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ダメになる

いつの日からか覚えていないけれど確か、ジャズピアニストとしての仕事を断念せざるを得なくなったとき、私はクラピカと会話らしい会話をしたことはない。
最近、妙に優しい…よそよそしい対応で、私を彼の世界観の中に内包させようとしているのか、「無理はしていないか」「何か不自由はないか」などという、なんとも言い難い問いかけのみを与えられるばかりだ。
これを気に病んでいるのか、遠くから「クラピカのそわそわに付き合ってくれ」というのがレオリオで、彼は優しいから、私にそんなことを云っている一方で、「カフカを閉じ込めとくだけがうんたらかんたら」とクラピカに云っているのだろう。時たま、散歩をしよう、とやつれた、青白い顔をして手を差し出してくるときは、たいていが、レオリオからの手紙があった時だ。
……不自由はしていない。
藍色のドレスを着て、髪の毛はつやつやになるようなリンスをふんだんに使って、それから毎日甘ったるいあたたかい飲み物が飲めて、屋根と壁のある生活に放りこまれて、窓から見れる景色は四季折々の美しい眺めがあるのだから、これを不自由だというのは心が乏しいにんげんだけだろう。不自由ではない、自由ではないだけだ。自由ではないのだから、不自由だろうといわれれば、それまでだろうが、絶え間ない空腹から解放されている今は比較的おだやかな不自由さであると思った。絶え間なく与えられる、やわらかい圧しつけは、私を内包して、埋没させようと必死なのだ。そして相も変らぬやさしさが、クラピカにはまだ残っている。

202210/18

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