中学校生活、最後の夏。
 
 中学校総合体育大会。女子バレーボールの部、全国大会決勝。
「またあの四番だ!もう何点目だよ」
「てか、四番以外に上げなくね?あのセッター」
「男子並みのパワーじゃない?アレ」
「中学でコレとか、期待値高いよね。宮城代表の北川第一……櫻井律」

 ボールが体育館の床を強く叩き、短く笛が鳴る度に湧く観客。私は、そんな熱気に溢れた会場と反比例するかの様に気持ちが冷めきっていた。
 私へ上がったボールを何度も相手のコートへ打ち返す度に、一歩ずつ確実に勝利へと近づいていく感覚。それは本来とても気持ち良いものであるはずなのに、私は何故か怖くて。試合が早く終わってほしいのにまだ終わって欲しくなくて、私は一人で震えていた。
 マッチポイント。これを決めれば、試合が終わる。全国大会優勝だ。そう思いながらも特別な感情は無く、最後の最後まで自分らしく当たり前の様にスパイクを決めた。ボールが跳ねる音と共に、上手く足に力が入らず着地せずその場に倒れこんだ。
「律!?」
 倒れ込んだ私にすぐさま華が駆け寄ってくる。それでも私はそれに答える気力もなく、ぼんやりしていた。
 大会最高得点?そんなの知らない。というか、興味もない。疲れた。身体中が痛くて動けない。肩上がらないし、腕に力を込めようとしても無理で立ち上がることすらできない。熱気に満ちた会場と汗が流れるほど熱い体に感じる、体育館の冷たい床が気持ち悪い。
「私の事、何だと思っているの………」
 私は点を決めるだけのロボットでも、貴方達のおもちゃでも、才能に溢れた天才でもない。只々弱くてちっぽけな普通の人間、櫻井律。それが私だ。

「あーあ。【女帝】って、そんなもんなんですね」
 貴方がどれだけ頑張ろうと、及川先輩には釣り合わない。そうなる前に辞めちゃえばよかったのに。
 そう呟いた後輩に何か言い返す気にもなれなくて、私はそのまま目を閉じた。

 後輩を責め立てようとする華も、それを止めようとする周りの声も、観客の声も、全てが煩わしい。静かにならないかなと思いながら最後に浮かんだのは及川の顔で、奥歯にグッと力を込めると嫌な音がした。
 私は及川と釣り合いたくてバレーをやっていたわけじゃない。
 それなら何で?私は何でこんなになるまでバレーに一生懸命になっていたんだろう。なんで、バレーをしているんだろう。
 私は華の一番になんてなれないとわかっていたのに。


