「行ったことないの!? 勿体なーい」

 バンカラ街へ新たに初出店したヒカルさんの居酒屋の一室でそんな声が響き渡ったある日の晩。開店前から手伝いを頼まれ今もまたオープニングスタッフとしてせかせかと働いている相方のサキの様子を見に顔を出したところ、既にがっつり酔いが回っていたチカさんに捕まりカウンターの隅で延々とよく分からない話を聞かされているうちに、いつの間にやら自分とサキの話へと話題は移り変わり、ずばり恋人と行くデートスポットはというお題からそういえば二人で遊園地とか行ったことがないなとぽろりと零してしまい今まさに早速後悔をしているところである。

「そうは言っても、ボーイ二人で行くような場所でもないし」
「そんなことないよ。別にカップルじゃなくたって、友達同士で遊んでるボーイもいっぱいいるし」
「いやあ、そうかも知れないですけど……なんか場所があからさますぎて変に意識しちゃいそうなんだよなあ」
「なんだかんだ付き合い長いのに今更あ? 相変わらず初心でかわいいねえ」
「か、揶揄わないでくださいっ」

 お察しの通り、二人して随分と酔っていたんだと思う。今思えばカウンター越しのヒカルさんが呆れた表情を浮かべながら包丁を握っていたような気もして少々頭が痛い。元々酒はそこまで強くない方だったけれど、こうして居酒屋に通うたびにちびちびと飲み続けてきた甲斐があって以前よりは飲める量も増えてきた。といえど、今でも酔いは回りやすいので正常な判断が出来るうちに早々と引き上げたかったが、開店したばかりということもあるのか、まだまだ忙しそうにしているサキの様子を見るに二人で借りたアパートへ帰れるのはおそらく日付が変わる頃である。

「ヒナタくんから誘われたら、マサキだって喜ぶと思うな。デートらしいデート、したことないんでしょ?」
「えーっと、その……まあ、そう、ですね。フク屋に買い物とかはありますけど」
「そんな生活の一部みたいなデートばっかしてちゃダメダメ! たまには刺激を求めないと。例えばほら、遊園地の帰りだってさ、真っすぐ帰んないで寄り道とかすればいいじゃん」
「ぶふっ! ちょ、よ、寄り道ってそれ……」
「あー今、絶対やらしいこと考えてた」
「ちちち、違いますけどお!? 別にそんなことないですし!」
「あっはっは。まあまあ、まあまあまあ。俺はヒナタくんのそういういところ好きだよ。ね、ヒカル」
「俺に振るな、俺に」

 何故だか普段以上に生き生きとしているチカさんに口で勝てるはずもなく、痛いくらいに力強く背中を叩かれながら酒を促されては危うく飲み潰れそうになったが、サキもどうやらまだ仕事が終わりそうにもなく、先に帰ると伝え惜しまれながらも逃げるように店を飛び出しては一人すっかり涼しくなった夜風に当たって帰路を辿る。その後数分歩いているうちにようやくもやついた気分がすっきりしてきたのでついでに夜食でも買っていこうと思い、いつもの暗い帰り道の中でただ一つぽつんと明るさを保っているコンビニエンスストアへふらりと立ち寄った。

「あっ……」

 お気に入りのホットスナックにジュースと飲み直し用の酒、つまみと明日の朝用に二人分のサンドイッチを買い物かごに放り込んでからレジの前で並んでいると、ふと値下げ品コーナーのすぐ側に並んでいたカタログスタンドが視界に入り、ご自由にお取りくださいのシールの表記がされていたので特に意図せず一枚手に取って見てみると、なんとそれは先程話題になったばかりの例の遊園地の入場割引券だったことに気付いて堪らず顔が熱くなった。

「あっ、えと、その!」
「コレ無料、入れてオク〜」
「な、なんかすいませんッ! ありがとう、ございます……」

 クラゲの店員がにこやかな笑顔でビニール袋へ入れてくれたものだから今更返却するわけにもいかず、肉まんと一緒にほかほかと温められたその二枚分の割引券を見下ろし小さく溜息を吐きながら店を後にする。せっかく涼しくなったと思ったのに、そう一人ごちた声は静かな夜の街の中に萎んでいつしか消えてなくなった。
 二人で借りた部屋に一人で帰ってくることは何も珍しいことではない。昼間もそれぞれふらっと出掛けては買い物をして帰ってきたり、バトルの約束だけして待ち合わせの時間になるまでクマサン商会の日雇いアルバイトに参加する日もある。勿論一緒に出掛ける時もあるけれど、その辺りは相手を縛り付けず割と自由に行動しているし、特に不満も出ないのでそういう付き合い方がお互い性に合っているのだろうと思う。ヒカルさんがバンカラ街へ新しく居酒屋を出店した時のサキはそれはもう開店の準備とその後の手伝いで多忙を極めており、自分も何か出来ることがあればと申し出てみたものの、ヒカルさんとそして何故だかサキにもやんわり断られ本日も予定通り誰もいない真っ暗な部屋へと一人帰宅するのであった。

