無許可な話



「……」
「うめめ、おはよー」
「……」
「うめめ?」
「……おはよう奏」

いつもと同じ、に、見えてたぶん違う。
新橋演舞場の楽屋口、着到板の前にじっと立ってたうめめはワンテンポ遅れて挨拶を返してきた。
初日の疲れが取れてないのかな?
マスクしててもあんまり覇気がなくてぼーっとしてるのがわかる。
どうした?って意味で顔を覗き込んだら、心配してるのが伝わったのか笑顔になった。

「寝れた?」
「もーぐっすりだよ。疲れてたし。うめめ寝れてないの?」
「ううん、寝たよ」
「そっか、よかった。…あ!そういえば今日からお喋り禁止令解けるよね?」
「そうだね、今日から喋れる」
「やった!いっぱい話しかけよう」
「うん、いっぱい喋ろう」

なんでもない会話しながら着到板に赤いピンを刺してると、うめめの視線がほんの一瞬細くなった。
見てるのは着到板。
なんだろ。
まだみんな来てないのが寂しいのかな?
この時間から楽屋入りしてるのは俺かうめめくらいだ。
みんなまだまだ来ないと思う。
それとも、誰かの名前にピンが刺さってるか確認してる?
ここまでぼーっとしてるとさすがに心配だから体調大丈夫か聞こうと思ったら、楽屋口から誰かが入ってきた。
あまりにも予想外で、ちょっと声が上擦ってしまう。

「基くん!?」
「おはよ」
「っ、」
「どうしたのもっちー!?いっつもギリギリなのに!こんな早く来るの珍しくない?」
「俺も早く来る時はあるの」
「打ち合わせとかあったっけ?」
「なんもないよ。昨日、初日でバタバタしてたから今日はゆっくり準備しようかなって」
「あー、なるほどね」
「おはよう梅田」
「…おはよ」
「……」
「着到板、俊介の分も刺しとくね」
「ありがとう」
「じゃあ、私先に行くね」

あれ?
あれあれ?
この2人なんかあった?
基くんはいつも通りだと思う。
でもうめめちょっとおかしい?
顔は笑ってるけどなんかちょっとだけ強張ってる気がする。
その違和感を確かめる前にうめめは演舞場の中に入っていって、背中が見えなくなった。
え、え、なんかあったの!?
俺の動揺に全く気づかない基くんは着到板を覗き込んだ。

「奏も自分の分刺しなよ」
「ねえ!」
「びっくりした、声大き、」
「うめめと喧嘩した?」
「喧嘩?」
「今日のうめめなんかおかしくない!?朝からぼーっとしすぎだよ!絶対なんかあったじゃん!」
「あー…」
「ほらー、心当たりある顔してる!絶対仲直りして!みんなが来る前に!早く!」
「ちょ、押さないで、」
「絶対ね!IGNITEの時みたいにならないで!」

俺が背中を強く押したら基くんは苦笑いしてたけどこっちにとっては死活問題だ。
2019年の夏。
KAT-TUNさんのIGNITEツアーの遠征先で大喧嘩してた基くんとうめめは、周りに負のオーラもピリピリ痺れる険悪さも撒き散らして酷い有様だった。
普段めっちゃ仲良い2人が喧嘩してるのは見たくないし、あの時のブチギレたうめめは怖くて無理だ。
もう!
基くん、うめめに何したの!?
お願いだから仲直りして!






「っはーーー、」

息、出来なかった。
びっくりした、心臓止まるかと思った。
うん、大丈夫、普段通りだったはず、大丈夫、奏にはなにも気づかれてない、うん。
いつもだったらIMPACTorsに用意された楽屋に直行するけど、今日はその隣に用意していただいてる私1人の楽屋に駆け込んで息を吐いた。
とりあえずリュックを下ろして畳の中央に正座する。
意味なんてない。
ただ、冷静になりたいだけ。
昨日からずっと頭がふわふわしてぼーっとしてる。

好きだ、って、言われた。
キスした。
一回じゃなくて、何回も。
それに、最後の一回は、たぶん、私から望んだ。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け、」

心臓がどくどくうるさい。
昨日の出来事は昨日の出来事であって今日には関係ない。
粛々と新橋演舞場に来て粛々と仕事するって決めたのに俊介の顔見たら全部吹っ飛んだ。
だって、

