その日は特に機嫌が悪かった。朝から隣りの部屋がいつもの通りぎゃんぎゃんと喚きを上げ、しばらく空っぽのままだった腹を少し満たそうと部屋中を漁っても何も出てこない、気晴らしにバトルに行けば慣れ合い部屋に突っ込まれて勝負にもならず尚更苛立ちが募るだけで、気が済むまで相手を潰しまくっては捨て台詞を吐き捨てさっさと広場の外へと出た。日も落ち辺りも随分と暗くなった頃、一日中抱えている気持ち悪さをどうにか振り払おうと、人気の少ない細い路地の奥で余っていた煙草を咥えては煙を飛ばした。久々だったせいか危うく咽そうになるも、スッと喉を通り抜けていき細胞がガツンと覚醒するような感覚に無意識にも癖になりそうだった(と、言えどハマりはしないしハマりたいとも思わない)。

(…足音)

 薄暗く先の見えない路地の奥から、ずりずりと引き摺るような音が耳に触る。当ても無くぶらぶらとしている連中にとって、この裏路地は街へ出る際に近道として使われる事も多く人通りが全くない訳ではない。かと言って、道が道である為多い訳でもない。迷子か、それともヤンチャしているクソみたいなガキが彷徨いているのか、姿が闇に埋もれている間は何者かさえ見当もつかない。特にその存在に対して興味など無かったが、見知った男が視界の端に入ったと認識した瞬間、咄嗟に振り向いた。

(チッ…やっぱり、厄日だな)

 会いたくない者程不意に出会ってしまうもので、その運の悪さに無意識にも舌を鳴らした。しかし、この裏道であの顔を見たのは今回が初めてではない。向こうは気付いていなくとも、彼が友人の家へと向かう際に時々近道として利用しているようで、にやけた顔を掲げながら嬉々と通り過ぎていくのを何度も見た事がある。

(思い出すだけで、無性に腹が立つ)

 彼が自分に対し何かをしてどうこう影響を及ぼしている訳ではない。ただただ、一方的に存在そのものが気に食わない。それだけの話だった。今日も目を合わせないよう、暗がりの細い路地から彼の様子を眺めているとどうやらいつもと少し様子が違う。彼が着ているぶかぶかのジップアップカモには見覚えがあった。あれの本当の持ち主はもっとガタイが良く背も高い。サファリハットまでは被ってはいなかったが、どういう訳かその片割れである彼が今はそれを着て何者かから逃げるように必死に地を蹴り走り抜いていた。

「くそ…なんなんだよ、あいつらっ」

 どうやら身に覚えのない罪で町の裏に住む質の悪い奴らに後を追われているらしい。段々と近付く息の荒い声。その後ろから彼を追い回している数人の影。あの鈍足が彼らに掴まってリンチを喰らうのも時間の問題だ。かと言って別にそうなったとしても自分には関係の無い、興味さえ生まれる事の無いつまらない出来事の他ならない。
 しかし、それ以上に苛立ちを生む何かが胸の奥でぽつりぽつりと生まれていたのは確かだった。

「うっ、わ…何、」
「さっさと来い」
「オマエ…!」

 気付いた時にはもう、自身より細めで白い肌の腕をがっしりと掴んでは細い路地へとその体を引っ張り込んだ。そのまま段ボールの山の中へぶん投げては、それに気付かぬまま追っ手はどんどんと追い抜き姿を消していく。暫く吹かして静かに待っていると音沙汰も無くなり、先程までの騒動が嘘のように辺り一面が静けさで広がっていった。

「…あ、あの」

 がさごそと這いずり段ボールの山を脱出した彼は、体に付いたゴミを叩いて落としながら此方を見上げて呟いた。

「あり、がと。その…助けてくれて」
「………」
「いつも近道で使ってるんだけど、今日はなんか変なヤツらに絡まれちゃってさ。どうしようかと思ったけど、オマエのおかげで助かっ」
「…誰が誰を、助けたって?」

 既に湿気り始めた煙草を落として踵で押し付けるように踏み潰す。
 流れてくるひとつひとつの言葉が実に胸糞悪かった。誰にでも振り撒いていそうなだらしのない表情と、その青い目も、高い声も、その存在も全部。ずんずんと目の前へと近付いては、黒い声に動揺した彼の怠けた腹に思い切り力を込めて拳を突き入れた。

