「リンちゃん、どういうこと!? ちゃんと説明して!」
「説明……って、言われてもなあ」
無事ナワバリバトルに勝利し、ヨリのブレスレットを守ることに成功はしたものの、それよりも衝撃的な出来事が起こっているせいで素直に安堵している場合ではなかった。
先程のナワバリバトルの終了間際、己のピンチにスーパージャンプで駆けつけてくれたのは他でもない、リンだった。しかし、彼女が身に着けているギアはステルスジャンプのギアパワーは付いておらず、勿論その時もすぐ側に着地地点のマーカーがくるくると示されていた。このままでは共倒れしてしまう可能性が高い、そう思い足元にスプラッシュボムを投げつけて一度フェイスバイザーのボーイを遠ざける。しかし、爆破してすぐにケルビン525のスライドで再度距離を詰められてしまい、さすがにもう手がないと諦めかけたその時。空中で振り上げたパブロを着地と同時に力いっぱい叩き付け、しかし、ぎりぎりスライドで後ろに下がり回避するとチャンスとばかりに再度ケルビン525の銃口をリンへと向けた。危ない、そう手を伸ばすもインクの中へと潜り込み、すぐさま背後へと回り込んだ彼女は一言、彼の耳元でぼそりと呟いては躊躇いなく脇腹を打ち付ける。う、と声にならない声を上げたフェイスバイザーのボーイは気付けばもうその姿は既にそこにはなかった。
「見た目も完全に変わってたんだもん、びっくりしたよ。前はそんなことなかったじゃん」
「は!? おい、マゴ! 前ってなんだよ、いつの話してんだ!」
「うーん……まあ、その話は長くなるから後でするとして。とにかく、今は本当にリンちゃん、なんだよね」
「そうだよ。でも、あたしだってシノブさんを自由に呼べるわけじゃなくて、時々頭の中で会話したりとかバトル中に代わって欲しいって言われた時だけ貸してあげてる? みたいな感じ」
ナワバリバトルが終了してロビーへと戻されたあと、すっかり元通りになっていたリンを囲むようにてんやわんやした三人の困惑と慌てようといったらなかった。囲むようにリンの顔と姿を確認しては先程の出来事が幻覚だったのかと疑い記憶にも自信がなくなる。やはりあれは夢だったのだろうか、そう思い始めたすぐ後にリンが至極当然のように、シノブさんすごかったね、などと軽々しく言うもんだから全員真後ろにひっくり返ってしまった。
「まさか、知らない間にそんな交流をしていたなんて思ってなかったけど……まあ、今回は助かったかな。シノブがバトルしてる姿なんてもう見られないと思ってたから、なんだかすごく懐かしい気持ちになったよ」
「えへへ。マゴにい、なんだか嬉しそう。また会えると良いね」
「……あ。おっちゃん! アイツらも帰ってきたっぽい」
起動した転送装置から次々とロビーへ帰ってきたアナアキスクエアグラスのボーイたちは、意外にもかなり意気消沈しているようでがっくりと肩を落としていた。といえど、交わした約束は守ってもらわねばならない。今後一切ヨリに危害を加えないようにしっかり言いつけると、どうやら性根は良い子達であるようで素直に頷いてはこれまでの行いに対して頭まで下げてくれた。実に真面目なヤンキーである。それどころか、いきなり地べたに正座して急に土下座をしたものだからさすがに驚いて駆け寄ると、何か思い詰めた顔をしたアナアキスクエアグラスのボーイがリンを見上げ、込み上げる何かを吐き出すように大きく声を張った。
「お嬢ちゃんッ、いや……リンさん!」
「な、何ですか……」
「先程のバトル、あまりの強さと逞しさに感服しました。この度は色々とご迷惑おかけしてすいませんしたッ。それで、その……ご迷惑でなければ、是非……」
「あ、あねさんと呼ばせてくれませんか!」
「お願いします! どうか、どうか!」
ちょっと引き気味のリンに集る四人を見て、さすが焼きイカちゃんの妹だなあと思ったのはここだけの秘密である。同じことを考えていたらしい焼きイカちゃんも、さすがアタシの妹、などと零してしまったものだから彼らにあねさんのあねさんと呼ばれる羽目になり、そして後日、彼女がある界隈で名を挙げた伝説の存在であったことを知り、二人の下僕(自称)となり崇拝することになるとは、この場にいる誰も知る由もない。
