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 甘いものは苦手ではないけれど得意でもない。どちらかといえば相方である彼の方が甘いものを好んで食べているような気もするし、気付けば彼の味覚にだんだんと近付いている自分がいるように感じるのもしばしばあるものだから人の影響力というのは実に侮れないものだ。

「…なんだこれ」

 買い物をしてくると一人部屋を出ていったがらんとした一室、すぐ近くの売店にちょっとしたものを買いに行くだけと言っていたので十数分もしたら帰ってくるだろうと理解していたものの、夕飯前だったせいもあるのか少々小腹が空いてしまったので自然と足が向いた先、台所の冷蔵庫をそっと開いては知らぬ間にその奥でひっそりと身を潜めていた白い箱が目についた。

「えーっと…勝手に食べちゃ、ダメな感じのやつ」

 明らかに勝手に食べてはいけないような代物が入っている事くらいは、この冷蔵庫の持ち主でない自分にもすぐに分かった。しかしどうもこの箱をごく最近どこかで見た事があるような気がしてどうも胸の奥がもやもやするせいかすっきりとせず、しかし考えたところで思い出せそうにもないので、いつも常備されている冷凍の焼きおにぎりを電子レンジで二つ温めて、ソファーベッドに腰かけてはがやがやと談笑の流れるテレビをぼうっと眺めながら貪っていく。
 やがて外の方からがしゃんと玄関の開く音が聞こえ、ちらりと横目に視線を向けてはもぐもぐと口を頬張りながら、ビニール袋を一つ提げて細い廊下を辿り居間へと戻ってきた相方におかえり、と一言声を掛ける。それに応えるように小さく頷いて、からからとビン同士がぶつかる軽快な音を不思議に思いつつも、すぐさま台所の奥へと運んでしまったのでその正体は掴めぬまま首を傾げてはごくりと口の中の焼きおにぎりを飲み込んだ。

「何買ってきたんだ?」
「飲み物」
「お茶あるじゃん」
「…あれには合わないだろ」
「あれ、って…」

 ばたんと冷蔵庫を開けては先程まで気になっていた白い箱を取り出し、その中にひっそりと隠れていたあるものを小さな二枚のちぐはぐな柄の皿に乗せ、不揃いのフォークを添えてお盆で運んできたそれは意外にも洒落たフルーツタルトだった。

「えっ、何これ。オマエがケーキ買ってくるなんて珍し…って、あれ? そういえば、同じような事が前にもあったような…」
「先月はオマエが買ってきただろうが」
「あっ…あー! そうだ、その箱。あのお店のやつ!」
「…今更か」

 どうして今の今まで忘れてしまっていたのだろう、と自分でも思う程にすっかり失念していたあの白い箱は今から一ヶ月ほど前、ふらりと立ち寄った幼馴染から教わった洋菓子店のケーキの箱で、たまたま時季的にもそういうものを恋人に贈る日だった為にちょうどいいからと二つ購入してはその日一緒に食べていた記憶がある。
 たった一ヶ月しか経過していないというのに思い出せなかった自分も自分だけれど、まさかあの堅物でそういった店には足を踏み入れない相方が一人でケーキを買ってくるなんて思いもしなかったので、こればかりは仕方がないと心の中でそう自分に言い聞かせた。そんな事を一人悶々と考えている間にテーブルへとケーキを運んできた相方は、すぐ目の前へと二人分の皿を並べると、一人手のひらを顔の前で合わせては黙々と食べ始めたので、自分も慌てて転がっていたフォークを手に取った。

「何だよ、次は一緒に行くって言ったのに抜け駆けしやがって」
「そう言うな。また買いに行けばいいだろ」
「ったく…というか、あそこフルーツタルトなんて置いてたっけ?」
「新作だと」
「へぇ〜…あ、なんか乗っかってるやつも珍しい果物ばっか」

 そっと両手で抱えた皿に乗っている、カスタードクリームがぎっしりと表面に敷き詰められた固めのクッキー生地の上に、見た事もないような多種のフルーツ達がごろりと山のように積み上げられているそのケーキはまるでクリスマスツリーのようにきらきらと輝きを放っていた。