 眼が覚めると知らない天井だったとはよく言うけれど、本当にその通りだった。
 
 あの後私は救急車で近くの病院に運ばれ、診察をしたらしい。頭には何の問題もないけれど、右腕と両膝は動かせない。すぐに手術が必要で、宮城に戻っても三ヶ月間の入院、それ以降の通院と日常生活のためのリハビリが必要と診断された。
 完治までに最低でもニ年。その間激しい運動は禁止。バレーを続けることは絶望的だと悲痛そうに医師は言った。
 だけど、当事者である私はアッサリとそれを受け入れた。
「…わかりました。体育の授業とかはどうすれば良いですか」
 どうせ、最初からバレーなんて好きでも何でも無かったのだ。日常生活のためにバレーを辞めろと言われたら辞めるしかない。
 それに、私にはもうバレーを続ける理由もない。
「、律……」
 華が目を見開いて私を見るけれど、彼女には私がどう見えていたのだろう。
 私にとって一番の友達だと思っていた華は、私のことが全く見えていなかったのだ。嫌うことはないけれど、信頼なんて最初から最後まで無かったと気づいてそれに少し失望した。
「及川と岩泉も、ごめん。わざわざ見に来てくれたのに」
「……お前は平気なのかよ」
「全然平気。むしろ、前より軽くなった気分だ。
 私が欲しかったものは手に入らなかったけど、二人と練習をしていた時は、なんだかんだ楽しかったんだと思う」
 私がこんなことになるまで辞めずにバレーをしている理由を知っている二人は、最後まで口を挟むこと無く見守ってきてくれた。
 感謝しかない。二人が見ていてくれれば、知っていてくれれば、何だってできると思っていた。そう思って練習を続けていたから、全国大会《ここ》まで来る事ができた。
「律。ごめんね、ごめんね……」
 お母さんは私が目を覚ましてからずっと泣いていて、片時も手を離さなかった。
 小学ニ年生の頃、華に誘われてバレーをしたいと話した時、お母さんは渋っていた。『中学校からでも充分いいじゃない。飽きたら辞めるでしょう』と。
 私は華にお願いされたのが嬉しくて、必要とされたのが嬉しくて何としてでもバレーがしたかった。華の特別になりたかったから始めたんだ。絶対中途半端はしないと約束をして。
 だから、この怪我は誰かにつけられたものでも無い。悪いのは全部私で、自業自得だ。
「お母さんは最初から止めてくれたでしょう?絶対に途中で辞めないって約束したのは私。だから、泣かないで。
 私は最初からバレーなんて好きじゃなかったし。ここが潮時なんだよ。良い機会だし、ここでスッパリ辞めてしまおう。
 本気の人のそばに、本気じゃない私がいても邪魔なだけ」
 微笑みながらそう話すと、一言も話さなかった及川が病室を飛び出す様に出て行った。それを追いかけて岩泉も出て行く。
 及川は、この空間の中で誰よりも辛そうにしていた。怪我をした私よりも、泣き出したお母さんよりも。震える程固く拳を握りしめてグッと眉間に皺を寄せて、何かに耐えるように口を固く結んでいた。
「最終的にこうなったんじゃ何の意味もないよ」って、いつもの様に軽口を叩いてくれたら良かったのになんて思ってしまって少し寂しい。
 いや。けれど、もう私達の唯一の接点であるバレーは消えたんだから、もう及川と過ごすことは一生無いんだろう。同じクラスになったこともなく、趣味が合うわけでもない。日常生活の中では絶対に仲良くはなれなかっただろうし。
 嫌われた。失望された。なんて思うと、少し悲しくなった。

 それから、主将だから会場に戻ると華が退室。それに続き、入院に必要な書類を確認すると言って医師と両親も退室した。病室が途端に静かになり少し落ち着いたところで、ずっと壁に寄りかかっていた烏養さんが口を開いた。
「律、お前これからどうするんだ」
「どこに進学するかは置いておいて、バレーは辞めます。とりあえずはリハビリ生活ですね」
「そういうこと言ってるんじゃねぇよ。…お前は小さい頃からどこか頑固なところがあるが、そろそろ辞めろ。いい加減自分自身を認めろ。
 そんな顔する奴が、バレー好きじゃないわけないだろうが。
 悔しいなら、悔しいって言え。変に大人ぶってんじゃねぇよ。中学生だろ」

 私がバレーを始めてからずっと、親身になって教わってきたのはこの人からだった。華と一緒に小学校の部活動に入部してから、とことんやると約束したのなら少し離れているけれどしっかりした人の元で教わった方が良いと。お父さんが昔烏野のバレー部で、烏養さんは高校三年の時に丁度監督として就任したらしい。
 部活が休みの日や暇な時は、必ずと言って良いほど烏養さんのところに足を運んできた。家にいない時は烏野高校に練習を見に行って、そこで繋心さんとも出会った。バレーに関しては鬼みたいに厳しくて、強くて、正しくて。最高にかっこいい、私にとって第二の父親みたいな人だ。
 そんな彼が、ここまで言ってくれている。それが嬉しくて、自分が情けなくて、ずっと我慢していた涙が溢れた。
「……どうでもよくなんか、なかったのかもしれない。多分、最初から。私は、華の為でも何でもなく、自分の意思で自分のためにバレーをしていた」
 それに気づいたのがこうなってからだなんて、悲しみを通り越して怒りが湧く。
 嗚呼、本当にもう。腹が立つ。

「悔しくて、死にそう………っ」

 多分、今までの人生で一番じゃないかってくらい泣いた。
 自分のこれからについて考えなきゃいけない。過去ばかり見ていられない。それでも、今だけは後悔していたかった。
 私が【女帝】と呼ばれ出したのは、一体いつからだったのかな。

 
 
