結果からいうと、選んだギアたちはどうにか二人の試験官より合格をもぎ取ることが出来た。年甲斐もなくビビットカラー的な色が散りばめているフクなど着られるはずもなく、店に入ってすぐ目についたクラマナスウェットなるものを手に取り試しに着用してみたところ、ゆったりした着心地とグレーという落ち着いた色合い、そして胸元に鎮座している謎の生き物が割と気に入ってしまいすぐさま購入を決めた。他、エゾッコメッシュがそれなりに目立つとのことでリンちゃんの選んだヒッコリーワークキャップを目深に被り、クツは焼きイカちゃんに是が非でもと薦められた素足で履けるアローズサンダルアオキに履き替えた。なかなか可愛らしいコーディネートになってしまった気がするけれど、反面自身の好みと合致したようで嫌な気はしなかった。
一方、リンはというときらりと光るタコピアスを左耳に身に着け、なんだか腕にかっこいい黒と赤のベルトのようなアクセサリーを巻き、そしてクツはどうやら焼きイカちゃんが履いているブーツの色違いであるヌバックブーツxSJというものを選んだようだった。それでもって驚いたのが、こっちがのんびりギアを選んでいる間に髪型がまるっきり変わっていたことである。本当に驚いた。十五分前まであんなにかわいらしいお団子ヘアだったのに、少し目を離したすきにコーンロウと呼ばれる最近流行りの髪を編み込み後ろで一つに束ねる髪型となっていて、とにかくコーディネートと併せていかつさと圧がある。何がと言われれば答えられないけれど、とにかくオーラが強い。そう感じさせるほど、彼女が放っているものは半端ではなかった。
「ほわ……カッコイイでしゅ……」
「当然」
「抱いて……」
驚きはしたが昔と変わらず魅力的でイカした彼女の逞しい姿に感動さえも覚える。きらりと光るビビットピンクの瞳に射止められながら差し伸べられた手にそっと自身の右手を重ねた。しっかりと握られた小さなぬくもりは頼もしささえも感じて、そのまま二人に引かれるように店の外へと出る。そして、事情を知った焼きイカちゃんも一緒に手伝ってくれることとなり、その上でリンが提案したのはひとまずヨリを見たことのある人物を探すことだった。すっかり行方を眩ませてしまった彼の所在を知るにはまず目撃情報を集めなければならない。そしてその情報を集めるのにうってつけであるのが、この街で一番インクリングが集まる場所、つまり。
「こちら、ロビーとなります」
「はあ、なるほど」
「まあせっかく来たんだしよ、ブキも新しいの使ってみっぺ」
「新しいブキ、ねえ」
少々不安を抱えながらも初めて訪れる場所に気持ちが高揚してしまうのも事実で、とりあえずは肩慣らしにと三人でナワバリバトルに参加することにした。初めてバンカラ街からの参加ということで、受付に期間限定で行われているというブキのレンタルを薦められたため、それぞれ興味のあるブキを手に取り転送装置へと恐る恐る乗り込んだ。
事前情報によるとバトルステージはゴンズイ地区と呼ばれる古くからの居住区で、周りにはマンション群が立ち並ぶ閉鎖的な空間となっている。出発時に持たされていた携帯型のリスポーン、この街ではイカスポーンと呼ばれる鉄製の箱のようなものがスタート地点の宙に浮かび、危うく落ちそうになりながらも取手をしっかりと掴みぶら下がる形でどうにか難を逃れた。
「ひゃあ〜……」
これまでも幾度となくバトルに参加してきたけれど、毎回開始までの間、落ちたら怪我では済まない程の高さで待たなければならないと思うとあまりいい気分ではない。自身を挟むように両隣で浮かぶイカスポーンの上に立つのは、幸運にも同じチームになったリンとボールドマーカーを構えているツーブロックの若いボーイだった。
「もしかしておじさん、バンカラでバトルするの初めて?」
「うん、そう。これ、ここからどうするの? 向こうまでこのまま飛んでくとか?」
「まあ……飛んでく、っていうのは合ってるかな。ただ……」
「ただ?……う、わ!」
