしながら(この時は確実に逆上せているだけではなかった)段々と尻すぼみになりつつもそう訴える相方にこれ以上触れないでいるのは到底無理な話だった。右手を後頭部へと回し無理矢理寄せた彼の唇へ噛み付くように口付けて、もう片方の手を湯の中へ沈めて背中へと泳がせては二人の胸が密着する程力いっぱいに抱き締めた。言葉にならない声で藻掻く彼を他所に赤い舌を中まで差し込み、ぴちゃぴちゃと厭らしい音を立てては絡ませて湯の熱とはまた別のほとぼりが立ち込め、ゆっくりと解放するとまだ途切れずに繋がったままの透明にじわりと滲む橙色ににやりと顔が歪む。
 そして、息を乱したまま相方の右足をばしゃりと波立てながら持ち上げ、揺れる水面のその奥に見えた後孔へゆっくりと右手を忍ばせては一本、また一本とまだ狭い肉壁を裂くように侵入させていった。

「ちょ、待って、いくらなんでもペースが…!」
「…見れば分かるだろうが。それくらい察しろ」
「そんな事、言ったって…!」

 情けない話、何をしなくとも次々と事を進めていく事態に混乱している相方を気遣えるような余裕はまるでなかった。なんせ自身が無理矢理封じ込めていたものの蓋をいとも簡単に開けてみせたのは正真正銘彼であって、そこから溢れているものを自分の力だけで止める事は最早不可能であり、すぐにでも相方という存在をその中でしっかり感じたい気持ちでいっぱいだった。
 足を持ち上げることで湯の中で溺れないよう必死に腕を伸ばし自身の首へと回しては、指を奥へと押し進める度に耳元で小さく溢れる甘い声に尚更興奮は高まっていく。湯気となんら変わりのないくらいに火照る息と全身に流れる汗、触れても触れられてもいないのに既に固く太ましく反り勃っている自分の物を見下ろして苦笑を落としては、深く息を吐きながらそっとその先を彼の後ろへと宛てがった。

「あっ…」
「自分の言った事に対して責任を持て」
「…オマエは、いいのかよ」
「何が」
「げ、幻滅されたと思ってた…から」
「…そんな無駄な心配しか出来ないなら、その頑固な頭で理解出来るまで言ってやるよ。俺が愛してるのは、過去も未来もオマエだけだ」

 額から頬を伝い、湯船の中へぽとりと落ちる汗、淀む視界で咄嗟に首元へ顔を埋めた相方の中へ少しずつ腰を押し進めていく。

「あっ…ん、う…は、ぁあっ…!」
「っ、く…まだ、狭いか」
「い、いっ…抜かなくて、い、からっ…ぁ、ぐっ」

 膝が胸に付くまで右足を持ち上げ、湯と共に侵入を果たす自身の陰茎を突き上げては何度も壁を擦り、体を震わせながら必死にしがみつく姿を見てぞくぞくと血が騒ぐ感覚にごくりと息を呑む。無意識にか自ら沈んだ左足を漂わせ、腰を動かす度に蕩けた吐息が小刻みに浮き上がっていた。

「…気持ちいいなら、素直に言え。欲しい分だけ、くれてやるッ…!」
「あっ、ぁうぅ! うる、さッ…は、やぁ、んあぁ!」

 ぐりぐりと顔を押し付けながらかけ巡る熱に耐える彼の耳元で、激しい好意とは裏腹にそっと優しい声でヒナ、と名前を呼べば、ようやく伏せていた顔を上げ恥ずかしそうにサキ、と小声で返す相方が愛おしくて仕方がなかった。そのまま噛み付くように唇を押し付け、中で舌を絡め合いながら腰の動きは止めずにじわりじわりと熱を高めていった。

「あっ…ん、ちょっと、待って…っ!」
「…?」

 荒い息遣いの中、急にストップをかけては鎖骨の当たりを見せつけるように顔を背けた彼の意図が分からず、数秒間無言が続いた後に耐えられなかったのか、少々自棄糞気味な態度でぼそぼそと恥ずかしそうに意外な我儘を溢したのだった。