 
『バレーボール (排球)』
 
 コート中央のネットを挟んで二チームでボールを打ち合う。
 ボールを落としてはいけない、持ってもいけない。
 三度のボレーで攻撃へと繋ぐ球技である。


 中学最後の試合から二年と少し。私は高校三年生になった。
 結局、女子バレーの強豪である新山女子からの推薦も怪我を理由に蹴って、特にしたい事も行きたいところも無かったからと、お父さんや繋心さんの母校である烏野高校に進学した。
 中学の冬、十二月には入院生活も解けたため学業に復帰したものの、体育だけは参加が難しくそのまま卒業。
 だが、それを知る由もなかった結を筆頭に女子バレー部からの勧誘を断り続けた私は、高校で新たに仲良くなった潔子と澤村に誘われて、男子バレーボール部にマネージャーという形で入部することに決めた。
 マネージャーの仕事は何の問題もない。自分が元々選手だったこともあり、選手がしてほしいことは大体わかるし、怪我の手当てやスコアもつけることができる。
 ただ、試合だけはどうしても見れなかった。
 あの試合でのトラウマなのか、バレーが好きなのにできないという自分への嫌悪感からなのか、練習試合ですら気分が悪くなってしまう。これは精神的なものなのでどうしようもなく、徐々に慣れていくしかないと割り切っているけれど、チームに少なからず迷惑がかかっていることは自分でも理解していた。
 
「澤村。コレ、今んとこの入部届け」
 潔子がそう言いながら二枚の入部届けを差し出すと、澤村は少しショックを受けたような、期待するような微妙な顔をした。
「少ないな……昔は多かった筈なのに」
「こっから増えるって、大地!」
「私たちの代で全国に行けば、田中たちの代ではもっと増えるかもね」
「櫻井の言う通りだべ」
「潔子さんも律さんも、今日も美しいっス!」
「律、行こ」
「ん、そうだね。じゃあ、今日の部活で」
 目を輝かせる田中を無視して潔子と教室に戻ろうと踵を返すと、入部届けに目を通していた澤村に呼び止められた。
「ん…あれ?コイツってもしかして……!おい律!」
「ああ。影山、ウチ来たんだってね」
 澤村達は中学の県予選を見に行ったと言っていたし、北一の試合で影山を見たのだろう。
 影山飛雄。私たちの二つ下の男の子で、天才的なセッター。そして、私と同じ北川第一中学校出身。
「仲、良かったの?」
「そういう訳じゃない。練習は一緒にする事もあったけれど、本当に一時期だけ」
「ああ、前に話してた後輩の天才セッターって影山のこと?」
「そう。根っからのバレー馬鹿で、才能もある。実力は県内でも相当だと思う。
 まあ、バレーしか見えていないからこそ周りと上手く馴染めなくてあの結果だったんだろうけど」
「……決勝で負けたって雑誌で読んだ。
 周りに溶け込めなかったのは自分も同じって思ってる?」
 
 潔子は入学してから初めてできた友達で、私の中学時代の話も一通り教えている。昔の私を誰も知らないこの場所で一からやり直したいとは思ったけれど、それでも潔子には知っていてほしかったのだ。今は潔子が私の一番の親友で、潔子にとって私がそうであったらいいなと思っている。あまり依存してはいけないと思ってはいるけれど、それでも元から気が合うのか、クラスが同じだったり出席番号が前後という事もあり、なんだかんだ一緒に過ごす事が多い。
「影山がチームに馴染めなかった理由は多分私とは違うけど、それでもやっぱ何処か似てたんだろうな……」
 でも、北川第一の生徒の大半は青葉城西高校に進む。及川と岩泉も実際そうだったし、今年もそうなんだろうと思っていた。影山が何故烏野に来たのかわからないけれど、烏野《ここ》には北一出身の生徒は殆どいない。
 
卒業式で話したきり、及川と連絡を取り合うことも話す機会も無かった。だから、私が何処の学校に進んだのかも、バレーはどうしているのかも、及川は何も知らないだろう。
 それを望んだのは他でもない私で自分から進んで選んだ道なのに、及川と永遠に一緒のコートでバレーをできないと思うと少し寂しいと感じる自分も確かに存在していた。
 会わせる顔もない。会っても何を話せばいいかわからないとゆうのに、あの頃の様な関係に戻りたいと願うのは我儘なんだろうか。そう考えながら窓の外に広がる空を見上げた。



