お喋り禁止令の話
俺だけじゃない、みんな唖然としてた。
あり得ないと思ってたし、実際に今まで一度もあり得なかった。
むしろ、今回も絶対最後だと思ってたんだ。
だから鏡に映ってる俺ら7人のぽかんとした顔に笑うこともできない。
「梅田、合格」
「やったー!」
「…嘘だろ」
汗だくになりながらもバンザーイ!って全力で喜んでる梅田を見て、信じられないって顔で影山くんがリハ場に寝転がった。
大河ちゃんも目を丸くしたままで、もってぃは相当悔しいのか怖いくらいの目で鏡に映る自分自身を睨みつけてる。
岩本くんが振り付けしてくれた俺たちの2曲目のオリジナル曲『Wildfire』。
細かい手の動きと脚の動きが特徴で、初めて見た時は踊れる気がしなかったくらい難易度が高い。
懇切丁寧に教えてくれる岩本くんに感謝しつつ振り入れをやったわけだけど、1番最初に踊れるようになったのは誰も予想してなかった梅田だった。
「ま、合格って言ってもとりあえず振りは入ったって程度だからね。安心しないように」
「はい!」
「信じられない、うめめが1番?」
「えー、悔しい!俺が1番になりたかった!」
「てかなんで!?晴いっつも振り入んの遅いじゃん!新と最下位争いしてんじゃん!」
「最近は俺のが早かったのに」
「いつの話してんの?人は成長するんだよ?」
「ドヤ顔めっちゃイラッとする!」
「本当に意外」
「居残り常連の梅田が1番かよ、え、まじか」
「でもすごいようめめ!1人が振り入れできたら俺らだけで自主練できるからありがたいし」
「正直私もびっくりしてる。なんでだろ?岩本くんの教え方が超絶上手いから?」
さらっと言ったその言葉が、悪気はなかったとしてもグサッと突き刺さる。
IMPACTorsの振り付け担当は俺ともってぃで、今まで2人で何曲も振り付けして梅田に教えてきた。
振り覚えが遅い梅田は居残り練習の常連だったし、何回教えても振りが入らなくてイライラしながらもずっと教えてきたんだ。
梅田がやり切るって知ってたから俺だって諦めずに練習付き合ってきた。
なのに今回はこんなに早く覚えて、人の手助けも借りず、すぐに次のステップに進んだ。
俺と岩本くんの間に差があることは分かってたけど、本当の意味で自覚はしていなかったのかもしれない。
教え方が上手くて、人を成長させる力を持ってる。
やっぱり先輩はすごい。
だからこそ、悔しい。
梅田が1番ってことも悔しいし、今まで一度だって梅田を1番に出来なかった振付担当の自分も悔しい。
「……もう一回、音でやってもいいですか?」
「もちろん、最初からそのつもり」
悔しさを微塵も隠さないもってぃがそう言えば各自スタートのポジションにつく。
まだまだ足りない。
振り入れも、固めも、ブラッシュアップも、まだまだやることがあり過ぎる。
梅田が合格を貰って他のメンバーのスイッチが入ったのは明白だった。
振りが入った梅田の背中をじっと見てたら、視線に気づいたのか俺を見てニヤって笑った。
「私が先に横原ダンスになるね」
「どゆこと?」
「横原のダンスが好きだから、そのレベルまで先に行っちゃうよってこと」
「…なんだそれ」
曲が始まるクリック音が鳴って梅田は前を向いた。
視線はもう合わない。
その言葉の意味を確認する暇もない。
なのに、マスクで隠れた口元が緩んでしまう。
俺のダンスが好きだと言われたのは初めてじゃない。
俺のように踊りたいと言われたのも初めてじゃない。
でも、俺のように踊ることを『無理』と言わなかったのは初めてだった。
なりたいけどなれないと諦めてたものを、梅田は諦めようとしなかったし『無理』とも言わなかった。
それが、なんか、上手く言えないけど、とにかくめちゃめちゃ嬉しかったんだ。
SHOCKの公演をやりながら滝沢歌舞伎の稽古をするのは本当にしんどい。
走馬灯見るかと思ったし、仕事が終われば泥のように眠る。
少しでも回復しないと、少しでも成長しないと。
本番までの時間は限られてて、焦る気持ちが抑えきれない。
絶対1人じゃ乗り越えられないけど、椿くんやメンバーがいるから頑張れる。
俺も頑張ってるけどみんなも頑張ってるから。
グループに還元しようって、みんな必死だから。
人の心配ができるほど余裕はないけど、でも、頭の片隅でうめめのことを考えてた。
例年通り衣装の仕事も抱えるうめめは大丈夫かな、ごはん食べてるかな、寝てるかな。
そんなことを心配してたら悪い予感は的中してしまうみたいで。
「え!?うめめ声出ないの!?」
「あー、違う違う。出なくなる一歩手前だから喋るの禁止」
「稽古中は喋るよ?でも不要な会話は極力避けるようにって」
SHOCK終わって稽古場に着いたらすんごいことになってた。
はぁーってため息吐いたメンバーと、ぶすって不機嫌な顔したうめめ。
『私はしゃべれません』ってマジックでテキトーに書かれたマスクをしてるけど、たぶん筆跡からしてよこぴーが書いたんだろう。
