パステルリフレクション02



…珍しい
んー?
だてさんが押されてる
へ?

滝沢歌舞伎の稽古場に荷物を下ろそうとしてたのに手を止めた照の視線の先を見ると、眉を下げて曖昧に笑っただて様とぐいって顔を近づけた女の子の後ろ姿が見えた。
肩につくくらいの髪を邪魔そうに耳にかけたからやっと顔が見えた。
ジュニアの梅田晴だ。
だて様と一緒に衣装を担当してて、滝沢歌舞伎では演者としても舞台に立つ。
稽古場で2人が打ち合わせしてる光景はよく見るけど、今日はだて様が押され気味みたい。

「どうしてですか?」
どうしてって言われても…
「昨日ここはパールって言ってたのになぜ変えるんですか?」
だめ?
「だめとかそういうことではなくて明確な根拠が欲しいんです。かっこいいからとか、SnowManに合ってるからとか、なんでもいいんです。でも毎年これだからっていう理由ならもう少し2人で考えたいです。それ、つまんないじゃないですか。滝沢くんの真似してるみたいだし、そこで妥協してるみたいで嫌です」

お、結構言うね。
意外だな。
梅田ってもっと大人しくて器用でうまい感じにこなすイメージだったのに。
いい意味で変わったのか?

ステージの後ろから見たときにパールよりスタッズの方が綺麗に見えると思って。照明の反射も綺麗に映ると思うよ。去年の映像見て、やっぱりスタッズの方が見栄えがいいと思う。迫力も出るし
「なるほど。それは私も同意見です。この曲にはスタッズの方がいいかもしれませんね。それではスタッズにできるか、衣装班にも相談してみます」
ありがとう。俺もリハ終わったらすぐ行くから
「はい、待ってます」

…いい光景だねー。良き相棒って感じ
いい方向に行ってくれるといいけど
え、なんで?なんか心配?だて様って結構面倒見いいから大丈夫っしょ。妹さんいるから女の子の扱い上手いし
まあそっちは心配ないと思うけど
照はなに心配してんの?
ジュニアの方。ちょっと前から横原がイライラしてんだよね。たぶん梅田絡み
あー…

それは俺にも覚えがあった。
今回、ジュニアのリーダーは横原がやってる。
リーダーやるのは初めてだけど、近くにはリーダー経験がある基もいるし周りを鼓舞するのが上手い影山もいる。
大きな衝突もなくみんな上手くやれると思ってたけど、そう簡単にいかないのがカンパニー。
ジュニアのパフォーマンスレベルはまだまだ低い。
稽古が始まったばかりで、初参加のメンバーはついてこれてないのも事実。
自分たちで自主練してる姿をよく見かける。
そんな中、リーダーの横原が一番イライラしてる相手は梅田だ。
横原が声をかけてる自主練に衣装班の仕事で参加できなかったり、大学の課題で参加できなかったり。
梅田が悪いわけじゃないし梅田は頑張ってると思うけど、上手くいかないイライラは募る。
横原が梅田を呼ぶ声が、日に日にピリピリしている気がして。

「梅田!」
「はい!なに?」
「自主練始まる。下の階な」
「あー、あと5分だけ、」
「来いよ」
「っ、」
「今日は絶対来い」
「でも、」
行っておいで
「…はい」

横原の鋭い視線の仲裁に入ったのはだて様の柔らかい声だった。
梅田は、悪いとは思ってると思う。
ジュニアのパフォーマンスレベルがまだまだ低い中、横原が底上げをしようとしていて、そのために試行錯誤しながら必死になってることもわかってるとは思う。
ただ、梅田には梅田の必死になるものがあるから。
両立、両方、どちらも。
どちらか一方だけを取る選択肢はないんだろうけど、どちらもいっぺんにできるほど人間って上手くできてないから。
なんか、爆発しなきゃいいけどなー。
なんて、思いながらダンスシューズを履いた。
ジュニアが心配だけど、俺らは俺らでやらなきゃいけないことが山ほどあるんだ。






あの2人を見てると”怖い“って感情が湧くけど、それはうめめが怖いってわけじゃない。
横原って怖いもの知らずだなって、そういう感情。

「またやってんの?」
「まただよ。基止めてよ」
「昨日、俺が間に入っても止まんなかったもん。それに、止めたところで横原のストレスが溜まるだけだよ」
「そうだけど。……横原ってほんとに怖いもの知らず」
「横原が?」
「だってうめめって横原よりだいぶ先輩だよ?いくら歳一緒って言っても、怖くないのかなーって。それに、うめめ最近SnowManさんと仲良いし。うめめになんかあったらあっちに怒られそう」
「まあ、横原って良い意味で嫌われることを恐れないからな」
「だから今年のリーダーなのかもね。先輩にもはっきり指摘できる人ってすごいから」

ジュニアの中には序列がある。
入所順が根底にあって、そこに年齢や人気や先輩との関係。
とにかくいろんな要素が絡み合っているわけだけど、横原とうめめが並んだらその序列は一目瞭然だ。
歴も長いし滝沢歌舞伎に何年も出てて衣装班も任されてるうめめと、今回のジュニアメンバーの中ではかなり後輩で滝沢歌舞伎初参加の横原。
同じなのは年齢だけ。
それなのに横原はしょっちゅううめめと衝突してた。

「違う。それじゃ揃わない。お前さ、1人だけ揃ってないの分かってる?」
「…分かってる」
「はい、もう一回な。影山くん、ごめんいける?」
「全然いける!」
「ごめんね?影山」
「いい加減通しでやりたい。これでできなかったら梅田居残りな」
「え、ちょっと待って、今日は衣装班の打ち合わせが、」
「じゃあ打ち合わせが始まる前にできるようになれよ」
「っ、」
「…とりあえずさ、晴、振りだけでも入れよ。固めるのは後でいいから」

厳しい言葉と鋭い視線。
ビシッと言った横原の意見は尤もだから、かげは苦笑いするだけだった。
そもそも今は休憩時間なのに休む暇もないくらいうめめは遅れをとっていた。
全員で揃えなきゃいけないダンスが全然揃わない。
うめめのところだけポコっと凹んでるみたいに違和感がある。
それをなんとかしようとリーダーの横原とか、同期のかげとか、時には俺や基が教えてるけど思ったように進まない。
スキルがないわけじゃない。
今までの滝沢歌舞伎ではこうじゃなかった。
もっと余裕があって、器用にこなしてた。
それほどまでに今年の滝沢歌舞伎で求められてるレベルが高いんだ。
足りなくて足りなくて足りなくて、ゴールが見えないんだ。






ジュニアだけの自主練、稽古、稽古終わりの自主練、最後に全体の打ち合わせ。
リーダーになってからやることが山積みで頭はいつもフル回転。
疲れた。
もう帰って寝たい。
この後も仕事するSnowMan、凄すぎる。
俺はもう限界だから、さっさと家に帰ろ。
ボサボサになった髪をキャップに仕舞い込んでたら、電気点いてない廊下の奥に人影を見つけた。

「……もってぃ?」
「おー、おつかれ」
「え、何してんの?」

稽古着じゃなくて私服に着替え終わって壁にもたれかかったままスマホいじってる姿は不思議だ。
なんでまだ稽古場に?
リーダーの俺以外のジュニアは稽古が終わったら帰ったはずだ。
問いには答えず、ふいってもってぃの視線が動く。
少しだけ隙間が開いて灯りが漏れてる稽古場を覗き込めば、梅田が鏡に向かって1人で練習してた。

「え、嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ」
「あいつ、衣装班の打ち合わせは?」
「それ終わってからずっとやってる」
「は?」
「ずっと。稽古終わって、横原と自主練して、宮舘くんと打ち合わせして、それからずっと」
「……死ぬわ」

なんだよそれ。
そんなに体力保つわけない。
ただでさえ滝沢歌舞伎の演目はハードなんだ。
それをずっとやり続けられるわけない。
案の定、梅田はもうフラフラしてる。
振りも綺麗じゃない。
こんな練習に意味があるとは思えない。

「…え、で?もってぃはなんでここにいんの?」
「んー、なんとなく?」
「なんとなくって…、てかもってぃ残ってたなら梅田に教えてやってよ」
「一緒にやるって言ったんだけど、梅田、『大丈夫』しか言わないんだよね。疲れてるだろうから早く帰れって追い出された。とりあえずここで終わるの待ってたらこんな時間だよ。あーあ、お腹空いたー」
「先帰るか無理矢理止めたらいいのに」
「それも考えたけどさ、なんか心配だし。梅田、必死なのは分かるけど、変な方向にエンジンかかってるなーって」
「ヤケクソじゃね?」
「分かんない。……最近の梅田、ほんとに分かんないんだよね」

また視線が動く。
伏目がちに向けられた視線から梅田のこと相当心配してることが伝わってくる。
梅田の息が荒い。
ずっと練習してるのか、下を向いたら前髪から汗がぼたぼた落ちてる。
もってぃが言っても止まらなかった。
じゃあ俺が言ったら止まる?
リーダーなら止められるのか?
でも止めたくはない。
梅田には上手くなってもらわなきゃ困る。
今のレベルじゃ俺は納得できないし、SnowManは絶対に納得しない。
あんなレベルじゃ、舞台には立てない。

「はぁ、はぁ、はぁ、」

本当に止めなくていいのか?
ヘトヘトになるまでがむしゃらに練習してる梅田を止めなくていいのか?
こんな練習続けてたら本番前に梅田が倒れる。
絶対もたない。
だったらここでレベルを下げた方が、

「はい余計なこと考えなーい」
「は?」
「横原って、切羽詰まると顔に出るよね」
「そんなことないっしょ」
「そんなことあるよ。こんだけ一緒にいたら分かる。とりあえず、梅田のことはなんとかするから横原は全体のことだけ考えててよ。リーダーなんだから」
「なんとかするって、どうすんの?」
「あはは、分かんない」
「わかんないんかい」
「うん、でもなんとかする。照くんも梅田のこと心配してたし、ここで潰れるわけにはいかない。絶対潰さない。だから横原はリーダーらしくしててよ」

なんの根拠もなんの策もない。
なにが大丈夫なのかも全然分かんない。
それでも、もってぃはもう俺と話す気はないみたいで視線をスマホに落とした。
ここでいつまで待つつもりなんだ。
梅田が倒れるまでか。
無策でなんとかなるとは思えなかったけど、俺は黙って帰るしかなかった。
俺だって、無策だった。




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