「新入生、来なかったね」
 午後の授業も終わり、放課後。体育館の準備に潔子が向かったので、私はドリンクやタオルの準備をするからと少し遅れて体育館に向かった。マネージャーの仕事は、基本体育館の外と中で日によって役割分担している。中ではボール拾いや道具の整備、タイムの計測やスコア管理など練習の手伝いを、外ではタオルやビブスの洗濯、ドリンクの用意が主な内容だ。
 私が体育館に行く頃には新入部員が来ると思っていたので、一人も来なかったことに拍子抜けした。中学の時が強豪校で大所帯だったこともあって、尚更体育館が広く感じる。
 新体制になっても結局いつもと変わらない練習が終わったことを少し残念に思って、菅原に声をかけた。
「いや、来たんだけど……」
「帰った?」
「追い出した」
「は?何があったの」
 菅原に詳しく話を聞くと、新入生二人が澤村の注意をシカトして勝手に勝負を始めた挙句、教頭のヅラを吹っ飛ばしたので協調性がないと判断し、チームメイトとして自覚するまで部活には参加させないと締め出したとのこと。ただでさえバレー部は去年の東峰と西谷の衝突で教員に目をつけられているというのに、この短期間でまた問題を起こしたのか。逆に感心する。
 でも、中学の頃の影山は大人しく、バレーに一直線なだけで問題を起こすような子じゃなかった気がするけど、もう一人の子とよっぽど気が合わないのかと不思議に思った。とはいえ、私が知っている影山は中学に上がったばかりで及川の後をついて回るような子だという印象しか残っていないけれど。
「『勝負して勝ったら入れてください!!』とか言って来そうじゃないスか?アイツら」
「有り得る!頭冷やしてチョコっと反省の色でも見せれば良いだけなんだけどな」
「アイツらもそこまで単細胞じゃないだろ。でも、仮にそう来るとしたら……影山が自分の個人技で何とかしようとするんだろうな」
 個人技で。一人で。そう澤村に言われると、昔の私を思い出してしまった。
 
 『櫻井さん、俺に何か隠してることない?』

 頭の中で、まっすぐに私を見つめる及川が言った。
 自分でもいっぱいいっぱいでどうしようもなかった時、何でも相談できるような友人が私には居なかった。でも、私はアレ以上自体が泥沼化するのも、及川と岩泉を巻き込むのも嫌で、もう全部が面倒で黙りこくっていただけだ。
 だから、潔子の言う通りなのかもしれない。仲違いした理由はどうであれ、自分から何も行動しなかった。それで結局壊れてしまった。
「澤村の言う通り、今の影山に一番必要なことはコミュニケーションなのかもしれないね」
 そうやって話していると、外から大声で「キャプテン!!」と叫ぶ声がした。
 田中が急いで体育館の扉を開けると、影山とオレンジの髪の子が立っていた。二人並んで立っているということはこの子が影山ともめた子なのだろう。バレー経験者なのだろうか、身長は低いけれど、如何にも活発そうな子だ。
「勝負させて下さい!」
「俺達対先輩達とで!」
 それは先ほど私たちがしていた会話そのもので、菅原と田中は笑っていた。けれど、二人をじっと見つめる澤村は何も言わず、それに対して影山達も澤村の言葉を待ちわびる様に真剣な表情をしている。
「………してあげれば?」
「律……」
「櫻井さん!?」
 昔より髪が伸びたからなのか気づかれていなかったみたいで、影山は私を見て表情を変えた。
「さっき、武田先生に入部届け預かってたでしょう。影山達の他にも新入部員がいるんだし、この機会にそれぞれの実力も見ておきたいじゃない」
 澤村はやっと口を開いて「負けたら?」と、影山に問いた。
「どんなペナルティでも受けます」
「ふーん……丁度いいや。律が言うことも一理あるし、そいつらと三対三やってもらおうか」
 新入部員は全員で四人。二つのチームに上級生が一人ずつ入ることで交流試合の一環として行うことになった。
 ただし、澤村は影山のチームが負けたら少なくとも今の三年がいる間、影山にセッターはさせないというペナルティを出した。勿論影山は反論したけれど、澤村は一切それを聞かず試合の日時だけ伝えて二人を追い出した。
「なんだかんだ言って、影山のための試合になるね」
「は?どういう事っスか」
「中学の頃から何も成長していない影山を、どれだけ早い段階で変えられるかが大事って事」
 影山は誰もが認める程のセッターとしての才能を持っているけれど、それに今までついて来られる選手はいなかった。
 だけどもし、影山が才能を充分に活かせるようになったら?
 中学の最後の試合であの二人が戦った試合を私は見ていないから何も知らないけど、この一件がチームにとって良い方向に向くことを信じてみたいと思った。
 才能があるのに、活かせないだなんて勿体ない。これから影山がこのチームの一員として一緒に歩んでいくのなら、この機会に何としてでも現状打破しなければ。
 影山がいるこのチームに、及川が目をつけないわけがない。そうなれば及川と再会する日も近いだろうと、楽しみである反面少しだけ複雑な気分になった。