「…百面相」
「っ、」

この人は私のことが好きなんだって思ったら、そんなの、粛々と過ごすなんて無理だよ。

「…俊介」
「うん、おはよう」
「さっき挨拶したよ?」
「でも俺の目見なかったから」
「……おはよう」

そんなことない。
正確には、一瞬合ったけどすぐに逸らしただけだ。
反論できなかったのは俊介が荷物を持ったまま部屋に入ってきたから。
楽屋に寄らずにここに直行してここに荷物を下ろしたってことは、何か話したいって証拠だ。

「奏が梅田のとこ行けってすっごい言ってきたよ」
「え、奏が?」
「前みたいに俺と梅田が喧嘩してると思ったみたい」
「あー……、その時と空気似てるかな?」
「パッと見そうかもね。でも実際は違うでしょ?」
「う、うん、まあ、そうだね」
「……ふは、」
「なに?」
「バチバチに俺のこと意識してんじゃん」
「っ、」
「そんな梅田初めて見た」

笑われたけど否定できないからぐっと唇を噛んだ。
荷物を置いて座った俊介の正面に正座した私は背筋をぴーんって伸ばしたまま視線がキョロキョロ彷徨ってる。
手の置き場所がなくて髪を触ってしまうし、まともに俊介を見れない。
顔が熱い。
顔だけじゃなくて全身が熱いから、コートを脱いでおけばよかった。

「…梅田?」
「ん?」
「俺の彼女になってよ」
「へ?」
「お付き合いしませんか?」

あ、え、ん?
今なんて言った?
ぼーっとしてた頭が完全に停止した。
瞬きを忘れて、言葉の出し方を忘れて、それでも絞り出すように頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。

「え、ちょっと待って、付き合うって、だって私たち同じグループのメンバーだよ!?」
「うん、わかってる。みんなにはタイミング見て伝えるけど、とりあえず滝沢歌舞伎終わるまでは内緒にしよう」
「いつかは言うよね?」
「もちろん。でも今じゃない」
「…付き合う意味ってあるのかな」
「……」
「だってほぼ毎日一緒にいるし、一緒に仕事してるし、会えるし、……付き合ってなくても、私にとって俊介は”特別”だよ?」

俊介のことは好きだ。
大好きで、信頼してて、私の”特別”だ。
それは昨日の告白があってもなくても変わらない。
それじゃだめなの?
今までと同じじゃだめなのかな。
雰囲気や感情論で簡単に決められないよ。
それを分かってるから、俊介も正座して諭すような声で聞いてきた。

「じゃあ梅田にとって、”付き合う”ってどういうこと?」
「え、うーん…、難しい質問」
「”特別”と”付き合う”は何が違う?」
「……”付き合う”は、お互いのことが好きで初めて成立する関係で、他の人とは恋人関係にならないっていう約束、かな」
「俺のことは男として好きじゃないから、付き合えないってこと?」

言葉に詰まってしまった。
そんなにストレートに聞いてくると思わなくて、なんて返事をしたらいいのかわからなくて、また視線を逸らしてしまった。
昨日も今日も、私はその問いに答えられない。
俊介のことが”男”として好きかって聞かれたら答えは曖昧だ。
はっきり好きだと答えられる感情はない。
でも違うと言うには自分の行動の説明がつかない。
だって昨日、私から手を握ったから。
キスする時に手を握ったのは私だ。
最初にキスしたのは俊介だけど、最後にキスを受け入れたのは私だ。
はっきりしない自分の気持ちが嫌になる。
答えはいつだって、最後までやり切るか無理って断るかどちらかしかないのに。
ずっとそうやって選択してきたのに。
私がぐるぐる悩んでることなんて”特別”の俊介にはお見通しで。

「俺のことが男として好きじゃなくても付き合ってよ」
「え、でも、」
「はっきりしない関係の方が梅田はストレス溜まると思うよ。今日みたいにバチバチに意識するだろうし」
「うっ、それは仰る通りで…」
「だから、とりあえず付き合ってみよう」
「とりあえず…」
「とりあえずって言っても、俺、本気で大事にするから」
「っ、」
「誰よりも大事にするよ」