「…じゅるり」
「食いたいならさっさと食えばいいだろ」
「いや、なんか…その。すごすぎて食べるの勿体なくて…」
「だったら俺が代わりに食ってやろうか」
「あっー、だめだめ! てか、もう完食してるし! ばかやろっ…せめて一口目くらいはっ」

 じっとりと詰めながら既に自分の分を食べ尽くした相方がこちらのケーキにまで手を伸ばそうとしてきたので、慌てて握ったフォークで一口分掬っては、一体何を口の中に放り込んだのか分からない程に慌ててそれをもぐもぐと噛み締めた。

「あっ…ほいひい」
「物を入れたまま喋るな」
「おまへなぁ、ひっはいはれのへいらとおもっへ…」

 危うく床へと落としそうになったケーキをなんとか抱え直し、クリームの甘すぎない食べやすい舌触りと新鮮なフルーツが一気に口の中へと広がると思わずおいしいと一言零しては口角を上げ、そのままもう一口、二口とどんどん食べ進んでいってしまった。

「…これ、なんだろ」

 半分程食べきった頃、イチゴの陰から何やら綺麗な水色の透明な塊を見つけて思わず覗き込みながらつんつんとフォークの先で突いてみる。まるで寒天のようにその度にぷるぷると震えるそれはどうやらゼリーのようだった。

「何味なのかなぁ」
「食べても良く分からなかった、が。うまい」
「へぇ…タルトにこんな色混ぜるなんて、やっぱりあそこの店員さん、変わってるなぁ」

 数個入っているその中の一つを掬い上げ、恐る恐るそれを口の中へと滑らせてみると、見た目とは裏腹にほのかに甘くそれでいて以外にもフルーツとの相性は良い。ゼリーに寄り添うように吸い込まれていったバナナと一緒に噛み締めれば噛み締める程美味しさが口の中へと広がって、飲み込んだ直後に大きく息を吐きながら目を細めては感嘆の意を述べた。

「はぁ〜…おいしい」
「そいつは良かった」
「またあそこのお気に入り、増えちゃったな」
「…それ、作るのは今回限りだって言ってたぞ」
「えっ! な、なんで!? こんなに美味しいのに!」
「そりゃあ非売品だったからな。このケーキ」

 非売品、というまさかの言葉を口にした相方に一瞬頭の中が真っ白になる。非売品という事は今まさに食べているケーキは店で売っていないものであり、つまり、本来ならば客である自分達には手にする事が出来ない商品であり、しかし不思議な事にさも当然のようにだらしない笑顔を掲げながら見事に食してしまっている。何故今現在そんな状況に陥っているのか、とまで考えては最終的に辿り着いた答えを垣間見て、すぐさま目を細めぎろりと彼を見据えるように睨み付けては一言零した。

「…もしかして、盗んできたとか…」
「そんな訳あるか」
「そ、そっか。あはは、だよな」

 さすがに犯罪に手を染めるような事はしなかったか、と一人勝手に人を犯罪者扱いしては勝手に安心している様子をみた相方が逆にこちらを睨み付ける中、慌てて話題を逸らすように一体どういう事なのかと彼に問うてみれば、どうやらそこには自分が不在の間にそこそこ深い理由が潜んでいたようである。


***


 ガールが好んで足を運ぶようなファッション店や洋菓子店、ジュエリーショップやカフェに一人で出向く事などこれから先もまず有り得ないと思っていた。
 今から一ヶ月前に世間が想いを寄せた相手にチョコレートを贈る、などというあまり興味のない話題で盛り上がっていた頃、到底自分には関係のない話だと思っていた矢先に彼があのケーキを目の前へと差し出した。聞いてみれば、自分の姉の恋人でもある幼馴染からよく話をされていたという洋菓子店に一人で出向いたらしい相方が、そういう時季でもあった事もあり試しに購入をしてみた、という訳で、珍しい事もあったもんだと一人心の中でごちりながら一口含んでみれば、以外にもその味は自分の舌によく合っていて、口には出さずともしっかりと堪能してはあっという間にそれを平らげてしまった。さすがに子供っぽい食べ方だっただろうか、と少し心配をしながら横目に彼を見るも、どうやら自分と同じ感動を味わっているらしく、特に遠慮もせず次から次へと口に運ぶ様子を眺めて思わず静かに苦笑を漏らした。
 そして、あの日から一ヶ月が経過した今日。当の本人は既に記憶から薄れているかも知れないと思いつつ、例えイベント事には疎いと言えど貰ったからには礼をするというのが礼儀というもので、気分は乗らなかったものの、誘えるような友人も特に思い浮かばず(いる事はいたけれど面倒な犬が今日に限ってべたべたしていたので声を掛けるタイミングが無かった)、仕方なく一人で出向く事とする。
 以前相方が買っていたケーキの箱に付いていたシールに住所が印字されているので、店そのものの場所は大体把握していた。あまり訪れる事のないハイカラシティ郊外、歩き慣れない細い道をきょろきょろと周りを見渡しながらゆっくりと歩き、しばらくの時間が経った頃、ようやくそれらしい看板と屋根の上の風見鶏、壁が洒落たレンガで出来ている店構えを見つけて手のひらを胸元に当ててはそっと一息をついた。

