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(なんか思い出したら頭痛くなってきた…)

 サス・オ・ボンの店内で目当てのフクを探している最中に、ふと蘇った懐かしい記憶に少々頭を抱えた。あのバトルが終わった後にまさかあんなにも散々たる日々が続くとは思ってもみなかった。
 おそらく一日経てば自分とフレンドになりたい気持ちなど忘れてしまうだろうと軽い気持ちでいたのが最大の敗因だったのか、来る日も来る日も諦めずにフレンドになりたいと自分の前に現れるバカが一人、いつもロビーの前で地べたに座っては自分が来るのを彼女は待ち続けていた。これ以上引っ付き回られたら絶対に面倒な事になると思い、逃げるように彼女を避けていたにも関わらず、それどころか逃げる側の心が折れるまで執拗に後を付けられてしまう始末で。そこでもなんだかんだといざこざがあり、結局根負けしてフレンドになってしまったものだから、その日から無音に近かったはずの生活はがらりと一変してしまった。
 約束をしていなくても大体はロビーで鉢合わせをし、暇があれば買い物に付き合えと店まで引っ張り出され、平凡な日常に飽きたのか、突然変わった事をしてみたいと言い出して、今まで興味さえ無かったタッグマッチに一日中参加させられたかと思えば、大騒ぎして疲れ切ったのか、広場のベンチで爆睡し始め目が覚めるまで延々と隣りで待たされる等、そんなこんなで日々心身共に困憊状態が続いた。

(馴れ合うのはもう、やめるつもりだったのにな)

 短い間で今までの何倍もの数のイベントごとを成し遂げてしまったせいで時間の流れがあまりにも早く感じ、出会ったばかりのはずの彼女とは何故だか随分と長い付き合いをしているような不思議な感覚を帯びた。慣れた、ともいう。そして、そんなはちゃめちゃな日常が当たり前になり、確かにあったはずの違和感などどこかへ消えてなくなってしまっていた。

「ハットちゃん、新作みっけたー?」
「いや、探してない」
「なっ!? それじゃ何の為に来たのか分かんないじゃん! もっとけっぱらな!」

 ぷりぷりと頬を膨らませながら目の前のパイプハンガーに掛かったフクをひとつひとつ手に取る。すると、一瞬時が止まったかのように身動き一つとらず、どうした、と声を掛けた瞬間に耳元でとんでもなく大きな雄叫びを上げた。

「おっー…あった、あったあった!」
「声がでかい!」
「んはは、メンゴメンゴ。それよりほら、見てこれ! なんかなまらイカしてんなぁ〜。これ着りゃバトルでげれっぱんなんなくて済むかなぁ」
「おい。まずは少し落ち着け、何を言ってるのかさっぱり分からん」

 ハンガーに掛けられたそのフクにはNEWと印字されたプレートがしっかりと胸元にピンで付けられていて、デザイン的にはジップアップのブラックカラーといったところか、背中にはメーカーのマークが真ん中に大きく印刷されている。そして気になるところはやはり値段だ。新作とあらば、ましてやランクの高さで倍以上値段に差が出ると有名なサス・オ・ボンのフクを購入する時はやはりしっかりと確認をしておくのが常識で、今回も例外なくフクに付いたタックを取り出し目を細めながら二人で覗き込む。

「……………」
「……まぁ、こんなもんだろう」
「世の中そんなに甘くないって事な」
「バカにしては察しがいいな。つまりそういう事だ。諦めろ」
「ぶしええェーー!」

 正直、つい最近まではバトル続きだったのもあり買えない程の値段ではない。とはいえ、約束はしたものの新作ばかりはみすみす人に買ってやる義理もない。随分と悔恨の情が湧いている様子だったが、サロン一回分でも我慢すればすぐにでも購入できるくらいのものなのだから、またカネを貯めてから検討するでもなんら問題はないのだ、と多少励ましてやろうとした矢先。暗く沈んだ表情はすぐさまパッと明るみを増し、持っていた新作のフクをパイプハンガーに戻しながら彼女は零した。

「ま、そのうちもっとイカしてんの出るっしょ」
「…なんだ、今日は随分と機嫌がいいな」
「えへへ、そりゃそうよ。だって、今日はハットちゃんとお買い物出来て超楽しかったから、それだけでばっちりオールOKって感じ! イエーイ!」
(何も買ってないけどな)

