「んっ…んぐっ……プハッー」
「一気飲みとはなかなかワイルドだね」
「いやぁ、やっぱりお風呂あがりはこうでないと」
お風呂上がりはイチゴ牛乳と決め込んでいる僕を余所に、休憩所の二人掛けソファーに足を組みながら座るマルスは悠々と一気飲みの様子を眺めていた。 手前のテーブルに置かれたコーヒー牛乳の瓶は、半分くらい中身を残されたままに鎮座されている。
「飲まないの?」
「飲みたいの?」
「いらないよ、マルスの飲みかけなんて」
「男同士だし、別にいいじゃないか」
「いいえー、お断りしますー」
もしかしてコーヒー苦手なんだ、と小さく落とした声は聞かなかった事にする。 空っぽになった瓶を並べるように机に置いて、マルスの隣りに空いたソファーにぼすりと体を沈めて座る。 備え付けられている壁掛けの液晶テレビは深夜の為か電源はついておらず、周りに人気もないので小さな空間はほぼ無音の状態が続くもそれがまた不思議と心地良い。ふと、無性にお腹が空いて、リュックサックの中から控室でくすねた醤油煎餅をを取り出して、袋のまま半分真っ二つに割る。 両端を摘まんで開くと、少し歪な形になった煎餅を一つ手に取って隣りに差し出した。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
静かな空間に二人の煎餅を割る音がぱきぱきと響く。 一口大になったそれを放って奥歯で粉々に噛み砕くと醤油の香りと米の旨味が口にぶわっと広がった。 やはりこのお菓子は美味しい。固くて歯が痛くなるけれど、病み付きになる魅力が煎餅にはどこかある。
「…明日、試合ある?」
「僕はないよ。ネスは?」
「ない。だから、暇だと思う」
「それじゃあ、一緒にトレーニングでもする?」
「やだ」
「君の得意なホームランなんとかは?」
「…それもやだ」
「あ、そうだ。たまにはみんなで観戦もいいね」
「……あぁもう、そうじゃなくて!」
「よし、それじゃあ僕の部屋でネスの好きなゲームをやる、で決定だ」
「それだよそれ! ジュースもちゃんと準備しといてよね」
「コーラだっけ?」
「じゃなくてオレンジ!」
からっぽになった袋をくしゃりと握り潰し、離れた先にあるゴミ箱に向けて投げ捨てる。ナイスシュート。 実はちょこっとだけPSIを使って軌道修正したのは秘密だ。 少し間を空けて、ぷふっと小さな笑いが隣りから聞こえてくる。
「ははは、我儘だなぁ」
「甘やかせるつもりだったくせによく言うよ」
ご名答、と僕の頭を優しく撫でたマルスは、なんだかやけに楽しそうな表情で僕を見下ろして言った。
(…なんか、あったかいな)
マルスと二人になるとすぐ口論になって(というよりは、単に僕が突っかかっているだけかも知れないが)何かと騒がしくなるのが日常で、 しかしそんなやり取りが何故だか嫌いではなくて寧ろ恐ろしい程の居心地の良さに頭を抱えてしまう程だ。 その様子を見かねたリンクに、お前らほんとに楽しそうでいいなと笑われながら言われたその時は、無性に納得がいかなくて勢いをつけながらバットで腹を殴った。 しかし否定する事もまた出来なくて、宥めていたアイクに素直になれとデコピンをされてまた少し機嫌が悪くなった。 今考えてみれば、ただただ認めたくなかったのだと思う。
「…ほんと最低だなぁ、僕」
「ネス?」
「ひどい友達でごめんって、謝りたいくらいだ」
満たされていく温かいものが憎かった。リュカがいないこの世界が充実していると思える自分が嫌だった。
「少し怖いんだ。いつの間にか僕の中からリュカの存在が消えてしまっているようで、辛くて、悲しくて、自分が許せなくなる」
「ちょ、っと待って」
「本当は、毎日が楽しくて楽しくて仕方ないんだ。マルスがいてアイクがいてリンクがいてカービィがいて新しい友達もたくさん増えて、一緒にいる時間が経てば経つほど、でもそれは、僕は、」
「ネスってば!」
頭の中を整理するつもりだったのに、いつの間にか奥底に詰まったおもちゃ箱をひっくり返してしまった時のように、ばらばらと思考が千切れ細かくなって落ちていく。 泣きそうだった。そんなつもりは微塵もなかったというのに、自分の意志と反して涙が生まれてしまいそうだった。 その時、僕の体が温かいものに包まれて零れた全てを掻き集めた。 人の柔らかな体温が驚くくらいに冷たさを解していく。
「もう、いいから。考えなくていい」
「マ、」
「…君に渡さなければいけないものがある。受け取ってくれるかい」