「なんか疲れたし、今日はシャワー浴びてもう寝よ」
 サキの帰りを待ちながらゲームでもしているのも有りかなと思ったけれど、酔いが回っているせいか既に眠気を催しており、汗ばむ体をさっさとすっきりさせて洗濯したばかりの布団の中でぐっすり眠りたい、そう思い、結局帰りながら食べきってしまったホットスナックと肉まんが入っていた袋をテーブルに置いては、止まらぬ欠伸を漏らしながらすぐさま脱衣所へと足を運んだ。


***


 結局店を出られたのは朝日が昇ってからのことだった。週末だったせいか来客も多く、閉めた後の片付けに追われてようやく落ち着いたと思った頃にはもう外が明るくなっていたものだから驚いた。さすがに気を遣ったのか、すっかり疲れ切った表情を掲げているヒカルが賄いで良ければ朝飯を出すと言ってくれたけれど自身もそれなりに堪えていたため、丁重にお断りしては相方がぐっすり寝ているだろう二人の家へと真っすぐ帰ることにした。部屋に入ると、思っていた通り暫く目が覚めそうにないくらい熟睡している彼がベッドで布団に包まっており、リビングも特に散らかっている様子もなかったため帰ってすぐ床に就いたのだろうと思ったその直後。小さなテーブルの上に一つだけくしゃくしゃのビニール袋が丸めて置いてあることに気付き、そっとその中身を覗くと、どうやら寝る前に肉まんを食べていたようで微かに破けた皮の付いたグラシン紙と唐揚げが刺さっていたと思われる竹串が入っている。しかし、何より気になったのはそれらと一緒に入れられていた色鮮やかな二枚の紙、なんとなく手に取って見てみると、それは意外にもナワバリバトルの舞台にもなっているスメーシーワールドの入園割引券だった。

「これ……」
「お、おはよ! あ、じゃなかった。おかえり!」
「……ん、ただいま」

 寝ぼけ眼で寝室から出てきたヒナタはまだ昨日の酒が残っているようで眠気と疲れが取れていないようにも見えた。それでもそれなりには休息が取れたようで、起きてきたついでに朝食を作ろうとエプロンを取ろうとしたらすぐさまその手を颯爽と取られてしまった。

「疲れてるだろ。とにかく寝とけよな」
「腹は減ってないのか」
「それくらいは自分でなんとかするから気にすんなって」
「だが、今のうちに洗濯も……」
「やるやる、やっとく! ああもう、いいからさっさと向こうで着替えてこい!」

 照れ臭そうに頭を掻きながら部屋へ行くように促す彼のぶっきら棒な優しさに思わず口元が緩む。それならばと早々に抗うことをやめ大人しく脱衣所に押し込まれたあと、そういえばと手に握ったままだったものを思い出しては、くしゃくしゃになったそれを皺を伸ばすように開いて既に用意されていたらしい着替えの上に置いておく。
 ヒナタと特別な関係になってからそれなりに年月は経っているが、よくよく思えばデートらしいデートというものをあまりしてこなかったように思う。面倒だったとかしたくなかったとかそういうわけではなく、お互いに興味関心が薄く、旅行や買い物にはよく出向いていたため現状に満足していたのもありたまたま行く機会もなかったのだ。そんなこんなで遊園地という存在自体あまり深く思うところもなかったが、こういった券をもらってきたということはもしかすると、ヒナタの中で行ってみたいという気持ちが芽生えているのかも知れない。そんなことを考えていると、ふと付き合い始めたばかりの新鮮な気持ちを思い出させられ、脱衣所で一人くすくすと声を漏らしてしまうのだった。

(……まあ、あとで声でもかけてやるか)