 相変わらずのバカ面で笑顔垂れ流しのままハイタッチを要求され、ハイハイとぼやきながら腕を上げパチンと音を立ててお互いの両手の平を合わせた。

「……えへへ。今度は四人で来られるといいね!」
「四人って…まさか、あの二人の事言ってるのか?」
「当たり前じゃん! フデオロシちゃん、いっつもボーイッシュなイロメガネしてるでしょー? だから、アタシが直々にめちゃイカしたかわいいセレクトしてあげようと思って!」
「カネないくせに良く言うよ」
「あ、ソウデシタ〜」

 たはは、と照れ臭そうに笑う彼女につられて思わず口元が上がった。店の外を見るともう日が暮れて辺りは少しずつ紺青に包まれてゆく。そろそろ帰ろう、と何も考えずに腕を引いて未だにインクリングで溢れている広場へ出た。辺りを見回すも昼間目撃した二人はおらず、背後から小さく渾名を呼ばれた気がして振り向くと、あっちあっちと隅の方を指さしながら今度は此方が引っ張られていく番だった。

「おい、何処行くんだ」
「ハットちゃん何飲む?」
「……アイスコーヒー」
「お砂糖入ってるやつ?」
「…ミルクも入ってるやつ」
「ハーイ、いつもの通りカフェオレじゃな!」
「分かってるなら聞くな」

 スロープの下の自販機で手際よく飲み物を買っては手渡され、プルタブをぷしゅりと開けると一言、乾杯ねと呟いて互いの缶同士を軽く突き当てた。炭酸飲料にも関わらず、ゴクゴクと勢い良く喉に流していく堂々たる姿は見ている此方も気持ちが良い。せっかく奢ってもらったので、カフェオレを一口含むといつもと同じそれなりの美味しさが口の中へと広がっていった。

「…ねぇ、ハットちゃん」
「何だ」

 突然、地に落ちたような弱々しい声に少し驚いてつられるように声が割れる。今までの元気はどこにいってしまったのかと思うくらい、しょげた表情は暗がりを見せたままだった。

「…アタシ、嫌われないといいな」

 地面に散らばる小さな石ころをそっと足で蹴って転がしながら、がやがやと賑わいが絶えない街の中に潰れてしまう程の不似合いな自信のない弱々しい声で彼女は目を伏せて呟いた。
 まだ彼がどんなボーイなのかも、フデオロシとどんな関係なのかも、ましてや再び会える保証さえどこにもない。ただ、彼女の寂しそうな表情をこれ以上拝み続けるのは真っ平ごめんだった。

「ごめん。なんか、シラける事言っちゃった。今のナシ…」
「おい、焼きイカ」
「へ!? や、焼きイカ!?」
「お前の渾名」
「うへぇ…ハットちゃん、センスなさすぎ…」
「お前な、人がせっかく考えてやったのに」
「でも、あははっ、めっちゃ嬉しい…! アタシ…何だろ。ごめん、ちょっと待って…」

 街頭の光に反射して、目元に小さな光が一瞬輝いたのを見た。背中を向けた彼女は、震える肩を抑え付けるように自身を抱いてその場にしゃがんで蹲っている。

(そんなもん、待てるか)

 一歩近づいて無理矢理に此方を向かせると、その大きなピンク色の瞳からぽろぽろと涙が落ちていた。うわああ、と驚いた顔を手の平でぐりぐりと拭ってやる。その勢いに負けた彼女の体はどてんと尻餅をついて地面に沈むと、お互いツボに入ったのかじわじわと腹の底から笑いが込み上げてきた。

「あーもー、何すんのさ!」
「お前がメソメソメソメソ泣いてるからだろ、バーカ」
「くぅー! またバカって言った! ひどい!」
「バカにバカっつって何が悪い」
「びええー! チキショー!」

 濡れた雫の冷たさなど気にもならなかった。顔には出さずとも目の前のうるさい笑顔が戻ってきた事に酷く安堵して、ようやく背中に流れていた嫌な冷や汗が消えた気がした。

「…お前はいつもの調子で、そうやって笑ってろ」
「う、うん…」
「フデオロシのダチが、お前を嫌うような悪いやつな訳ない」
「ハットちゃん…」
「分かったらいくぞ。もう、今日は疲れた」

