事の始まりは中国軽慶市。
“発光する赤児”が生まれたというニュースだった。
以降、各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
いつしか「超常」は「日常」に変わっていった。
世界総人口の約8割が何らかの“特異体質”である超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
その職こそヒーロー。悪を捌き、弱きを助ける。
超人社会の今、個性を使った多くの犯罪に立ち向かうべく、様々な個性を駆使したヒーロー達が活躍していた。
そしてここ、雄英高校はそんなヒーローを育成する日本最高峰の学校。
『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!
“真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者”と!!
“Plus Ultra”!!それでは皆、良い受難を!』
筆記試験と面接を終えてただっ広い行動に集められた受験者は、実技試験の説明を終えたばかりだった。
司会進行を務めるプロヒーロー、プレゼント・マイクによる説明を聞きながら周囲に視線をやれば、自信満々の奴、見るからに不安そうな奴と様々。受験とはこんな空気の中毎回やってんのかと戦場とはまた違ったピリついた空気を感じる。
この世界に“人”として生まれた中也からして見れば、全ての体験が新鮮だった。
超常の幅だけ文化や知識が広がり、それだけの知数がある。
前世で夜の世界を渡り歩いてきた中也からすれば生温いと思わないこともなかったが、表の世界に生まれたからこそその冴えきっている頭脳を存分に活用した。
この歳の頃の昔と比べて生活水準の高い普通の生活に、何でも漢海綿の様に吸収する身体。
普段の言動や成績から周りと若干浮くことはあったものの、それは良い意味での差別であり、そもそも中也はそんな些細なことを気にする性格でもない。天才だとか格好良いだとか、周りからどれだけ持て囃されようが、ンなもん興味もなかった。
これが普通だ。知識も実技も、周りとの圧倒的な差。周りとは生きてきた世界も、時間も、何もかも違うのだから。
俺の力が覆されることは、無ぇ。
「ーーッッラァ!!」
『はいスタート!』などという気の抜けた試験開始の合図でまっ先に飛び出すと、目の前から次々と現れる仮想敵を次々足蹴にしていた。建物の影から湧いて出た此奴らを躊躇いなく蹴り砕けば、その騒音でまた数体出現する。キリが無ぇ。
だが、闘う相手が人だろうが物だろうが、それに質量があり重さがある限り敵じゃねぇ。
息を切らすことなく次々と機械人形を壊していく様は実に愉快で、スカッとする。普段個性の使用は禁止されていることもあり、昔の感覚を思い出した様で自然に口角が上がった。
「張り合い甲斐が無ぇな」
試験開始からいくらか時間が経った頃だった。建物群を物ともせず現れたのは、今までとは比にならねぇ程桁違いにデカい仮想敵。
あれが説明で言ってた0点の機械人形か。二車線の道路にも治らないそれは大人数を目掛けて突っ込んでいく。そう思うや否、周りで点数を稼いでいたやつも一目散に其奴とは逆方向に走り出した。
「ーーーっ、!」
俺はどうすっかな。なんて考えつつ出方を屋上から見ていると、その進行方向に人が倒れているのが見えた。周りに巻き込まれたのかどうかは知らんが、このままじゃ彼奴は確実に殺られる。
「………チッ。まぁ、久々こうして全開で闘れんだ」
少しくらい暴れても問題は無ぇ筈。そう、被害さえ出さなきゃ。
そう思って建物から躊躇いなく飛び降りた中也は、重力に従って下へ下へと落ちていく。
「なっ今アイツ飛び降りっ!?」
「嘘だろ死ぬぞ!!」
騒めく群衆すら歯牙には掛けず、逃げんのならさっさとそうしろとすら思ったそんな時。真下にいた其奴が噛み締めた様に呟いた。
「ーっ、助けてくれ」
全くそんな気じゃなかったけれど、まるでその言葉に答えるかの様に俺は仮想敵の前に降り立った。それと同時に混凝土の地面が抉り取られる。それでも何時もの事だと気を取られることなく、今まで衣嚢に入れていた右手を前に突き出した。
「重力操作」
言葉と同時に、己の身体が鈍く赤い光で覆われた。そして掌で目一杯押し返した。
俺の個性、“重力操作”は以前手にしていた異能力『よごれつちまつた悲しみに』と同じで、触れたものの重力のベクトルと強さを操ることが出来る。
前に進み続けていた仮想敵は軈て動きを止めた。
普通なら逃げ惑うほどの強大な敵を片手で完封した様子に、会場どころかその様子を監視カメラで見ていた審査員さえ絶句した。そんな事はいざ知らず、俺は手を叩いて背後に振り返る。
「オラ、お前立てるか?」
「あ、ありがとう……」
そうしている間に試験終了とアナウンスが入った。
周りの参加者の視線を受けつつ此奴の容体を確認する。見たところ流血は無ぇが、動けなかった事を見ると捻挫か或いは。
「普通に立ててんな。なら捻挫か」
「た、多分……あの、ありがとう。助けてくれて」
「あ?別に」
「………強個性だな」
「…まァな」
自分の力を久々に使えて柄にも無く燥いだのもあるが、中也にとっては人助けでも何でもない。ただ、一際巨大な機械人形がどの程度なのか試しただけだ。
こうして、もはや圧倒的と言えるほどの力を奮って試験は終了した。
[newpage]
結論から言うと、中也は雄英高校の入学試験に合格した。
封筒に入っていた手紙と試験結果を話す教師が投影される装置に目を通し、そこに記されていた結果に一息つく。
筆記も実技も問題は無い。だが問題は面接だった。
ヒーロー育成の最高峰、雄英高校ヒーロー科に入学が決まったとはいえ、明確にヒーローになるという夢も目標も無い。そこはやはり勘づかれてしまっていた様で少しだけ注意をもらったが、それでも合格ということに変わりは無かった。