そして日も暮れ、次第に空が暗みを帯びてきた頃、焼きイカちゃんとリンはひと足早くハイカラスクエアへと帰ってゆき、最終的にヨリとバンカラ街に二人だけが残った。本当は一度店へと戻っても良かったけれど、二人でゆっくりと話をしたいこともあったし慌てて帰る必要もないと思い部屋の空いているビジネスホテルを探した。半日ほど街の中を彷徨ったせいもあり、一度ベッドに横になってしまうとそこから動けなくなるような気がして、その前にと着いて早々風呂へ入ることにする。普段大きな風呂に入っているだけあって備え付きのユニットバスはとても小さく感じて、しかしかつてシノブと二人で暮らしていたアパートもこんな感じだったなと思い出して一人苦笑した。そして、さっさとシャワーだけ浴びて部屋に戻ってみると、既に済ませていたヨリは眉間に皺を寄せながら流しているだけのニュース番組をぼうっと見つめている。こちらの気配にまだ気付いていなかったようで人差し指でぷにっと頬をつつくと、うわっと声を上げて肩を震わせるものだからつい吹き出してしまった。
「あああ、上がったなら言えよ!」
「上がったよって、さっき言ったけど」
「え、あ、そう。悪い」
「別に謝らなくても。……それより、話。してもいい?」
「あ、ああ」
ぎしり、と音を立ててベッドの端に二人並んで腰掛けた。どこか気まずそうに俯くヨリを横目に、ホテルサービスの冷蔵庫の中で冷やされていたミネラルウォーターのペットボトルを手渡して、しっかりと冷えたそれに口をつけると風呂上がりの火照った身体にはちょうど良く、堪らずその半分ほどを一気に飲んでしまった。
「……今日はごめんね。後をつけるような真似をして。気付いてた?」
「あー……まあ、なんとなくは。でもまさかお前らとは思ってなかったし、そもそも黙ってたのは俺の方だ。心配してくれてたんだろ?」
「まあね。あとはちょっと、気になることもあったから」
不思議そうな顔で疑問符を浮かべるヨリに、ショルダーバッグから取り出した携帯電話のデータフォルダに保存しておいたある写真を表示して見せてみる。すると思った通り、目を見開いた彼は慌てて携帯電話を奪い取ると、どうしてと言わんばかりに口をぱくつかせるものだからこちらが逆にびくりと心臓が縮み上がってしまった。
「お、落ち着けって。昨日お前にこの写真を見せられたって子にもらったんだ」
「ああ……いや、でも、そのッ」
「……やっぱり、ヨリに関係のある人、なんだな」
「マ、マゴ……お前、どうして……」
悪気があって隠しているわけではないと初めから理解していた。きっと何か必ず理由があって、今は話せなかっただけなのだと。そして、いつだって彼は自分を思って行動してくれていることも。
「……会ったことあるんだ、一度だけ」
「何だって!?」
「この間、店開けてすぐでヨリがまだ戻ってなかった時、客としてこの人が来たんだ。それまで見たことない顔だったから、あの日のことはよく覚えてる」
「アイツが、店に……」
「あの人、確かにお前の名前を言ったんだ。もしかしたら何か危害を加えるつもりで来たのかも知れないと思った。それに、ダビデさんも心配してた。最近二人で話してる時にも変な視線を感じてたって」
ここ数日を思い返せば返すほど自分たちの周りで小さくも非日常的な異変が起こっていることは確かで、身を守るために最善を尽くすべきである事実に変わりはない。そのためには今はただ、彼に関する情報をもっと集めなければならない。未だ不安そうな表情を浮かべるヨリのすっかり汗ばんでいる左手にそっと己の手を重ねてそのまま逞しい褐色肌の腕を引いた。突然の引力に油断した身体はそのまま胸元へとすっぽり沈み、その重さに耐えられなかった自身の身体はベッドへと静かに沈んでいく。
「う、おおッ! ちょ、待」
「俺が、絶対に守ってみせる」
「っ……!」
「もう誰にも、お前を傷付けさせない」
例えあの人が、彼にとって大切な誰かだったとしても。ヨリを脅かす存在であれば容赦はしない。確固たる覚悟でそう告げると、焦燥と怯えの混じる複雑な彼の表情に思わずその背に腕を回しそっと抱き締めた。目を瞑り、視界が黒く滲む中でも抵抗する力は感じられず、頭の後ろに回された手はどこか震えを帯びているような気もした。
「トキ、ッ……」
「頼むよ、ヨリ。自身を顧みずに俺を助けてくれたお前を、今度は俺が助けたい。力に、なりたいんだ」
何の嘘偽りもない、ただただ素直な気持ちを声に出して伝える。刺すような視線を彼の茶色い瞳に向けて、悩み揺れる瞳を確実に捉えながら、ヨリの答えをひたすらに待った。すると、観念するかのように小さく溜息を吐いた彼がぼそりと一言呟いて、緊張で強張っていた身体がようやくふわりと柔らかくなっていった。
