もう慣れたものだと思っていたけれど、やはり二人で初めて行く場所というのは妙にそわそわと緊張してしまって、今思えば少々動きが不自然に見えてしまったかも知れない。
目的地の遊園地、スメーシーワールドはハイカラスクエアの近郊地に存在する。以前四人で暮らしていた家もその地域内に建っているのだが、そういえば四人で遊びに行ったこともなかったなと思い出しては自身のアウトドアやレジャーに対する興味のなさに少しばかり後悔する。相方である彼も誰かに誘われでもしなければ自ら行こうなどと名乗りを上げるはずもなく、今考えれば四人してナワバリバトルばかりに夢中になっていた日々だったような気もする。一緒に暮らしていたユウマやナギも出会った頃と比べて随分と身も心も成長し、建屋は同じといえどそれぞれ一人暮らしをしているのだから感服している。
遊園地、という存在に対して憧れはなく、そもそも自分には無縁の場所というか、その感情を言葉に当てはめるとすれば興味がなかったが一番適していると思う。そんな場所へと急遽訪れた今日も、その入り口である門を目の前で見上げた時に零した一言も、へえ、という二文字。周りにいるのは家族連れと男女のカップルが特に多く、分かっていたことではあったけれどやはり自分には不似合いな場所のように感じて、それでもジェットコースターやフリーフォール、そして巨大な観覧車など多くのアトラクションが立ち並ぶその圧巻な景色には感銘を受けた。
「オマエはさ、来たことあんの。こういうとこ」
「……まあ。大昔にな」
「何が面白くて、何が好きだったとかってある?」
「さあな。そこまで細かいことは覚えてない」
田舎者丸出しかなと少々不安に思いながらも初めて来た客らしく周りをきょろきょろと見渡しているうちに、隣りでは普段と変わらない様子のままエントランスで受け取った園内マップを静かに眺めている。到着前に話したのはお互いにどの乗り物に対しても苦手意識はないこと(何せ自分は経験がないので苦手も何もないけれど)、どれに乗っても乗り物酔いはしなさそうということ、そして高いところは苦手ではないという再確認。つまり何を乗ろうと誘っても断られないというその確定的要素は、ある目的を胸に秘めていた自身を酷く高揚させた。
(ちゃんと済ませて報告しないと後から何言われるか分かんないしなあ)
ばれないように陰で小さく溜息を吐きながら、先日訪れたヒカルさんの居酒屋で酔っ払いながらチカさんと二人で話していた会話の内容を思い返す。実は、店から出る寸前に彼からある約束をこじつけられていた。無事に遊園地デートに誘えたら手を繋ぐこと。次に、良い時間帯になったら観覧車に乗って口付けをする、そしてその帰りに外泊のおねだりをするというものである。何でそんなことさせられなければならないのかと堪らず文句を言いそうになるも、よくよく考えたらそういうことを恋人とするからデートと言えるのだろうと気付いて、自身の背を自ら押すつもりで渋々了承した。どうせならばそれなりの覚悟を持って挑むのも悪くない。正直自信はなかったし、二人がそれらしい甘い雰囲気になる瞬間なんてなかなかないかも知れないけれど、その時の自分にはどうしても試してみたいという気持ちが心の底に存在していたのだ。
サキはきっと、そういった欲望はあまり持たないかも知れない。今まで通り、二人で過ごしてご飯を食べてバトルをしたら夜を共にしてそのまま朝を迎える。たったそれだけのことで日々の欲を満たしてしまう彼に、無理してそんなことをしなくても、と言われたとしてもどうしても興味の方が勝ってしまう自分が確かにいた。
「あ、あのさっ」
「どうした、乗りたいもんでも見つかったか」
「えと、その……そうだなあ。とりあえずじゃあ、このローラーコースターってやつに……」
「結構並んでる。待てるか?」
「ああ、うん。俺は別に平気」