「がっ…!」

 瞬間、一つも漏らさずに崩れた体を乱暴に肩に担ぎ上げると、無心のまますぐ側の古びた廃ホテルへと足を踏み入れたのだった。


***


 電気はつかない。水も出なければ、まともな布団さえありはしない。きな臭さだけが辺りを包む中、ただひとつ、取り残されたかのように鎮座していた埃の被ったベッドとその上に敷かれたシーツが擦れる度に、じゃりじゃりと細かな音を立てては宙に舞って地へ落ちる。古びたベッドのスプリング音がぎしぎしと唸っては耳触り、憂さ晴らしに目の前の男を蹴り倒した。
 引き千切る勢いで剥いだジップアップカモで頭上に纏め上げた両腕を縛り、一つに纏められた髪を乱暴に掴み引っ張っては目の前にその憎たらしい顔を近付ける。透明感のある、しかし力強い青い瞳の中で輝く色を見て思わず反吐が出そうになった。そのまま押し倒すように握った髪を解くように放り、振り上げた足で胸元を蹴り倒し、その背中を固いベッドの上へと叩きつけた。ぐ、と苦しそうな声をしたまま、布に遮られた視界に怯えながらごくりと息を飲んでいる。震える足を押し上げてだらしなく広がった股間に垂れ下がったものをぐりぐりと踏みつけた。

「あっ、う、やめ、あぁっ…!」
「なんだ、感じてんのか。汚ねぇ声出してんじゃねえよ」

 既にたらりと先から垂れ始め、むくむくと固く反り勃った陰茎の根元に先程奪い取った髪ゴムを二重にしてしっかりと嵌めた。突然の締まりに驚いたのか、強く体を捻らせ足を閉じようと抵抗をしつつ声を荒らげる。

「やだ、い、たいっ! 離せ、よ…!」
「うるさい」
「い、だっ、あ、やめ…お願い、だからぁ!」
「うるせえって、言ったよな」

 自分が興奮しているのかどうか、と言われれば別段そういう訳でもなく、実際は驚く程に息一つ乱さず潜めたままにどろどろに溶けた目の前の男を冷静に見下ろしている。しかし、対照的に大きさを増していく自身の滑稽さにはもう苦笑するしかなかった。そのまま彼の足を押し上げて、目の前で丸見えになっている臀部の後ろから躊躇なく奥へと無理矢理に押し入れていく。

「う、ぐ、あっ…あああぁっ!」
「オマエの大好きなチンポをわざわざ挿してやってんだ。後は自分で動け」
「あ、っく…そん、な、の無理っ…! ひっ!」

 腰を両手で掴んで挿したままぐるりとひっくり返すと、高い嬌声を上げながら尻を向けた状態のうつ伏せへと体勢が変わる。パリパリに固まった枕の上に両肘をつき、その間に額を沈めて流れ込む快感に耐えるように声を荒らげている。

(……クッソ、気持ちワリィ…)

 緩く広がる中の生温さと、出したくて仕方がないというようにひくつく、我慢を強いられた陰茎がこれでもかという程にぽたぽたと垂らしてはシーツに染みを作ってゆく。

「早く動けって言ってんだよ、インポ野郎が」
「いっ、だ、あっ、ああ…! んああっ!」

 挿入をしたまま力いっぱいに臀部、背中、そして左脇の下に滲む紫色の痣に何度も何度も手の平を叩き付けてやった。その度に生まれる刺さるような声が自身の心臓をぶるりと奮わせて、ぞくぞくと頭に上っていく血に平然としたままの表情で耐える。それでも固まったまま蹲る彼を抱き上げるように引っ張り上げ、腰を下ろした自身の下半身の真上にその体を降ろした。先程よりも沈みずぶずぶと奥へと差し込まれていく快感と、苦しさから逃げるように快感へ覚える彼の姿はあまりに滑稽で思わず口元が歪む。

「おらっ、腰上げろ。同じ事言わせんな」
「あ、あっ、ん、うっ、もっ…むり、早く、イかせてぇ!」
「あぁ? 早漏すぎだろ、テメー。そんなにイきたきゃ俺を満足させてみろ。そんな使えねぇクソじゃあ出来ねぇだろうが」

 伸ばした両足を跨ぐように落とした体と、血管が浮き出る程に限界を訴えている陰茎。ふと、解放を許されない苦しむ顔が見たくなって、彼の視界を遮っていた目隠しを後ろから掴んでは頭から引き抜いた。その衝撃で胸元に倒れ込んだ上半身と、すぐに見えた頬に流れて落ちようとしている涙がぽとりと肩を濡らした。