「……絶対ェ、無茶はすんなよ」
「あ、はは。お前にだけは言われたくなかったな、それ」
こんなにも何かに恐れているヨリを今まで見たことがあっただろうか。そっと目を細めると、彼の左腕の琥珀色のブレスレットが部屋のランプに照らされて小さく光っているのが見える。その光が揺れる気持ちを表しているような気もして、静かに眠る彼の柔らかなオールバックの髪型を撫でるように優しく触れた。
***
空になったミネラルウォーターのペットボトルがかつんと床に落ちる音で目が覚めた。マゴに覆い被さった記憶を最後にすぐ意識を手放してしまったけれど、気付けば一つのベッドに二人横になり、無意識に彼を腕の中で抱き締めながら朝を迎えてしまったらしい。
昨夜に酷い醜態を晒してしまったことに関しては、思い出す度に溜息が出てしまう。まさか、この街に来ていた目的まで把握されていたとは思わず、そしてそれ以上に、マゴの自身に対する強い気持ちを知って堪らず感情が昂ぶってしまった。純粋に嬉しさで胸がいっぱいになる。その反面、自分の弱さが露呈してしまった気がして恥ずかしさで何度思い返しても顔が熱くなってしまった。
「……お、はよ」
「あ、ヨリ……おはよ」
そっと布団から抜け出して備え付きの簡易ポットでコーヒー用の湯を沸かしていると、空気の抜けるような音で一人寝ていたマゴが目を覚ました。着崩れた寝間着を気にすることなく、大きな欠伸をしながら顔を洗いにいっているうちにドリップコーヒーを二杯分淹れておく。ベッドのサイドテーブルに湯気立つそれを置いておくと、すっきりとした顔で戻ってきた彼がありがとうと言って使い捨てのドリンクカップに口をつけた。
「さて、今日は天気もいいし。どうするかな」
「……なあ、マゴ。昨日はその、悪かっ」
「あ、このコーヒー美味しい」
「聞けよ!」
相変わらずのマイペースさに翻弄されながらも、そんないつもの調子で腹を抱えて笑うマゴを見て気付かない間に胸のつかえが下がっている単純さも併せてつられて声を上げて笑った。涙が出るほどひとしきり笑って、肩が上がるくらいに呼吸が乱れて再びベッドへ転がったあと、大きく息を吐き、ゆっくりと上体を起こしたマゴが静かに顔を寄せたかと思えば、汗ばんだ額にそっと柔らかな唇が優しく触れた。呆然としたままの自身を見据えながら、やんわりと頬を赤らめた彼は一つ、想像をしていなかった提案を寄越したのだった。
「住むとこ、探そう」
「……は!?」
「店にお前がいるのはもうバレてるんだ。だったら、ここに留まって安全が確保されるまでは行方を眩ませた方がいい」
「そ、そうは言ったって! 部屋借りるカネなんてねえだろッ」
「そんなのバトルでどうにだってなるさ。それよりも彼についてもう少し情報が欲しい。だから、教えてくれ。心当たりがあるから、だからこんな場所まで探しに来たんだろ?」
核心を突かれて、どきりと鼓動が唸った。声が出ず、ただただ無音の時だけが部屋の中で流れてゆく。
マゴが冗談で言っている訳ではない。それは、昨日の時点で分かっていることだった。彼が必死に伝えようとしている言葉を聞いてもう何も、隠すことはないのだと理解の追い付かない脳でそう結論付ける。勿論、確証はない。でも、絶対に違うとは言い切れない。そんな心の中で相反し合う自身の葛藤に呆れて、最早今の自分には俯き素直に頷くことしか出来なかった。
「……自信なんて、ない」
「!」
「なんせ、赤ん坊の頃に別れたきりだ。もう死んでるもんだと思ってた」
「ヨリ……」
「したら、一ヶ月くらい前。この街の特集をしてたテレビ番組の映像の中に映ってたのを見た時、俺はこいつを知ってるって思った。おかしいよな、なんにも覚えてねえくせによ。でもどうしても気になって仕方がなくて、もしかしたら会えばまた何か思い出すかもって、それで……」
未練がましい言葉の羅列に、我ながら情けないと思った。会ったら何だ、それが本当に父親だったとしてそこから一体どうしたいのか。それさえも分からないまま、自分が何をしたいかさえ決められないでいる。だからこそ、誰も巻き込みたくなかった。特に、今目の前で真剣な眼差しでこちらを見つめる命よりも大切な彼だけはもう二度と悲しませたくなかったのだから。すると、顔に出ていたのか、膝上に乗せていた両腕をがしりと掴まれる。いきなり何だと文句を垂れそうになった直後、にっこりと笑みを浮かべたマゴは何故だか嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「ヨリの家族が生きてるかも知れない。そういう、ことだよな!」