「…あらあら。また珍しいお客さんだこと」

 ドアベルをからからと鳴らしながら店の中へと足を踏み入れれば、シンプルなエプロンに身を包んだ随分と自分より年上のガールがカウンター前の小さなテーブルを布巾で磨きながらこちらを見上げてはくすりと笑みを零した。小さく頭を下げては店内をそっと眺めると、陳列されているカラフルな洋菓子達が一列に並べられており、その中のイチゴの形をしたキャンディやチョコレート色のマシュマロ、それらの柔らかく優しい甘いそれらの香りに圧倒されつつも店の奥へと案内してくれた彼女の背を追った。

「先月もね、同じ時間にあなたよりちょっと若いボーイくんがお店に来たの」
「先月?」
「とっても面白くて、わたしのつまらない話、たくさん聞いてくれた優しい子だったわ」

 先程綺麗にしたばかりのテーブル、その目の前に置かれた木の椅子に座るよう促され、少し待っていて欲しいと告げては厨房の奥へと姿を消した。窓ガラスから差し込む太陽の光に照らされる中、サファリハットの鍔の陰からそっとショーケースに並べられている洋菓子を眺めては端の方に数個並べられていたあるケーキに視線が止まった。

「あれか…」
「…あら、やっぱり。ふふ、そういう事なのね」
「何の話だ」
「いいえ、何でもありませんよ。ふふっ」

 意味深な言い回しでそっと微笑む彼女に違和感はあれど、トレイに乗せた湯気立つティーカップを目の前に差し出されては、すぐさまふんわりと漂い始めた茶葉の香りにちらつく疑問は一気に吹き飛ばされていった。

「…紅茶?」
「せっかく来てくれたんだもの、一杯くらい飲んでいって」

 テーブルを挟んだ先の椅子に腰を下ろして向かい合う形で二人、温かいティーカップを口に付け、じんわりとその中へと流し込んでゆく。癖もなく甘すぎない、さわやかな柑橘系の香りがどこか心を落ち着かせて、そっと息を吸ってはゆっくりと押し出すように深く吐き出していく。すると、にこにこと笑顔を掲げたままの彼女がどこか懐かしむように目を細めては、零すように小さく呟いたその言葉に思わず目を見開いた。

「…あなたは、何を選ぶかしら」
「さっきから、何を言っている」
「わたしの予想が当たっていたら、その質問に答えてあげる」

 どこか柔らかな雰囲気が相方と似ているような気もしたけれど、どうものらりくらりとかわされては掴みどころがない様子にどうやらこのまま従うしか道はないとすぐさま理解しては、様々な洋菓子が並べられたショーケースをじっくりと眺める事にした。
元々甘いものは苦手ではない。とは言えど好物という訳でもなく何が好きかと聞かれたところで思い当たるものもすぐには浮かばない程、特別何かを好きだと認識しているでもない為、無難に先月に食べたケーキと同じものを選ぼうと思ったものの、どうやら今日に限って売り切れてしまっているらしく、トレーと値札だけが寂しそうにそこには残されていた。仕方なく、他のものを選ぼうと再び物色を始めた数分後。

(これは…)

 一番に目に留まったのは、多種多様な果物が山のように三角のクッキー生地に乗せられていたフルーツタルトだった。しかし、その華やかさよりもっと強く自身を惹きつけたのは自然な色合いが混じり合うその奥に光るある透明な物体で。