その言葉に嘘がないことは知ってる。
信頼できることも知ってるし、私が知ってることを知ってる上で明言してくるってことは本気なんだ。
俊介、本気で私のことが恋愛感情で好きなんだ。
マスクしててもすごく緊張しながら話してくれてることは伝わってきて、ドキドキするには十分すぎる。
本当に、”特別”、なんだ…。

「…うん、わかった。お付き合いします。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

正座したまま頭を下げたら同じように俊介も頭を下げた。
昨日からずっと、俊介が私のことが好きなんだって気持ちがひしひしと伝わってきて怖い。
怖いっていうのは、嫌だとか恐怖だとかそういうマイナスな感情じゃなくて。
あの日、アイドルを辞めるって決めた日に感じた感情に似てる。
怖いのは、関係が変わってしまうからだ。
でもこんなにドキドキしてるのは、関係が変わったからだ。

「梅田」
「なに?」
「抱きしめてもいい?」
「っえ、あ、い、今?」
「うん、今」
「いいけど、……そんな畏まって言われるとどんな顔していいかわかんないよ。こういうのって普通聞くものなのかな?」
「今まではできるだけ聞いてたよ?嫌な時もあるかなって思って」
「たしかに聞かれてたかも」
「これからはいらない?」
「…うん」

付き合うとは、お互いが好きな2人がお互いを好きだと伝えて始まる関係で、”特別”で、無許可で触れることができるものだと思ってる。
手を繋ぐことも抱き締めることも、キスも。
好きならしたいし、付き合ってたら逐一許可を取る必要はないし、私と俊介は今までだってある程度は触れてきた方だから、付き合い始めたから触れられたくないなんてことはない。
これから許可はいらないし今までとそこまで変わらないよって思ってたけど、この選択は後で後悔することになる。

「っはー、嬉しいぃぃ」

正座してた私の手を引いて立たせた俊介はぎゅうって私を抱きしめた。
抱きしめられたことなんて今までもあったけど、その時とは熱がまるで違う。
同じ人なのに、同じように抱きしめられてるだけなのに。
耳元で聞こえる声も、抱きしめたまま髪を撫でる指先も、私が後ろに倒れちゃうんじゃないかってくらい強い腕の力も、全部違う。
俊介は私が思ってる以上に男の人で、予想以上に熱い人だった。






パタンって楽屋の扉を閉める。
閉めて、その場から動けなくて、さっきまで梅田を抱きしめてた手をじっと見つめた。
やっと伝えられた。
やっと伝わった。
やっと、手に入った。
あまりにも強引で自分勝手で無理矢理だったけど、梅田の”特別”がより強くなった。
梅田が俺の彼女、梅田の彼氏が俺。
もう触れていないのに手が熱い。
朝イチ、俺と目が合った時の顔が忘れられない。
バチバチに意識して目を逸らしたその横顔が嬉しくて嬉しくて堪らない。

「…っし!」

誰にも見られてないと思って小さくガッツポーズしたのに、その姿はばっちり見られてたみたいで。

「…もってぃ朝から何してんの?」
「へ?あー、別に?おはよう、横原」
「おはよ」

眠そうな目をしょぼしょぼしてる横原は不思議そうに首を傾げたけど、特に気にしてないのか俺の前を素通りした。
した、と、思ったけど横原はすぐに振り返った。
ニヤって、なんでも知ってるような顔して。

「梅田となんかあったっしょ」
「っ、……そういうのは疑問系で聞いてよ」
「聞かないよ。だって確定じゃん」

なにが、とは聞かなかった。
なにが、か言わなかった。
横原がどこまで分かってるのか分からない。
見てたのか感じ取ったのか、ただカマかけたのか。
分からないから全力で誤魔化すんだ。
付き合ったばかりなんだ。
ここで梅田が別れを選択するような要素は与えたくない。
付き合ったことはメンバーにはまだ伝えない。
梅田が俺のこと男として好きになるまで、もうちょっと待ってよ。

「なんもないよ。いつも通り」

嘘はついてない。
俺たちは今まで通り”特別”だ。
ほんの少し変わっただけ。
無許可で触れられるようになっただけ。
お互いが”特別”で、”特別”はお互いしかいないんだと約束した、それだけ。



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