何故だか周りからは酷く鈍感だと認識されつつある自分ではあるものの、さすがにあの二人は何かと深い関係を持っている事ぐらいはなんとなく察しは出来た。そもそもいつもアイスを奢ってくれる年上のボーイにあんなに目つきが悪くて全体的に迷彩柄の友人がいるなんて思いもしなかったので、初めて二人並んで広場の中を歩いているところを目撃した時はちょっとだけ顔が似ている別人なのでは、とも思った。今日もまた広場の真ん中でふらふらと一人、サイダーを飲みながら特に目的も無く歩いていると駅近くのベンチに二人、噂をすれば何とやら、しかし何故だか少し距離を置いて座っている例のニーチャンの姿を見つけた。
「やっほー!」
足取りを軽くさせながら右手を上げて側に駆け寄り、二人の間に空いた微妙な隙間にすっぽりとハマるように座り込む。がたがたとベンチが揺れ、おとと、とニーチャンの声が小さく漏れるもなんとも不思議な雰囲気に違和感が生じる。
「あぁ、やっほ…」
「あのー、アイスおごってくれませんかね」
「はぁ…悪いけど、今日はだめです」
「えーなんでぇ?」
「あのね…いつもいつもそう簡単に奢ってもらえるとは思わない事」
「ふうん…つまんないの」
もしかしてお財布事情に何かしらの問題が生じているのではないか、と咄嗟に感じ取り、今後の為にもとりあえず今日は大人しく引き下がる事にする。一方、左隣のむすっとしたままの表情で視線を全く合わせようとしないサファリハットを被ったニーチャンは(遠くから顔を見た事があるけれど)初対面ではあったが、実はある年上のボーイからちょっとした面白いデータは入手済みである。
「なぁなぁー」
「……何、」
「テン…」
「ちょっと待てッ!」
無表情だったはずの彼から一気に余裕が消え去っていったのが面白くて、お腹の底から色々なものが込み上げてそれに耐えるのに必死だった。両手で押さえながら痛みに堪えていると、ぽかりと頭を小突かれ恐ろしい形相で睨まれながら訂正を求められた。
「…どこで仕入れてきたのかは知らんが、普通に呼べ」
「んー…普通、普通…じゃあ、ハットのニーチャン」
「それでいい」
そこはかとなく友人である彼女の渾名に似ていてあまり納得は出来なかったが、それ以外に呼びやすい且つ分かりやすい渾名が思い付かなかったのだからこればかりは仕方がない(陰では元の通りに呼ぶけれど)。
それにしても、どうやら年上のこのお二人。言葉に表すつもりはないのだろうが、今まさに絶賛大ケンカ中という非常に面倒くさい状況である時に声を掛けてしまったらしい。実に運が悪い。自分はただいつものようにアイスを媚びたかっただけだというのに。
「…はぁー、萎えるー。テンション低すぎ! つまんない!」
「つまんないって言われましても…」
「嫌なら帰れ、以上」
「うっわ、しばれるぅ…。こんなにめんこいガールちゃんがおるんだから、ごもくそ言ってねえでさっさと引っ掛けてみい! それかアイス奢れ!」
「悪い、何一つとして何を言ってるのか分からん」
「あはは…。それにしても結構訛ってるね、キミ…」
「…おろ?」
苛立ちに身を任せたまま足をバタつかせて頬を膨らませていると、細い路地からぬるっと姿を現した見覚えのある褐色肌のボーイが視界の隅に入ってきた。誠に残念な事に色々と胸糞悪い出会い方をしてしまったので、あまり彼に対していい印象はないものの一応知り合いの部類に入るその姿を捉えて無意識に舌を鳴らす。向こうもこちらの存在に気付いたのか、相変わらずのむっとした不機嫌そうな表情を掲げたまま、左隣に座っているニーチャンの目の前へと無言で歩み寄った。
「…おい」
「何だ」
「タグマ付き合え」
「はぁ? 何でオメーなんかがニーチャンと…」
「…分かった」
「ハァー!? えっ、あ…な、なんで」
