「オマエのせいでまた怒られちゃったじゃないか」
「連帯責任だろう」
「はぁ!? あのなぁ…悪いけど今回ばかりは譲らないぞ、俺は」
木製のテーブルへ次々と朝食が並べられていくまだ肌寒い時間帯、昨晩は何かと濃密な夜を過ごした為に本来ならば昼までゆっくりと惰眠を貪りたいところだったが、残念ながらチビガールとチビボーイ、そして今まさに目の前で自分は悪くないと言わんばかりにしらっとした顔で納豆ご飯を食べている相方と、ナワバリバトルへ行く約束をしていた為それを断る訳にもいかず(ただでさえ昨日もうるさかったとチビガールに怒られたばかりだというのに)、自然と落ちてくる瞼をなんとか持ち上げて目を擦っては山のように盛られたご飯を口の中へ掻き込んだ。
「何だ、あれだけ乗り気だったクセして責任だけは全部こっちに押し付けるつもりか」
「べ、別にそういう訳じゃないけど…でも我慢しろって言った手前、結局やりたい放題したのはそっちじゃんか」
正直なところお互いに主張する言い訳が目くそ鼻くそである事に間違いはなく、これ以上文句を言い合ったところで虚しさが募るだけだろうと感じ、互いに自然と口をつぐむ様子に思わず苦笑を漏らした。
少々腰の痛みが引かないままであったものの、今日ばかりは留守番を申し込む訳にもいかず、冷蔵庫に保管してあった最後の一枚の湿布を貼り付けながら、久しく触っていなかったもみじシューターを手に取り、ショルダーバッグの中へと突っ込んではデルタストラップネオンに足を履き入れて外で待つ三人の背中を慌てて追い掛けた。
前を歩く相方の背には布袋に入っている見慣れたスプラスコープが背負われていて、本来ならばそれは自身が背負うべきものであったのだが、何を思ったのか先日の夜、ナワバリバトルの新天地であるハイカラスクエアで久方振りに使ってみたいと彼が珍しく提案してきた為にそれならばと自身が貸してやったものだった。元々、彼がチャージャーの扱いに長けているのを知っていた事もあり(あるブキを除いては何を握っても上手く立ち回れるウデマエの良さに普段から感服している)、思えば彼がチャージャーを担いで戦うところを再び見たいという気持ちも少なからず持ち合わせていて、口には出さずともその姿を垣間見える瞬間がもうすぐやってくると想像しては期待を胸に抱いていた。
「…あれ。もしかして、あの二人」
ハイカラシティよりも多い人だかり、そして流行最先端のフクやクツなどのギアが数多く集められているファッショナブルな店が立ち並ぶ広場には、血気盛んな若者達がオリジナリティ溢れるお洒落に嗜んでいた。そんな黄色い声が飛び交う中でスチール製の丸テーブル、そして背もたれ付きの椅子に向かい合って腰を下ろし、中心を軸に大きく開いたパラソルの影の中で二人、携帯電話を弄りながらドリンクを飲んでまったりと寛いでいる見知った顔を見つけた。相方もその存在にすぐ気付いたらしく、そっと側に寄ってはパラソルの中を覗き込み声を掛けてみる。
「マゴさん!」
「おっ? あらま、奇遇だねぇ」
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは」
やはりそこに座っていたのは、日除けのイカンカンを被り馴染みのハラシロラグラン、そして自分が履いているものと色違いのデルタストラップスノーを履いた、普段から世話になっている銭湯の店主であるマゴさんで、その向かいでドリンクを飲んでいたのは真っ赤なオクタグラスを頭に掛け、袖のない涼し気なキングタンクスラッシュと少々ぼろぼろになりかけたブラックビーンズを履いている、マゴさんの幼馴染兼恋人のヨリさんだった。
話を聞けば今日はナワバリバトルへ参加する為にハイカラスクエアに来た訳ではなく、どうやら一日店を閉め二人で買い物と散歩がてら遊びに来ていたとの事で。今までとは少々装いが変わっていたのはそういう事かと心の中で一人納得していると、空気ごと吸い込むかのように鈍い音を立てながらストローでドリンクを飲んでいるヨリさんが、オクタグラスを外しながらにやりと広角を上げ、片方の手を上げ指をパチンと鳴らすとそれがサインになっているのか、その後ろで勘付いたロブさんが颯爽とケータリングカーの中で彼らが飲んでいるドリンクを作ってはこちらに手渡してくれた。
「はい、コッチのお客さんの奢りね」
「へ? あ、どうも…」
「フフン。礼はいらねぇ、取っときな」
「はぁ…」
「ごめんね、何か新しいフク買ったら急に粋がってるんだコイツ。若い子にうざ絡みするオッサンだと思ってくれていいよ」
「おいマゴ、しっかりこっちまで聞こえてんぞ」
