IMPACTors結成日の話



こんなにも切り替えが下手だったっけ?って、正直びっくりした。

「晴、聞いてる?」
「…聞いてる」

嘘吐くなよ。
目の前で真剣に話をしてくれてる滝沢くんの方を晴は一度も見なかった。
ぶすっとした不機嫌な顔のまま、ずっと足元を見て両手の爪先をちまちま擦り合わせてる。
その表情は梅田晴じゃない。
今やってる舞台の役柄そのもので、人懐っこくて少しぶりっ子で、ほんのりわがまま。
悪いとは言わない。
役柄を作り込んだゆえになかなか役が抜けないこともあるし、公演はまだ続いてる。
役が抜けないように必死なのも分かる。
抜けたら舞台の方がやばいから、役が残っててもなんとか俺らでフォローできるこっちの仕事に甘えてるのも分かる。
でも、切り替えはちゃんとしてほしい。
今日、俺たちはMステに出る。
グループを組んでない俺たち8人が出られることは本当に奇跡みたいなことで当たり前なんかじゃない。
爪痕を残さなきゃ次のチャンスはやってこない。
それをみんなわかってるから緊迫感のある表情をしてた。
なのに、晴はなんだ。
会場に着いた途端、晴は呆然として言葉を失った。
俺たちのためにハンガーラックに用意されてた8着の衣装は晴が望んだものじゃなかった。
数日前から晴と滝沢くんは何度も何度も話し合って今日を迎えたわけだけど、どうやら晴のアイデアは採用されなかったらしい。
でもそんなの珍しいことじゃない。
晴の本来の仕事はアイドルで、ステージに立つ側の人間で、どんなに衣装が好きでもそれがすべてじゃない。
今までだって却下されたことは山ほどある。
その度に落ち込んで、でも自分の未熟さを受け入れて先に進んできた。
“勝てる”衣装を求めてきた。
なのに今回は、役柄が抜けてないのかあまりにも分かりやすく不機嫌だった。

「梅田、なに?」
「え?」
「さっきからずっと睨んでて怖いよ?」
「……すみません、なんでもありません」

ほら、指摘された。
俺だけじゃなくてみんなも晴に対して思うことはあるけど、今は言うタイミングじゃない。
Mステには他にもたくさんのジュニアが出演する。
滝沢くんが俺たちに割いてくれる時間は僅かだ。
晴のために、滝沢くんの貴重な時間を使うわけにはいかなかった。
晴がやっと滝沢くんを見た時、滝沢くんは満足そうに笑って打ち合わせに使ってたパソコンの画面をこっちに向けた。

「……え?」
「君たちは、今日からIMPACTorsです」
「いんぱくたーず?」
「影山」
「?はい」
「念願のグループだよ」
「はっ、」
「えええ!?」
「まじか!!!」
「ちょ、待って、ほんとに!?」
「待って待って待って、理解できてないんだけど!!!」
「本当ですか?ドッキリじゃなくて?」
「さーあ、俺はそろそろ他のグループのとこに、」
「滝沢くん待って!!!え、本当に!?!?!?」
「ちゃんと説明してください!!!」
「すごい!すごいこと起こった!!!」
「すごいよ!!!」
「ほ、ほんと、ですか…?」

頭が追いつかない。
滝沢くんが言ってることが頭に入ってこなくて、夢みたいで、でもこれが現実だと理解できた。
だって俺たちはずっとこの日を待ってた。
これを掴みたくて、ずっと、ずっとずっとずっと努力してきた。
身体が熱い。
どんな反応をしていいのかわからない。
でも滝沢くんが笑って頷いて、基が我慢できずに泣き出したから。
喜んでいいんだって思って。
本当に、やっとそれを掴んだんだって思って。

「ちゃんと親孝行しろよ?」

去り際にそんな言葉を残して、ああもう、感情が爆発するって思って。
なんて言葉を発したらいいのかわからなくて、もうどうしようもなくて、キョロキョロしてたらガッて勢いよく肩を抱かれた。

「かげっ、」
「っうん!!!」

俺と同じように歯を食いしばった大河と何度も何度も頷いた。
ようやくここまできた。
遅かった、やっと、まだまだ足りない、ここから。
でも、着実にスタートラインに立った。
勝ちたい。
もっと勝ち続けたい。
そう思って晴に手を伸ばしたのに、そこに晴はいなかった。

「晴、」
「っ待ってください!!!」

ハッとした。
感情が爆発しそうな顔。
俺と大河と同じ、必死に歯を食いしばった顔。
違う、同じじゃない。
いつのまにか役柄が完全に抜けた。
梅田晴になってた。
切り替えたんじゃない。
強制的にいつもの梅田晴が引き戻された。
滝沢くんを追いかけてドアの前でやっとその腕を捕まえた晴は、なんとか声を絞り出してた。
その声は消え入りそうだったけど、俺たちにも聞こえてた。

