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あなたの眼差しは銀色の糸に似ている

後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。


「地獄っていうのは、こういうことを指すんじゃないですか」
ぐったりと身を地面に預けたっきり、人にも風にも己を任せてしまっている人の、グレーで生気のない目を見ていると、カフカは胸の中にじわじわと墨色の経験が強烈に広がって、かつての自分とがリンクする。

彼には、両親がさんざん自分に心を砕いてきてくれたのに、それに一切答えようという精神がなかったから何もかもを失って、自暴自棄になったところをドラゴンに"革命"という二字でもって救ってもらった経験があった。

カフカにとって革命とは指針であり、いわば自分が行動するための免罪符だ。何もなせず、何もすることのないことを選択した彼にとって、自警団にも海軍にも、海賊にさえもならなかった彼の唯一自ら選択した自由だった。

「人間ってのは、運命の奴隷なんだそうです」
「奴隷…?」
サボは顔をしかめる。人の好きそうなやわらかく丸い顔に広がった醜いやけどの跡は天竜人によって付けられたものらしい。詳しいことはカフカはわからなかった。素人もしなかった。
「ええ、人っていうのは、生まれるでしょう。それから、初めて呼吸をします。誰にも教わることのなく…自分で生きようとします……これは体に組み込まれた人間という運命が行っているのだとか」
「科学的じゃない」
「そうでしょうね」
このとき、サボは別に今の参謀長官という立場ではなかった。しかし近所のお兄さんという好青年の顔に似合わず、異常なほどに喧嘩慣れした人物で、カフカは話にのみ聞いたことのある東の海の出身かもしれないとのことだった。ドラゴンが彼を拾ってきたのは、彼の故郷で塵の一掃が行われるという情報があったときだった。
「ですが、そうして生まれたら、やっぱり、生きなければならない。奴隷です。しなければならないことに、生まれた時から決められている。かわいそうなことに、それが頭の隅ではわかっていても自分ではきちんと理解できないことです」
「かわいそうなことに、ねぇ」
ごすっと兵隊の頭を殴ったサボの隣で、カフカはあいまいな笑みを広げた。
兵隊に迫られていた、右足を抑える少女。二つの影が顔に落ち、怯えた表情のまま見上げ、それから彼らの発言を震えながら見守っている目と交差した。サボは膝をついてカフカとは違う、きらきらとまぶしい笑みを浮かべた。その目は、どんな地獄にも垂れ下がる、銀色の糸に似ている。



「地獄じゃなくて、なんだというんです」
邪神の言葉を理解したように、狂気に満ちた悲鳴を上げ、膝の力を抜かれたように崩れ落ちたサボが医務室に運ばれて数分。カフカはぬるくなった白湯を入れ替えながらぽつとつぶやく。この世界は人がよく死にやすい。それがジェンガ式となって、影響しあう。喉をけ破りそうな叫び声のそばにいたカフカは、あれがもう、サボの死に直結するものなのだと思った。少なくとも、いつも見てきた生きながら死んでいる人は、そういうものだった。だから瞼の内側に隠されたのは、いつかの銀色ではなく自分とよく似たグレーに満ちているものに違いなかった。


2020年ハロウィンに合わせて公開した文豪イベものを移動させました。

202210/18

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