苦笑を交えながらやれやれと肩を落としつつもどこか楽しそうに話すマゴさんにどこか場が和んでいた中、どうやら二人はこれからもう少し街中を見て回る予定であるらしく、その話を聞いたチビッ子達が新しいお店に行ってみたいと騒ぎ立てるものだからなかなか収拾がつかない。バトルしに来たんじゃないのか、と話を戻そうとするも、目の前に立ち並ぶ見慣れない店々を眺める瞳は既にキラキラと輝いてしまっていた。
「…悪いけど、新しいやつ買う手持ちはないからな」
「えっー! でもこの間珍しくガチマッチしてたじゃん!」
「残念ながらこの間全て食費に消えました」
「はぁ…おにいちゃん、そろそろご飯食べる量減らした方がいいよ…。家計の為にも」
「いや、別に食費イコール、全部オレが消費してるワケじゃないから!」
悲しそうに膝をついたチビガールを他所に(もしかしたら半分くらいは本当に自分が消費しているかも知れない、と一瞬ばかり心臓がどくりと唸ったが気付かなかった事にしておいた)、持っていた財布の中身を確認してみると記憶していた通り、少々懐が寂しい事になっている訳で、だからこそすぐにでもナワバリバトルに参加して小遣い稼ぎをしたい所でもあったのだ。
今後の生活の為にもどうにかして説得を試みなければ、と策を練っていたその最中。心底困った表情を掲げていたらしい自分を気遣ってか、すっかり飲み終えたドリンクをゴミ箱に捨て、ショルダーバックを肩に掛けてはその場に立ち上がったマゴさんが零した意外な言葉に一瞬理解が追い付かなかった。
「じゃあ、おにいさんと一緒にお買い物行こっか」
「はぁ!?」
「え、いいの?」
「今ならアイスも奢っちゃう」
「ユウー! おじちゃんがアイス食べさせてくれるって!」
「おじさんじゃなくておにいさんね」
まさかあの倹約家で知られているマゴさんが自ら奢るなどという言葉を発するとは思ってもおらず(しかし子供好きであるのは知っている)、もう既に彼らと共に買い物へと出向く気満々のチビガールとチビボーイを止める術などなく、その脇で再び掛け直していたオクタグラス越しでもはっきりと分かるヨリさんのげんなりと表情に思わずからりと乾いた笑いを零してしまった。
「えっと…その、本当にいいんですか? 色々な意味で」
「うん。今日は夕方からリンも店に来てくれるし。最終的にうちまで迎えに来てくれればいいよ」
「おーいおいおい…マゴ、それ本気で言って…」
「よし! まずは二人が行きたいとこから行こっか! それじゃあ二人共、また後でね」
「あっ、はい…すみません、よろしくお願いします」
一気に大所帯になったおかげか一段と軽やかな面持ちでチビガールと手を繋ぐマゴさんと、ついに諦めがついたのか、自らチビボーイを肩車してはキャッキャと二人に混じって騒ぎ始めたヨリさんの背を見送った後にどこか寂しさが募りながら、自然と鎮まった空気に思わず二人残された広場内で互いに見遣り、さてこれからどうしようかと視線で訴える。すると、ひとつ頷き我先にと迷わずロビーへ向かった相方を見て、やっぱりそうなるかと内心で理解しては出遅れた分を取り戻すように小走りで彼の後を追った。
***
少々浮かれてしまった、という事実は恥ずかしながら否む事は出来ない。新しい住まいに四人で暮らすようになって早数ヶ月、忙しさも相まってか気付けば自然と減っていった相方との時間が突然に訪れた今、そういえばこうして二人だけでナワバリバトルというのも久しぶりである事に今更気が付いた。
見慣れたステージもラインナップとして予定表に組み込まれていれど、見た事もない初めての場所で繰り広げられるバトルも多く、それに加えて使い慣れたブキもデザイン、サブ、スペシャル共に一新されたせいか様々な観点から見ても新鮮さが目立ち、少なからずもまるで初めてナワバリバトルを体験したあの日のような懐かしい高揚感に浸ってしまったのも事実で。それらに関しては相方も同じ心情であったらしく、年甲斐もなく真新しい環境の中でこれまで築いてきた技量を試せた事に満足感を得ていたようにも見えた。
少々はしゃぎすぎてしまったせいか、さすがに体力の限界だと自覚する程にへとへとになってしまった夕刻時。そろそろ銭湯へとチビッ子二人を迎えに行かなければ、と気持ちのいいくらい美味しそうにドリンクを飲む相方に声を掛けようとしたところ、まだ物足りないという事なのか、彼の口からは意外な言葉が返ってきてしまい。
「せっかくだから、試射場も行ってみないか?」
なんて誘ってくるものだから止めた方がいいと思いつつ、その言葉につい甘えてしまった自分にも非はあるものの、恐らく数時間後に浴びせられるであろう二人の怒声に対しては相方に責任を押し付けてしまおうと心の中でこっそり決めて、特に異議を申し立てる事なく静かに頷いた。