「あの、水色」
「…ふふ、やっぱりそれだった」
「あ?」
「タルトの中に仕込んであるあの水色、海のように美しく透き通ってて、どこか人を魅了するような奥深さがある…なんてね」
「アンタ…」
「何も特別なものじゃないのよ。ただ、非売品だったのだけど…あなた以外はね」

 いつの間にやら手元のティーカップの紅茶を飲み干していた彼女がしてやったりという卑しい笑みを掲げながら目配せすると、すぐさまその場に立ち上がり、二つで良かったわよねとこちらの返答を聞く間もなくカウンターの奥へと戻り、買うなどと誰も言っていないにも関わらず白い箱にフルーツタルトを二つ詰めてはどうぞと押し込むように手渡してきた。

「…お代は」
「いらないわ。とても面白いもの、見せてもらったから」
「チッ。抜け目のないオネーサンだ」
「帰ったらあの子によろしく伝えてね。いつでもお待ちしております、って」
「気が向いたらな」

 こいつはしてやられた。そう一人心の中でごちりながら、やれやれと肩を落としつつ半ば無理矢理押し付けられたその箱を手に提げて、ごちそうさまとだけ告げて店を後にした。
 普段から顔には出ない性格だと自負していたのだが、どうやら年上のガールである彼女にはなにもかもがバレてしまっていたらしい。しかし、文字通り完敗してしまったと言えど、あの短い時間を楽しんでいた自分自身が確かにいて、いい土産話が出来たと少々の悔しさを交えつつも前向きに考える事にした。


***


「…って事は、もしかして」
「俺達の関係も薄々勘付いてるだろうな」
「う、うっそ…」

 浮かれた気分のままにフルーツタルトを口にしたその後に、その購入者である自分が淡々と経緯を話してみれば彼にとって想像もしていなかった事実であったのか、仕舞いにはげんなりと肩を落としきってしまっていた。
 以前、彼が一人でケーキを購入しに行った際も彼女は食えない人だと話を聞いていたとはいえ、まさかこうも簡単に自分のパートナーを当てられてしまうどころか、三月十四日のホワイトデーに自分が店に来ると予測してフルーツタルトを用意していたのかと思うと頭が上がらない。

「何でバレちゃったのかなぁ」
「さぁな。透視能力でも持ってるんじゃないのか」
「いやいや、さすがにそれはないだろ…」

 未だに見透かされていた事実を受け止められないのか、自然と棘のある言い方をしてしまう自分自身に苦笑していると、相方がまだ半分程残っているフルーツタルトの乗った皿をもう一度手に取っては、その中に潜む水色のゼリーに目を凝らしじっとその奥底を眺めていた。

「やっぱり、きれいだなぁ…オマエもこれ見て、買うって決めたのか?」
「あぁ。カネは払わせてもらえなかったが」
「ふうん…あ、もしかして一目惚れ、ってやつか」

 にしし、と自信あり気に小さく笑いながら細めた目でこちらを見遣る相方の言葉に不覚にも胸の奥が鼓動する。言われる今の今まで気にしていなかった訳ではなかったものの、何故このフルーツタルトを彼へのお礼として選んだのかと聞かれれば、それは正しく言葉で表すとなれば文字通りその理由でしかない事に気付かされ、あまりのおかしさに思わず声を上げて笑ってしまっていた。

「な、なんだよ急に…びっくりしたなぁ。俺、変な事言ったか?」
「…いや、まさかまたこんな経験をする羽目になるとは思ってなかったからな」
「はぁ? …ったく、なんだかよく分かんないけど、今度は二人であの店行こうな。ここまで色々バレてるんだ、なんも気にする事ないし」
「あぁ…次は俺が勝つ、リベンジマッチってやつだ」

 何を言っているのか分からないとでも言いたげに眉尻を下げながら目を細め、しかしどこか嬉しそうな軽い声で苦笑した相方につられては口元を歪めた。
 そして数週間後。再びあの店へ足を運ぼうと二人で出向いてみると、まるでそこには建物さえ建った事がないのではないかと思ってしまう程の更地だけが残されていて、不思議に思い相方の幼馴染である彼女に事情を聞きに行くも、そんな洋菓子店を紹介した覚えはないとしっかり言い切られ、あまりの不可解さに二人揃ってぞくりと体を震わせる事になろうとはその時の自分達は思ってもみなかった。


(2017.08.07)


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