恐ろしい世界になったものだ。
高層ビル群の隙間を縫って練り歩く“当たり前の日常”を謳歌している人々はこれが普通だと言わんばかりの顔。俺はそれが不気味だと、不審だった頃を思い出してそっと息を吐いた。
俺の居た世界では其れが当たり前の環境で育った。だが、それはおよそ一般的な普通の生活とは到底呼ぶことの出来ないもの。
『他人とは違う手札を持っている人間は、その責任を果たすべきだ』
異能を手札だと信じて疑わなかった頃は、誰がこんな顛末になると想像しただろう。
此の世界では手札ー…否。異能なんて何の役に立たなかった。
なんせ、
「うわっでっけーヴィラン!」
……なんせ、世界人口の約8割の人間が、手札を持ってやがるのだから。
15歳、春。
同じ歳月でなくとも2度目のそれを過ごすことになるとは到底思っていなかった。この世界に生まれる前の、最後の記憶は黒く霞んで朧げ。ポートマフィアは。探偵社は。首領は。太宰は。本は。そのすべてがうまく思い出せないが、きっと自分は死んだのだろう。
死ぬ前は、きっと地獄にでも落ちるのだと思っていたが、俺はまだ前世の記憶に縛られながら有象無象が犇く雑踏の中で生きていた。
「チッ……」
この青空を見ると、どうしてもあの街を、自分の人生を変えた元相棒との邂逅を思い出してしまう。
大型の敵が駆けつけたヒーローと交戦するのを横目に見ながら、中也は歩き出した。
あんな糞野郎に会いたいなどと思っているわけがない。けれど、ふとした瞬間に頭を過るものだから、どうしようもなかった。
行先の最寄り駅へ向かう電車に揺られながら、手元の文庫本に目をやった。
そもそも俺が普通の、年相応の服装で普通に学校なんかに通っているのも不思議な話だ。以前であれば学塾は愚か、『学校』と名の付く機関に所属することはなかった。
血腥い“闇”と……夜の世界と呼ばれるにふさわしい場所で、ポートマフィアの幹部として力を振るう人生だった。それは自分にとって決して悪いものではない。
首領の命に従い仕事を全うし、時に部下と酒を酌み交わし、時に相対組織の元相棒と共闘する。そんな毎日を失って、名前も顔も全然知らない大人に赤ん坊の姿で抱かれて。
来世というものが有ったとしてもありえないと思っていた。人の形をした化け物だと、青黒い闇から彼奴が俺を引き摺り出したから俺が生まれたのだと。だが、幼少より自我を持ちながらも歳月が過ぎてしまえば自然に順応できる。
自分らの子だと笑う両親と呼べる2人は、俺の内心の葛藤にも何も触れることなく、惜しみない愛情を注いでくれているのだと中也は判っていた。
首領や姐さんとは違う視線に、血を分けた家族なのだと云うデータ。それがどうしようもなくむず痒くて、どうしようもなく……ガラにもなく、嬉しかった。
それでも俺は確かに存在する記憶を忘れられず、捨てられず。
今もあの頃も大事だと受けとめ、またこの世界で足掻き続ける事にした。
「雄英高校?」
「嗚呼」
「ヒーローになりたかったのか?」
「そんな理由じゃねぇ」
別に、ヒーローに憧れているとか力を使いたいとか、自由に戦いたいとかそんな理由は微塵も無ぇ。
だが、名前と力を示すのに一番手っ取り早いと思った方法がこれだった。
俺が探すんじゃなく、彼奴らに探して貰えば良い。
だってお前ら、探偵社だろ。
自分と同じ、否それ以上に黒に染まっていた彼奴が表の世界で生きるようになった様だと思った。
今の俺を見たら、彼奴は腹を抱えて、何時もの腹立つ笑みを浮かべて俺を指差して笑うのだろうか。それはそれでムカつくし絶対殺すが、今は少しだけ、そんな日が待ち遠しく感じていた。
『ー………何も見つからないかもしれない。けど、』
「試してみようと思ったんだ」
嗚呼、俺もだ。
あの、ポートマフィアになる為に産まれてきたような男が消えた理由を俺は知らない。だが、きっとこんな感情だったのだろう。
『こんな世界も、悪くは無いだろう?』
………そう、かも知れねぇな。
憎らしいほど整った、どれだけ同じ時間を共有しても真意の読めなかった大嫌いな相棒の口元が、弧を描いた気がした。
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