「こ、ここっ…」
「ここ?」
「…ああもう、この堅物! 言われなくても分かれよ、アホ!」

 何故逆鱗に触れたのか分からないまま腕を取られ、勢い良く引き寄せられたかと思えば首元にちくりと痛みが生じた。すると、目下でしてやったりといういつになくにやけた顔を見てようやく事を理解し、すぐさまお返しだと同じ場所へと跡をつけてやれば、再び怒りを買うどころか目の前には至極嬉しそうに目を細める相方がいた。

「…それは反則だろ」
「えっ、いや、そもそも察しの悪いオマエが悪…っ、ぁ…んやぁ!」

 そんなつもりはなけれど火に油を差すような事ばかり仕掛けてくる彼に心の中でも文句を言いながら、最早抑えのきかない欲が込み上げ限界が近くなりつつある自身を容赦なく奥へと捩じ込んでいった。

「は、ぁっん、うぅ…ッ! さ、サキ…サキッ、もっと…!」
「ん…っ、ナカで出したい、いいかッ…?」
「は…早く、きてぇっ…! ぁ、さ、き…んうっ…や、あぁあっ!」

 一瞬で沸騰した快感が全身を駆け巡り、高まる熱気に危うく意識を飛ばしそうになりながら、大量に吐き出た欲に満たされた中で大きく息を吐きながらその時、その瞬間の幸せをしっかりと噛み締めた。既に逆上せていたせいか、同時に達したらしい意識のない相方をなんとか抱き留めながら、どこか先程よりすっきとした表情を浮かべる彼にゆっくりと口角を上げ、汗ばんだ額へそっと口付けを落とした。


***


「しばらく仕事受けませんからね」
「そんなにプリプリしないでよ。これでも反省してるんだからさ」

 数日後、幼馴染に一本の電話が入ったのはようやく事の熱りがさめた頃だった。相手は薄々想像出来ていて放っておいたら一人で殴り込みに行ってしまいそうな程に怒りに塗れていた為、なんとかそれを引き止めては最終的に二人で顔を出してみるという事で落ち着いた。
 二人共直接彼の店へ尋ねるのは久方振りで、その主とは度々顔を合わせていたものの、相変わらずほとんど人気のない地下にある暗い雰囲気には慣れないもので埃だらけの扉の前にたった瞬間に思わず息が詰まった。先に進んでいた幼馴染は特に気にする事なく蹴破る勢いでその扉を開けては奥へと進むと、小さなカウンターを挟んで向こう側に悠々と古いレザーチェアに腰掛ける彼がいた。

「全く…仲介屋が聞いて呆れるぜ。お前、年食って勘が鈍ってきたんじゃないのか」
「今回ばかりは言い訳も出来ないな。まさか店長もグルだったなんて思わなかったんだもん」

 珍しく肩を落としてそう零すダビデさんも実は被害者だったようで、話を聞くと店長とあの客が裏で自分と引き合わせるように仕組んでいたらしく、丁度繋がりがあったダビデさんが今回は上手く利用されてしまったようだった。どちらかというと、いつも仕掛ける側の彼としては酷くショックを受けていて、素直にごめんねと謝られた時はあまりの不自然さに一言返事をするのも変に躊躇ってしまった。幼馴染も毎度の如く胸倉を掴みにいくような態度で乗り込んだものの、あまりの落ち込みようだったので怒る気も起きず、愚痴を吐くように説明された話を聞いてはつられて大きく溜息を吐いていた。

「前にも人を紹介した事がある人でさ、信用もしてたんだ。こいつはあの黒幕に相当カネ握らされたとしか思えないね」
「…チッ。あの顔、思い出すだけで腹が立ってきやがる」