よりによってこんなタイミングで誘いに来るなんてなんてやつなんだ、とひとつ文句を言ってやろうと思ったのに右隣から腕を掴まれふるふると首を振られてしまったので、仕方なく上げそうになった腰を下ろしては、二人はあっという間に一度も振り向く事も無くイカスツリーのロビーの中へと姿を消していってしまった。
ぽつんと二人、駅前のベンチに残されてしまって、あまりの突然の出来事に呆然としてしまった自分は、数秒ほど不思議な間を置いてから、ようやく意識が覚醒してはおそるおそる隣の顔色を窺った。
(う、うわあ…)
誰が見ても明らかにしょげている。涙まではさすがに流してはいないものの、今にも唇を噛み締めては両膝に置いていた手がスパッツに皺を寄せる程にまでに爪を立てていて、割と本気で落ち込んでしまっているのは一目瞭然だった。
少しばかり気まずさが残る重い雰囲気の中で、眉尻を下げて俯いている彼の左腕につんつんと指を刺す。それに驚いたのか、びくりと体を震わせこちらへ顔を向けると、青くて綺麗なまん丸の海の色が自身をはっきりと映していた。
「う、うわ! 何…」
「……何でさっき、ハットのニーチャン止めなかったんよ」
「いや、その…俺達だって別に、いつも一緒って訳じゃないし」
「いつも一緒じゃろが、アホタレ。ンな寂しそうな顔してよぉ、後悔するくらいなら意地なんか張ってんじゃねーバーカ!」
気付けばベンチから勢いよく立ち上がり、錘のようにどっしりと座り込んだニーチャンの前に立ち尽くしながら、互いに素直になれない意地っ張りへの腹立たしさと個人的な悔しさも併せつつ、それらを込めた言葉をヤケクソのように本人へと思い切りぶつけてやった。
「ば、バーカって…あのなぁ、俺だって好きでこんな思いしてるわけじゃ…」
「…なぁ。提案、あるんだけど」
「へ?」
「タグマ。アタシたちも行こ」
「は?」
「がたがた言ってねぇでさっさと行くぞオラァ!」
「えっ……えぇええぇー!?」
このまま負けたような気分で(実際は何の関係もないのだけれど、なんせド畜生が絡んでいる。このまま彼に勝利者の気分を味わわせたままでいさせるのは非常に腹が立つので)狸寝入りしてしまうのは、少なからず胸の奥に存在している自分のプライドが絶対に許してはおけない。呆然と目を点にしたまま見遣る彼の腕を掴んでは、二人の後を追うようにイカスツリーのロビーへと引き摺り込んでいった。
***
機嫌が悪い時の態度の粗さで彼に勝る者はいないと今までは思っていたけれど、どうやら人の事をとやかく言う資格は自分にはないと今回の件でよくよく理解した。人に怒鳴り散らすような事は勿論しないとして、しかし身の周りが引く程のその苛立ちを感じさせるぴりぴりとした雰囲気を、無意識のうちに醸し出してしまっているようだった。前触れ無く(それはいつもの事だけれど、一人ではない時に声を掛けられたのは初めてだった)タッグマッチを誘ってきた友人は相変わらず何を考えているのかいまいち掴みづらく、怠そうにバレルスピナーを担いではバトルに参加するメンバーが集まるのを静かに待っている。
(…意地を張っているだけだというのは、分かっているつもりなんだがな)
今もまだベンチで友人のガールと一緒にいるであろう、恋人である彼と口を利かないまでに喧嘩をしたのはいつ以来の事だっただろうか。大した理由もなしについカッとしてしまい、言い争いにまで発展したものの、今思い出しただけで大分くだらない事でぶつかり合ってしまった気がしてならない。こんな時こそ冷静になる為にバトルに明け暮れるのもまたいい、そう思い彼の誘いを受けたつもりだった。
タッグマッチに参加する人数が揃った知らせを受け、行くぞ、と一言だけ声を掛けてきた背中に付いて行く。その時にまともに見ていなかった今回のメンバーをここで確認しておくべきだった、と数分後に後悔する事になるも、相手も仲間も誰であろうといつものプレイスタイルを貫くだけだと特に気にするつもりはなかった。両リスポーン地にぽこぽこと四人で一つのチームがスタンバイを完了し、スターターピストルの音と同時にハコフグ倉庫の中心へと散り散りに駆け出していく。