 腕を引っ張られ体を持ち上げられた彼女はもう泣いていなかった。空っぽになった缶をゴミ箱に投げ入れて、広場から離れた細い路地の入り口へと向かう。途中まで同じ人気のない帰路を二人で辿っている間も掴まれた腕は振り解かなかった。そしていずれ分かれ道となり、その腕は自然と離れていく。また明日と後ろ歩きをしながら、手を振る彼女へ振り返しては静かに背中を向けた。

「ハットちゃーん!」
「何だよ、うるさいな!」
「…………また、明日ねー!」
「それはもうさっき聞いた!」
「知ってるー!」

 笑いながら逃げるように走っていく。姿が見えなくなってもまだ彼女がすぐ側にいるような感覚がいつまでも拭えずにいて、いつもよりサファリハットを深めに被り直すとそれを振り払うように早足で駆け、夜の街の暗闇へ静かに溶けていった。

(また明日、な)


***


「ほれ」
「わっわわわ、わ、っと、ナイスキャッチ」
「自分で言うな」

 次の日、いつもの時間に広場へ向かうと、いつもの通りいつものギア、そしていつものバカ面で焼きイカは手すりの上に座っていた。ポケットに忍び込ませたものを手に取り、会って早々それを投げ渡すと、それに気付いたのか慌てて手を出して受け取った。

「これ…缶バッジ?」
「前にフク屋でおまけにもらったやつ。ダブったからやるよ」
「くれるの? アタシに?」
「私とオソロが嫌じゃなければ、な」
「ウッ………ふへへへ、ヤッター!」

 胸元で小さなそれを抱き締めてながら、これでもかと言う程に喜ぶ彼女につられて思わず微笑む。早速被っていたボンボンニットを外すと、既に付いている缶バッチの横に並べるように付けて見せた。

「見て! イカしてる!」
「だな」
「でも、ハットちゃんがアタシにプレゼントなんて初めてじゃん。変なものでも食べたの?」
「お前なぁ……」

 ちょっと甘やかすとこれである。小さくため息を吐きながら被っていたサファリハットの鍔を下げていると、彼女はキラリと光るホッコリーの缶バッチを嬉しそうに見詰めながら首を傾げた。

「…昨日、何も買ってやれなかっただろ。だから、まぁ…その代わりと言っちゃあ難だが」
「あ、そっかぁ…へへへ」
「そんなにそれが嬉しいのか?」
「はい! 嬉しいです!」
(…やっぱり、変なヤツ)

 ビシッと手を上げて返事をした焼きイカは再びボンボンニットをしっかりと被り直すと、ノヴァブラスターを小脇に抱えながらいきなり自分の手を取りロビー目掛けて颯爽と走りだした。やれやれとハットが飛ばないように抑えながら、同じ歩幅でインクリングの人混みの波の中を泳いでいく。

「こら、急に走るな!」
「あははは! ハットちゃん、早く早く! バトル行こー!」

 きらきらと輝く笑顔が弾ける度に胸の奥の鼓動がどんどんと高まっていく。跳ねる度にぽんぽんと揺れるボンボンニットに目を奪われ、ライムグリーンの長い髪がぱたぱたと揺れては風に流れていった。

「あ、オロシちゃんだ! オロシちゃん見つけたー!」

 ロビーの隅っこには見慣れたイロメガネのガールと、その隣には昨日見かけた彼女と同じピンク色の瞳をしたボーイが照れ臭そうな表情で優しく微笑みながら、騒ぎ立てているこちらに気付いたのか不思議そうな顔で見つめていた。

「うっ…あ、あの!」

 走り抜けた先で急ブレーキをかけて止まった彼女と繋いだ手が明るい笑顔と裏腹に震えているのに気付いて、そっと応援するように握り直した真っ黒な手にそっと力を込めた。すると、彼女は返事をするように指と指の隙間を埋めては必死に底に溜めていた声を振り絞っては彼に向かって思い切りぶつけたのだった。

「ア、アタシ! えと…オロシちゃんの友達の焼きイカ! あの、その…キミは?」
「え? あ、えと、パッチン。みんなには、パッチンって呼ばれてる」

 よろしくね、と差し出された手にゆっくりと重ね合わせる。その瞬間、煌めくような満面の笑みがロビーの中でまるで花火のようにぱっと光り輝いたのだった。

「うん…! よろしく、パッチンくん!」


(2016.02.02)


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