パステルリフレクション01



※attention

・『パステルリフレクション』は、2019年滝沢歌舞伎ZEROのお話で、所謂『ビビッドリフレクション』の過去編です。
・主人公は変わらず梅田晴ですが、IMPACTorsも SnowManも出てきます。
・梅田がSnowManメンバーに恋をしています。
・セリフの色分けは、
「IMPACTorsメンバー」
SnowManメンバー
・SnowManメンバー入り『Masquerade』の主人公は出てきませんが、世界観は同じです。
・『Masquerade』を読んでいなくても楽しめると思いますが、『Masquerade▽at20:38』をあわせて読むとより話が分かりやすいかと。

【知識メモ】
・梅田は2018年(滝沢くんラストイヤー)に大学を休学し、滝沢くんにくっついて衣装の知識を学んだ。
・南座(京都)に出演
 梅田、基、椿、影山、横原
・新橋演舞場(東京)に出演
 IMPACTors全員







晴って呼んでもいい?

予想してなかった問いかけにフォークを落としそうになる。
私が口いっぱいに頬張ってたトマトソースパスタをごくんって飲み込んだ瞬間を見計らってそう言った宮舘くんは、まるで絵本の中から現れた貴族みたいにワイングラスを傾けながら私をじっと見た。
学生の私でも手が出る価格帯のカジュアルイタリアンが一気にドレスコードがある高級イタリアンに見えてきちゃう。
晴。
私の名前だ。
たしかにそう言った。
こういう時、なんて答えたらいいのかわからなくてシンプルな言葉しか出てこない。

「ど、どうしてですか?ずっと梅田って呼んでたのに…」
仲良くなる一歩は名前からかなーって思って
「なるほど、それは一理あります。距離が縮まるかと」
じゃあ今日から晴って呼ぶね
「はい。…なんか変な感じします」
そう?でもジュニアから呼ばれてるでしょ?
「いえ、みんな梅田です。名前で呼ぶのは同期の影山と大河くらいです。あ、大河っていうのは渡辺翔太くんに憧れてる方の鈴木大河です。椿泰我の方じゃないです。たいがが2人いるので」
大丈夫だよ、それは分かる。…俺のことはなんて呼ぶ?
「宮舘くん」
硬いな。変えようよ。距離縮めたいって思ってるから
「それではだて様はいかがでしょう?」
俺が言わせてるみたいだからちょっとな…。って、呼び方変えろって言ってる時点で同じことか
「そんなことないです。じゃあ考えますね」
なんかごめんね?
「いえいえ。……涼太くん、はどうでしょうか?先輩という距離は保ちつつ、少しだけ近づいてみました」
…なんか変な感じするね
「やめます?」
ううん、せっかくだから”涼太くん“で
「はい」

正直、名前ひとつで仲良くなれるのかな?って思う。
涼太くんと初めて会ったのはもう何年も前だ。
入所した頃から大河が渡辺翔太くんに憧れてたからSnowManの存在は知っていたし面識もあった。
がっつりお話ししたのは私が滝沢歌舞伎に出た頃から。
4年前?かな?
おそらくその頃にSnowManは私を認知した。
稽古場をピリッとしめるその背中は大きくて、強くて、ものすごく怖い。
だからこうやって涼太くんと2人で向かい合ってごはんを食べる日が来るなんて夢にも思わなかった。
緊張してるし、何を言われるのか分からなくて怖かった。
佐久間くんみたいに表立って怒ってくれる人とは違って、涼太くんは怒りのスイッチもどこでキレるのかも全然分からなかったし、2人っきりで面と向かって話をすることなんてなかったから。
身体が強張ってずっと肩が上がったまま。
これ、絶対肩凝りになる。
涼太くんへの恐怖心を必死に抑えてここに座ってられるのは、涼太くんが少しでも私のことを知ろうとしてくれてるからだ。
歩み寄る気配を感じる。
それに私も応えたい。