(今回はガチエリアか…とりあえず先に確保して、その後は…)
ジェットスイーパーを真っ直ぐに構えて一直線に中心へと向かおうとしたその時、敵陣の方から同じように泳いでは高台でしゃがみ込みスプラスコープを構えている、先程広場で別れたばかりの見知ったボーイの細い射線が躊躇う事なく体の中心を狙っては、凝縮された細いインクをぶっ放してきたものだから、慌ててイカの状態に戻り壁の影へと隠れる。
「アイツ…!」
見慣れたガチホワイトにアケビコンフォート、そしてきらきらと瞳に染まった水色でその存在を確信する。壁の影から覗いた先でばっちりと視線がぶつかっては、ぽろりと濁る声がお互いに飛んだ。
「どういうつもりかは知らんが…バトルはバトルだ。勝つつもりで相手をする」
「…やれるもんなら、やってみろよ。返り討ちにしてやる」
にやりと口角を歪ませて挑発をすれば、向こうのむっとした表情でまたバトルでしか味わう事のできない興奮と滾りが体中にじわじわと広がっていく。
普段のプレイスタイルとしては敵陣に攻め込みつつ、適度に自陣を塗っていきながら仲間のサポートも同時進行で行うオールラウンダーに徹しているつもりだが、今回ばかりは話は違う。こちらが参加していると知りながら普段は一人で行く事のないガチマッチに、しかもマッチングするかも知れない状況であるのを分かって来ているのだから喧嘩を売られているとしか思えない。
(……ここだな)
滑るように流れる射線をすいすいと泳いで細い路地の裏へと回避し、脇に挟んだジェットスイーパーを再び構え直すと、そっと向こう先の様子を影から窺い彼がインクを補充する為に黄緑色の海へ身を沈めた瞬間、一歩前へ足を踏み出し間を阻むようにスプラッシュシールドを投げつけた。
射線がそれに向かって慌てて流れていく間に細い路地の小坂を一気に駆け上り、薄暗い光が再び視界を照らした直後、がら空きの白い背中にジェットスイーパーを打ち込もうとトリガーを引こうとしたその瞬間。
「ばぁ」
「…は?」
正しく目の前にニョキッとインクの海から頭を飛び出しては黄緑色を散らしたボンボンニットのガールが、勿論後退りする間など与えてもらえずに拍子抜けしていた一瞬の隙を捉えられ、構えたノヴァブラスターから放たれた爆発が全身を包み込んでは暗闇の中へ落ちた。
***
「ナイス!」
「だろぉ〜後でアイスな!」
「は、はい…分かりました…」
彼にしては珍しく、興奮状態の高鳴りにより冷静さが欠けていたような気がしてならなかった。と言えど、こちらとしても普段はガチバトルにおいてはタッグマッチでの参加しかしていなかった為、彼と敵対する状況になる事はまず有り得なかった事から妙な新鮮味が生じているのは否めない。互いに気持ちが高ぶっていたのか、突如投げられたスプラッシュシールドが囮であると心の底では理解していたものの、つい前ばかりを見渡しては後ろに回り込まれているのを知らずに彼の姿を闇雲に模索してしまった。
そんなピンチに陥る寸前、察して見事に助けてくれたのが彼女だ。自分でもバトルそのものはそんなに得意じゃない、と公言していたもののノヴァブラスターの扱いだけは妙に長けていて、けらけらと笑いながら相手に向けて爆発物を放射している様子を後ろから眺めているのは味方とはいえ実に恐ろしい。その爆発に今回はまんまと助けてもらってしまった訳なのだが。
「エリアぬりぬりしてくる!」
「お、おい、気を付けろよ! アイツとマッチングできたって事は、向こうにはスピナー背負ってるのが何処かに…」