 子供の頃に会ったきり、そして先日何十年振りに顔を合わせるまで奥底に沈んだまま浮いてこなかったボーイの存在は彼と再会したあの日以来、頭から離れた日はなかった。ねっとりと耳にこびり付くような厭らしい低い声、互いに歳を重ねているせいか随分と記憶に残る彼よりも老けていたものの、その気持ち悪さは変わりなく、曖昧だった昔の記憶も今なら鮮明に思い出す事も出来る。しっかりと連行されていった彼に今後会う事は無いに等しいとはいえ、それでも頭の中で想像するだけで恐怖を感じる程にトラウマを残していった罪は実に闇よりも深い。
 それでも、幸いにも今も昔も自分はひとりではなく、救いの手を差し伸べてくれる幼馴染が助けに来てくれたという事実が何よりも嬉しく、いつだって力になってくれる彼が愛おしくて堪らなかった。

「…大丈夫。もういいんだ」
「だけどよ…」
「もしもの事があっても、またヨリが助けてくれるもの。だから平気」
「ま、マゴ…!」

 本当は少しだけ怖い部分もあるけれど、カウンターの下でそっと冷えた手を握ってくれた右手がとても心強く感じて、未だ不安そうな面持ちの幼馴染に目を細めてはゆっくりと微笑んだ。
 と言えど、さすがに今までのように報酬につられて何でもかんでも仕事を選ばずに受けることは出来ない旨を伝えると、ダビデさんは至極残念そうに、しかし分かったような口を利いてはにやりと口元を緩めていた。

「…と言っても、困った時にいつも助けてくれるのはマゴさんなんだよなぁ」
「あのねぇ…」
「おいマゴ、コイツは一発くらい殴っとかないと元取れねぇぞ。やるか」
「いやいや! 暴力反対、そういうのほんと良くない!」

 こういう時くらい励ましてあげようかなどと一秒でも思った自分が馬鹿でしたと肩を落としながら、用意周到にも既に準備運動を始めた幼馴染に苦笑した。そんな彼をまあまあと仕方なく宥めているとふとすっかり忘れていた実に重要な事を思い出し、慌ててダビデさんに噛み付くとあたかも今思い出したとでも言うようにぽすりと手を打った。

「あぁ、そうだったね。いやあ、うっかり」
「う、うっかりで済むと思わないでくださいよ! 報酬がないと店の存続さえ危ういんですからっ」
「そうは言ってもさぁ、俺も騙されてた方だし、もちろんあの店自体も摘発されてる訳で…って事で、意味分かった?」
「なッ…! そ、それってつまり…」

 ノーギャラです、という人生で一番聞きたくなかった五文字が脳内で反響し、(文字通り)死ぬ思いで乗り越えてきたはずの努力が今まさに水の泡になったのだと理解した瞬間、意識が遠くなってふらりと地面に崩れ落ちた。心配する幼馴染が自身を呼ぶ声さえ不鮮明に聞こえ、腹を抱えるダビデさんの高らかな笑い声に対してただひたすらに込み上げる怒りと共に声を上げた。

「ひどい! ずるい! あくどい! 訴訟ー!」
「おいおい、話はまだ終わってないぞ。実はね、ここに今回こっそり撮っておいたマゴさんとヒナタくんのかんわいいネガ、たんまりあるんだよ」
「がっつり売り捌いて元取る気か、アンタ!」
「ほら、見ろよヨリ。お詫びで一枚焼いてやるからどれか選べ」
「へぇ。じゃあ、この着替え途中のやつ…あ、アイツの分ももういっこコレ、サービスしろよな」
「お前もノリノリで選ぶな!」

 ウエストポーチから取り出されたあまりに長すぎるフィルムのネガをじっくり吟味する二人に横から殴りを入れながら、これから多方面へと黒歴史と化した写真が多方面へと流れていくであろう未来に未だ知る由もない、恐らく今頃家でまったりしているであろう二人に心の中で懺悔したのだった。

「売上の二パーセントくらいは振り込んでおくからね」
「だ、ダビデさんのひとでなしーッ!」


(2019.06.23)


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