 
 
 それから十日後、一年生の交流試合の日。田中の協力もあってか、割と良い感じにチームとして連携が取れていた影山・日向・田中のチームは澤村・月島・山口のチームに勝った。
 日向と影山の速攻にも驚いたけれど、今後が楽しみだ。
 新入部員四人が潔子にジャージを配られている時、影山はふと思い出した様に疑問を口にした。
「聞きそびれてましたけど、#櫻井#さんはどうして烏野に?新山女子から推薦が来たからそこ行くかもって言ってましたよね」
「…推薦は来てたけど、蹴った」
「新山女子?って、どこだっけ」
「ここ数年間ずっと宮城県女子代表の強豪校だよ」
 サラッと月島が山口の問いに答えたのを聞いて、割と月島はバレー詳しいのかもしれないと思った。
「引退とタイミングが重なったし、影山は知らなかった?
 私、全中終わって怪我でバレーできなくなったんだよ。手術して、安静のために三ヶ月の入院。それからリハビリとかの為に通院して、去年の夏に完治したばかりなんだ」
「怪我……あの時の試合でですか」
「そ。それに、あの頃はバレーなんて続ける気も無かったし。
 でも、烏養さんが迷ってるなら烏野に来いって言ってくれて。他に行きたいところもなかったし、別に良いかなって。
 青城にだけは、絶対に行かないって決めてたしね」
「でも、及川さんと仲良かったですよね?」
「……及川とは、卒業式以来会ってない。マネージャー始めたのも去年の秋からだし、トラウマとか自己嫌悪が酷くてまともに試合見られてないから、公式試合でも全く」
 あの時の体育館の熱気と床の冷たさ、バレーができない悔しさ。そういうのを思い出して、頭の中がごちゃ混ぜになって気分が悪くなってしまう。このままじゃ駄目だとわかっているけれど、どうしても前に進めない。
「試合、フルで観れると良いね」
 潔子にぽんっと肩に優しく手を置かれながらそう言われ、私はそうだねと返した。
「試合といえば。部員も増えた事だし、公式戦の前に数回は練習試合とかしておいた方がいいと思うけど……」
「確かに、そろそろ練習試合組みたいよな」
 そう話していると、今年の春に男子バレー部の顧問になった武田先生がタイミング良く、練習試合が組めたと走ってやってきた。
「相手は県のベスト四!青葉城西高校!!」
 本当にタイムリーすぎて嫌になる。その学校名を聞いた瞬間眉間にしわが寄っていたのか、潔子に心配された。
「…律?」
「いや………想像以上に早かったなって」
 影山が烏野に来た時点でいつか会うことになるだろうと考えていたけれど、いくらなんでも早すぎないだろうか。
 でも、丁度良いのかもしれない。あれからそろそろ三年経つのだから、トラウマがどうとか言ってられない。
 練習試合は公式戦のようなピリピリとした特有の空気が無いから、少しでも試合の空気に慣れることができるかもしれない。今年の夏で高校最後だから、公式試合は何としてでも最後まで見届けたい。
 
 及川の前ではかっこいい私でありたい。だから、今の自分を見られたくないけれど、及川と岩泉がいるのなら。二人がいるのなら、根拠もなく大丈夫だと思うことは昔と変わらなかった。