入園時間は遅めだったので、一つ目の乗り物の時点で既に綺麗な夕空へと染まりつつあった。それでも来園者は後を絶たず、ピーク時と比べて減ってはいるものの行列が続いているアトラクションは未だに多い。待っている時間に対して不満を漏らすかな、と一瞬思ったけれど実際はそういうこともなく、辛抱強い彼らしく何を気を遣うこともなく静かに並んでいてくれるし、かといってこちらが話題を振ると律儀に返してくれる上にそこから話を広げてくれたりもして、変な気遣いが必要ない彼との時間はどうにも心地良くてつい甘えてしまう。そんなこんなで待つ時間も苦痛に思うこともなく、日が暮れるまでにローラーコースターとフリーフォールに乗り、園内を散歩しながら立ち寄った土産屋で自分用と友人たちに配る用にいくつか購入した。パレードの時間帯のおかげかゆっくり買い物ができたので、ユウマとナギが喜びそうなひれおくんの小さなぬいぐるみを二つ追加で購入して店の外に出る。すると、辺りはすっかり真っ暗になっていて、昼間には気付かなかった電飾が闇の中で無数に光り、周りを輝かせるその幻想的なイルミネーションの景色に柄にもなく感嘆してしまったのだった。
「すっげー、綺麗」
「フェスの時の方が余程煌びやかだったと思うが」
「あれはちょっと突き抜けてるからなー。なんというか、ここのはまたちょっと違うというか……なんか、その、俺、好きかもしんない」
昔見た、クリスマスの夜に似ていると思った。等間隔に並べられた小さな電灯が作る光の道、それに照らされて浮かぶ星々のような点は遠くを覗くにつれて宇宙まで繋がっているようにも見える。その周りに今まで夜に隠れていたアトラクションたちが姿を変えて再び現れ、グラデーションで彩られた観覧車がぴかぴかと点滅をしながらゆっくりと回っている様、至る所に設置されたスピーカーからはしっとりとしたクラシック音楽が流れて嫌でも大人らしさが滲み出る雰囲気がその場に形成されていることに気付いて、急に気恥ずかしさと緊張感が増して顔が熱くなってゆく。すると、気を回してくれたのか、すっかり動けなくなっていた自分の腕を取り、一歩また一歩と進む彼に引きずられながら目的もなく夜の遊園地の中を進んでいった。
「あ、ちょ、おま、手……」
「……今日は、デートの誘いだと思って過ごした」
「へ!?」
「それとも、俺の勝手な思い込みだったか?」
まさかあの堅物から、デートなどという単語が出てくるとは思っておらず慌てて顔を上げると、にやりと口角を上げてはさも余裕がありますといったその態度でぎゅっと握った手に力を籠めるものだから一気に顔の熱が急上昇した気がした。そういうことは俺がやるつもりだったのに、と文句を零しそうになるも、今はただ静かに首を振ることしか出来ず、とんでもなく小さな声でそんなことはないです、と呟いた時には隣りから腹を抱えるほどの大きな笑い声が下りてきたので悔しさに堪らずその太腰を肘で打ってやった。
すっかり手が汗ばみ始めた頃に二人が到着したのは観覧車の乗り場だった。ここを訪れた時、最後に乗るのは観覧車にしようと申し出たのは自分だったし夕飯も無事に食事券の使えるレストランで既に取り終えていたため、閉演時間のことを考えるとやはりこれが本日最後のビッグイベントとなる。
「い、いや……その、そんなんじゃ、ない……」
「嫌なら言え。無理強いはしない」
「ば、ばかっ。今更照れるな!」
閉園間近にも関わらず恋人達が長い列を作る中、その人混みに紛れて繋いだ手と次第に距離が縮んでいく大きな観覧車の足元で次々に乗り込んでいく恋人たち、目の前に降りてきた真っ白なゴンドラに乗り込むと、一気に静まった二人だけの空間は尚更揺れる心臓の音を脳内に大きく響かせた。自然と向かい合う形で腰を下ろす。じわりじわりと高度が上がり、スメーシーワールドの外まで景色が見えるようになった頃、この時間でもバトルで盛り上がっているであろうハイカラスクエアのロビーやマサバ海峡大橋のライトアップを眺めてその輝きに目を奪われていく。
「きれいだな……」
純粋にそう思ったことが言葉として口から漏れた。普段も見えているものを、こうした形で景色として眺めることがこんなにも特別のように感じるだなんて思いもしなかった。光の海に浮かんでいるようだ、そう思った直後、窓の外に夢中になっていた体がふとあたたかな温もりに包まれたことに気付く。振り返ればすぐ目の前には、先ほどまで向かいに座っていたはずのサキがすぐ隣にへと腰を下ろしていて腰に腕を回しながら自身と同じように窓の外を覗いている。間もなく、ゴンドラが頂上へと辿り着く。サファリハットの鍔がふにゃりと潰れながら頬に触れて、妙なそのくすぐったさに堪らず笑みを漏らした。
