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恋は銀の針で縫いましょう

拝啓


不親切なあなたに恋をしてから、愛をしてから、私、人生が本当に色が変わったように見えました。いいえ、変わりました。以前はひょろ長い灰色煙突とビルを並べただけの、機能的ではあるけれど、無骨な幾何学に生きていましたが、現在は変則的な明るい彩りがちりばめられた生活を送っております。これは、あなたからの紛れも無い、贈り物《プレゼント》のように感ぜられますが、きっと、私の貴方への好意によるものなのでしょう。

かつての私だったら、林檎が生まれる。だとか、薔薇のように美しく、だとかそんなメルフェンなんかには興味さえ与えなかっただろうに、今は私の家には一匹の住人がやってきて、何気ないやさしさを与えて居座る銀色の短い毛並みに、褐色の眼に腕に抱えられるほど小さな猫を(申し訳なく思いながら、あなたの名前を一字お借りいたしました)抱きながら、あなたのそっけない斜めの顔と、彼女のしらんとした姿に狂うほどの寂しさと愛おしさがこみ上げてきます。


これは、私ごとではあるのだけれど、あなたに恋をして愛を思ったときから、私の演技は人間味と熱情を増し、監督からは愛欲に悶える風の精のようだという評価をいただきました。どうせなら、水の精のほうがよかったわ。だって、あなたのすこし焼ける膚、そのなめらかな膚は、どうがんばって歪曲してみても、水の精があなたのために潤いを与えているようにしか思えないんですもの。
とても美しいあなたこそ、アプロディタの化身ではないかと、私はいつも思うのです。もっとも、男の男根から姿を得たとは思えぬ清らかで最高の神さまだと思うのだけれど。それでも、あなたはキュプロスの島から生まれたのだと確信しております。でも、そうしたら私は神に肉欲を抱くのは大変な罪ではないのでしょうか。きっと、これは罪悪でしょう。それでも私はあなたを愛しているのです。恋をしているのです。私は、あなたの不親切に、不親切なあなたにひどく恋焦がれているのです。
どうか、このお手紙が届いたのなら、最後まで読まずに、捨て去ってくださいまし。
千切ってしまって、燃やし尽くしてくだいまし。それを見届けてくれるのならきっと、私はこの身に恋を埋め、ひたかくしに致しましょう。二度と口にも致さぬよう、唇の右の端から左の端まで、銀の針で縫いつけてみせましょう。だから、どうか、お願いいたします。この恋心を燃やして終らせてくれるくらいの親切を、私に一片のやさしさをください。




いとおしい、美しい貴方へ
お慕い申し上げておりますあなたの骨が欲しい

201909/29

ALICE+