「櫻井さんは確か、中学時代は選手としてバレーをしていたんですよね?」
「はい、小学二年生の頃から。ですが中学三年の夏に故障で」
 今日の放課後にある青城との練習試合に向けて、備品の領収書を切ってもらう為に昼休みに職員室に来ていた。
 武田先生はバレーボールの経験は無いから専門的な指導は出来ないけれど、それでも熱心にサポートをしていただいている。

「怪我して入院して、リハビリのために通院して。その間は完全にバレーから離れていたのですが、潔子たちに背中を押されて去年の秋からマネージャーに」
「女子バレー部に入部は考えませんでしたか?」
「考えてはいませんでした。一年生の頃に結……道宮さん達に熱心に勧誘されてはいましたけど、その頃の私はバレーボールそのものに恐怖心を抱いていたので、去年の秋の春高予選もまともに見てないんですよ。ですから、マネージャーとしてできることは全部したいと思っています」
「精神的なトラウマは時間をかけて解決策を見つける事くらいしかできませんからね……
 でも、櫻井さんは充分選手の支えになっていると思いますよ。僕は専門的なことはまだまだ勉強中なのですが、影山君は随分と櫻井さんに指導をもらっているようで」
 練習試合までの日数も少ない中、部活終わりに影山がアドバイスを求めてくる様になった。元々短期間だけど一緒に練習したこともあったし、サーブやスパイク等気になることがあればちょくちょく話しかけられる。
 天才だと周りから一目置かれていても努力を怠ることはない。だから、影山の過去を知らなくても、ずっと昔からそうやって強くなってきたんだろうなぁと思う。
「影山とは中学の時一緒に練習したこともありますし。
 でも、どれだけ努力しようと結果が出なければ意味がない。
 今日、県内の強豪相手に今の烏野がどこまで通用するのか、楽しみにしています」
「僕も早く慣れるよう勉強しますね。#櫻井#さんも少しでも何かあれば、遠慮なく言ってください」
「はい、ありがとうございます。
 …………ですが、今日は多分、大丈夫です」

 青城には北川第一の男子バレー部の大半が進学した学校だ。勿論及川と岩泉をはじめ顔見知りは居るだろうし心配事も多いけれど、そういうのはもうこの際置いておくしかない。
 それに、新しいチームでどれだけ力を発揮できるのか、烏野はどこまで通用するのか。
 今は恐怖や心配よりも、楽しみな気持ちがあった。

    *    *    *

「及川、今日は烏野と試合だってわかってんのか?」
 数日前に足を捻挫した俺は、みんなとは違う軽いメニューをこなしていた。今日は学校が終わってからすぐに最寄りの病院に行き、診察を受けてから間に合えば試合に混ざる予定だ。
「わかってるって。そんなに怒んないでよ岩ちゃん。
 今まで烏野とはやったことないし、監督は飛雄の実力を一度見たくて乗っかったんでしょ。矢巾もセッターとして充分だし、金田一と国見ちゃんみたいな有望な一年生は少しでも試合慣れさせないといけないし。
 俺がいないチームでどこまでできるかとか、色々考えてると思うよ?」
「それでも早く戻ってきたら試合には出るだろうが。その緩んだ顔なんとかしとけよ」
「はあ?飛雄に会うだけなのに緩むわけないじゃん!
 ………俺が会いたいって心から思うのは一人だけだって知ってるくせに」
 金田一や監督の話によると、飛雄は烏野に進学したらしい。まあ、飛雄がどこに行こうが勝手だし俺の前に立ちはだかるのならば叩き潰すだけなのだけど。
「……櫻井か。今、何処で何してんだろうな」
「………」
 
 何処に居るのかとか、元気にしているのかとか、そういうことが一番気になるあの子を探し続けて三年目。授業中に窓から見える空とか、君も見ているのかもしれないなんて思ったり、学区が同じだから帰り道でひょっとしたら会えるかもしれないといつまでも淡い期待を抱き続けている。
 ひょっとしたらもう二度と会えないのかもしれないけれど、それでも俺はまた律ちゃんの隣に立てると信じている。
 律ちゃんに落ちて、ずっと言おうとしていた言葉も結局卒業式に言えずに疎遠になった。伝えることなんて出来なかった。
 でも俺は、今でも彼女のバレーを忘れずに追い続けている。どんな優れた選手よりも美しいと思える彼女を、多分一生。

 だから、今でもたまらなく君に会いたい。



prev  next


Back
Top