「ヒナ」
「ま、待って! ちょ、ばか、こんなとこでッ」
逃げ場などあるはずもなく、するするとパーカーの上から腰から太ももをなぞられていく感覚に熱の籠る息が上がる。あんなにも透き通っていた窓ガラスが曇り、背後から首元へすりすりと頬を擦り付けてくる姿になんとも言い難い愛くるしさに唇を噛んでしまった。
「あのさ〜〜っ」
「……九割方、オマエがせいだがな」
「責任転嫁は良くないぞ!……っ、ひ、やあっ」
星空が次第に遠くなってゆく。それでも裾からゆっくりと入ってきた右手がスパッツの中へと潜り込み、既にしっかりと反応を示してしまっている下半身の根元からそっと握られ、ただひたすらにその腕を掴んでは眩む熱から耐えることしか出来ない。ふるふると首を振っても、荒げた呼吸を繰り返す彼が空いた左手で片足を膝から持ち上げられた。そして、陰茎を握っていた手をそのままぬるりと臀部へと沈ませて、じくじくと先から漏れていた白で濡れた指先を埋めるように押し入れていく。
「あっ、あ、やだ、も、恥ずかし、っ、あ、ひああっ!」
重ねて履いていた二枚のスパッツは気付けば膝よりも下へと脱ぎ落ちていて、片足を持ち上げられ、いくら二人以外はいない空間といえどあられもない下半身を晒しているのかと思うと急に顔が火照る。中指が腹の底から押し込まれてくる感覚と、残りの指が臀部の肉を掴み上げて若干の痛みに浮ついた視界が鮮明になった直後、持ち上げられた体は膝の上へと座らされ、ごつりとぶつかった明らかに太く硬くなったものの上に乗った感覚にごくりと息を呑んだ。
「は、ぁ、ほ、ほんとに、ここでっ……! ぁ、あっ、ま、待って! サキ、だめっ、ばかあ!」
耳元でまるで余裕のない息遣いが聞こえる。ようやく大きな手に扱かれる快感と指先で奥を撫でられる感覚から解放されたかと思えば、今か今かと待ちわびていたかのような彼の欲に下から一気に突き上げられ堪らず弓なりに背が曲がる。自身の声とは思えない程の甘く甲高い嬌声にぞくぞくと体が震え、全身に流れる電流のような刺激から逃れようと体を捩るもぴったりとサキの胸と自身の背が離れないように押さえつける両腕がそれを許さなかった。そのままごつごつと腰を上下に動かしては、最奥へとその欲をぶつけるかのように打ち付けるサキを止める術はない。
「あっ、あ、や、あんっ! ひ、あ、ううっ、そこ、らめっ……ぁ、ん、や、らあっ!」
「っ、は、はっ……前、見て、みろ」
「へっ……? ぁ、あっ、ん、やあ! この、あほ、見せん、なっ、ああ!」
次第に高度が下がりつつあるのは分かっていた。もしかしたら誰かに見られるかもしれない焦燥感、どうにか早く果ててくれまいかと心の中で祈っていた矢先、奥の窓ガラスに抱き込まれるように持ち上げられた自身の両足、そして秘部がしっかりと映し出されている上、自分では見たことがないほどに蕩けているその表情に尚更熱が籠ってゆく。ふざけんな、そう文句を垂れる間も与えられずにずんずんと奥底へ何度もぶつかってくる硬く逞しい陰茎が中の肉壁を削り取るように擦る度、あっ、あっと甘い声が零れていくのをもう止める術はない。
「やっ、あ、やら、さき、早くっ、も、着いちゃう!」
「……っ、はあ、ぁ、もっと、欲しい……もう少し」
恐らくあと五分足らずでこのゴンドラは乗車口へと戻ってくる。まだ姿は小さいけれど、自分たちの出番を待っているインクリングやクラゲたちが今か今かと待ちわびている様子を見降ろして、頭の中に響く胸の鼓動はどんどん大きくなっていった。そして、今にも絶頂を迎えると言わんばかりに両膝が胸までぴっちりとくっつくくらいに腕で抱き締められ、ふるふると首を振りながらちらりと後ろを向けば、チャンスとばかりに唇を貪られ、そのまま食い尽くされてはぴちゃぴちゃと狭い空間に響く水音に最早意識は既に朦朧としていた。
「んっ、う、しょれ、らめ、きもちいっ……!」
「っは……ん、やばいくらい、やらしい顔、してるな」