エリア確保時間を消化するまでは一分一秒たりとも油断する事は出来ない。ハコフグ倉庫の中心から両サイドに空いた空間も、仲間の力があってほぼ制圧が完了している。しかし、相手チームには彼の他にタッグを組んでいる彼の友人が薄暗い灰色の中から、逆転のチャンスを狙って隠れている事に間違いはないはずだった。そんな嫌な気配一つ気にせず、彼女は広くナワバリを取れた事に嬉々として無意味にすいすいと辺りを泳ぎ回っている(トラップを仕掛けながら)。
そして、戦局が突然動き出したのは残る時間が半分となった頃だった。警戒は怠らなかったつもりであったにも関わらず、不思議と仲間が次々とやられていく状況が飲み込めず、次第に両端からナワバリがオレンジ色にじわじわと浸食されていく勢いに堪らず彼女の渾名を呼んだ。
「ッ…焼きイカちゃん、下がって! すぐ近くにいる!」
エリアの真ん中へと少しずつ追いやられていくチームを気に掛けつつも、飛びだして奇襲を放とうとしているインクリングを一人、また一人と冷静にスプラスコープの照準を合わせて撃ち抜いていく。彼女も負けじとイカ状態でぴょんぴょんと飛び跳ねながらボムラッシュを回避しては、自分がいる高台の真下の自陣へと下がり、どんなもんだいと言ったようにけらけらと高らかに笑っていたのだが。
「スペシャルも溜まったし、ここからまた応戦、じゃ…?」
「チョーシに乗るのもいい加減にしろよ、バカ女」
「あらら、コンニチハ…ド畜生…うひょえっー!」
後ろに下がった背後に潜んでいた彼の友人が、ひたりとスーパーショットを担いだ彼女の背にバレルスピナーの銃口を当て、絶対に避けきれないその距離で連続したインクの塊を浴びせると、何もする事が出来ないまま彼女は雄叫びを上げながらリスポーン地へと戻されていった。
「こ、の…そんなやり方ないだろ!」
「勝ちは勝ちだ。方法なんぞどうでもいい」
「…相変わらず、最低なヤツ…。さっさと下がれよ、クソ野郎!」
すぐ足元にいるにも関わらず、攻撃してくる様子もなくただただ楽しそうに地面へ落とした微笑みが馬鹿にされているような感覚を帯びて、妙に腹が立ったのでむしゃくしゃしながらスプラッシュボムを投げつけるも、不意打ちもクソも無いボムなど掠る事さえ無く、その場で爆破しては汚くインクをぶちまけただけでもう既に彼の姿はそこには無かった。
(…さすがに、あの二人をどうにか潰さない事には確保は難しいな)
現時点、互いに塗っては塗り返す攻防を繰り返しているせいか、カウントは追い付かれないものの、このまま時間制限が終わるまで鎬を削って戦っていては元も子もない。
するとすぐ隣りにくるくるとスーパージャンプの着地点のマークが出現し、物凄い速さで空から復活してきた彼女がどしんと落ちてきた。うおお、とたまげて危なく高台から落ちてしまいそうになる。
「早かったな、随分」
「そこがアタシのいいところ! それはともかく、リベンジしてくっぞ! ニーチャンも付いてきな!」
「付いてきなって…俺、チャージャー…」
「へ? チャージャーだからって、ずーっと同じところにいなきゃだめなんて決まり、ないよ?」
そんなの当たり前でしょ、とでも言うように、いとも簡単に発想の逆転したアイディアをぽろりと零してくる彼女に思わず感服する。防衛だけに必死になってどんぐりの背比べをするくらいなら、こちらから一気に攻め込んでしまえばいい。
(そ、そうか…それが、今回のバトルの突破口…!)
ステージ全体を見渡してひとつ分かるのが、真ん中の障害物から向こうのエリアを塗り返す打開策を一つ打たないといけないという事、そしてそれは案外後先考えない猪突猛進の作戦が厚い壁を壊す唯一の方法なのかも知れない、と一か八かの覚悟を決め、彼女の名前を呼んでは耳打ちでぼそりとその少々無茶苦茶な考えを流したのだった。
「……頼むね、焼きイカちゃん」
「はっはー…ふっふっふ、そういうのアタシ大好き〜! 任せときんしゃい!」
← →
‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐
★