「っは、はい」
やるなら殺すつもりでぶん殴ろう

文字通りの強い言葉と強い眼差しに身体が震えた。
恐怖と、不安と、ほんの少しだけドキドキ。
メラッて涼太くんの肩から赤い炎が上がったように見えた。
それは、去年滝沢くんの背中に見たことがあった。

2019年、滝沢歌舞伎は生まれ変わる。
SnowManが座長となり、新しいエンターテイメントを生み出す。
滝沢くんが作り上げてきた舞台をSnowManが受け継いだ。
その衣装係に任命されたのは2018年の滝沢歌舞伎で使い物にならなくてボロ雑巾みたいになってた、私だった。






あ、違う。
それも違う、そうじゃない。
そのやり方じゃ伝わらないし、突っ走っちゃだめだよ。
一気に先には進めない。
待って、お願い一旦止まって。
毎日毎日そう思うのに一歩が出ない。
一言が出ない。
何も発せない私の口はあほみたいにぽかんって開いたままで、衣装スタッフさんがバン!って机を叩いてやっと涼太くんは話を止めた。

「時間だから今日はこのへんにしましょうか」
…はい

あつあつの熱量が身体の中で渦を巻いてるみたい。
ぐるぐる、メラメラ、グツグツ。
どこかに穴を開けて出してあげないと、そのまま身体の中で爆発してしまいそう。
涼太くんの衣装にかける熱量はものすごかった。
ただすごすぎて、その思いや考えに日本語がついてきていないんだと思う。
頭に思い描いてるものを伝えたいのに、スタッフさんと同じイメージを共有して進みたいのに、それができていない。
すごく不器用で、すごく口下手。
あと、涼太くんが見えてる世界が私たちとは違いすぎる。
滝沢くんの後ろでずっとステージに立ち続けてた涼太くんの世界は、遠い。

「はぁー…」

打ち合わせが終われば涼太くんも衣装スタッフさんも次の仕事があって各々会議室を出ていく。
このあと仕事がない私は1人残って打ち合わせ内容をメモったノートになんとなく落書きしながらボーッとしていた。
いや、ボーッとはしてないか。
頭の中をどんだけぐるぐるしても答えはひとつだ。
その答えには打ち合わせの初日から気付いてたけど、ずっと気付かないふりをしていた。
だって、そんなの、……先輩に対して失礼だ。

「梅田?」
「……俊介」
「え、なにその顔。どうしたの?」

机に右頬くっつけてぐでーってしたまま扉の方を見たら基俊介がいた。
同じジャニーズジュニアで同い歳で同じ年から滝沢歌舞伎に出てる。
大学の話とか仕事の話とか、本当になんでも話せるから仕事仲間であり友達でもあると私は思ってる。
そんな俊介は偶然通りがかったのか、不思議そうな顔で私を見てた。
あ、そうか。
今日はこの下の階でダンスの打ち合わせがあった気がする。

「んー、ちょっと煮詰まってる」
「なるほどね。眉間に皺寄ってるよ」
「寄っちゃうよー、もー、無理、お腹すいた」
「それはいつもでしょ?」
「それはそうなんだけど…」
「休憩中?打ち合わせ終わったの?」
「終わったの…。っあ!待って俊介!」

扉からこっちを覗き込んでた俊介は私に近づいてくる気配はなかった。
それどころか扉を閉めてどこかへ行ってしまいそうで慌てて顔を上げて呼び止める。
お腹空いたし悩みは尽きないし頭ぐつぐつだし、もう限界だから頼ることに決めて『ごはん行こう!』って誘おうと思ったら、俊介は廊下の先を指さした。

「ごはん行くんでしょ?荷物持ってくるから待ってて」
「え、いいの!?」
「いいよ。俺もお腹空いたし」
「やったー!」
「良さそうなお店探しておいて」

やはり、持つべきものは友達だ。






「ストレートに言うとね、……なに言ってるかわかんないの」
「ふはっ、」
「笑い事じゃないから!」

笑い事じゃないのは分かってるよ。
分かってるけど噴き出しちゃったのは、梅田が未確認生物を見るような目でじっと目の前のカプレーゼを見てたからだ。
そのカプレーゼ、たしかに赤いけど宮舘くんじゃないからね?
瞬きもせずにじっと見てる目がなんかちょっと面白くて笑っちゃう。

「喋ってるのは日本語なの。ちゃんと日本語なんだけど、なんか、こう、文法?言葉のチョイス?がちょっとついていけない時があって」
「そうなの?俺は感じたことないけど」
「うん、私も。今まで涼太くんに対して感じたことなかったんだけど、衣装の打ち合わせ始まってからずっとそうなの。なにを言ってるのか、なにが言いたいのか、なんかこう、あつあつの湯気の向こうに隠れちゃってて出てこないっていうか、…んんーー!!ああーー!!」
「今の梅田もなに言ってるのかわかんないよ」
「だと思う。でも涼太くんはもっとわかんないの!…わっかんないの!!」
「ちょ、危ない。ビール倒さないでね?」
「うん…、はぁー…、むずかし…」
「唐揚げ食べる?」
「食べる」

なんとなく声色が荒くなってきたのはお酒のせいだけじゃないんだろう。
はぁーってため息吐いた梅田の表情を見たら分かるけど相当疲れてる。
滝沢歌舞伎の稽古はまだ始まってないけど打ち合わせは始まってるし、梅田は宮舘くんのサポートをしながらジュニアの衣装も見るって言ってたから相当忙しい。
加えて、普通の仕事と大学の課題もあるからスケジュールは相当パツパツ。
それ以上に、思考がパツパツ。
それでも衰えない食欲に驚きながら、俺も唐揚げを口に運んだ。

「俊介はさ、岩本くんとどうしてるの?」
「どうって?」
「たとえば、2人で振付考えてて岩本くんが間違ってたら指摘する?」
「場合によるけどするかなー」
「するかー」
「ダンスをよくするために言ったことなら照くんは怒ったりしないって分かってるから」
「…信頼だね」
「あと、目的が一緒だから」

目的はいつだって”お客さんにいいものを届けたいから”。
だから先輩だろうと後輩だろうと言うときは言うし聞くときは聞く。
衝突することもあるかもしれないけどそれは必要なぶつかり合いで、ぶつからないと得られないものもあるから。
少なくとも、俺が見てきたSnowManさんはそんな存在だった。
優しくて強くて怖くて、目的のためなら決して手を抜かないプロだった。

「怖いのもわかるよ?先輩だし年上だし、SnowManさんが怖いのは事実だし。俺だってビビることある。でも優しい人じゃん。なにを言ったって受け入れてくれる人たちだよ。俺たちも滝沢歌舞伎ZEROのカンパニーの一員なんだから、できることはなんでもしないと」

梅田はもうなにをすべきか分かってる。
分かってるけどそれに確信がなくてずっと迷ってて、喉まで出かかってる言葉が宮舘くんに言えない。
でもそれってだめだよ。
言わなきゃ、伝えなきゃ、動かなきゃ。
そうじゃなきゃ、滝沢くんが2人を組ませた意味がない。






衣装の打ち合わせが始まった時から晴は一番下座に座っていた。
俺のサポートだっていうのにその場所から動かなかったし、他のスタッフさんもなにも言わなかった。
聞けば滝沢歌舞伎2018の時からそこが晴の定位置だったとのこと。
滝沢くんのラストイヤー。
滝沢くんの最後の滝沢歌舞伎。
衣装スタッフに混じっていろんなことを叩き込まれてた晴の定位置。
当たり前のようにそこに座ってたのに、今日はそこにはいなかった。

「あ、おはようございます」
おはよう

真ん中、俺の定位置の隣。
いつもだったら他のスタッフさんが座るそこに晴は座っていた。
少しだけ眠そうに目を擦ったけどそれもそのはずで、打ち合わせ開始まではまだ全然早い。
俺が早くきたのは今までの打ち合わせが俺のせいで進んでないから。
だから早めに来てなんとかしようと思っていたのに、晴はそれよりも早く来て既にノートと打ち合わせ資料を広げていた。

晴、今日はいつもの席じゃないんだ、
「あの!…ちょっといいですか?」

俺の声を遮ってはい!って大きく手を挙げたその姿になにかを感じる。
いつもと違う。
ずっと俺にびくびくしてたのにはっきりした視線で俺を見たから、なにかあるんだなって察した。
まだ誰もいない打ち合わせ室。
俺の正面に座った晴は、ゆっくり、言葉を紡いだ。

「僭越ですがストレートに言います。涼太くん、何言ってるか分からないです」
……

いや、ゆっくりじゃなかった。
豪速球だった。

「衣装の打ち合わせでいっぱい喋っていただいてるんですが、正直、何言ってるのかわかりません。涼太くんのことを知ってる私ですら薄らしかわからないので、他の衣装スタッフさんはもっと分からないと思います。だから認識の齟齬が生まれるし、ストレスが溜まるし、先に進めません」
……
「失礼なこと言ってるのは分かってます。すみません。でもこのままだとうまくいかないと思います。だから言いました」
……それを俺に伝えて、晴は何がしたいの?
「私、もっと涼太くんに踏み込みます」
っ、
「遠慮するの、やめます。私も滝沢歌舞伎ZEROの一員だから。去年、滝沢くんから吸収したものを全部出します。涼太くんが間違ってたら指摘するし、私が進めた方が上手くいく仕事は私がやります」 

なんて生意気なことを。
そう思ったけど言うのはやめた。
いや、言えなかった。
この仕事が決まって2人でごはんに行った時から、晴はずっと俺に怯えてた。
ビクビクしててなにかを言いかけては口を閉じて、を繰り返してた。
なのに今は震えてない。
強く、まっすぐ、素直に、俺と目的が一緒だって顔してた。
勇気振り絞って踏み込んでくれたんだってわかった。

……っあははは、
「え、」
ん?
「いや、あの、失礼なこと言ったから怒られるの覚悟してたので、まさか笑われるとは」
俺さ、後輩って基本来るもの拒まないんだよね
「はい?」
でも、こんな踏み込んでくる後輩は初めて
「え!?あ、すみません」
怒ってるわけじゃなくて、なんて言うか、……嬉しい
「嬉しいんですか?え、変」
変って、…はっきり言うね。でもこれからも言ってよ。黙って怯えてるより思ってること言ってくれた方がずっといい
「怯えてるって気づいてたんですか!?」
うん。俺怖い?
「そりゃ怖いですよ!SnowManって、ジュニアはみんな怖がってますから!」
あは、やっぱり?
「でも、優しくて強くてかっこいいです。なにより、…勝てそうな気がします」
勝てそう?
「はい、勝てそう!」

強い、勝てる、殺すつもりでぶん殴る。
晴と俺の間には、ふわって笑った顔とは無縁の物騒な言葉だらけが並んでいて、でもそれがなんとなく心地いい。
心の壁も上下関係の壁も今は必要ない。
全部取っ払って、プライドなんか捨てて、全身全霊で戦わなきゃ滝沢歌舞伎は完成しない。
言いたいことを言えたのか晴の表情は明るい。
るんるん揺れてるその頭を見ながら、ふと、考える。
梅田晴という女の子はこんな子だっただろうか。
冷静でなんでもそつなくこなして、器用に仕事をする印象だった。
本当は違うのかもしれない。
強くあろうとしているだけで、強くなる術をずっと探しているのかもしれない。




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