ニヤニヤ笑ってるし。
詳しく話を聞くと、ここ最近個人仕事が多かったうめめはテレビ収録や雑誌撮影の乾燥したスタジオの空気に喉をやられたらしい。
グループを組んでから滝沢歌舞伎に向けたプロモーションを兼ねた慣れない仕事が続いた代償か。
うめめだけじゃなくて、俺たちだってものすごいスピードで増えるお仕事になんとかギリギリ食らいついてる状態だ。
喋れるけど枯れそうだから極力喋らないようにして回復を待つ。
幸い、滝沢歌舞伎本番までにたくさん喋るような仕事はないから、本番までになんとか回復させるしかないらしい。
心配そうな顔した椿くんがうめめを覗き込んだ。
「大丈夫?気持ち落ちてない?」
「……」
「ジトーって目で見てくる…、すごい沈んでるってことはわかった」
「うめめと会話したい時はどうする?」
「絵で」
「できるか。会話すんのに何時間かかるんだよ。絵描くなら文字書けよ」
「スマホで文字打ってもらうか、ノートで筆談かなー。梅田はどっちがいい?」
スマホで
「じゃあスマホで」
「スマホなくさないようにね」
「大丈夫っしょ。新じゃないんだから」
「いや危ないよ。酔ったら忘れるからね?」
「念のためノートも持ち歩いた方がいいかも」
「首から下げといたら?あー、でも稽古しにくいか」
「それやばくない?幼稚園児みたい」
いつもと同じテンポで進んでいく会話をうめめはじっと聞いてて、スマホに打とうとした指が画面に触れては離れてを繰り返してた。
自由に喋れないのがもどかしい。
スマホで打ってたらきっと追いつかない。
そう思って話したいことをグッと飲み込んでる。
でも本番まではこれが続くのか。
「うめめ」
「?」
トントンって肩叩いた椿くんは自分のスマホに文字を打ち始めてそれをうめめに見せてて、ふふって笑ったうめめがスマホに文字を打ち込んだ。
今日の夜、何食べる?この後出前取ろうよ
うどん食べたい
いいね。うどん食べよう
うめめと同じペースで文字を打ってて、困らないように、疎外感を感じないように、ゆっくり歩幅を合わせるように会話をしてて、スマホの画面を見せる度に2人で目を合わせて笑ってて。
「椿くん、優しいなー」
「え、なにが?」
「そういうとこが。ね?うめめ?」
話を振ると『うん!』って大きく頷いて笑った。
よこぴーが落書きしたマスクがなんか不釣り合いで面白いけど、椿くんの優しさが嬉しいんだってことは十分伝わってるよ。
それに、そんな椿くんを見てメンバーの顔も緩んじゃう。
「俺、椿くん好きだな」
「俺もですよ」
「急に何!?怖いよ!」
「褒められて不安になんないでよ」
「裏とかないから。みんな純粋に褒めてんだから」
「新も好きっしょ?」
「え、うーん…」
「出たよ不仲!」
「やめろよ!今のは横原が誘導したじゃん!」
相変わらずの気にしいな性格に笑ってしまうけど、椿くんの底なしの優しさにみんな救われてるよ。
その証拠に、うめめはしばらく椿くんにべったりだった。
うめめの文字を打つスピードに合わせて会話してくれるのが相当嬉しかったみたい。
2人がスマホで会話しながら飲み物を買いに出ている間、こっちはこっちで影山くんがリーダーを全うしてた。
各自、マネージャーさんから送られてきたスケジュールを手元に打ち合わせ。
「晴のスケジュール、こんな感じなんだけど、仕事一緒の人は出来るだけフォローしよう。スタッフさんへの説明とかも必要だろうし」
「あと電話も禁止ね?出られないから」
「あー、そっか、じゃあ連絡したい時は全部メールだね」
「晴の心配も大事だけど、みんなも声枯れないでよ?2人も枯れたらやばいから」
「ほんとそれ。てかなんで枯れるんだよ梅田ー、稽古まだまだあんだぞー」
「頑張ってたからじゃない?うめめが出てたテレビ見たよ。めっちゃ面白かった」
「俺も見た。結構長く映ってたよね」
「まあ色々思うところはあるけど、あんまきついこと言わないであげて?」
「もう怒られた?」
「SnowManにボコボコにされたよ」
「佐久間くん、怒るとあんなに怖いんだね」
「横原、言い方気をつけなよ。ボコボコって言っても愛のある指導だから」
「でもあれはボコボコだったな。晴もさ、自分が悪いってわかってるからノーガードだし。もーフルボッコだよ」
「ひぇ…」
やばいことをしてしまったっていう自覚はあるし怒られたし反省もしてる。
喋れなくて落ち込む気持ちもわかる。
そんなうめめに対してみんなが動いてるこの光景を見て、なんかいいなーって思った。
きっとグループ組む前の俺らだったらこんな会話なかった。
ライバルをフォローしようなんて考えはなかったし、むしろラッキーって思ってた。
でも今は違う。
メンバーのピンチはメンバーが助ける。
メンバーが落ち込んでたらメンバーが笑顔にする。
こういうの、好きだしやりたかったし、ちょっとだけ懐かしいなって、ほんのちょっとだけ、昔を思い出してた。