開戦の合図とともに全員がイカスポーンへと吸い込まれたあと、イカ状態へと変化した体が満たされたインクに塗れ、何が起きているのか分からないまま再び外へと勢いよく放出された。うわああ、と情けない雄叫びを上げながら到着した先にはステージの端、つまり従来ではリスポーン地点のあった場所にべちゃりと顔から落ちたその脇で、これまた格好良く着地を果たしたリンが見上げた先でにやりと口角を上げていた。
「先、行ってるよ。マゴにい」
ぱちりと弾けたウインクがとても眩しくて思わず目を細めてしまう。そして後ろから走り抜けていった先程のボーイにけらけらと笑われて恥ずかしい思いもしながらも、どうにか立ち上がり飛び出した衝撃で手放してしまったスプラスコープを拾い上げた。くそう、と悔しさを滲ませている暇はない。ナワバリバトルの制限時間は三分、その間に相手チームの猛攻を抑えつつ陣地を広げていかなければならない。
「……このブキ、なんか懐かしいな」
既に塗られているインクの海を泳ぎながら、狙いをつけやすいであろう高台、ステージ中央に作られている歩道橋の上から辺りを見回してみる。ふと見下ろした先の袂では既に他の仲間達が早速一線を交えており、その中にはどうやら別チームとなってしまったらしい焼きイカちゃんがスパッタリー・ヒューを使い縦横無尽にスライド回避をしつつステージのど真ん中でスペシャルを使い大爆発するなど大暴れをしていた(後から知ったけれど、サメライドというスペシャルウェポンらしい。怖すぎる。絶対に来ないで欲しい)。
スプラスコープというブキには個人的な思い入れがある。かつて若くして亡くなった幼馴染が愛用していたブキのひとつで、無意識に手に取ったその時、ふと彼女の存在を思い出してはとても懐かしい気持ちになった。存命していた頃は二人でイカスツリーへと赴き、ナワバリバトルやタッグマッチによく参加していて、その幼馴染、そして恋人、妻であったシノブは自身と比べ、周囲も認めるほどのバトルの才能を持っていたため特に得意とした遠距離系統のブキの使い方やコツを教えてもらっていたこともあった。
(相手の動きを予測して、狙いが振れないよう脇を締めて……撃つ!)
腰を屈み銃身の手前に左手を添え、視界の狭いスコープを覗き込みながら、来たるべきタイミングでグリップを握り締めた人差し指で引き金を引く。直後、銃口から飛び出したインクが青の跡を地面に残しながら相手チームのインクリングへと一直線に伸びていく。
「これを担いでる時点で自分は常に警戒される存在だと思いなさい。始終気付かれずに当てるなんてのは至難の業よ。だからわざと射線で誘導して、その獲物が回避する場所を予測して撃ち込むの」
頭の中で響いた懐かしい彼女の声に、朧気になりつつあるかつての記憶を思い出す。不慣れな自身の姿勢を指導し、その時重なった手のぬくもり、ふわりと香る花のような甘い匂いにいつも心を癒やされていた。
放ったインクの銃弾は見事に狙った先へと命中し、沸いた仲間たちが次々と敵の陣地へと乗り込んでゆく。その間に塗り切れていない自陣を丁寧に染め上げながら、試合はそのまま覆ることなくバンカラ街での初バトルはどうにか勝利を掴むことができた。そして、試合終了後のロッカールームで休憩がてら水分補給をしながら少し遅れて合流した焼きイカちゃんが意外にも気になる情報を耳にしたようで。
「試合始まる前にさ、ちーっと聞いてみたんだけど。ヨリのおっちゃんぽい人、見たことあるかもって」
「ほ、本当かい!」
「最近街中でウロウロしてるのよく見かけるって言ってたから、信ぴょう性はあるんじゃね? ほら、やっぱ若いの集団に紛れるおっさんって珍しいっぽいから」
「そ、そうか……やっぱりおっさんなのか、俺たち……」
「落ち込むにも今更だよ、マゴにい」
「励ましになっていないです、リンちゃんさん……」
「ま、兎にも角にも、おっちゃんが行きそうなところを……おろ?」
ヨリがここ数日この街を彷徨いているのは間違いない。つまり、何か目的があって特定の場所へと向かっている可能性もある。そのため、彼の居場所を特定するにはまず彼が立ち寄りそうな店、施設などを絞り込む必要があった。そこを追求しようと頭を悩ませていたその時。突然挨拶もそこそこに気さくな態度で三人に声を掛けてきたのは、先程同じバトルで参加していた、ボールドマーカーとウルトラハンコで敵陣を蹂躙していたツーブロックのボーイだった。