雄英高校に合格したことは通っていた中学校でも広く知れ渡ったものの、卒業式の後という事もあって大々的に中也に何かがあるというわけでもない。それから入学までの数週間で細々とした準備を終えて、春。
新品の制服に身を包み、何かと個性に配慮されて無駄に色々と大きい学校に来ていた。
毎年300を越える雄英高校ヒーロー科の倍率は、その数値通りの狭き門。一般入試の定員36人と、推薦入試を加えての1クラス20人という少数制。そして、クラス数は1学年につき2クラスしかない。今年は例外的にA組だけ21人となったが、その倍率を超えてきた生徒達はいずれも超エリートに変わりはなかった。
どんな連中だろうと後れを取るつもりは無いがな。
中也が割り振られたAクラスの教室の扉を開くと、まっ先に眼鏡の男が駆け寄ってきた。
「俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ。君は?」
「中原中也」
「ふむ、中原君だな!これから宜しく頼むぞ!」
何かと騒がしい眼鏡だなと思っていると、此奴は入試ん時態々挙手してまで教師に質問していた彼奴だと気付く。
飯田によると教室の座席は番号順とのことで、中也の席は窓側の一番前だった。
「君さ!入試ん時ギミック片手で止めてた奴だよな!?」
「あ?おう……」
席について時が経つのを待っていると、なあなあ!と軽薄そうな金髪が話しかけてきた。
「俺、上鳴電気!同じ会場だったんだけど、もうスッゲーよお前!鳥肌立っちまった!
よろしくな!えっと……」
「中原。中原中也だ」
「おう!宜しく中原!てかお前の個性って……」
そう続けようとした際、大きな音を立てて入っていたのは色素の薄い髪色の如何にも不良って言葉が似合いそうな男。そんな奴にも飯田は躊躇うことなく近づき、それから説教を始めた。
「……何だアイツ」
「さァな。つかお前も席着いとけ」
「お?そうだな」
あまり中也自身が喋る人柄でもなく、受け流すに限ると会話を終わらせる。其れから教室内の机も人が埋まった頃だった。
「あ!そのモサモサ頭は!地味めの!!」
聞き覚えのある声がすると思えば教室に入ってきたのは見知った女子で。彼奴も俺に気付いたようで、目があった瞬間驚愕したかのように何で、と大きな瞳を更に大きく開いたのは麗日お茶子だった。
「な………!なんで中也がここにおるん!?」
お茶子と中也は親戚同士で、所謂従兄弟と呼べる関係だった。親族なだけあって力も似ているが、普通そんな2人を同じクラスにするか?と中也は考える。
予鈴の音を聞きつつも会話を続けていると、お茶子の足元から寝袋に入った。芋虫みたいな男が声を上げた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。
ここは、ヒーロー科だぞ」
なんか、いる。とクラス全員がその男に注目する。
寝袋から起き上がった男は到底教師には見えないような服装で、擂鉢街の隅で風雨を凌いでそうな風体だ。
全身黒く、髪はボサボサで伸び放題。不精髭も剃ってねぇ。あんな奴も学校の関係者か?と視線を寄越した。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。
時間は有限。君たちは合理性に欠くね。
担任の相澤消太だ。よろしくね」
そう言った彼奴は体操服着てグラウンドに出ろと言い放った。
入学式が行われている講堂ではなく、新たな門出に相応しい春の晴天の下で、1年A組は初日を迎えることとなった。
「個性把握………テストォ!?」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
入学式やその他諸々が面倒だった中也からしたら願ったり叶ったりだが、通常からしたら逸脱しているらしい。けれど、担任の相澤が言うには自由な校風は教師も同様とのこと。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。
中学の頃からやってるだろ?”個性”禁止の体力テスト。
国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。
まぁ、文部科学省の怠慢だよ。爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった」
爆豪、と呼ばれたのは先程教室で飯田に説教されてた男子生徒。彼はスンと澄ました表情で67mと告げる。
「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。
早よ。思いっきりな」
相澤に球を受け取った爆豪は、悪どい笑みを薄っすらと浮かべて白線で引かれた円の中へ立つ。
「んじゃまぁ………」
爆豪は大きく振りかぶると、「死ねぇ!!!」と声を出して球を放つ。その際、球が風と光を受けて高く宙へ走った。
あれは、爆風か………?と"個性"について考える。
威力の上がった球は大きく弧を描き、普通の視力では捉えきれない距離へ消えた。その時、相澤の手元の機械がピピッと鳴った。
「まず自分の”最大限”を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
画面に705.2mと映る。普通に投げるだけでは到底出ない記録に声が上がった。
「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「705mってマジかよ」
「”個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」
異形系など、常時発動型の個性がある為黙認されている所もあるが、本来禁止されている個性が使えることに盛り上がる生徒。そんな空気を冷やすかのように相澤は言った。
「ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?
よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分としよう」
「はああああ!?」
驚きで叫ぶ周囲に目もくれず、中也は手袋に包まれた手を口元に添えて考え出した。
定員が1人多いのはこの為だったとして、どうする。入学初日で除籍は洒落になんねぇが、あの目は本気だろう。
『重力操作』で使えそうな種目は限られているが、基礎中の基礎である体術はそれなりに仕込んである。
「自然災害……大事故……身勝手な敵たち……いつどこから来るか分からない厄災。日本は理不尽にまみれている。
そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。
放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。”Plus Ultra”、全力で乗り越えて来い」
自身の力を試そうと、探偵社に見つけてもらおうと雄英に入学した中也は、相澤の言葉に火が付けられた。
良いじゃねぇか、面白ぇ。
口角を上げて視線を寄越す中也に、相澤は気づく。「アイツは、理不尽を楽しみにしてるな」と。
其れから着々と測定は進み、50m走や握力。立ち幅跳び、反復横跳びとこなしていく。そして次、ソフトボール投げの際だった。
「麗日、中原。お前らはあんま強く振りすぎんなよ」
「はい」
「嗚呼」
相澤の言葉に疑問符が浮かぶ奴らがいた。
「強く振りすぎるなとはどう言ったことでしょう?」
「力が重力操作だからな」
「………ああ、成る程。解りましたわ」
セイッと気の抜けた掛け声と共に個性を使い空にボールを投げたお茶子は、其れを眺めていた。
「……!?悪い全然わかんねぇわ中原!」
「………お茶子の個性は『無重力』。触れた物を浮かす」
ピピッと測定された結果は無限。まぁ、俺と彼奴ならそれが当たり前かと、俺も軽く投げて無限を出した。
「つまり、お二人の個性は解除しない限り何処までも飛び続けるという事ですわ。
初速が早ければ早いほど、終わりがないのでしたら加速する。
ですから……そうですわね。簡単に言ってしまえば、隕石になるって事ですわ」
「隕石!?」
上鳴に凄いと視線を向けられるが、それよりと中也は頭がキレる彼女へ視線を向けた。
「すいません先ほどから。私、八百万百と申します。
どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「おう。中原中也だ」
他の奴の個性を知るのも良い機会だ。あっちの世界と力を持つ人口が比にならない為、その分いろんな力がある。
そうしていると、お茶子が朝に話しかけていた男、緑谷の番になった。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」
「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」
「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
飯田の話によると、緑谷もあの|機械人形《ギミック》を素手で止めたらしい。だが、爆豪は其れを信じるそぶりは見せない。
”無個性の雑魚“ねぇ………
世代だからだろうが、一昔前までは其れが普通だっただろうに。人口の割合が変わった途端差別の対象になるのか。
そう思いながら見ていると、相澤の様子が変わった。
「個性を消した」
「ーーーッ!」
「中原?」
「…いや、何でもねぇ」
見た奴の個性を消す個性。って事は、彼奴と親族の可能性もあるって事か……?脳裏に青鯖みてぇな面が過る。
未だ、一度たりとも知った顔の奴らに会った事は無ぇ。だから慎重に事を進めるべきなんだろうが。
『残念。これで重力は君の手から離れた』
もしもこの世界に彼奴が生きているのなら。
その後、指だけに個性を発動して漸く其れらしい成績を出した緑谷だった。超パワーによる体組織の破壊。身体の割に合わねぇ力に此奴も厄介なモン手にしてんなと思う。
「んじゃパパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括提示する」
相澤はそう言って結果を提示するとともに、さらりと「ちなみに除籍はウソな」と告げた。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「「「はーーーーー!!!???」」」
「あんなのウソに決まってるじゃない…ちょっと考えればわかりますわ…」
「どうだろうな?本気でやらなきゃ、案外本当だったかもしんねぇぞ」
個性把握テストの結果、中也は2位。1位は八百万だった。
八百万の個性は生物以外の物を作り出す。だが、その為には対象の分子構造までを理解する必要があるのだと。多面的に使える便利な個性だが、その裏には彼女の知識量の多さが隠れている。
初日から面白い事をするな、と中也はまた明日に向けて少しだけ期待を寄せた。
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