「誰のせいだよ、もう……、ぁ、はうぅ! も、早く、イけって、時間、時間ないーーっ!」
こんな羞恥プレイが趣味だなんて認めたくないけれど、心のどこかで興奮してしまっている自分は確かにいて、必死に来ていた下半身を着ていたカモパーカースイトンの裾を伸ばしてはせめてもの思いで必死に隠しておくことにする。
「っ、いいよな、もう、出るッ……!」
「あ、あっ、だ、だめっつったって、どうせ、止まらな……ひっ、だめ、熱っい、あっ、あっ、や、あぁあっーー!」
声だって、本当は抑えなければいけないことくらい分かっていた。それでも、ちかちかと白く塗られていく視界の中でそんな羞恥心など今更気にする余裕はなく、互いの汗と欲の匂いがゴンドラ内で充満して、こんな乱れた状態であっても擦り寄るように甘える姿を見せるサキに堪らず抱き締め返したくなる。そんな悠長な気持ちを抱きながらも、一気に中で放出されていく熱の心地よさにくたりと力の抜けた体をそのまま彼の胸へと預けた。どうにか自身の息子から暴発した白濁はカモパーカースイトンのおかげで飛散しなかったものの、あと数分でゴンドラが地上へと到着する寸前、並んでいた列がちょうど良く解消されてくれたおかげで、どうにかサキの肩を借りながらも外へと脱出することが出来た。文字通り、奇跡だった。普通だったらどう考えても出禁になるレベルの所業だと純粋に思った。
「…………サキ」
「今回は、まあ。俺が悪いか。すまなかった」
「そりゃそうだろ! 危うく二度とここに来れなくなるところだったんだぞっ」
狭いゴンドラから外へと出た頃はもう閉演時間の十五分前で、急いでお手洗いに向かっては出来る限りで体に付着したものを拭き取り、既にもうほとんどの客はいない、それでも平然とした振りをしながらエントランスへと早足で戻っている時間はなんとも言い難い気まずさがあったものの、無人の遊園地で既に致してしまったボーイ二人がそろそろと帰路を辿っている現実に一周回って不思議と笑いが込み上げてきた。
「どうした?」
「ふ、へへっ……いや、なんかさ。俺らアホみたいなことしてんなって思って」
「嫌だったか?」
「ううん、そうじゃなくて。なんて言えばいいかよく分かんないけど、なんか今日、すっげー楽しかったなって……あ、いや! さっきのが良かったとかそんなんじゃ、っ、ちょ、ま、待て待て待て待て待、」
街灯に照らされた大きな背の影に包まれる。遠くでスメーシーワールドの入場口のシャッター口ががちゃりと閉まる音がした。その直後、ぽかんと空いた口、そのからからに乾いた唇の上に触れるだけの口付けはとても優しく、いつもの大好きな匂いが鼻を掠った。手はもう、汗ばんでいない。すっかりジップアップカモのポケットに隠れてしまっていた右手を掴み出して、昼間彼がそうしてくれたようにその大きな手をしっかりと自身の左手でぎゅっと絡めるように握り締める。
「……あの、えと。あのさ。これは提案、なんですけど」
「なんだ」
「帰りの電車もうないしさ、その……今日は泊まって、かない?」
「どこに」
「意地悪!」
「要するに、もう一つ残った宿題を消化したいってワケか」
「……は? えっ……おい、それってまさか!」
握った手が、握られた手に引っ張られ、あれよあれよというままに駅前の繁華街の中へと引きずられていく。負けじと追い抜いて、まだまだ衰えることのない夜の輝きに混じっていく山吹色と海色がけらけらと声を上げているのを、すれ違うインクリングたちが不思議そうに首を傾げていた。
***
「目標達成おめでとう〜〜。やればできるじゃんか」
「そりゃ、まあ。いい大人なんでね!」
「よく言う」
初めての遊園地デートから一週間。すっかりチカの思惑通りになってしまった悔しさを噛みしめながらヒカルの居酒屋へと顔を出すと、待ってましたとばかりに声をかけてきたチカにすっかり頭を痛めた。当初はまさかヒナタにまで課題を命じていたとは知らず、彼が先に家へ帰宅しながら割引チケットを手にしたあの日、こちらも実は食事券の押し付けられた際に同様の課題を熟してこいと言われていたものだから大変驚いた。欲しいと申し出た訳でもないのに、食事券あげたんだからそれくらいいいじゃない、などと大層迷惑な見返りを求めてくるものだから質が悪い。