「えっ、あ、まあ」
「絶対……絶対、見つけよう! 任せろよ、誰かの親探しは俺の得意分野だ!」
「で、でも本当にそうかどうかは……」
「逆に言えば、お前の言った通り本物かも知れないってことだろ」
ああ言えばこう言う。なんてめちゃくちゃなことを言ってのける幼馴染だろう、そう思いつつも、マゴが掛けてくれる一つ一つの言葉はずっと自分が欲しかったものばかりで。まるで自分のことのように喜ぶその姿は、子供の頃の笑顔のような一層輝いたものだった。
チェックアウトの時間まで間もなく、堪らず泣きそうになったのを我慢しながら荷物を纏めて部屋を出た。無事にやりたいことははっきりしたので、今日一日で出来る限りのことは済ませようとまずは壊れたホクサイ・ヒューの修理を依頼するためカンブリアームズへ向かった。そしてすぐさま不動産屋に足を運び、取り急ぎすぐにでも入居できるアパートを探してもらう。短期滞在を希望したためか意外にも選択肢は多く、家賃との折り合いを考えながら街の中心であるロビーまで徒歩十分ほどで到着する二階建ての共同住宅を借りることになった。
「次は着るものと食べもんかな」
「つーか、一回店にも帰んねえとまずいだろ。しばらく閉めるってことだけは客に伝えねえと後でどやされるぜ」
「それもそうか……。スクーターも駅に置きっぱだからなあ。今日は借りたとこでまず一泊して、明日になったら朝イチで一回店に戻ろう」
生活用品を揃えるならばわざわざ買うより一度店に戻って取りに行った方がいいことに気付き、とりあえず必要最低限のものを買って新居へと到着した頃にはもう空が暗くなっていた。大家に手渡された鍵で扉を開けると、入ってすぐに小さめのリビング、その奥にひとつ寝室があるだけのこじんまりとした1LDKの部屋が広がっている。おまけのように壁側にくっついた一口コンロと流し台もかわいいものだったが、ボーイ二人であれば十分な大きさだった。
「今日はここに雑魚寝かあ?」
「即日で部屋が借りれただけ幸せだって」
「ま、それもそうか」
一度内装がリノベーションされているせいか、聞いていた築年数にしては部屋の中はとても綺麗だった。窓から差し込む月の光が眩しくて電気を付けなくても過ごせるくらいに明るい。何もないリビングの真ん中に両手を塞いでいた荷物をどかりと置いた。最近禄にフクやクツを買っていなかったので、いい機会と言わんばかりにお互いいくつか気に入ったものを買ったし、併せてブキも新しく注文しておいた。名目上は父を居場所を突き止めることだけれど、せっかく新しい街に留まるのだから今まで同様バトルに嗜むのも悪くないと思ったし、何せバトルをしないと家賃が払えなくなる。住んで早々、何も成し得ないまま追い出される訳にはいかない。
「……なんか、不思議な感じ。賃貸なんて久しぶりだよ」
「なんだよ、言い出しっぺ。早速心折れちまったか」
「いいや、そんなんじゃないさ。寧ろ、少しワクワクしてる」
頭の中では分かっているけれど、こうして二人で新しい生活を始めることが楽しみでないわけはなかった。童心に帰ったような気持ちにさえなる。子供の頃はよく養護施設の中のお互いの部屋に行き来をしてその度職員の大人たちに怒られていた。それでも滅気ずにこっそり忍び込んでは一つのベッドで一夜を過ごし、たくさんおしゃべりをして夜更かししたことをよく覚えている。
「……マゴ」
「何?」
「サンキューな」
「……どう致しまして」
くしゃりと笑うその笑顔に、今まで何度助けられてきただろう。失いたくない気持ちがあるのは彼だけではない、勿論自分にもある。楽しい時も、辛い記憶に押し潰されそうになる時も、いつだって側にいてやりたい。固いフローリングにごろりと横になり、真っ白な天井を見上げながら閉じた瞼の裏でこれからのことを一人考える。今後の何を想像しても不安なことばかりだったけれど、自然と握られた右手の体温が次第に心を穏やかにさせて、隣りで横になっている彼が一足先に眠りについたのを確認しては、そのまま自身の意識も夢の中へと沈んでいった。
(2023.05.01)
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