背後からぽつりぽつりと紡がれた言葉と共にマルスに手渡されたのは、封筒にさえ入れられていないメモ用紙のような二つ折りになった一通の手紙だった。 乱雑に折られたそれをゆっくりと開いて、羅列されたメッセージを霞んだ瞳で一文字一文字追った。
「これ…リュカの字だ」
「当たり」
「な、何で…」
「最後まで読んだら教えてあげる」
まず僕の目に入ってきたのは、僕の名前。ネス。 リュカらしい、とても丁寧で小さく細い文字で言葉は綴られていた。
「…お元気ですか。僕は、きっと元気です。この手紙をネスさんが読んでいる頃にはもう、新しい大乱闘が始まっているかと思います…なんだこれ。リュカ、この手紙いつ書いたんだ…」
「前回の大乱闘が終わる直前くらいかな」
「なんで知ってるの」
「頼まれたから。本人に、次が始まった時それをネスに渡してくれって」
「何、それ。リュカはもう出られないって、知ってたの? ねぇ」
「ほらほら、脱線しないで最後まで読む」
頬を指でぷにぷにと刺され見上げた視線を無理矢理手元へ戻される。色々と突っ込みたいところはあるが、仕方ない。マルスと違って大人の僕は我慢して再び手紙に目を通した。
「…楽しかった日々が終わってしまうのかと思うと、やっぱりすごく寂しくて、マスターから次回は出られなくなるかも知れないと聞いて、もっと寂しく感じました。これから先も、ずっとこんな楽しい日々が続いて欲しいと思っていました。いつか必ず終わりが来てしまうと分かっていながらも、僕はそう願っていて………」
「ハンカチいる?」
「いらないよアホ! …グスッ」
「じゃあティッシュ…」
「ズズッ……ありがと…」
シュッシュッと引き抜かれたティッシュをそっと手渡され、そのまま鼻に押し付けると全身全霊で鼻水をかみきった。 飲みかけで置いたままだったマルスのコーヒー牛乳を一気に飲み干して、ダンッと力いっぱいにその空瓶をテーブルに押し付けた。そして、また読む。
「……でも、大丈夫なんだと思います。だって、ネスさん言ってたでしょ?また会おうって。いつかまた会えるんだって、言ってくれたから、僕は大丈夫なんです。あなたの笑顔が力になるんです。だから、新しい大乱闘でもネスさんはいっぱい勝っていっぱい遊んでいっぱい楽しんで時々僕の事も思い出してください。また会えたその日に、ネスさんの活躍たくさん教えてください。ずっと、待ってます。伝書鳩とか電話が通じればいいのにね。マスターに頼んでみたけど検討中のまま分からずじまいだったので、時間があればネスさんから頼んでみてくれますか? よろしくお願いします。リュカ、より…はい、終わりましたよ」
「ブフフッ、なんか最後おもしろい」
「確かになんか分かんないんだけどおもしろい…変に元気でたわ…」
短いようで長かった手紙は僕の落ちた涙で少しばかりじんわりと滲んている。 ごしごしと片腕で目元を拭うと、手紙を綺麗に折り畳んでズボンのポケットへそっと突っ込んだ。 マルスは僕の頭をそっと撫でると、持ち上げた体をそっと降ろして彼もまた隣りに背筋を伸ばしながら立ち上がる。 見上げると優しい微笑みがふわりと生まれて、それが妙に照れくさく感じて思わず下を向いた。
「リュカは知ってたのか。次はもう、出られないかも知れないって」
「マスターがね、そういう選手たちにはあらかじめ話をしていたみたいなんだ。最後に会ったリュカは、本当に、寂しそうだった。でも、あの子は泣かなかったよ。絶対にまた会いましょう、って言って、最後の最後まで僕達の前では笑顔のままだった」
「うん」
「あの子も頑張ってる。応援してくれてる。だから、僕らはもっと頑張らないとね」
「…僕、マスターに電話、頼んでみる」
「そうかい? だったら、僕も一緒に行こう」
一人より、二人の方がきっといい。 そう言って伸ばされた手の平に自然と右手が重なった。 絡まりあった指がじんわりと温かみを帯びて、危なく再び涙が溢れそうになってしまった。 少しばかり力の入れられたそれは、マルスの憎たらしいまでの優しい気持ちが沸々と伝わって来ているような気がして、なんだか悔しくて堪らなくなった。
「………りがと」
「今、なんか言った?」
「な、なんでもない!」
「…どういたしまして」
「き、聞こえてるじゃん、バーーーカ!」
(2015.02.23)
← →
‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐
★