ハイカラシティへと通っていた時から世話になっていたブキ屋の新しい試射場は、以前とうって変わり屋内の施設となっており、定番のイカバルーンも固定されたものだけでなく、高い場所に配置されたものや自動的に横移動をするものも増えており、狙いをつけて撃ち込むチャージャーの練習には打ってつけのものとなっていた。
昼間にこれでもかという程に相手チームのインクリングへと撃ち込んだスプラスコープから噴出されたインクは想像していたよりも的中率は低く、久方振りのブキを担いでまだ慣れないステージでのバトルはさすがに難しいものがあったか、と少々反省はしている。とは言え、相方と出会うまでは引っ切り無しに握っていた為、体が覚えているのか使用するにあたって違和感はなく、強いて言うならばこれまた新しいスペシャルでもある、ハイパープレッサーの扱い方に関しては今後も大きな課題になってくるだろうと今日一日のバトルを振り返っては小さく溜息を吐いた。
「まさかもみじもあんなスペシャルになっちゃったなんてなぁ」
「そういや随分と重そうに担いでたよな。筋力不足じゃないのか?」
「い、いや…そんな、事は決してっ」
思わずくつくつと零してしまった苦笑と共に掛けた言葉が図星と言わんばかりに体を震わせる相方は、それにもめげずに使い慣れたブキ以外にも手に取り、下手な照れ隠しなのかハイカラシティでは見た事もないそれをそれらしく構える。
ぴっちりと肌へ吸い付くように両手の平に密着した黒いグローブ、その色とマッチしたグリーンのグリップと以外にも大きさのある彼色のインクボトルがなかなかに似合っていて自然と感嘆の声を小さく漏らしていた。
「これ、カッコイイなぁ」
「…スプラマニューバー、だったか」
「二方向から撃てるって事は…二人同時に狙えちゃったりなんかしちゃったりして…なんて考えたら、これちょっとずるくないか?」
「いや、俺としては…体全体を使って相手の攻撃を素早く回避するバトルスタイルの方が気になる」
よくよく考えてみれば先程参加していたナワバリバトルでも、広いステージ内で素早く体を横転させては攻撃を回避しそのまま隙が出来たところで弾を打ち込んでいた手練れたマニューバー使いがいたな、とふと思い出し、今までにない新しいスタイルに興味はあれど実際のところ自分のバトルスタイルに果たして合っているか疑問は残るところでもあった。
「物は試しって言うだ、ろ…っと、と、おっととぉ」
「は?」
おそらくそこまでは考えていないだろうなと思いつつ、目を輝かせながら店主であるブキチに借りていたスプラマニューバーをしっかりとそれぞれの手で握り、親指を押し込むように射出口を前へ突き出しては勢い良くインクが飛び出し、あろう事かそのまま見様見真似でスライド回避の動きをするものだから堪ったものではない。
さすがに適当にも程がある、と文句を言いたいくらい早速と言わんばかりに相方が挑戦したそれは予想をしていたものとはとんでもない方向へと体を転げさせ、あろう事かこちらの胸元へと突撃してきたものだから居た堪れない(普段の狙いよりも的確に急所を突いている)。そのまま流れるようにインクの海へと二人して倒れ込み、彼の体を受け止めた瞬間に視界は無数に鉄筋が広がる天井と、飛び散る青色のインク、そして項垂れるように俯いた彼の情けない表情がその一瞬で広がっていたのだった。
「…オマエ、な」
「あ、はは…。ご、ごめ…っ、!?」
床へと転げたサファリハットには目もくれず、押し倒されたかのように胸元へと這うような前傾姿勢の彼の尻をスパッツの上から揉み下すように握る。直後、悲しいくらいに色気のない驚く声が上がり、ぺしんと額を叩かれてはやれやれと肩を落としながら上体を起こした。
「すぐそういう事する」
「そりゃ、据え膳食わぬはボーイの恥、だろ」
「ま、またそうやってはぐらかしやがって…っ、ひ、ば、ばか! 言ってる側から、この、アホっ」
片膝を立て、自然と股の間に彼の右足の膝が差し込まれ、左太ももを跨ぐように立ち膝になった相方の表情は次第に赤みを増してゆき、にわかにお互いが感じている熱に胸の奥の鼓動が高まるも、さすがにまだ冷静さを欠いてはいないのか、公共の場でそういう事をするのは禁止、と咄嗟に咎められてしまい、今は自分達を除けば無人である試射場もいつ人の出入りあるか分からない状況だった為、誠に遺憾であったものの夜の楽しみに取っておくかと早々に気持ちを切り替えたのだった。
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