「新しくマネージャーとして入部することになった……」
「二年の櫻井律です。………これからよろしくお願いします」
 一つ上の先輩がマネージャーとして入ってきたのは、夏休みも終わり秋の訪れを感じる頃だった。
 黒川さんから促されて挨拶をしたその人は夏休み中に烏養監督と一緒に来た人で、冷たい表情に俺は少しだけ体が硬直した。
 二人目の美人な女子マネの登場に田中や西谷はわかりやすく興奮していたけれど、俺としてはそう手放しに喜べるものではなかった。
 櫻井先輩は小学二年生の頃からバレーを初めて、その時から烏養監督の練習を受けていたらしいと大地さんから聞いた。
 驚くと同時に、少し嫌な気分になった。アレをずっと続けるとか、多分櫻井先輩は俺らとどこか違っていて、それこそ天才とか特別とかそんな言葉が似合うんだろうなと思った。そして、そんな人がマネージャーになるなんてこれからこの部も変わっていってしまうんだろうかなんて不安になった。

 いや、何考えてるんだ俺は………

 変わるかどうかなんて関係ない筈だろ。俺は逃げたときの方が苦しかったから今でも続けてるわけだし。それに、櫻井先輩はマネージャーだろ。全然、平気だ。
 櫻井先輩の入部を重く捉えていたのは俺だけだったのか成田も木下も何も言わなかった。実際練習の合間ドリンクやタオルを手渡されるとき話すくらいで。清水先輩もそこまで話すタイプじゃないし、マネージャーが二人になったからか前より俺たちの雑用も減って喜ばしいくらいだ。
 一年だから清水先輩の手が回らないところ、例えば荷物持ちなんかは率先して行っていたが、櫻井先輩はそれこそ何をどうしたらいいのかわかっているかのように当たり前のように仕事をこなす。
 だから、初めて見た時から凄かったこの人がこんなことをしているのが疑問でしかなかった。

「どう?マネージャーは」
「ん?んー…………まだ、慣れないよ」
「まぁ、入部して一ヶ月だしね」
 洗濯物を干すのでも手伝いに行こうとしていた時、聞こえてきたのは先輩二人の会話だった。

「いや…………もう、二年だよ。
 体育館に毎日通うのに、コートに立たないのは慣れない」

 聞いてはいけないものを聞いているような気分になって足は止まるけれど、そこから引き返す気にもなれなかった。
 付き合いも浅いから櫻井先輩が何を考えているのかよくわからないからこそ、本音はどう思っているのか聞きたくなった。
「………選手を支えるだけの立場は辛い?」
 清水先輩はああ見えて結構斬り込んだ質問をするななんて思っていると、櫻井先輩はすぐにそれを否定した。
「それはないな」
「へぇ?」
「以前の様なプレーをしたいとは思わないし、もう信頼も何も無いのに全部に応えるのは疲れた。だから、前の自分より今の自分の方が楽ではあるよ」
「………」
「でもまぁ、最前線にいないってのは楽だけど、楽しさを一緒に味わうことができないってのはもどかしいのかもね。
 私は、バレーをする楽しさを知ってるから」
 辛くないけどもどかしい。
 そんなことを思いながらマネージャーをしていると思うと、この人が過去にどんなバレーをしていたのかが気になった。あの日見たのはサーブだけで、俺は櫻井先輩がどのポジションにいたのかすら知らないから。

「ん?縁下、そこで何してんだ?」
「スガさん……!」
 やっばい気づかれるかもしんない。そう思ったものの、菅原さんは俺の慌てた様子を見てかソッと静かにあちらを伺った。
「なるほど………女子マネ二人と親睦を深めようとしていたわけだな?やるなぁ…!」
「全然違います」
 見当違いの答えを導き出した菅原さんは冗談だって!なんて笑った。いや、少しだけ本気だったろ。
「ぶっちゃけると、清水はともかく櫻井さんとは俺もそこまで話してないんだよなぁ〜大地はよく話してるけど」
「え、そうなんですか?」
「おー。旭とか、ビビり散らしてるからな」
 図体が部内で一番大きいのに部内で一番小心者な旭さんを思い浮かべて納得した。
「でもまあ、話してみたいんだけどな。同じ学年だし、同じ部活になったんだし。
 烏養監督が褒めるくらい凄い選手だってんなら、話くらい聞きたいだろ?今後のためにも」
「今後………」
 そうそう。なんて笑うスガさんはそのまま駆け出していった。
「清水!櫻井さん!手伝うべ」
「ありがとう」
「…………櫻井でいいよ、同い年でしょ」
「そ?じゃあ櫻井な!あと縁下も来るからー………」
 スガさんが俺に届く声で会話をしてくれたおかげでさりげなく、今来たかのように会話に混ざることができた。
「もっ、持ちますよ」
「え、いいよ。マネージャーの仕事なくなるし」
 櫻井さんが持っていたビブスが入ったカゴを持とうとすると普通に断られた。
「………こう、さ。後輩が何がなんでも荷物を持とうとスッと横にくるのはどの部も共通なんだね」
「中学の時?」
「そうそう。私、上下関係とかあんま気にしてなかったから試合終わってベンチ片付けてたら颯爽と現れて掻っ攫っていくの。困惑しかなかった」
「あ〜うちもそういうのあった」
 のほほんと話しながら歩いて体育館へ向かう背中を追う。
「櫻井って中学の時どんな感じだったんだ?」
「………どんな?」
「ん〜どんな練習してたとか?」
「っ、ポジションは、どこでしたか?」
「ああ………ウィングスパイカーだったよ。
 ライトだから縁下君とは対角だけど」
「ふんふん、旭と同じか」
「……東峰君はなんであんなに体格も良くてパワーもあるのに消極的なの?逆に珍しくない?」
「小心者だから。
 旭といえば、最近コースの打ち分けがどうたらって悩んでたけど。櫻井はその辺どう意識してる?」
「んー………スパイクの打ち分けなら腕の振り方とか?
 というか、そもそもスパイク打つときって助走の時ある程度どこに打ち下ろすか決めるためにコート見るでしょ?ジャンプの時ネットと距離近かったりボールと距離感掴めないとかあるだろうし。
 改善を続けているんだったらフォームも安定しないと思うから、東峰君が一番得意なトスを探すのもいいと思う」
「トス?」
「うん。身長が高いとその分腕も長いし、そこにジャンプとか加わるし誰にでも同じトスをあげるわけにはいかないじゃん。彼はそれが少し顕著なんじゃないかな」
 櫻井先輩はバレーのことになるとよく喋るんだなと思ったし、めちゃめちゃ詳しかった。菅原さんはきっと後で旭さんに伝えようと思っていた───実際伝えるのだろうが、セッターである菅原さんへのアドバイスも言った。
「部活終わった後にさ、自主練するんだけど時間ある?」
「少しなら」
「じゃあちょこっと!見て、アドバイスとかしてくれたら嬉しいな〜なんて」
「いい、けど………」
 最後の言葉を濁した櫻井先輩に菅原さんがん?と聞き返す。
「意見があれば遠慮なく言わせてもらう。だから、何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「オッケー!」
「律は案外言う時は言うよ」
「そうなんですね」
「一年の時、教頭先生に『髪染め直してこい。学業に関係ないだろ』って言われた時、学業に外見は関係ないだろって五教科一位取って黙らせてたの」
「え、」
「………髪くらい好きにさせろよって思っただけ。
 ハゲだから僻んでるんだよ」
「ブッフォ!!まぁ?教頭ってズラだしな」
 櫻井さんってそういうの思ってても口にしないと思ってたのにな、なんて思いつつも急に親しみを感じたから俺も菅原さんにつられて笑った。
 
「!?なっ潔子さん!!!お荷物お持ちします」
「いい」
「潔子さん!日が暮れようとその美しさは増すばかりで……」
「ところで縁下君。この二人はいつもこんな感じなの?」
「ああ、はい。
 田中は初対面で清水先輩にプロポーズしてましたし」
「え、何それ聞いてない」
「言うわけないでしょ!」
「そういえば田中も前は金髪でしたよ」
「えぇ………想像できん」

 無理に聞こうとは思わないけれど、ゆっくりでもこの人のことを知っていけたらいいななんて思った。



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