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様子がおかしい。大きな変化ではないが、微々たるものでもぴんと来てしまった事に多少嫌な予感が過ぎった。
始まりから今までずっと高台に陣取っていたチャージャーがいつの間にか姿を消し、特徴的な直線の塗り跡も、味方にスーパーセンサー持ちもいないせいで、今まさにどこに潜んでいるのか全く分からない状態になっている現状に思わず舌を鳴らした。過去にも何度かマッチングをしている為、腕は悪くなくとも定位置を決めたらあまり動く事の無い芋チャージャーだった事くらいは記憶している。だからこそ、今回の意外な動きに自分が既に翻弄されている事自体が腹立たしい。
(何処いった、あの芋クズ)
消えたチャージャーの姿を追いながら、エリアを確保されそうになった途端に物陰でトルネードを中心にぶち込んでやる。オレンジ色のインクの竜巻が翻弄する中に潜り込んでは、逃げるだけに必死の相手チームのインクリングに次々と大量のインクの銃弾でリスポーン送りにしてやった。
ここからストレート勝ちでこんな暇すぎるバトルなどさっさと終わらせてしまおう。そう段々と面倒さが胸に募り始めていたその時、立っていたすぐ真横に一本、黄緑色の直線が伸び、背後から仕留められた仲間のインクリングの叫びがすぐ真後ろで響いた。慌ててその発射元の周りを探すも、既にもうそこには誰ひとりいない。
「クソ…うろちょろしやがって」
「オラッ、ド畜生食らえ!」
「あ…っぶね、ざけんなコゲイカ!」
「うるへー、焦げてませんー!」
先程のお返しとでも言いたいのか、この直線上を真っ直ぐに泳いでは飛びだしてノヴァブラスターを向けたガールを咄嗟に飛んでは避け、衝動的に投げたスプラッシュシールドが二人の間にインクの雨を降らせた。シャーシャーと流れ続ける滝の隙間から見えるむすっとした表情が何かと自身を苛立たせ、インクの中へ潜っては再び行方を暗まそうとしたのですぐさま後を付ける。
「付いてくんな、ヘンタイ!」
「テメーが逃げるから追っかけてんだよ、このチチデカ女!」
「カァッー !こンのッ…セクハラ幼女デコT!」
自陣の細い路地に追い込んだ先であからさまなトラップを仕掛けるものだから、危なく笑いそうになって唇を噛み締めて耐えた。バレルスピナーの射程であればトラップを踏み越えて追い掛ける必要は何処にもない。今ここで、トラップを張る為に彼女がしゃがんだ瞬間を狙って、再びインクの弾丸をぶち込めばそれで終わりだ。この時ばかりは、頭がそれだけで一杯になっていたのだ。
「これでトドメ、………あぁ?」
「それはこっちのセリフ…だっ」
こんなに間近まで近付かれているのに、全くその気配に気付かなかった。キュインとインクのチャージが溜まっていく音が嫌でも耳に入り、後ろを振り向く間もなく、限界まで高められたそのインクが憎たらしい程の零距離で一気に自身の背中へと放たれては一瞬、意識が遠のいたのだった。
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彼とその友人であるガールの見事な連携具合に感心するも、そんな感情を抱いている場合ではない。再び押され始めてしまった戦況とわずかな残り時間でどれだけ巻き返す事が出来るかが勝負の分かれ目になっているはずだ。
(…あまりに息が合ってると、少し妬けるな)
焼きイカだけに、なんてつまらない冗談が突然脳裏に浮かんで一人ほくそ笑む(後々になってあまりの下らなさに死にたくなった)。二人ハイタッチをして喜んでいるところ悪いとは思いつつ、後ろからちょいちょいと肩を叩き、何、と後ろを振り返った瞬間、スプラッシュシールドを投げてはインクの滝を頭から並々と被せてやったのだった。
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結果的には勝利を収めたものの、最終的に謎の敗北感を味わってしまったガチバトルが終了した直後。もう二度と敵対したくないという思いから、すぐさまイカスツリーを出ては広場を照らす陽の光の眩しさに目を瞑っていると、いつの間にかすぐ隣につい先程ぶつかりあったばかりの二人まで並んでいて一時的に妙な間が生まれる。なんとなく気まずさを感じてか焼きイカちゃんは次会った時にアイス奢ってな、と一言だけ残し、ジップアップグリーンのポケットに両手を差し込みながらぱたぱたと街の裏へと姿を消した。そして彼の友人もその後を追うように無言のまま背を向けて暗い影の中へと身を落としていく。そして残されたのはいつもの二人、という訳で。何もせずただ突っ立っているのもアレなので、なんとなくお互いに察してスロープ下の自動販売機の前へ移動して飲み物でも買う事にする。
「何飲む?」
「…ミルクココア」
「ん」
なけ無しの小銭をポケットから取り出して、ちゃりんと音を立てながら投入しミルクココアのボタンを押す。下の取り出し口からほんのり温かいそれを手に取り、ほれ、と一言声を掛けて彼目掛けて投げつけた。
「…オマエは」
「俺はいいよ、喉渇いてないし」
「……どれがいい。言え」
「え、あぁ…じゃあ、たこ焼き」
戸惑いながらリクエストを答えると、小さく頷いては財布を取り出す。何故か奢り合う形になってしまったものの、その好意に甘んじて素直に受け取りプルタブを捻り開けてぐいっと一口含んだ。
「うま〜」
「…よくそんなゲテモノ飲めるな」
「オマエこそよくそんな甘いやつ一気飲みできるよな」
「…」
「…」
「……ふっ」
