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女は地に身体を落とした。
女が手を伸ばした先には、使徒の証がか細く光る。


「残念だったな。綺麗なお姉さん」


シルクハットを被った燕尾服の男が笑い、触れる。
途端に光は灰化した。灰が風にさらわれ、宙に消える。


「あと残ってんのは“お姉さんの”だけか?」


わざとらしく見渡しては、動かない身体を見て男は笑う。
女の表情は変わらない。
男はため息をついた。


「怖がらないのか? 死ぬんだぞ?」


男は至極つまらなそうな顔をする。
女が目だけを動かし、周りを見る。


「もっとこー、助けてーとか死にたくなーいとかさ。あるだろ?」

「ご託は結構。殺すなら殺しなさい」


男はシルクハットを直し、一息吐くと女の背後に周り、手をかざす。
そしてゆっくりと近付けた。
手が女の身体に溶け込むように消え、男が“何か”を掴む。
脈打つ“それ”に男の顔が愉悦に歪んだ。

その時だ。
女の髪が束となり、鋭利に尖ると男を貫いた。
貫かれた男は勢いのまま飛ばされたが、右手には確かに握っている。
命の核を。

最後の足掻きを嘲笑いながら、治りいく傷を見ていたとき気付いた。

女の姿がないことに。


「嘘だろ!?」


男が辺りを見渡す。
あり得ない。
今この手に握っているものは心臓―


「どうなってんだよ…おい! アクマ……ってあら?」


男の声に反応は無く、あるのは当初女に破壊されたアクマの残骸だけ。
最初にアクマを破壊したのは、今のタイミングで逃げるためだったのか。


「これって巻かれたってことだよな?」


心臓を置いて?
生きているのか?
ルール違反だろうが。


「そんなのありかよ」


男はため息とともに右手の心臓を握り潰す。


「こんなに汚れちまうし、ついてねぇな」


男は胸からカードを出すと銀ボタンを握り、頷く。


「まぁ、対象はデリートしたし、いっか」


ぴんっと跳ね上げたボタンは二つ。
一つには“ケビン・イエーガー”、もう一つには


「ヘレン・アシュフォードか」


興味深げに呟いて男が立ち上がり、服をはたく。


「また会いたいな。ヘレン」


拾ったシルクハットを被り、男は闇に消えていった。




遠くから列車が走る音がする。
音はやがて近付き、いつもの通り走り過ぎていく。
だが今日は少し違った。
列車の二両目に何か落ちたような大きな音がした。
乗客が騒ぎ出す中、異常を感じとった車掌達が集まってきた。
天井からかつかつと音がし、異動する。
それは車両の天井の蓋付近で止まった。
急に開いた蓋に車掌達が後ずさる。
幾秒か後に何かが落ちてきた。
それは金髪で癖の強い髪、二重の切れ長な金の瞳が印象的な、一言で言うなら美しい女だった。
だがあまりに服の痛みが激しく、服と呼ぶに値するかというレベルだ。
車掌達に不信感が募る。


「次の駅まで乗せていただきたいのですが」

「こ、困ります! 切符もご予約も無しに……それにこの電車は特急で……」


突然の言葉に車掌達は驚いたが、咄嗟に断る。
女は身体の向きを変え、正面から車掌を見た。
途端車掌達が目の色を変える。
その左胸にある十字の紋章を見て。


「すぐにご用意致します! 空いている個室にご案内しろ!何か羽織る物もご用意するんだ」

「はい!」


こちらですと招く車掌に女が続く。やがて部屋へ付き、別の車掌が毛布を持ってきた。
女は自分の姿を見、毛布を受けとる。


「何か温かいものでも……」

「いえ、結構です。ありがとうございます」


女は毛布を羽織り、車掌にメモを渡す。


「請求はここへお願いします。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


車掌が頭を下げながら部屋を出て行った。
女は身体の“具合”を丁寧に見だす。
いたる所にある傷口の深さ、その箇所と数、折れた手の曲がり方、脱臼した肩は治し、唇の血を拭う。


「私でなければ死んでいましたね」


壊れたゴーレムを脇に置く。


「本部にこのイノセンスを届けましょう」


女の手の中の二つの使徒の証が、仄かな輝きを放っていた。


――――会合





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