 子供じゃあるまいし、遊園地に行きたいだなんて誘えるわけないだろ。そんな彼の心の声が聞こえたような気がして益々おかしくて思わず顔が緩んでしまう。兎にも角にも今の疲れた頭では上手いこと物事を処理できそうにもなく、とにかく一休みを入れてからまた作戦を練ることにしようと結論付けては、酒と煙草に塗れた身体を洗い流すべくまだしっとりと濡れたままのシャワーを手に取った。幾分かさっぱりしてから床に就くと、さすがに体が堪えていたのか次に目を覚ましたのは昼が過ぎた頃で、キッチンから食欲のそそる匂いが立ち込めて様子を見に行ってみるとヒナタがフライパンを握って何かを作っている珍しい姿を垣間見ることが出来た。

「ピラフか」
「おっ! はよ〜。冷凍のやつだけど無いよりいいかと思ってさ」
「冷凍にしては随分と具が多いな」
「まあ、ほら。こういうのって、ひと手間かけてアレンジすると良いってよく言うだろ?」

 オマエらしいな。そう小さく笑いながらも、肉やら小さく刻んだ蒲鉾やら色鮮やかな具材が混ざっているその山盛りの昼飯は実に美味そうに見えた。普段は自分が着用している黒のエプロンを付けて木べらで米を掻きまわしている彼の背後に立つと、不思議とこそばゆい気持ちになってそれを誤魔化すように腰を撫でながら腕を回す。こら、と怒られながらも止めずにいても抵抗はされない。ふと目線を上げれば赤く染まっている耳と項に今彼がどんな表情をしているかなんて容易く想像が出来た。

「あのなあ……そろそろ出来るから先座ってて!」
「俺はデザートが先でも構わないが」
「あ、戻るついでにコップと麦茶な」
「…………」

 しれっとかわされ思わず頬を膨らませそうになったけれど、すぐさま自身の子供っぽさに呆れて素直に踵を返すことにした。すると、テーブルの下に敷かれたラグの上に胡坐をかきながら座って待っている間もずっと彼がほのかに頬を赤らめているものだから、遠目にじっと眺めつつどうにか笑いを堪えていると、炒めていたピラフを盛りながらさり気なく、否さり気なくを装いながら彼がある提案をしどろもどろに話し始めたものだからついに抑えきれなかったものを豪快に吹き出してしまったのだった。

「ふ、ふふっ……くっ、はははっ」
「俺の精一杯の誘いを笑うな!」
「いや、その、タイミング……面白すぎて。飯持ちながらってオマエ……」
「う、うううるさいなっ。面と向かって言うの、何か恥ずかしかったの!」

 山盛りになっているピラフの米が飛び出すほどに勢いよく並べられた二つの大皿と、意地になっているのかこちらの返答を待たずに絶対に行くからなと宣言されながらそれを一気に頬張る姿にまた声を上げて笑ってしまい、こいつはきちんと我儘を聞いてやらないとまた機嫌を損ねそうだとすぐさま了承し、大きなぶつ切りの蒲鉾と今日の夕飯に使う予定だった冷凍えびをぱくりと口の中へ放り込んだ。

「……今から行くか」
「は?」
「しばらく救援要請はなさそうだし、俺の方ももらいもんがあってな」

 手伝ってくれた礼だと。そう言いながら、ジップアップカモのポケットからあるレストランの食事券を取り出して突きつける。すると、想像していた通りの驚いた顔が目の前に浮かび堪らずにやりと口角を上げた。

「す、スメシの中の飯屋じゃん!」
「しかも二枚、使用期限は今日まで」
「マジかよ!」
「なんだか知らんが押し付けられた。たまには気晴らしに行ってこいだとか、突然ヒカルが言ってきやがるもんだから受け取るしかなくてな」

 偶然か、はたまた誰かの策略か。この食事券が使えるレストランもそこそこお高めの料理が出てくる店でこのまま期限を迎えてしまうのも少々勿体ない気もする。それよりかは後々無駄にしたことをあの二人につつかれるのも正直面倒なので避けたいという理由もあったけれど。

「飯食ったら出るぞ」
「う、うん」
「おやつは三百ゲソコインまでな」
「俺そんな子供じゃないんだけど!」

 ただでさえ食べるのが早いのに慌てて掻き込んだエビピラフの山は一瞬にしてその頭角を失い、小さな人参一つ残らない真っ白な皿を台所へと片付けては慌てて準備を始めたヒナタに次いで、すっかり満たされた腹を擦りながら壁にかけていたサファリハットをすっぽりと頭に被った。




‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