1914年の8月。ウィーンのとある一角に家を置いているイナーブルグ家は、世界のあちこちへと散らばることとなった。非魔法族の世界で、第一次世界大戦というものが勃発したおかげで、スパイ探しやらなんやらが活発になり、魔法族が暮らしにくくなったのだ。例えば、彼らには魔法を見せてはいけないため、不思議な仕掛けがたくさんある家には絶対に招かないようにしていると、「やつらの家には忌々しい連合国の応援ポスターが貼ってあるに違いない」とかなんとか、よくわからない将軍の名前と共に疑いの視線を向けられたり。そもそも、彼らは非魔法族との関わりをできるだけ避けていたのだが、それも、非魔法族が言うには「スパイに違いないから即刻尋問を行うべき」らしい。食料をマグルの商店から持って来てくれる、エストマンと名乗る男も、最近は彼らのもとへあまり寄って来ず、由緒正しいイナーブルグ"家は、不新鮮な野菜を双子の呪文で増やすはめになった。その上、野菜はどんどんまずくなるので、この間なんかは彼女の妹がしなしなしたにんじんを床に落として、小さな癇癪をおこした。
それでも良いのでウィーンから離れたくない人々と、離れたい人々が対立したことで、彼らは散り散りになる運命を辿った。つい先日は、アウレリアの兄とその嫁がアメリカへと向かっていった。イナーブルグはかなり大所帯の一家であったので、彼らがいなくなっても家の騒がしさは変わりなかった(そもそも一家の雰囲気はお堅く厳粛で、全く騒がしくはなかったが)。
アウレリアは非魔法族避けの呪文が施された我が家___我が家だったものを、寂しさの混じった瞳で見つめた。正直、こうやって非魔法族に悪口を言われながら、いつも視線を気にして暮らすのは嫌だったし、イギリスに早く行きたかったのだが、彼女は巣立ちのときがきた小さい鳥のような気持ちになっていた。屋敷しもべ妖精が、彼女たちの荷物を運ぶのをしばらく見ていると、従兄のルートヴィヒが彼女に声をかけた。
「アウレリア、なにをぼっとしてるんだ?」
「いえ、なんでも。行きましょう」
スクイブだったために家を追い出され、衣食住確保のため軍隊に入ったところ、毒ガスにやられて死んでしまった、また別の従兄に心の中で一礼をしてから、彼女はルートヴィヒが触れている、古い置き時計に触れた。これは新しい家に置かれることになっているもので、今だけ一時的にポートキーになっている。アウレリアの祖父が、イギリスの魔法大臣に頼んで(ふくろうが砲丸に撃たれたりと、戦争のせいでさまざまなハプニングが起きて、やりとりがとても遅くなった)設定してもらったのだ。
彼女は妹のグレーテをちらりと見た。彼女は少し____白状しよう、かなりおかしい。今は10歳である彼女の奇行は、子供ながらの無邪気なそれとは言い難い。特に、真夜中、瞳孔をかっ開いて居間のドアの前に立つ習慣ははっきり言ってホラーだ。
あわれなグレーテは、「もし子供ができて、その子が女の子なら、ジレーネという名前をつけようと思ってるのよ」と言い始めている。彼女はここ最近、ちっとも膨らんでいないお腹をさすって(赤ちゃんが入っていないのだから当たり前だが)、まだこの世に誕生してすらいない娘に向かって、なにやら呼びかけていた。アウレリアは今までに、何度かそのような場面を見かけていた。
人が少ない分、変人の妹との関わりが多くなるのは正直ストレスだった。
「…グレーテを呼ばなくていいの?」
彼女がそう言うと、ルートヴィヒは嫌そうな顔をしてから、「グレーテ!はやくこっちに来るんだ」と呼びかけた。
妹は変に飛び跳ねながらこちらへとやって来た。
「向こうへ行ったらイワンがいるのね?」
「ああ、そうだ。イギリスでは彼にたくさん構ってもらえ」
かわいそうに、押し付けられて。グレーテの婚約者であるイワンのことを、アウレリアは不憫に思った。彼はロシアの魔法使いで、アウレリア同様に母国訛りのたどたどしい英語を使っている。彼は変人ではないので、グレーテのおかしな行動をときどきぎょっとした顔で見ている。グレーテが彼より7歳年下で、顔だけはかなり整っているという事実が、イワンにとっては慰めになるはずだ。
これからの日々を想像して、アウレリアは15歳とは思えないようなため息をついた。