「……だらしねぇ。さっさと飛んじまえよ、クソッタレ」

 仕方なしに腰を突き上げてピストンを再開させると、スイッチが入ったかのように重さが軽くなり次第に自分からも腰を浮かせて動くようになっていく。波が襲い、その都度びりびりと痺れていく体と淀んでいく思考。気付けば今まさに溢れ出る寸前である事にようやく気付いて、熱を帯びた根が身勝手に動くのを止められなくなっていた。

「あっ、や、だ、ふ、あぁっ…い、あぁあっ!!」
「…そうだ。オマエ、アイツの家、帰るところだったんだよなぁ」
「はっ…? な、に、言って、」
「俺が連絡しといてやるよ。もうすぐ着くぞ、ってな」

ベッドの上に無造作に置かれた携帯電話を手に取って、着信履歴の一番上にある番号をタップする。その画面に表示された名前を見て彼の目が見開き、血の気が引いたように顔が青くなってゆく。

「やだ、やめろっ、それだけは…頼むっ、から、あ、あっあ!」
「…よォ」
「っ……!」

 ひゅ、と息の詰まる音が聞こえた気がした。それでも腰を動かす事は絶対にやめない。耳元へ流れてくる聞き慣れた声にほくそ笑みそうになって、しかし平常を装いながらそっと送話口へと言葉を零した。

『珍しいな、そっちから電話掛けてくるなんて』

 そんな友人の不思議そうな声が返ってきたその瞬間、今まで一番に強く腰を突き上げ押し広げるようにその中を貫いた。

「ん、ああぁっ!?」
『…!?』
「聞こえなかったか? よく聞いてろ、もう一度チャンスをやる」
「っ、う、や、だっ…う、っく、うぅっ!」

 口元に垂れたジップアップカモの袖を千切る勢いで噛み締めて、必死に声が漏れないように我慢をしている彼の無駄な努力が変に理解のできない興奮を底から引き立てる。

(もっと、もっと引き裂いてやりたい)

 二人の間に存在する何かをぶち壊す事が今の自分にとって最大の快感であり、胸の奥に沈むもやついたなにかを消す事が出来るただ一つの方法なのだと信じてやまなかった。

『…オマエ、まさか』
「いつもの裏道、その側の古びたホテル。三○五号室…以上。じゃあな」
『っ…』

 受話口から飛び出す制止の声をも無視し、画面上の赤いボタンをタップして強制的に電話を切る。

「良かったな。あの様子なら、すぐ飛んでくんだろ」
「ふっ…う、うっ、や、だ…やだぁっ…!」
「最後の仕上げだ。これ以上、淫乱バカに付き合ってやる義理はねぇ」
「ん、うっ…あ、ひぃ!?」

 背中を押し倒して再びベッドにうつ伏せの状態になった彼に覆い被さり、一息間も入れないままに素早く腰を前後に動かしていく。詰まる呼吸が部屋中に響き渡り、次第に腹の底から湧き出始めた熱に息も荒くなり始めた。

「アイツがきたら伝えとけ。インポ野郎も穴なら少しは役立つな…ってよ!」
「い、あっ、んっ! ひあ、あぁあっ!!」

 溜まりに溜まったものを掃き溜めに捨てるように中で全てをぶち撒け、ぶるりと互いに震える鼓動と、声にならない叫び声が弾けた。そのまま白く光を帯びた閃光のような衝撃が襲ったその瞬間に手を前へと伸ばし、彼の根元を縛り付けたゴムを力任せに引き千切る。

「あっ、ん、うう、ひ、うっ…!」
「どうした、出したかったんだろ? 勝手に出せよ。俺はもう帰る。テメーの相手はクソほど飽きた」

 十分に気は済んだ。もちろん多少のストレス発散にはなった、という程度ではあったが。
 落ちていた機嫌もそこそこに持ち直し、後の面倒事は全て友人(もう、向こうからはそう思われていないかも知れないが)に任せてさっさととんずらしてしまうに限る。
そう思い、穴から溢れる程にだらだらと垂れている白濁の中から自身を引き抜こうと腰を上げた、その時。

「いっ……や、だ、だめ」
「あぁ?」
「ぬか、ないで」
「…何だ。ついに気が触れたか?」
「まだ、抜かないでっ…おねがい、だからぁ…!」

 あれだけ眩しいくらい輝いていた青色の瞳が、どこか濁りを混じり始めているような気がした。朦朧とし始めているはずの意識の中で、まるで本能のように零しだした訴えに何故だか腹が立ち、萎えた心で左脇の痣に蹴りを入れてから床に落ちたフクを拾っては一人、再び生まれた苛立ちともやつきと共に部屋を出たのだった。




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