「で、パンツ義務は無事免除になったと」
「ちょっと力ずくだった気がするけどね! ぷん!」

 約束通りに日を改めて四人で店へ訪れたある日の夕方。一週間前と同様の時間だったものの今日は既に店は開いていて、しかしまだ明るい時間帯だったせいか自分達以外にまだ客はいなかった。一番風呂だからとチビガールも一緒に男湯に入らせてもらいしばらく湯に浸かった後、未だチビっ子達と遊んでいる相方を置いて一足先に火照った身体を休めようと廊下の先にある休憩所へ向かうと、そこには少々不機嫌そうにコーヒー牛乳をちびちび飲んでいる店主がソファーで寛いでいた。何かあったのかと思い声をかけてみるもそっぽを向くばかりで返事はなく、仕方なしに自らショーケースを開け目当てのものを一つ取っては、彼の隣へ腰を下ろしてマガジンラックにあった夕刊をばさりと広げた。そしてしばらく無言のまま小さな文章を読み耽っていると、その静寂を先に破ったのは彼の方だった。

「…何で、アイツあんなに反対するのかなぁ」

 何を、と聞き返す前にその正体に気付いてしまい慌てて口を噤む。この店で暮らす二人の不毛な争いは今に始まったものではなく、顔を出す度によく言い争っているのを目撃もしていて、関わったところで自分は力になれそうにないと今まで声を掛けた事はなかった。しかし、彼自身からその話題を持ち出したのは恐らく、周りが思っている以上にそれが深刻な悩みと化しているようで。

「たまには折れてやったらどうだ」
「嫌だよ、そんなの。死活問題なんだぞ」

 といったお冠の様子で、自身の習慣を改善するつもりのない店主の拘りに対しては理解しているものの、恋人である彼の幼馴染がパンツを履いてほしいと切実に願っている気持ちも分からなくもなかった。

(…今までも色々あった割に警戒心が無いからな、この人は)

 以前、相方が暑いからと言ってガチホワイト一枚でナワバリバトルへ出向いていた頃があって諸事情によりインナーを着ろと指摘した事もあった。つまり、今回の二人もそういう事である。一度ノーパンの心地良さに目覚めてしまった店主の意思は強く、折れてもらう事は不可能かも知れない。しかし、その上で少しでも被害を抑える方法はあるはずだ、そう思い揣摩臆測で試しに一言だけそっと彼に促してみた。

「……心配してる」
「心配、って…何を」
「それのせいでアンタにまた何かあったら…今度こそ泣くぞ、アイツ」

 名指しせずとも誰にそれ程強い思いを向けられているのか、さすがの彼も分かっているようで、一瞬目を見開いては静かにそれを伏せて小さく溜息を吐く。彼も自身の危うさを自覚していないわけではなく、何かあってからでは一人で危機を脱する自信がなけれど心配も掛けたくない、そんな交錯した複雑な気持ちでいるのはよく知っていた。すると、どうやら吹っ切れたのか、空っぽになった空き瓶を器用にゴミ箱へと投げ捨て、ソファーから腰を下ろしては番台へと戻っていき後ろ手に手を振っていた。

「…マサキくんも、人の事ばかり心配してないで自分の事も考えなきゃね」
「アンタの世話になるつもりはないさ」
「まだまだ子供のくせによく言うよ」

 小さく笑みを零しながら振り向きもせず廊下の先へ姿を消したと同時に、入れ替わるような形で相方とチビっ子三人ががやがやと騒がしさを纏って小走りでやってくる様子に思わずくつくつとほくそ笑む。すっかり温まった小さな体が胸の中へと飛び込んできて、その後ろから自分もと勢い良く抱き着いた相方諸共ひっくり返ってソファーに背中を沈める。けらけらと飛び交う二つの笑い声、心配そうに様子を窺う優しい彼の頭をそっと撫でながら、飲み干したいちご牛乳の空瓶の先でこつんと相方の額を小突いたのだった。


(2019.11.17)


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