「俺が席を外している隙にけしかけるなと前も言っただろ」
「だってえ、デートしたことないってヒナタくんが言うからさあ」
「し、したことない訳じゃないですよっ。遊園地に二人では行ったことないって言っただけで」
「でえ、すっごく楽しかったんでしょ? よかったねえ、よしよし」
「ああもう、子ども扱いしないでくださいってば!」
酒が入って時間が経っているせいか、互いに酔いが回っていてじゃれ合うように楽しく話している二人を微笑ましく思うも、どうも悶々とした気持ちが募り頭を撫でられているところでついには彼を引き寄せるようにその腕を引いた。
「あらま、へえ〜、ふーん。ほうほう……なるほどねえ」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「べっつにー。マサキもそういうことをする相手ができたんだなと思ったら感慨深くて」
「それは俺も思った」
「……」
チカとヒカルからのあまりの言われようと対応の面倒さからもうそろそろ家に帰ろうかと腰を上げたところで、妙に静観を続けていたヒナタを不思議に思い俯いていたその表情を伺うと、そこにはあの日のように、明らかに酒のせいではない頬と耳の熱さに気付いてどくりと胸が高鳴った。
「あっ……えと、ご、ごめんっ! 時間も時間だしそろそろ……」
「帰るぞ」
「へ?」
「また来る」
「はいはい、ごちそうさま〜」
苦笑を混じらせながら二人に背中を見送られて店を出る。すっかり冷たい空気と星が輝く夜空を見上げながら帰路を辿る。しばらく歩いていると酔いも冷めてきて、重みのある眠気も吐いた息と共にいつしか何処かへ消えていった。閉める直前に偶々居合わせた屋台で肉まんを一つだけ買って、それを半分こにしながら夜道を歩いて進む。
「あのさあ、」
分も持たないまま、しっかりと口の中へと吸い込まれていった肉まんを頬張りながらヒナタはぼそりと呟いた。
「もっかい行こう、デート」
「……なんだ、割と乗り気だな」
「あはは。いやさ、俺もあれから色々考えたんだよ。今まで旅行とかは何度か行ったけど、きっとまだ、二人で見たことない景色がこの世界にはまだまだあるんだろうなって」
ごくんと喉を通って消えた肉まんと、きらりと光る一番星を見上げながら、まだ手に握ったままだった半身にがぶりとかぶりつく。
「二人ならどこに行っても楽しいからさ、それなら尚更一緒に色んなことしてみたいなって思ったんだけど、その……無理強いはしたくないから、オマエはどう思ったのかなって気にはなってて。えと、つまり……そういうことです」
「っ、ふっ。説明下手すぎか」
「そうです昔っから下手です、すみませんね!」
「……で、それを言われた俺が何て答えると思ったんだ」
「い、いいよ……って言ってくれるかなーって……」
半ば気まずそうに目を逸らしてそう答えるヒナタを横目に、正しいと信じたことに対してはきっぱりと言い切る強さを持っているにも関わらず、変なところで己の自信のなさがこうして露呈する不器用さに堪らず苦笑してしまう。わざとらしく大きな溜息を吐きながら肩を組み耳元で一言、正解と呟いた。その直後、驚いたように海色を見開き、やったぜと蕩けるようにへらりと浮かべたその笑顔が眩しくてゆっくりと自身の赤を細めた。
「それじゃあ、今度はサキが俺と行きたいとこに行こう」
「別に俺はどこだって構わないが」
「そう言わずにさ。俺、楽しみにしてるから」
気付けば住んでいるアパートはもうすぐ目の前に建っている。随分と機嫌の良さそうな酔っ払いの相方は足取りも軽く、あれよあれよと一段飛ばしで階段を上っていった。あと数分で日付が変わろうとしている今この瞬間、また新しい明日という日も彼と過ごすことが出来る最高の幸せを身に沁みながら、今頃部屋の扉の前で待っているであろう彼の背中を早足で追いかけたのだった。
(いつも幸せ/2024.08.22)
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