「なに?」
「なんで、ですか…?」
「ん?」
「っなんで!!!……こんな大事な日に私の衣装を選んでくれなかったんですか?」
「うめめ、それは、」
「私は!私の衣装がみんなを1番魅せられるって思ってます!絶対です!それを滝沢くんもわかってくださってると思ってました!」
「うん、わかってるよ」
「じゃあなんで?だって、グループ名が貰える1番大事な日になんで!?なんで私の衣装じゃないんですか!?納得できません!できるわけない!」
「梅田やめろ、」
「っ離してよ!」

滝沢くんに掴みかかった晴の肩を横原が掴んだけど晴は自分の手の力を微塵も緩めなかった。
晴はわかってる。
理解してるけど理解したくない。
今日、グループ名が発表される大事な日、晴の衣装が選ばれなかったのは単純な力不足だ。
実力が足りなくて、滝沢くんに認めてもらえなかったからだ。
それを、晴本人が認めたくないんだ。

「私のアイデアがだめだった?舞台の役が抜けてないから?いつもの私じゃなかったから?なにがだめだったの?他の衣装より劣ってた?私はいつだって全力でみんなの衣装のこと考えて、ずっと、勝ちたくて、だから、」
「言わなかったから」
「え…」
「梅田が衣装案を出した時、梅田が『勝てます』って言わなかったから」
「っ、」
「俺はね、今まで梅田が『勝てます』って言った時は全部採用してたんだよ。その言葉が好きだったし、信頼できるって思ってた。でも今回は言わなかった。だから別の人の案を採用した」
「そんな、なんで、」
「こっちが聞きたいよ。なんで”勝てる”衣装を出さなかった?」
「っ、」
「梅田、俺は梅田のセンスは買ってる。梅田が出す衣装案にはいつもわくわくするよ。評価もしてる。だから、今回は採用すべきじゃないと思った。絶対、梅田の衣装はこの場に相応しくないと思った。グループ名を与えるこの日に着る衣装じゃないと思った」
「……」
「次は”勝てる”衣装を出せ、梅田」

晴の目はもう涙でいっぱいだった。
指先にはもう力なんか入ってない。
入るわけない。
くしゃってなった服の皺を伸ばすようにスッと離れた滝沢くんはそのまま踵を返した。
もう、話す気はないってサインだった。
晴の喉はもうなにも発しなかった。
ただ静かに崩れ落ちて、それを支えようとした横原の腕に顔を埋めて、泣いた。

「梅田、」
「う、っ、」
「…よこぴー、あと10分もない」
「わかってる。梅田、立って、生放送始まるから」
「んっ、ぐす、…むり」
「は?」
「むりだよ、」
「っうめめ」

耳を疑う言葉が出てきて堪らず椿くんが晴に駆け寄った。
俯いてしまった顔を上げるように頬に触れたけど、晴は泣き止まなかったし溢れる言葉を止められなかった。

「むりだよ、だって、勝てない、」
「うめめ、こっち見て、大丈夫だから」
「なにが大丈夫なの?むりだよ、だって私、勝てるって思わなかった」
「っ…」
「滝沢くんが言ってたこと、全部図星だよ、無意識に私は勝てないって思ってたんだよきっと、だから勝てるって言わなかった、全力のつもりだったんだよ、ずっと、サマパラ終わってからずっと私は、勝ちたくていろいろやってきたけど、でも、歌もダンスも演技も、きっと全部中途半端で、だから勝てる自信がなくて、1番大事にしてた衣装でも、勝てないって思っちゃって、」
「うめめ…」
「ちょっと待ってようめめ、なんでそんなこと言うの、」
「無理だよ」
「梅田お前、」
「こんな気持ちのままじゃ勝てないよ、だって、私はもう、……負けちゃったんだよ」

なんだよ、これ。
やっと貰ったんだぞ、グループ名を。
俺たちがどんなことをしてでも欲しかったものをいただけたんだ。
俺たちのファンが待ち続けてくれたものをやっと掴んだんだ。
なのに、お前はなんだ。
なんで泣くんだよ。
なんで立てなくなってんだよ。
なにが”無理”だよ、ふざけんな、立てよ。
立ってステージで笑えよ。
優しく言葉をかけ続ける椿くんの手も、時計の針と睨めっこしながらなんとかしようと肩を叩く横原の手も、何もかも振り払って晴は顔を伏せた。
俺たちから逃げた。

……ゆらって、空気が揺れる。
俺の肩から腕を外した大河はゆらめいたオーラをそのままにスタスタ歩いて晴の前にしゃがみ込んだ。
熱気が爆発しそう。
グループ結成を告げられた時からずっと溜まり続けた熱が、目に見えないゆらめきが、パンパンに膨れ上がって。
それが、怒りをトリガーに爆発した。

ガンッ!!!