「…はは、あはははっ。なんだっけ、俺たち、なんで喧嘩してたんだっけな」
「下らない事だ、実に」
あれだけバトル中は苛立ちを覚えながらその怒りを発散するかのように対立し合っていたというのに、何故だか今は胸の内のもやもやも消え、すっきりとした面持ちで彼の目を見る事が出来ているのが不思議でならない。
すると何を思ったのか突然、すまなかった、と一言頭を下げられて一瞬戸惑いながらその姿をじっと見つめた。
「…何、で謝るんだよ…今」
「先手必勝ってヤツだ」
「ぐっ…! じゃ、俺も謝る。昼間はごめん。なんか変な意地、張ってたみたいで」
そっと視線を外しながら、頬を染めた顔をぺこりと下げては素直に謝る。そもそも何ゆえに彼と喧嘩をしていたのかといえば、実は至極単純で周りから見れば途轍もなくどうでもいい理由が原因となっていたはずだったのだが。
「…何で、喧嘩になったんだっけ?」
「オマエな…先にキレたのはそっちだからな」
「え? あ、ううんと……ぐっ! お、思い出した、くっそ…思い出しちゃった…」
彼に促され、昼間の出来事をようやく思い出しては頭を抱えた。焼きイカちゃんが二人の前に現れる数十分前の事。数戦ナワバリバトルを終え駅前のベンチで休憩していたところ、ふと着ているジップアップカモがところどころ解れていたり布が色褪せてボロボロになっている事に気付いた。その話をしたところ、着ている本人もそういえば、という感じで全く気付いていなかったのだが、その時に発した彼の言葉に衝撃を受け思わず叫んでしまっていたのだった。
「そうだ…オマエがそのジップアップカモ捨てるとか言うから…それが、嫌で、キレたんだった…」
「…コレに拘る理由は何だ」
「何だ、って…それは、その…」
オマエの匂いがたくさんするのに、もったいない、という真の理由が頭に過ぎったものの、言えない。断じて言えない。言ってしまったら、恥ずかしさを通り越して死さえも迎えてしまうような気がしてどんな拷問を受けても口を開く訳にはいかなかった。
「…まぁ、いい。まだ着れない事もないし、着る」
「よ、良かった…」
「何でオマエがそんなに安心してる?」
「あ、いや、その! なんでもない! なんでもないです」
てへへ、と頭を掻きながら飲み干したたこ焼きジュースの缶をゴミ箱の中へと投げ入れる。と同時に、ミルクココアもちょうど飲み切ってしまったのか、ぐいっと顔を上げて空っぽになった缶をそっと穴の中へと放ち、その空いた手の平が目の前に差し出された。見上げると、すぐ目の前で笑みをのぞかせているその表情にぽっと頬が熱くなり、すぐ俯くも恐る恐る自身の左手を差し出してはぬくもりを感じる体温を重ね合わせたのだった。
「帰ろう」
***
「…何で付いてくんのさ」
「テメーが俺の通りたい道を先に歩いてるだけだ」
日も暮れ夕焼けが眩しいオレンジ色の景色の中で並ぶ二つだけの影がはっきりと伸びては揺れている。
ジップアップグリーンのポケットに両手を突っ込みながら、白い白線を辿るようにひたひたと一歩また一歩と前へ進む。ストーカーのようにその後ろをじりじりと付いてくる彼は自ら言葉を発するような事はせず、ただただどこか遠いところを眺めながらゆっくりとしたペースで歩き続けていた。
「なー」
「…何だよ」
「今日、手加減してたでしょう」
「何の事だ」
「あんまりアタシを甘く見ないでよね」
「……そういう一丁前な事はもっと強くなったら言うんだな、このアホタレ」
舌打ちと共に落ちたその声にぴょんぴょんと飛び跳ねていた体がついに動きを止める。もうすぐ切れてなくなってしまう白線の少し手前で立ち止まり、くるりと反転させてオレンジ色の空を見上げていた彼の水色の瞳を見上げた。
「…意外と、綺麗な色、してるのね」
「どこ見てんだ」
「へへっ…秘密ー!」
「っ、おい、待て! 意味分かんねぇ事だけ言って逃げんな!」
再び前を向いて駆け出したその時、首元でなにか金属が外れた音が聞こえた。そのまま地面へとぶつかり金属音がちゃりんと響くと、何を落としたかすぐに察しが付いて、慌てて走ってきた道を戻る。
「…ごめ、それ、返して」
「……ほらよ」
落とした衝撃で開いていたそれは母からもらった大事なロケットペンダントだった。意外にも素直に手渡されたそれをぎゅっと両手で包み込むように抱き締める。
「はぁ…壊れちゃったかな」
「…大事なもんならちゃんと付けとけ。次落としても拾わねぇからな」
「うん」
再び首の後ろに手を回して、外れかけていたところをしっかりと繋ぎ止めれば再び胸の中にペンダントがしっくりと収まってくれる。取り戻したいつもの感覚に安堵の胸を撫で下ろすように大きく息をついた。
いつの間にか自分よりも先を歩いていた彼の背を、今度は追うようにぱたぱたと早足で追っていく。一度も後ろを振り向く事はなかった。しかし、歩くペースだけは、ずっと同じだった。
「…少しは優しいとこもあるんだね」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
「ふへへ…今日はなんだか色々と手伝ってくれちゃったしさぁ」
「何の話だ」
「…んーん、何でもなーい」
「……チッ。クソウゼェ」
暴言の中に含まれた小さな温かさがとても心地よく、それでも彼に気を許す事だけは、彼との間に常に生じている謎の闘争心で素直になれず、しかし今だけはちょっとだけ今日一日で感じたものを吐き出してもいいかと自分自身を許してあげる事にした。
「…ありがと」
(2016.08.21)
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