滝沢歌舞伎ZERO2021始動の話
お願い、まだここにいて、間に合って。
滅多に入ることがないテレビ局は廊下が入り組んでてわかりにくい。
マネージャーさんから聞いた場所を頼りに走るけどなかなか辿り着けなくて、マスクのせいで息が上がってしまう。
年明け、まだ会えていなかったから、出来ることなら今会いたかった。
お仕事中のスタッフさんを避けながら廊下を曲がると一際高い背の後ろ姿を見つけて、思わず大きな声で名前を呼んでしまった。
「っラウちゃん!!!」
「びっ、くりした、うめめじゃん!…あ!あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
デビューしたのはラウールが先だから序列的には先輩だけど年齢も入所も上だからか、ラウちゃんは相変わらず礼儀正しく接してくれる。
見上げる程高い彼とお互いに新年の挨拶をしつつキョロキョロ周りを見たけど、ラウちゃんしかいないみたいだ。
「他の皆さんは?もう帰っちゃった?」
「いや、何人か残ってるけど…、なんか用事あった?」
「新年のご挨拶を」
「あー、なるほどね。楽屋来る?」
「一瞬だけお邪魔してもいい?」
「もちろん!」
笑顔で了承してくれたラウちゃんは私と歩幅を合わせるようにゆっくり歩いてくれて、楽しそうに近況を話してくれた。
お互いにグループからコロナ陽性者が出てしまってバタバタの年末年始だったけど、彼は彼なりにできることをしていたようだしラウちゃんの考え方は勉強になることが多くてびっくりしてしまう。
これでまだ10代、すごい。
楽しい話が多くてくすくす笑いながらSnowManさんの楽屋に着くと、中にいた深澤くんと翔太くんと涼太くんが目を丸くしてこっちを見た。
「あれ、梅田?久しぶり!」
「おー、久々に梅田見たな」
「皆さんあけましておめでとうございます!」
「あけおめ」
「おめー」
「あけましておめでとう」
「ここにいるの珍しくない?仕事?」
「はい、テレビ出させていただくことになりまして、さっき収録してきました。SnowManさんいるって聞いたのでご挨拶を」
「廊下で会ったから連れてきた」
「わざわざありがとう」
「梅田、お菓子食べるか?いっぱいあるぞ?もっと欲しかったら俺が買ってきてやるからな?」
「親戚のおじさんか」
「うわ!ドーナツある!え、食べてもいいんですか!?」
「いいぞー、いっぱい食べろー」
「食べるんか」
「僕も食べよ」
4人しかいないのにいつもと変わらず仲良しで明るくてちょっと騒がしいSnowManさんの楽屋は笑顔に溢れてる。
いいな、素敵だな、やっぱり憧れだよ。
この空気感が大好きだなーって思いつつドーナツをいただいてると、涼太くんが自分のバッグの中を確認し始めた。
「今日持ってるかな…」
「なにが?」
「お年玉」
「あー、お年玉ね」
「いやいや!そんなつもりじゃ、」
「梅田欲しいもの言っとけ。ふっか先輩なんでも買ってくれるぞ」
「いやいや梅田、最近後輩に慕われて表向きは冷たくしちゃうけど内心嬉しくて仕方がないなべ先輩に強請っとけ?」
「うるさいな」
「あははは、翔太くんに何かいただいたら大河が拗ねますね」
「…あいつの話はいいんだよ」
「あ、しょっぴー照れてる?」
「違うわ」
「よかった、あった。はいこれ、美味しいものでも食べて?今年もよろしくお願いします」
「……あの、これ受け取らないかわりにひとつお願いを聞いていただきたいのですが」
「なに?」
涼太くんが差し出してくれた和風のポチ袋を受け取らずにその目を見つめる。
SnowManさんがここにいるって聞いて走ってきたのはこのためだ。
来週のスケジュールもわからないようなジュニア活動の中で早めにスケジュールが決まる仕事はデビュー組の方とのお仕事。
私たちより遥かに忙しいデビュー組の方のスケジュールに合わせて私たちジュニアの予定が決まる。
ただ、このお仕事だけは毎年決まってるようなもの。
毎年、魂を削って立つ舞台だ。
今年は4月から滝沢歌舞伎ZERO2021が有観客で行われることがもう決まっている。
SnowManさんはもちろんだけど、私たちIMPACTorsにとっても大切な舞台。
その初回の打ち合わせは今夜行われるけど、その前にどうしても座長にお願いしたかった。
お年玉をもらわない代わりのお願いにしてはあまりにも大きいけど、ダメ元でもいい。
「今年の滝沢歌舞伎のIMPACTorsの衣装は私にやらせてください!」
これまでありがたいことに何度も衣装に携わらせていただいたけど今年は特別だ。
私たちがグループになって初めてファンの方に会える舞台だから。
絶対、どんなことをしてでも私たちの衣装は私が作りたかった。
どうしてもやりたかった。
ガバって勢いよく頭を下げた私を見てたぶん皆さんびっくりしたと思うけど私は本気だ。
この仕事、絶対私がとりたい。
「うん、いいよ」
「え…」
「え?」
「え、なんか、え?思ったよりあっさり承諾いただけてびっくりしてます」
「え?だってもう決まってるでしょ?」
「え?」
「滝沢歌舞伎の打ち合わせ資料見てない?今年はIMPACTorsで新曲歌うし、オリジナル衣装も一から作るよ」
「……え?」
「衣装担当に晴の名前書いといたけど、まだ見てない?」
「え、んん?ちょっと頭が追いついてないのですが、え、新曲?Top Of The Worldじゃなくて?ですか?」
「うん、照が振り付けの新曲、え、あ、待って?……もしかして俺まずいこと言った?」
「うん、まずいよ。めちゃくちゃまずい」
「涼太、それまだ言っちゃいけないやつ」
「あーあ、言っちゃった。今日の打ち合わせで照くんからサプライズ発表する予定だったのに」
「佐久間がここにいなくてよかったー、あいついたら『ネタバレ禁止!』ってキレてたぞ」
「え、ちょ、待って、嘘でしょ?」
「あー、……晴、ごめん」
「……ついに私もドッキリグランプリに?」
「違う違う違う!」
え、待って、……どこから本当?
『みんな、先に言っておくけど、……衝撃に備えろ』
なんてマジな顔して打ち合わせ前に脅してきた晴に、何言ってんだ大袈裟だなって思ってたけど全然そんなことなかった。
むしろもっと警告してほしかった。
衝撃に備えろ?
冗談じゃないぜ。
爆撃並みの発表に真面目な打ち合わせ中なのに大声で叫んでしまったし、SnowManさんに何回も『IMPACTorsうるさい!』って注意されてしまった。
俺たちが参加する打ち合わせが終わった後、荷物をまとめてた別室に入ったタイミングで晴に声をかけたのに、テンション上がった新と奏にかき消された。
「晴、」
「うめめ知ってたのになんで教えてくれなかったの!?」
「そうだよ!ひどい!1人だけ先に知ってたなんて!」
「2曲目とか聞いてないから!」
「オリジナル衣装も聞いてないから!」
「岩本くんが振り付けするのも聞いてないからな!」
「ちょ、一斉に喋らないで!!!」
もー!って怒ってるけど怒りたいのはこっちだよ。
俺ら全員が揃ってる場で発表されたのはサプライズばっかりで目ん玉落ちるかと思った。
滝沢歌舞伎ZERO2021で俺らIMPACTorsの2曲目のオリジナル曲をパフォーマンスさせていただけることになって、しかもその振付が岩本くんで、なんとオリジナル衣装を作っていただけることになって、その担当が晴に決まった。
たぶん俺たちが思ってる以上にすごいことが起きてて、一足先にその事実を知ってた晴は騒いで打ち合わせを中断してしまった俺らを眉を下げて静かに見てた。
なんだよ、言えよ、なんで1人だけ知ってんだよ。
身長高い奴らに囲まれて迫られて怖くなったのか椿くんの背中に隠れてガードしたけど、椿くんもこっちの味方だからな。
たぶん。
「不可抗力だよ!私のせいじゃないってば!打ち合わせで涼太くんも言ってたけどたまたま打ち合わせ前に聞いちゃったの!私だってみんなと同じタイミングで聞きたかったし、本当に心の底からネタバレ禁止かなピーマンだよ!」
「本当に心の底からネタバレ禁止かなピーマンってなに」
「丁寧につっこまないで!意味なんてないから!」
「それ佐久間くんに失礼だよ」
「もってぃも知らなかったの?岩本くんなんか言ってなかった?」
「まったく知らなかったよ。先週照くんに会ったけど何にも言ってなかったからね」
「じゃあやっぱり梅田だけ抜け駆けしてたわけだ」
「だからしてないってば!不可抗力なの!」
「まあまあ、うめめいじめるのはこのへんにしよ?てか素直に喜ぼうよ!俺らが一曲パフォーマンスさせてもらえるんだよ?めちゃくちゃやばいって!」
「うう、さすが私の唯一の味方椿先輩…」
「メンバー同士で揉めてる場合じゃないからね!俺らの新曲でファンの皆さんに衝撃を与えていかないと!」
「お、なんかつばっくん、先輩っぽい」
「先輩だぞ」
「何で梅田が偉そうなんだよ」
みんなマスクしてるのにニヤニヤしてるのがわかる。
グループになってから初めてお客さんの前に立つ舞台でこんな大役をいただけるなんて思ってもいなかったけど、プレッシャーより楽しみの方が勝つんだ。
新曲だけじゃない。
俺たちに与えられた滝沢歌舞伎のハードルも重みも、これまでとは比べものにならないくらいものすごくでかい。
自分たちが主役のつもりで、自分たちがファンを幸せにする。
そんな強い気持ちで挑む長い戦いが始まる。
滝沢歌舞伎以外にも仕事は多くて、今までみたいに自分のことだけを考えてたら絶対に成功しない。
自分、メンバー、SnowManさん。
周りの人も含めて視野に入れながら戦うんだ。
晴がぱんぱんになったリュックの口を閉めようとしたら中から何かが落ちてきた。
机の下に入ってしまったそれを拾うと、いつも使ってるくたびれたメジャーだった。
「晴、これ落とした」
「あー、ありがとう。……ふふふっ」
「え、なに?」
「衣装作るからまた採寸しないとね!どうしよう!どんな衣装にしよう!ほんとに!楽しみ!」
「俺も晴の衣装楽しみだぜ!」
「最強の衣装作るぜ!」
「最強の衣装着るぜ!」
「それで必ず!」
「勝ーつ!!!」
「勝ーつ!!!」
「……あの同期2人めちゃくちゃうるさいんだけど」
「今日だけは許してあげよ」
「がちゃんは一緒にやんないの?」
「やらないよ」
叫ばずにはいられないよ。
駆け足で、でも着実に、俺たちはひとつひとつ夢叶えていってるんだ。