「うっす、お疲れ」
「……ああ、さっきの」
「驚いたぜ、アンタめちゃくちゃ上手いじゃん。チャージャー久しぶりとか嘘だろ?」
「あはは、本当にたまたまだよ。調子が良かっただけ」
「なんだ、謙虚なおっさんだなあ。……ま、それより。ちょっとアンタに話したいことがあるんだけど、いい?」
にやりと口角を上げて流暢にもそう話す彼は、ダビデと同じく情報屋をこの街で営んでいるようだった。そして驚いたのが、喉から手が出るほど欲しいと思っているヨリに関するこちらの知らない情報をどうやら持っているらしく、その交渉に今素直に応じるべきかしこたま頭を悩ませている。なにせ、その代価というものが。
「……アンタが持ってるってのはもう調べがついてる。レア度フレッシュ、ホタルちゃんのダブりを今すぐ渡してもらおうか」
「よ、よりによって、何故それを!」
「ヨリちんだけに?」
「おっちゃんの親父ギャグ、サッムー!」
「ええい、どうとでも言えー!」
辛い。心がとても、辛い。最近巷でブームを巻き起こしている陣取大戦ナワバトラーというカードゲームにどっぷりとハマったのは今から一ヶ月ほど前のこと。様々なインクリングとブキをモチーフにしたカードで互いの陣地を取り合う、正しくナワバリバトルの革命児と呼ばれるこのゲームは今や各地で大会なども開催され若者から年寄りまで人気カテゴリとなっている。実はついこの間、そのカードのコレクターとして少しばかりSNS上で名を馳せたばかりだったので、このような取引を外でふっかけられるのは思ってもみないことだった。聞いたところ、彼もやはりそれなりのカードコレクターであるようで、コレクション内の穴をどうしても埋めたいがための提案だったらしく。
「頼むよ、マゴさん! アンタ、この間イカッターでホタルちゃん二枚持ってるって言ってたじゃないか! 俺、どうしても自引き出来なくて……同ジャンルオタクとして情報には責任持つよ、約束する!」
「ぐっ……フォロワーにそこまで言われてしまっては、仕方あるまいっ」
「や、やった……!」
一歩、いや二歩ほど離れ白い目でこちらの様子を伺っているガール二人を他所に、真剣な顔つきで交渉を進めるオタク二人は今まさにお互いの大切なものを譲り合っているところである。泣く泣く嫁に出した観賞用ホタルちゃんの微笑みにそっと手を振り、手元に残った保存用ホタルちゃんを大切なカードバインダーを開きそっと専用リフィルのポケットへと収納した。浮かんだ涙はそのままに、しかし大きな犠牲を払ったことによる彼の持っていた新たな情報は確かに自分にとってかなりの有益なものだった。
「ヨリさんって言ったっけ。俺、昨日話したばっかりだ。あの人もアンタらみたいにイカのボーイ探してたよ。この写真のやつ、見たことないかって聞かれて……ほら、これ」
写真のデータももらっておいたんだ、そう言って彼がポケットから取り出した携帯電話の画面に表示された写真、そこに映っていたのは正しく。
(この人……!)
もしかしたらという気持ちは心のどこかに存在はしていた。ただ、その理由に関しては明確としていなかったけれど、ヨリが何を目的としてこの街を訪れているかということだけは今ここではっきりした。
「ねえ、マゴにい。このおじさん……」
「うん。どうやら、アイツにとっても無関係じゃなかったってことだ」
もしかしたら、自分にとっても他人事では済まないような話になるかも知れない。そんな懸念を抱きながら、隣りで不安そうに眉尻を下げたリンの頭をそっと撫でてあげる。一方考え込むように腕を組み、珍しく眉間にシワを寄せている焼きイカちゃんは何かを思い出せずにいるのか、うんうんと頭を悩ませながらしばらくその写真を睨み続けていた。
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