『虎者』見学の話



新橋演舞場の楽屋は畳の匂いが充満していた。
換気のために空気清浄機がずっと動いてて、ブォーって電気音が鳴ってる。
昼公演と夜公演の間。
どこかで誰かがISLAND TVを撮る音が聞こえてきて、俺らも撮らないとなーって思いながらも歯ブラシ探してたらスマホが鳴った。
グループLINEにぽんぽん飛んでくるメッセージもスタンプも全部梅田からだ。

「梅田、新橋着いたって」
「え、今日来るって言ってたっけ?」
「言ってないし、てか来るんだったら先週来いよー」
「それな。先週だったら椿くんも奏も来たから全員揃ったのにさ」
「しかももってぃの誕生日だったし」
「うわ、入り口まで迎えに来てって言ってるけど」
「なんだよ、あいつ何回も新橋演舞場来てんのに迷ってんの?大河ちゃーん!今行ける?」
「なに?」
「梅田迎えに行ってくんない?裏口まで来てるっぽい」

俺と影山くんの手には歯ブラシ。
今から磨こうとしてたから梅田を迎えに行くのは無理だって判断したのに、控え室の奥で暇そうにスマホいじってた大河ちゃんは素早く歯ブラシを咥えた。

「無理」
「いやいや!今咥えたじゃん!行けたじゃん!」
「無理」
「まだ行けるって!それ歯磨き粉ついてないっしょ?」
「無理」
「え、なに?大河まさかまだ晴と喧嘩してんの?」
「…逆にかげはいつ仲直りしたの」
「仲直りっていうか、Mステの後で晴謝ったじゃん」
「そうだけど…」
「そっからはいつも通りだけど」
「大河ちゃん、最近梅田と喋ってる?」
「……」
「え、まじ?」

まじか。
Mステの後、2人があんまり喋ってるの見てないなーって思ってたらほんとに喋ってなかったらしい。
え、そんなに仲悪くなったの?
もしかして、あれで?
これは一大事だと思って歯ブラシ持った3人が楽屋の隅に集まる。
ふらーっと楽屋に戻ってきたもってぃはちょうど歯ブラシを仕舞ってた。

「あ、もってぃいいところに。梅田が来てるから迎えに行ってくんない?」
「え?梅田来てんの?」
「基行って。俺ら大事な話してるから」
「迷ってるらしいよ。新橋演舞場で」
「嘘でしょ?演舞場で迷うことある?どゆこと?」
「あーもーいいから!行って!梅田待ってる!」
「はいはい。じゃあ行ってくるわ」
「で?」
「まだ喧嘩してんの?」
「喧嘩っていうか、……謝るタイミングがわかんなくて」
「謝る?大河ちゃんが?」
「大河が謝ることなくね?むしろ晴が悪いじゃん」
「俺さ、Mステの時晴のことガンって乱暴にしたじゃん?それ、謝ってない」
「あー…」

そうだった。
大河ちゃんは優しくていい奴で、びっくりするくらい真面目な奴だった。
そこ気にしてんのかって顔で影山くんと顔を見合わせる。
あの日はどう考えても梅田が悪かったし、大河ちゃんがキレなきゃ影山くんがキレてたと思う。
梅田を乱暴にしたことはもってぃは怒るかもだけど、あの場にいた他のメンバーは怒らないと思うよ。
だって、大河ちゃんなにも悪くないじゃん。
そう思うし俺も影山くんもそう言うけど、それで納得しないのが大河ちゃんの優しいところか。
手に持った歯ブラシはそのままに頭を抱えるのはちょっと面白い。

「気まずい…!晴とこんなに気まずいの初めて…!」
「謝る必要ないと思うけど、謝りたいならサラッと済ませた方がいいよ」
「長引くとめんどくさいって。てか俺ら正式にグループになったからここからグループ仕事増えるよ?気まずいままだとしんどいって」
「そうなんだけど…、分かってるんだけど…」

歯切れの悪い返事が続いて、歯ブラシはもう机に置いてた。
真剣な顔で床一点を見つめて、何かを言おうとして口を開いて、閉じて、また開いて、やっと大河ちゃんは話し始めた。






「俊介ー!お迎えありがとう!」
「新橋演舞場で迷わないでよ」
「迷ってないよ。警備員さんが通してくれなかったの。LINEにもそう送ったじゃん」
「そうなの?横原が迷ってるって言ってたけど」
「横原め。迷ってないし。てか迷わないでしょ。新橋演舞場何回通ったと思ってんだか」
「結局、警備員さんには通してもらえたの?」
「なんとか。アー写と免許証見せて梅田晴です!って言った」

ぷんぷんした梅田は入り口にいた知り合いのスタッフさんに挨拶しながら中に入ってきた。
止められちゃったのは敷地内の警備員さんだったらしく、ここはもう顔パスも同然。
そりゃそうか。
俺と同じだけ滝沢歌舞伎に出てるから、演舞場の中なんて全部知ってるに決まってる。
相変わらず大きいリュックがパンパンで、差し入れなのか両手に持ってた重そうな紙袋を受け取ろうとしたのにそれよりも早く梅田が俺の顔を覗き込んだ。

「あ、お化粧してる」
「へ?あー、まあ。舞台だし」
「そのお化粧いいね。衣装に合ってる。てか衣装もっと見ていい?去年も思ったけど虎者の衣装めっちゃ好きなの!これどうなってるの?モチーフは忍者だけど、ダンス仕様?殺陣仕様?まだ舞台見てないからわかんないけど、動きやすさ重視だよね?どのくらい軽い?早着替えはどうやるタイプ?ジッパー?マジックテープ?ボタン?あ、先に裏地見ていい?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ、ごめん、つい」
「いくらでも見てもいいけど、楽屋でやって」
「ありがとう。欲を言えば脱いでほしいです」
「それは公演終わってからにしてくださーい」
「はーい」

衣装のまま迎えに来るんじゃなかった。
テンション上がった梅田は遠慮なしに俺の全身をジロジロ見るからパーの手で待ったをかける。
でも、そのぐいぐいくる感じに少しだけ安心した。
思い返せばMステの後、梅田とこんな風に話すのは初めてだ。
あの後は俺は虎者が始まったし梅田は自分の舞台があって離れ離れ。
連絡を取ってなかったわけじゃないけど返信が遅くて相当忙しそうだった。
昨日、梅田の舞台は無事に千穐楽を迎えた。
ジャニーズ事務所から1人で参加した外部舞台が終わって、自分からかけ離れた役が完全に抜けて、いつもの梅田が帰ってきたんだ。

「持つよ」
「え、いやいいよ!重いし」
「だから俺が持つよ」
「あはは、そう?じゃあお任せします。ありがとう」

差し入れの紙袋はズシっと重い。
俺たちメンバーだけじゃなくてトラジャさんの分もあるしスタッフさんの分もある。
紙袋を渡した梅田はふわって笑った。
いつもと変わらない笑顔だ。
俺が心配し過ぎてるだけで、梅田はもう元気なのかもしれない。

「遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとう、俊介」
「ありがとう。…当日会いに来てくれなくてショックだったわ」
「うっ、ごめん、でもそこは見逃してよ」
「分かってるよ。舞台忙しかったもんね。梅田も、千穐楽おめでとう」
「ありがとう。乗り切れてホッとしたよ。でももう次が来るね」
「ISLAND FES?」
「そう」
「IMPACTorsになって初めてのライブだ」

ありがたいことにもう次のライブが決まっている。
でも梅田は眉を下げて曖昧に笑うだけだった。
廊下を歩くたびにギシって演舞場の床が軋む。
音が2つ。
隣を歩く梅田の肩が時々俺の肩に触れるのが懐かしい。
ずっと、滝沢歌舞伎の時期はここを2人で歩いてた。

『警備員さんに、IMPACTorsの梅田晴ですって言った?』って、聞けなかった。
聞かなくても答えはわかってた。
梅田は『ジャニーズジュニアの梅田晴です』って言ったに決まってる。
まだ自分がIMPACTorsだって自信を持って言えないんだと思う。
チラッと横顔を見たけど、梅田はこっちを見なかった。

「…俺、時々考えるよ」
「なにを?」

楽屋から聞こえてきたがちゃんの声に梅田が足を止めた。
か細いけどはっきり聞こえるその声に耳をすます。
がちゃんが何を言うのかわからなかった。
だから梅田の耳を塞ぐこともできなかったけど、すぐに後悔することになる。

「晴は、グループを望んでたのかなって」
「っ、」
「本当は違うことやりたいんじゃないかって。俺、時々考えちゃうんだよね」
「……あー、ちょっとわかる」
「え、そう?俺は全然わからん」
「本当はアイドルじゃなくて、もっと衣装関係の仕事したいんじゃないかなって、思うときある」
「晴って昔からまじで衣装のことずっと考えてんだよ。先輩のライブとか見に行くと俺とか大河とかは歌とダンスめっちゃ見てんのに晴はずーっと衣装。なんならその場でノート開いてスケッチするくらい衣装」
「Mステの時もさ、結局衣装じゃん。用意されてたのが晴の衣装じゃないってわかった時に晴めっちゃ機嫌悪くなったじゃん。あれはちょっと、舞台の役が入ってたかもだけど。機嫌悪くなるのは理解できなくもないけど、でもグループ結成が発表されて、衣装のことなんて、少なくともMステの衣装のことはどうでもよくなると思ってた。でも逆だった」
「あんなに取り乱すとは思わなかったよな」
「グループ結成されて嬉しくなかったのかな」
「そんなことはない、と、思いたい」
「ほらー、横原だって疑ってんじゃん」
「疑ってるっていうか、なんつーか、梅田って不言実行なやつだから。できるか無理かははっきりさせるけど、それ以外はあんまり言わないからさ。これやりたい!とかほとんど聞かないよね?いろんなことがいつのまにかできてるし、やってる。俺らが知らないところで」
「それもさ、これやりたい!って聞いたことあっても衣装のことじゃん?本当に俺らとグループ組みたかったのかな。俺、自信ない」
「でももし嫌だったらMステの日に言うっしょ。滝沢くんいたし」
「言おうとしたのを俺が止めちゃったのかなって」
「あー…」
「俺が無理矢理遮っちゃったのかなって思っちゃって、だから、謝るタイミングが、ない…」
「うーん、どうなんだろ、でも俺は晴がグループ抜けたら嫌だぜ?」
「それが前提にあっても、大河ちゃん的には、梅田の気持ちを無視してるんじゃないかってことでしょ?」
「そう…」

梅田とグループが組めてよかった。
梅田がいてくれないと困る。
そんなことは俺たち全員わかってる。
でも梅田は?
梅田はどう思ってるの?
グループを組んで本当に良かったと思ってる?
その答えをみんなは知らない。
だって梅田は一度も話さなかったし、俺も俺が知ってる梅田の思いをみんなには話さなかった。
2019年、クリエCになる直前に梅田はひとつの答えを出した。
それは、みんなに言う必要がないと思ってた。
俺と梅田だけが知ってる。
言う必要はない、けど、何も見えない状態はこんなにも周りを不安にさせる。
がちゃんの言葉をじっと聞いてる梅田の横顔は動かなかった。
ただ、静かに聞いてた。
そして、急にパッと顔を上げて楽屋にズンズン入っていったんだ。

「ちょ、」
「晴!?」
「おま、いたなら言えよびっくりすんじゃん!」
「どこから聞いて、」
「大河ごめん」
「…」
「ごめん。それ、今答えられない」
「っ、……俺らとグループ組むか迷ってるから?」
「それは絶対に違う。でも今ははっきり言葉にできない。うまく言えない。変な伝わり方になっちゃったら嫌だし、みんながいるところでちゃんと伝えたいし、言葉だけだと軽くなっちゃう気がする。だからもう少し待ってほしい。……ISLAND FESの日、その日に答えるから。そのために今、まだ言えないけどいろいろ頑張ってるから」
「晴…」
「お願い、もうちょっとだけ時間ほしい」
「…信じて待ってていいんだよね?」
「うん。私、言葉にしたことは守る主義だから」
「うん、知ってる。じゃあ待ってるから、絶対ね」

がちゃんの表情を見たらわかる。
全然納得してない。
Mステ以降の梅田の態度にも、今の梅田の言動にも、ひとつも納得してない。
不安、自責、後悔。
そればっかりのはずだけど、がちゃんは信じることに決めた。
梅田は出来ないことは言わない、言ったことは絶対に守るやつだから。
それが、梅田晴の誠意だから。
その言葉が聞ける日が決まってるなら、待てばいい。
そう無理矢理納得させて、がちゃんは梅田の言葉に頷いた。

「あー、うめめ来てる」
「新おつかれ、って、ええ!?俊介と衣装違う!」
「へ?あー、まあ、役が違うから、」
「うわー!めっちゃいい!それどうなってんの!?とりあえず脱げる?」
「ええ!?」
「やめろやめろ」

新が楽屋に戻ってきて空気が変わった。
ピリッとした空気は梅田の興奮した声と茶化す横原の声でふわっと溶けて無くなったけど、がちゃんはゆっくり息を吐いた。
丸まったその背中をげえくんが強めに叩く。
大丈夫、心配ない、そう思いたい。
きっと、大丈夫。






backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP