雷の話



「……あ」
「うめめ?」
「来る」
「なにが?」
「どうしたの?」
「来る来る来る来る」

急にスッて真顔になったうめめはいじってたスマホを置いて控室の中をぐるぐる動き回った。
撮影用に塗ってもらった赤いグロスがついた唇をへの字に曲げて、不機嫌?というより不安いっぱいの顔でウロウロして。
スタッフさんが用意してくれてた缶コーヒーを2つ引っつかんで、ゲームやってたよこぴーの正面に座ってその腕を引っ張った。

「なに、」
「ツッコミ耐久レースしよ」
「は?」
「横原、ボケまくっていいよ。私なんでもつっこむ。いつまででもつっこむから。うん、そうしよ、やろうよ耐久レース」
「え、急になに、」

ッドーーーン!!!

「ひっ、」

戸惑うよこぴーがうめめの顔を覗き込もうとした時、空気をつんざくような音が鳴り響いた。
昼間だしカーテン閉まってたから分かりにくいけど、土砂降りの中で雷がゴロゴロ鳴ってるみたい。
天気悪いなーって椿くんと顔を見合わせて、弱々しく悲鳴を上げたうめめに視線を動かした。
首をすくめて身体をぷるぷるし始めたうめめの声は裏返ってる。

「よ、よ、よ、横原!なんかボケて!耐久レースしようよ!はいスタート!」
「…怖いの?」
「やろ!お願い!はいスタート!3秒以内にボケないと横原の負けね!」
「うめめ、雷怖いの?」
「まさか!怖くな、」

ピカっ!

「ひっ、来る!怖い!」
「怖いって言っちゃったよ」
「お願い!誰でもいいから私に喋らせて!なんか喋ってた方が怖くないから!それかめっちゃうるさくして!」

ッドーーーン!!!

「ひぇっ」
「ガチじゃん」
「ガチだよ!」
「うめめが雷だめなのは知ってたけどここまでとは思わなかったな」
「てかなんで来るってわかったの?」
「雷の匂いがした」
「なにそれ。雨の匂いしか聞いたことないよ」
「雷の匂いがしたんだよ。気配?みたいな。あるんだよ雷には」
「雷の呼吸?」
「一の型?」
「呼吸じゃなくて匂いだよ」
「いや、つっこめや。鬼滅の刃知らないの?」

へぇー匂いねーって言いながら椿くんがスマホで調べた天気図によると、夜まで土砂降りで雷が鳴り続けるらしい。
そのことをうめめに教えようかと思ったけど、必死でよこぴーに話しかける姿を見てると言わない方がいいかも。
視線がキョロキョロしてて挙動不審だし、指先を何度も何度も擦り合わせてる。

「……」
「ねえ、横原、ねえねえねえねえ」
「……」
「お願い!喋って!いっつもうるさいくらい喋ってるじゃん!なんで黙るの!?」
「……」
「よこは、」

ッドーーーン!!!

「っ椿くん!!!」
「はいはい」
「こっちきて!!!」
「よこぴーひどいな。わざとでしょ」
「だって面白くね?梅田がここまでビビってんの」

ケラケラ笑うよこぴーをうめめは思いっきり睨みつけたけど、その目がもう潤んでるから全然迫力ない。
その目で呼ばれたら椿くんも動かないわけにはいかないから、ふふふって笑って隣に座ってあげた。
雷が怖いっていうのが冗談でも嘘でもなく、ガチでやばいレベルってやっとよこぴーが理解して、なるべくうめめが話せるように話題を出してあげてる。
撮影大丈夫かな?
チラッとカーテン開けたら、雨も風もさらに強くなってた。

「み、奏?」
「ん?」
「奏もこっちおいで?怖くないよ?お姉ちゃんが守っ、」

ッドーーーン!!!

「ひっ、」
「誰がお姉ちゃんだ」

音に合わせて反射的に握りしめたよこぴーの服の裾は、もうしわくちゃだ。






「…雷」

撮影終えて控室に戻る廊下の窓から外が見えた。
ここに来た時には曇り空だったのに今は土砂降りの雨とピカピカ光る雷。
これはやばいかもなって思って早足に控室に戻ると、案の定椅子の上で器用に丸まってた梅田が怯えた顔でこっちを見た。
泣くまであと2秒くらいか。
でも梅田より先に、梅田の正面に座ってたげえくんが音を上げた。

「基待ってた!まじで!おせえよ!」
「なんでよ。これでも走ってきたわ」
「はい!あとよろしく!俺もう帰るからね!」
「ちょ、待って影山、お願い待って帰らないで、」
「先輩と約束あんの!ごめんな!じゃ!おつかれ!」
「っかげやまー!」

梅田の叫びも腕を掴む手も振り払ってげえくんは荷物持ってさっさと控室を出て行った。
虚しく空を切った手をそのままに、梅田が鼻を啜る。
ぐすって言ってるってことはもう泣いてる?
限界かな?

「みんなは?」
「今椿くんが撮影してて、他のみんなはもう帰っちゃった」
「そっか。げえくんは残ってくれてたんだね」
「うん。…俊介は?撮影終わった?」
「うん、今日はもう終わり」
「お、終わり…、そっか、もう帰るよね…」
「梅田、大丈、」

ッドーーーン!!!

「っ!?」
「うわ、」

不安そうにわたわたしてた手を掴もうと近づいたら窓の外が強く光った。
1秒も経たない内に地面が揺れるような音が響いて、それは俺でもびっくりするくらいの音で、梅田が耐えられるわけなかった。
びくって身体が跳ねてそのまま椅子の上でバランス崩してこっちに飛び込んできたから、慌てて受け止めたら床に尻餅をついてしまった。
覆い被さった梅田の髪が首に触れて少しだけくすぐったい。
近い、というか完全に抱き締めちゃってるんだけど、それを咎めることなんてできない。

「梅田?」
「ごめん、でも無理、死ぬ」
「あはは、死なないから」
「死ぬ、近かったよ音が、もう無理」
「大丈夫、大丈夫」

身体、めっちゃ震えてる。
よく見たら肩にかかってるのはばっきーの上着だ。
貸してくれたのかな?
撮影が終わった人から帰ってるはずで、順番が最後の梅田はずっとここで我慢して待ってたんだろう。
誰かに話しかけたり、誰かからぬくもりをもらったり、誰かを無理矢理引き止めたりしながら。
まだ時々外が光ってバリバリ雷鳴が響いてる。
大丈夫だよーって意味を込めて背中をぽんぽんって叩くと、もっとぎゅって抱きついてきた。
ここまで怖がるのは珍しいけど、そういえばこんなに雷がひどい時に一緒にいるのは初めてかもしれない。

「ここに落ちたらどうしよう」
「大丈夫、落ちないよ」
「落ちるかもしれないよ」
「落ちても助かるから」
「感電するかも」
「しませーん」
「俊介、なんか喋ってて」
「難しいこと言うね。善処する。なんかって例えば?」
「なんでもいいから、うるさくして、聞こえなくして、……お願い」

いつになく注文が多い。
でもそれはわがままなんかじゃなくてもう何にでも縋りたい気持ちでいっぱいなんだろう。
雷は止まない。
また光って大きな音が落ちてくる。
その度に震える身体をなんとか守りたくて、ぎゅうって強く抱き締めて頭を撫でた。

「怖い…、雷いや…」
「今日、この後仕事ある?」
「ない」
「じゃあ梅田の撮影終わるまで待ってるから。家まで送るよ」
「送るの?あがってよ」
「っ、」
「お願い、帰らないで」

梅田の家にあがったところでなにも起きない。
帰ったとしてもなにも起きない。
なにも起こさせない。
それを分かってるからこんなにさらっと言葉が出てくるんだろうけど、でも、いつになく弱った声色に勘違いしてしまいそうになる。

「ひっ、また光った、」
「梅田、ちょっと力抜ける?」
「え、あ、ごめん、痛い?」
「ううん、大丈夫だけど力入り過ぎ。抜きな?」

身体がもっと触れる。
俺を抱き締める腕だけに力が入っててガチガチだった梅田の身体が、柔らかく解けて体重を預けてきた。
いつまで触れられるか分からないけど、少なくとも雷がもう少しおさまるまではこのままだろう。
床に座り込んだ俺の膝にのせてまたぎゅうっと抱き締めると、梅田が鼻を啜った音が耳元で聞こえる。

「ごめん、ほんとにごめん、ごめんね俊介」
「大丈夫だから」

ぎゅーって強くなる腕の力と、俺が触れてから震えが若干落ち着いてきた身体と、明らかに早い心臓の音と、耳元で聞こえる涙声。
勘違いしそうになる。
このままずっと一緒にいて、もっと触れて、何度も何度も名前を呼んでたら、なにかが起こるんじゃないかって。
なにかを起こしたいと、強く願ってしまうんじゃないかって。

「今度、俊介になにかあったら私が守るからね」
「あはは、ほんと?守ってくれんの?」
「うん、絶対守る」
「ありがとう」

『今度』ってことは、俺は今梅田のこと守れてるのかな。
ちゃんと、梅田が泣かないように守れてるのかな。
また窓の外が光る。
この後来る大きな雷鳴から守るように梅田の両耳をそっと塞いだ。
梅田にとって、怖い音が聞こえませんように。
梅田にとって、聞きたくない声が届きませんように。

「好きだよ」

そう言ったところで、雷に混ざって梅田の耳には届かない。
それでいい。
それがいい。
言葉になんてできない。
だから、何度も何度も強く抱き締めるんだ。



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