IMPACTorsに願う話



「晴、顔色悪くね?」
「昨日食べ過ぎたわ…」
「なんだよ、いつものことじゃん」
「夜中にたこ焼きお好み焼きホットケーキインスタントラーメンはだめだ…」
「そりゃだめだ」
「足りなくてさらにウーバーしちゃった…」
「まじか。今日踊れる?」
「それは大丈夫」

真っ青な顔した晴の頬にチークがのれば、なんとかまともな顔になった。
ISLAND FES当日。
俺たちに与えられた楽屋は朝から支度するメンバーでがちゃがちゃしてて忙しない。
本番まで時間がない中、3グループが協力してリハをし、ステージを作る。
ジュニアだけでライブをする。
その高揚感と緊張感でみんなどことなくふわふわしてる気がする。
1番先に衣装に着替えた晴は俺たちを1人ずつ呼んで、用意された衣装の最終調整をしていた。
今は俺の番。
鏡に映った俺は全身黒の衣装で、結構いい感じにキマってると思う。

「黒かー」
「赤がよかった?」
「いや、黒めっちゃかっこいいなって思って。てかなんで赤?」
「メンカラだから。メンバーカラーの衣装って、グループの特権じゃん?だからそっちのが良かったかなーって」
「もし俺がメンカラ衣装がいいって言ったらそうしてた?」
「却下してた」
「あはは、じゃあ聞くなよ」
「みんながどんなこと思ってるか知らないけど、今日は絶対に黒だよ」

俺たちメンバーがどう思っていようと関係ない。
これがいいんだと、これが俺たちのための衣装なんだと、強気な目をする晴に笑ってしまった。
でも、その目は自信でも確信でもない。
もっと繊細で、壊れそうで、不確かなもの。
それが、晴が変わった証拠。

「はい、次は大河」
「…うん」

気まずそうに髪を触る大河と明らかに視線が泳いだ晴。
まだこの2人の間には壁があって、それが高くなってしまわないか心配で。
なんとなーくその場を離れられなくなって2人の様子を見てた。
俺の心配とは裏腹に、静かに滞りなく衣装合わせは進んでいく。

「チャック閉めてみて?……あー、やっぱり開けたままで。うん、OK」
「ありがとう」
「これで全員終わったよね?じゃあ、最後の仕上げね」
「なに?まだなんかあんの?」

晴の声にわらわらメンバーが集まってくる。
揃いの黒の衣装は十分かっこよくて最強だと思ってる。
ここからまだ進化するのか?って晴の手元を覗き込むと、鮮やかなピンクが目に飛び込んできた。

「グローブ?」
「うわ!めっちゃピンク!」
「えー、可愛い!」
「なにこれ?梅田のアイデア?」
「ちょこっとだけね。全部じゃないよ」
「ピンクいいね。つけていい?」
「うん。サイズ確認してね?ちゃんと測って作ったから大丈夫だと思うけど…」
「めっちゃかっこいいじゃん!」

黒の中で映えるピンク。
鮮やかなそれはまるで光。
これをつけて歌う俺たちを想像したらグッと何かが迫り上がってきた。
晴は歌詞を読み込んだに違いない。
そこに書かれてる言葉と、音と、俺たちのことを考えて作ったに決まってる。
この手で掴むんだって強い気持ち。
きゃーって騒ぐメンバーの声に混じってつぶやかれた名前は、ちゃんと聞こえた。
晴がきゅっと握ったのは、最後まで残ってた大河のグローブ。
ああ、始まる。
あの時の会話の続きが、始まるんだ。

「……大河」
「……」
「あのね、私は、……グループを望んではなかったよ」
「っ、」
「自分がグループに入ることは望んでなかった。私はずっと、7人がグループになることを望んでた。7人でグループを組むべきだと思ってた。ずっとずっと、そう望んでた。それで、私は、……みんなの衣装を作る人になりたかったの」
「……」
「みんながステージで”勝てる”衣装を作りたくて、だから、滝沢くんと話してアイドルを辞める予定だった。本当はね、クリエの時には私はもういない予定だったの。アイドルと衣装、両方やりながらみんなが”勝てる”衣装を作ることはできないって思って、逃げたの」

それは初めて聞く晴の本音。
クリエ出演が決まった時の本当の話。
知らなかった。
晴がそんな決断をしてたなんて俺たちは知らなくて、ただクリエに出られる喜びで抱き合って、そのあとはグループが出来て泣いて、裏で晴がどんなに悩んでたかなんて、今日まで全然知らなかった。
いつのまにか静かになってた楽屋で、全員が耳を傾けてた。
大河と目を合わせたまま逸らさない晴が紡ぐ言葉を、丁寧に拾い上げてた。

「逃げて、でもクリエが決まって、もう少しだけステージに立ちたいって思っちゃって、みんなと一緒にステージにいたいって思っちゃって、それで、辞めますって言えなくなっちゃった。でも、心のどっかで、ずっと、逃げたかった。8人の私たちは、…私が望んだグループじゃなかったから。いつ私がお荷物になるかわからなかったし、私の存在はすごくリスクだったと思う。サマパラでそれをすごく実感した。みんなが成長していくのに私はまだまだだなって、全部中途半端なんだって思って。なんとかしたくて色んなことやって、でも結局私は強くなってない。むしろ弱くなったと思う。この中では年上だし、先輩だからっていろいろ意地張ってムキになって1人でなんとかしようって躍起になって、どんどん、弱くなったと思う」
「…うん」
「…ごめん、話長いよね、何が言いたいのかわからないかも」
「大丈夫だから、続けて」
「晴、」

無意識だった。
晴がグローブを握る手に大河が手を重ねて、俺も触れて、ぎゅって包み込んだ。
晴がどんな答えを出すのかなんとなくわかるんだ。
確信でも予想でもなく、言葉にできない何かが、俺の中で震えてる。

「……私ね、アイドル辞めたら”勝てる”衣装が作れると思ってたの。それは今でも変わらない。私が”勝てる”って確信できる衣装を作るためには、アイドルを辞めて、中途半端を辞めて、武器を研ぎ続けないと無理だと思う。だから、欲しいものを1人で追いかけるのは、もうやめる」

手が冷たい。
晴の手は氷みたいに冷たくて、小さく震えてて、雪みたいに真っ白で。
ぎゅって握ってた俺たちの手から抜け出して、びっくりするくらい鮮やかに見える大河のピンクのグローブの口を開いて、そっと差し出したんだ。

「私、IMPACTorsでいたい」
「……」
「でも、そうしたら”勝てる”衣装は作れないかもしれない。無理かもしれない。でも、でもね?私、やっぱり勝ちたいから。大河と影山と、みんなと勝ちたいから、衣装は作り続ける。逃げずに向き合う。向き合って、頑張って、努力するから、だから、……”勝てる”って言えなくても、一緒にいてもいいかな?」
「……そんな当たり前のこと聞かれると思わなかった」
「っ、」
「俺は、晴が”勝てる”自信がなくても、晴が”勝ちたい”って思って作った武器を着たいし、どんな武器を持ってたとしても”勝つ”のが俺たちIMPACTorsだと思ってたよ」
「大河…」
「ちょっとびっくりしてる。晴がまだ1人で勝とうとしてたんだーって、ほんとに、びっくり。俺らもう、8人で戦えるんだよ」
「…うん、そうだね。やっとわかったの」
「遅いよ」
「あはは、ごめんね」

鏡に俺たちが映ってる。
俺と、大河と、晴。
先輩のキラキラしたステージ、暗幕の向こう側に魅せられてからもう何年経った?
その間に俺たちは何度諦めて何度逃げて何度泣いた?
何度、勝てた?
黒い揃いの衣装とピンクのグローブは、今まで晴が作ってきたどんな衣装よりも弱い。
弱くて儚くて消えてしまいそうだけど、ぎゅって、色んなものが詰まってる気がした。
晴の渾身の”勝ちたい”が詰まってた。

「…なんか、結婚式みたいだ」

晴が差し出したグローブに大河の左手が入る。
力強くグローブに入れた手で、そのまま、大河が晴の冷たい手を強く握りしめたから。
それはまるで誓い。
白いドレスもブーケもないけど、今、この瞬間は間違いなく、未来を一緒に見たんだ。
俺が言ったことに目を丸くした晴は大河の手を握り返した。

「誓えないかな。今の私じゃ、弱くて何も誓えないよ」
「じゃあ願おうぜ」
「っ、」
「ひとつでも多く勝てるように」
「っうん…!」

俺も左手を差し出せば晴がぎゅって握りしめた。
痛いくらいに握り返したら、やっと晴が笑った。

「…ずるいなー、ほんとに」
「うん、ずるい」
「同期トリオは本当にずるい。だから…」
「椿くん?」
「俺もやって」

自分ではめたくせにわざわざ左手のグローブを外した椿くんは晴に強請った。
1番先輩なのにぷくって頬が膨らんでるように拗ねた椿くんが面白くてふはって噴き出したら、大河も晴も顔を見合わせて笑った。

「うん、やってもいい?」
「もちろん!」
「ねぇーうめめ!俺も!」
「はい奏おいでー、新も」
「うん」

強請られて困った顔しながらも晴は嬉しそうにみんなの左手に手を伸ばした。
みんなが手を握ればみんなの熱が移っていく。
晴の手はもう冷たくない。
冷たくなんかさせない。






「…もってぃは行かないの?」
「横原は?」
「俺は、……なんか照れんじゃん」

影山くんが『結婚式みたいだ』とか言うから行きにくくなった。
みんなが梅田に強請る様子を遠目で見てる俺たち年長組は、壁に寄りかかったまま自分でグローブをはめた。
俺はただ気恥ずかしいだけだけど、もってぃはきっと違う理由があって梅田のそばには行かない。
今日、朝からずっともってぃは梅田を、いい意味で気にしてなかった。
まるで梅田が何を話すのか最初から全部知ってたみたいに。
心配しなくても大丈夫だって、なんの問題もなく自分の気持ちを伝えて、わだかまりもなく大河ちゃんと仲直りするんだって、知ってたんだよ。
梅田を見てふわって笑った顔はどこまでも優しい。

「照れんなって。横原ってクールぶってるけど寂しがり屋でメンバー大好きじゃん?あん中入ってったら?」
「いや、いいよ」
「今更梅田に恥ずかしいとかないでしょ。てか梅田も喜ぶよ?」
「じゃあもってぃも行こうよ」
「俺は、」
「好きなんでしょ?梅田のこと。いいの?成り行きでがちゃんと結婚式しちゃったけど?」

聞くつもりはなかった。
聞かなくても答えに確信があった。
なのに口から溢れてしまったのは、頭の中がもやもやしてたからだ。
みんなが梅田の言葉を受け止めようと耳を傾けてた時に、1人見届けるように視線を逸らさなかったからだ。
全部知ってるような顔が、少しだけ、腹立たしかったからだ。
羨ましいとか妬ましいとかそういう感情じゃなくて、ただ、誰よりも梅田に近いことを謙遜も遠慮もせず、自ら認めていることがなんとなく嫌だったからだ。
真実を言うか、誤魔化すか、どっちでもいいけど困った顔しろって思ったのに、もってぃはどっちでもなかった。

「あははー、横原がそんなこと聞くと思わなかった。なに?気になってんの?」
「いや、俺は、」
「…教えるかよ」
「っ、」
「梅田にまだ伝えてないのに。誰にも教えねぇよ」

その目にガツンって殴られた。
鋭い視線は一瞬だけ俺を貫いて、すぐにいつものもってぃに戻った。
平和主義?誰にでも合わせられるバランサー?
どこがだよ。
もってぃがこんな刃物みたいな目をするなんて、初めて知った。

「基と横原もこっち来いよ!」
「グローブ授与式やろう!」
「なに?グローブ授与式って」
「大河くんが結婚式じゃないって言うからとりあえず名前つけた」
「いや、だって結婚式じゃないし」
「うめめのグローブは俺が着ける」
「あ!椿くんそれないっすよ!俺やる!」
「かげはもういいじゃん!同期トリオのターンは終了!」
「そうだよ!影山くんはもう終わり!」
「みんな、お願いだから授与式より何よりサイズ確認して!サイズ!合ってなかったらすぐ直すから!てかリハまでそんなに時間ないんだからね!」
「横原くんも早くー」

黒い衣装が8着。
ピンクのグローブが8組、16個。
手につけられたのは14個。
机の上に置いてあった梅田のグローブは、揉めてるメンバーを横目にさらっともってぃが奪って梅田に渡してた。
もってぃは梅田の左手にグローブをつけようとはしなかった。
梅田が自分でつけたグローブを見て、指先で一瞬だけ触れて。
たったそれだけなのに、梅田は安心したようにふわっと笑ったんだ。
ずっと張ってた気が緩んで、柔らかく笑って、いろんな感情がストンって落ちた、自然体の梅田に戻ったんだ。
戻したのは間違いなく、もってぃだった。
もってぃにしか出来なかった。




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