「痛っ、」
「ちょ、」
「大河ちゃん!?」

力任せに晴の胸倉を掴んで背中を壁に叩きつけたら、苦しそうに晴が目を細めた。
爆発した空気に奏と新が身を寄せ合って、俺はまた唇を噛み締める。
もう、水分がなくなってカラカラだ。
動いたのは大河だけじゃなかった。

「大河、離して」

大河の腕を掴んだ基は、さっきまで喜びで泣いてたとは思えないくらい強い目で大河を睨みつけた。
じっと視線を逸らさなくて、晴の胸倉を掴む大河の手を握り締めてた。
でも、大河は晴しか見てなかった。

「……知らねえよ」
「……」
「晴がどんな気持ちで滝沢くんに案を出したのか、なんで選ばれなかったのか、今着てるこの服が晴のものじゃないのか、そんなの、今、知らねえしどうでもいいよ。滝沢くんの話聞いてなかった?俺たちグループになったんだよ。これからグループとして初めてステージに立つんだよ。そんな時に、もう負けてる?ふざけんな。無理なのか、いけんのか、ここで晴が終わるのか、どうでもいい。俺たち、それをお互いに共有して共感して決断するほど子供じゃない。晴がいつも言うように俺たちはもう大人で、自分で決断できる。だから、知らねえしどうでもいい。慰める気にもならない。でも、……負けんな」
「っ、」
「無理でもいい、勝てなくてもいい、でも負けんなよ。勝手に1人で負けんな」
「たいが、」
「勝手に1人で全部決めんな」

俺たちはずっと勝ちたかった。
あの日、先輩のキラキラしたステージを覗き見した時からずっと、勝ちたかったんだ。
ステージで勝ちたい。
パフォーマンスで勝ちたい。
衣装で勝ちたい。
誰よりも、強くありたい。
そう願って、無駄かもしれないって思う時もあって、それでも進んできたんだ。
もちろん勝てないこともあった。
認められないことも後ろ指を指されることもあった。
でも唯一やっちゃいけないことがある。
それは、自ら負けを認めることだよ。
勝手に、1人で、負けを認めて逃げることだよ。

「はな、」
「離すよ」
「大河ちゃん、」
「時間。俺もう行くわ」

廊下の向こうでバタバタと他のジュニアが移動し始めた。
もう行かなきゃ間に合わない。
Mステは生放送で、俺たちの場所を空けるわけにはいかない。
パッと晴の胸倉から手を離した大河はなんの迷いもなく晴を置き去りにして部屋を出て行った。
完全にキレてた。
背中からゆらゆら感情の波が見えるほどに、怒ってた。
晴はまたずるずる座り込んで、浅い呼吸のまま下を向いてて。
きっともう、十分理解してる。

「…基、あと頼める?」
「うん」
「新!奏!行くぞ!」
「え、でも…」
「…行こう新。ステージ待ってるから」
「ばっきーも行って?」
「うん、わかった。…うめめ、先に行ってるからね?」
「横原も、」
「俺は残るわ。とりあえずティッシュいるでしょ」
「うん、ありがとう」
「…晴?」

サマパラの時、めちゃくちゃ悔しかった。
最後まで”勝てる”って思えなかったことが、とにかく悔しかった。
俺は、晴は最強だと思ってる。
晴が作る衣装も、それを纏ったパフォーマンスも、誰にも負けない、絶対に勝てると思ってる。
クリエCになってから晴は少しだけ弱くなったね。
グループになるためにしてきた努力がどんどん晴を弱くさせてる。
晴の興味は衣装だけじゃなくなって、歌もダンスも演技もやるようになって、努力して、必死に食らいついて、自分が天井にならないように頑張って、俺たちをもっと上に押し上げたくて。
結果、立てなくなった。
名前を呼んでも晴は立ち上がらなかった。
俺は晴の前にしゃがみ込んで目線を合わせたりしない。
横原や椿くんみたいに迎えになんかいかない。
基みたいに守ったりもしない。
大河みたいにぶつかったりもしない。
少し前だったら隣に行って無理矢理でも手を引っ張ったよ。
でももう、晴は仲間じゃないから。
晴はIMPACTorsのメンバーだから。
俺は心のどこかでこうなることを望んでたのかもしれない。
晴?
晴は晴が思ってる以上に弱いよ。
出来ないこともたくさんあるし、1人じゃ立てなくなることもたくさんあるよ。
それを痛いほど自覚して、泣いて、傷ついて、それで、また立ってよ。
1人じゃないって気付けよ。

「ステージ、来なかったら一生許さない」
「っ、」
「俺は一生許さないからな。だから絶対来い」

自分の足で、来い。
そして、俺たちがずっと望んでた言葉を言ってくれよ。
俺たちはもう、その言葉を言える関係になったんだよ。






何度でも思うけど、やっぱり俺は同期トリオの”勝つ”の意味がわからない。
勝つことにどんな意味がある?
負けることはいけないこと?
そもそもなにを基準にしてる?
全くわからない価値観だけど、影山くんも大河ちゃんも梅田も、その価値観の世界で生きている。
そこに強く固執して、時にそれに支えられて、そして今、それに首を絞められてる。

「梅田、手、開いて」
「……」
「開いて」

梅田はもう泣いてなかった。
がちゃんの怒りで涙が引っ込んだのかもうその頬には流れていない。
そのかわり不自然に瞼のラメが頬に飛んでて、涙が流れた跡と一緒にキラキラ光ってる。
テレビに出られるとは思えない泣き顔だけど、刻一刻と生放送は近づいてる。
なんとかしようと思ってティッシュとメイク台に置いてあった梅田のポーチを持ってきて、とりあえずティッシュで頬に触れた。
その間、もってぃは梅田の前にしゃがみ込んでずっと見つめてた。

「梅田」

もってぃの声は聞いたこともないくらい優しかった。
聞いたことがないだけで、もしかしたら俺が知らないところ、2人の時はこうやって話してたのかもしれない。
ぎゅっと閉じられてた梅田の手は、もってぃが触れるとほんの少しだけ力が抜ける。
隙間から指先を滑り込ませて、もってぃは指を絡ませて優しく握った。

「俺たちの良さは衣装だけ?俺たちのパフォーマンスは負けてる?」
「…違う」
「俺たちは、梅田の衣装に守られてないと戦えない?梅田の衣装がないと勝てないくらい弱いの?」
「…違うよ」
「じゃあ、俺たちはもう負けたと思う?」
「……ううん、思わない」
「梅田、……”俺たち”には梅田も入ってるんだからね」
「っ、」
「もちろん今までもそうだったけど、今日からは明確に”俺たち”は8人のことになったんだよ。俺たちはやっと”俺たち”になったんだ。IMPACTorsなんだよ。だから、梅田が弱くても、梅田が勝てなくても、負けじゃないんだよ」
「……」
「俺はね、梅田と影山くんとがちゃんが言う”勝ちたい”っていう感覚をぜんぶ理解してるわけじゃないけど、がちゃんが怒った理由は分かる。梅田が仲間はずれしたからだよ。梅田が勝手に1人で負けを認めて、”俺たち”が負けたって思ってるように見えたからだよ。梅田は仲間はずれされるのが嫌いだけど、俺たちだって嫌いだよ。だってもう、俺たちはグループなんだから」
「…うん」
「梅田が勝てなくても、IMPACTorsは勝てるよ。勝つよ、絶対。それに、もし、もしね?……梅田が負けたとしても、IMPACTorsが負けたわけじゃないだよ」
「っ、」
「IMPACTorsだから勝てることもあるんだよ」
「…負けてない」
「うん」
「IMPACTorsは絶対負けないよ」
「うん、そうだね」
「…ってことは、梅田も負けないってこと?」
「そういうこと」

結局、俺は勝つも負けるもわからない。
梅田がここまで固執する理由も、がちゃんがキレる意味も、影山くんの目の強さも。
なにもわからないまま。
ただひとつ分かったのは、もってぃの熱。
梅田の手を握る手の熱さを、俺は触れてないのに感じた。
熱くて、優しくて、壊れそうで、誰よりも強い。
梅田を置き去りにすることなく、引き上げることもせず、ただ優しく包み込んで、笑わせるんだ。
誰にも出来ないことをもってぃはやってのける。
俺がいようと、溢れてる熱を誤魔化す素振りも見せない。
梅田しか見てない。
その熱は、もってぃは梅田のことが好きなんだって確信するには十分だった。

「…梅田、あと3分もないよ」
「間に合う」
「余裕でしょ」

目の色が変わった。
俺が持ってたポーチからメイク道具を出した梅田はノールックで目元を整えてステージに立つ顔に仕上げた。
下がってた口角もぎゅってしてた眉間の皺も一瞬で戻して、最後にパンって自分の頬を叩く。
大丈夫、ステージに立てる。
急がないとって思って隙間が空いてたドアを開けたら、廊下にみんなが立ってて気まずそうに眉を下げて笑った。
なんだよ、聞いてたのかよ。
バツが悪そうな顔した大河ちゃんは梅田が出てくる前に背中を向けてスタジオに走り出して他のみんなもそれに続く。
俺の後に部屋から出てきた梅田はみんなが聞いてたことには気付かない。
影山くんだけが、隠しきれずに満足そうに笑ってた。
ステージに向かって走る梅田を見て、嬉しそうに目を細めた。



backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP