「好き」という話



夢が叶ったと思った。
いや、それはちょっと違う。
まだこれは夢の途中。
叶ったわけじゃない。
それでも、画面に映る8人を見て涙が出そうになってしまった。

梅田、ティッシュいる?
…あー、いらないのね?
泣いてもいいんだよ。うちの楽屋、今の時間は誰も来ないから

阿部くんと佐久間くんが差し出してくれたティッシュの箱を首を横に振って断った。
涙は堪える。
泣かない。
泣くわけにはいかない。
だってこれは通過点であって、合格点を貰ったわけじゃないから。
正座した私の正面で同じように正座した涼太くんは、今日、つまり滝沢歌舞伎ZERO2021初日公演の録画映像を見ながら振り返りを始めた。

Wildfireの衣装、すごく良かった。でももっと綺麗に魅せられると思う。ダンスはちょっと意識するだけで綺麗になる。例えば、ひらりと桜では佐久間が衣装を上手く使って表現を広げてる。IMPACTorsももうそれができるレベルだと思うからやってみようか

言われたことを理解し、解釈し、みんなにどう伝えたらいいのか頭をフル回転させる。
まだ初日だ。
ここから何十公演もある。
どんどんブラッシュアップしていかなきゃいけない。
IMPACTorsの衣装を任された者として、できることは何でもやるんだ。
涼太くんが話してくれたことを一生懸命メモしてると、涼太くんが言葉を止めた。
止めて、じっと映像を見つめる。
いただいたオリジナル曲と岩本くんの振り付けと私の衣装。
まだまだ未完成だけど、お客さんの前で初めてIMPACTorsが披露したパフォーマンス。
それを見て、涼太くんは目を細めた。
座長の顔だけど、優しい顔だった。


「?」
ここにいる意味見つかった?
「っ、」
ここにいたいって、思えた?

繰り返される2年前の問い。
あの頃の私はその答えを人に求めてて、他責で、自分の芯がなかった。
弱くて脆くて勝てない私は泣いて逃げて必死で走ってて。
自分で叶えられる夢だけを見て、怖くなって逃げて、自分で叶えられない夢を見て。
でも今、私は、ここにいる意味もここにいたいって思える理由も、ここで叶えたい夢も見つけた。
みんなで叶えたい夢を、もう持ってる。
2019年の滝沢歌舞伎千秋楽でSnowManさんの背中に見た”勝てる”って光景の輪郭を、まだぼんやりだけどでも確実に、8人の背中に見たんだよ。

「…っはい!」

大きな声で返事をしたら、涼太くんが嬉しそうに頷いてくれた。






感じた違和感は気のせいだったのかもしれない。
でもその少しの歪みが大きくなって全体に影響したら嫌だなって思って、今日中に確かめたかった。
終演後、スタッフさんもほとんどいなくなった新橋演舞場の衣装部屋で自分の名前が書かれた衣装のジャケットを羽織った時、襖が開いて梅田が中を覗き込んだ。
帰り支度を済ませた梅田がスマホの画面を見せてくる。
お喋り禁止令は明日解ける予定で、今日はまだしゃべれなかった。

なにしてるの?

「お疲れさま。今日踊ってたら一瞬腕上げる時に詰まっちゃって。たぶんたまたまだと思うから梅田が直さなくても大丈夫、…って言ってる間に来ちゃうよねー」

言葉通り、俺が話してる途中から梅田は衣装部屋に入ってきてパンパンのリュックを下ろして俺の肩に触れた。
梅田が帰ってから衣装確認すれば良かった。
顔を見たら疲れてるってわかるよ。
初日、しかも昼夜2公演やって全体の反省会やって宮舘くんと反省会やって俺らと反省会やって、やっと帰れるところだったんだ。
申し訳なさが募るけど、衣装部屋にメンバーがいたら放っておかないのが梅田だろう。
スマホの画面を見せて指示してくるままに身体を動かしてる間、シンと静まり返った部屋に衣擦れの音だけが響いてる。
その音と触れる手と近い距離に、少しだけ息を止めた。
甘い香りがする。
仕事場でなに考えてんだって思って、ひとりごとのように話し始めた。
梅田は衣装チェックをしながら話を聞いて頷いてくれる。
喋れなくてもいくらでも意思疎通はできる。

「そういえばさ、俺ら今年で滝沢歌舞伎6年目だよ」
「っ!?」
「すごいよね、もう6年。まあSnowManさんに比べたらまだ6年だけど。それでも、今日梅田と新橋演舞場入った時、ちょっと感慨深かったよ。まさか自分が新橋演舞場でグループ名背負った衣装着てパフォーマンスできるなんて思ってなかったから」
「……」
「……夢みたいだったな」

芽が出なかった期間は長かった。
何百人といるジュニアの中の1人だった。
6年前、滝沢歌舞伎に選ばれたジュニアは9人。
いきなり9分の1になって、失敗も辛いことも泣いたこともいっぱいある。
なんとか食らいついて、必死で、死に物狂いでここまで来て、その道のりにはずっと梅田がいた。
この6年、梅田と一緒にいたのは偶然だし、滝沢くんが6年前に『梅田のことよろしくね』って言わなかったらこんなに仲良くなってなかったかもしれない。
運命なんて言葉は合わない。
今までずっと、2人でいることを何度も選択してきたんだと俺は思ってる。
“特別”なんだと、自ら選んできたんだと。

「……」
「梅田?」

衣装の調整が終わったのか、ジャケットをハンガーラックに戻した梅田はスマホの画面を見せてきた。
俺が見つめても俺の目を見ない。
どこか口籠ってて、視線がキョロキョロしてて、なんとなく緊張してることが伝わってくる。

少し話さない?

いいよって頷けば服を引かれて、衣装部屋の畳の上に腰を下ろした。
2人で向かい合ってもまだ視線は合わない。
その指が文字を紡ぐのを待つ間、ちょっと様子がおかしいなって思った。
梅田が自分の考えがまとまらなくて溢れ出すことは不思議じゃないし、溢れた言葉を聞いてるのは大体俺だ。
だから梅田が爆発しそうなタイミングは分かっていて察することができるけど、今の梅田は爆発するような様子はなかった。
じゃあなんで?
俺が昔の話をしたから感慨深くなってしまった?
文字を打つ指が止まる。
ほんの一瞬スマホを見せるか迷ったけど、梅田は息を呑んでスマホを俺に見せてきた。

俊介に伝えたいことがある。私がアイドルを辞めるって決めた日に言いたかったこと

「っ、」

今日言うのが正解か分からないけど、8人でこの衣装着て歌って、今日なら言えるって思った

「……」

聞いてほしい

あの日、梅酒と朝焼けに溶けてしまいそうだったあの日、俺たちはお互いに伝えたいことを仕舞い込んだ。
口を閉じて、なにも発せず、ただ抱きしめて泣いた。
言わなかったのは、伝える覚悟が足りなかったから。
聞かなかったのは、強さが足りなかったから。
でも今なら?
今なら、

「…梅田」

『聞いてほしい』の、続き。
真剣な顔した梅田の頬が赤く染まってたことに気づいてた。
スマホに触れる指先が震えてたことも、なかなか視線を合わせない緊張も、全部わかってた。
小さなスマホ画面に紡がれた梅田の思いを読む前に俺が伝えたかった。
向けられた画面の文字を捉える前に手で覆い隠して、ん?って顔した梅田の名前を呼んでこっちを向かせて、そのまま、……キスした。

「ん、」

身体がびくってしたのがわかる。
それでもスマホごと握りしめた手は離さないし、ここで引くつもりはない。
一度唇を離したらぼやけた視界で梅田と目が合って、逃げようと引いた身体を追いかけてもう一度キスしたらそのまま後ろに倒れ込んで。

ゴンっ!

「いっ、た、」

背中にあった壁に頭をぶつけた梅田の口から思わず声が漏れた。
倒れ込んだ梅田を無意識に追いかけたから、俺の手は梅田の顔の横でドンって壁についていて。
逃がすつもりはなかったけど、壁と俺に挟まれた梅田は逃げたくても逃げられない。
壁にぶつけた拍子に耳から流れてきた髪をスッと耳にかける。
そのまま首裏を掴んでもう一度キスしたら、唇の端をがりって噛まれた。

「痛っ!?」
「ご、ごめ、びっくりして、ちょ、か、噛んじゃった、血出た!?怪我した!?」
「してない、だいじょぶ」
「ほんとに!?」

ああ、やっと梅田が俺のこと見た。
心配そうな顔で俺を見た梅田を見つめ返したらボンって顔が赤くなって、信じられないものを見るような目で俺のことを見てきた。
梅田のグロスがついた唇を指で拭ったら視線を逸らして、持ってたスマホを胸の前でぎゅっと抱きしめる。
不安そうな顔、下がった眉。
梅田は馬鹿じゃない。
キスしてきた相手が自分にどんな感情を持ってるか分からないほど馬鹿じゃないし、俺のことをよく知ってる。
俺が冗談や軽い気持ちでこんなことしないって、梅田は理解してる。

「……梅田がアイドル辞めたら伝えたかったこと、俺から先に伝えたかった」
「……」
「好きだ」
「っ、」
「アイドルの梅田も好きだけど、俺は梅田自身が好きだよ。人としても、作る衣装も、仕事に対する姿勢も。だから自信持ってほしかった。あの時梅田は逃げてアイドルを辞めようとしてたかもしれないけど、でも俺は梅田が好きだった。だから新しい道でも自信持って頑張ってほしかったんだ。でも、それはあの時俺から伝えるべきじゃない。梅田が自分で見つけるべきものだし、俺が理由になる覚悟も足りなかったし、……俺も弱かったから」
「……それは、俊介が私のこと、人として好きでいてくれてることはなんとなく、感じてた。俊介が私のこと”特別”だって言ってくれてたのはそういうことなんだろうなって、その、分かってた。涼太くんに言われた『ここにいたいって思える理由』に俊介がなろうとしてくれてたんだって、わかってて…。うん、俊介の言う通りだよ。あの時、もし好きだって言われてたら私はもっと弱くなってた。自分で意味も理由も探そうとしないで俊介に甘えちゃってたと思う」
「今日さ、IMPACTorsとしてステージ立った時の梅田見て、梅田は宮舘くんが言ってた通り自分で見つけたんだってわかった。ここにいる意味もここにいたい理由も、全部自分で手に入れたんだなってわかったから、伝えられるって思って」

スマホの画面はつかない。
梅田の手の中のまま。
お喋り禁止令のことなんて忘れて、梅田は自分の言葉で俺に伝えようとしてくれてた。
自分の思いを、ゆっくり、大切に紡ぐように。

「でも、その、……え、俊介の『好き』っていうのは、どういう?」
「ど、どういうって、……今更聞く?」
「だ、だって!こんな急に、いきなり、き、きすしてくると思わなくて…」

どうしよう、困った。
梅田がこんな顔すると思わなかった。
真っ赤な顔したまま手元が寂しいのかスマホをかちゃかちゃ触りながら時々俺の様子を伺って、流れてくる髪を何度も耳にかける。
キスしてツヤっと光った唇はそのままに、想像もしてなかったくらいあわあわ動揺してて。
何でこんなに驚く?
分かってた筈だ。
だって俺にとって梅田は”特別”で、梅田にとっても俺が”特別”で、キスはしたことなかったけど抱きしめたことは何度もあるし家に行ったことだってある。
何にもなかったけど朝まで一緒にいたこともあるし、少なくとも誰よりも近いところにいた。
なのに、こんなに慌てると思わなくて。

「……梅田は?」
「へ?」
「俺になにを伝えようとしてたの?」
「……」

持ってたスマホを指差せば画面をタップしてさっきまで文字を打ってた画面を開いてくれた。
そこには梅田が俺に伝えようとしたことが書いてある。
言葉にはせずに目で追って、それで、梅田がこんなにも動揺した理由を理解した。

8人のデビュー衣装を作りたい

「私、あの日『デビュー衣装を作るのが夢』って言ったでしょ?でも本当は違くて、7人のデビュー衣装が作りたかったの。私以外の7人のデビュー衣装を私が作るっていう夢ができて、そのためにアイドル辞めて頑張ろうって思ってて。でもこれ伝えたら俊介の重荷になっちゃうかなって思って。デビューできるかどうかわからない世界でずっと頑張ってること知ってるから、変なプレッシャーになっちゃったら嫌だなって。俊介は私のことを認めて”特別”って言ってくれたけど、特別だからこそもしかしたら私の夢も背負っちゃうんじゃないかって思って、言えなかった」
「……」
「でもね、今日8人でこの衣装着て舞台に立って、デビューしたいって思った。絶対8人でデビューして私が衣装を作りたいって思った。あの日、私はどっちもできないからって逃げたけど、もう逃げないし8人みんなで夢を追いかけたいし、ファンのみんなと夢を叶えたいって思って、で、あの時言えなかった気持ちを俊介に伝えたいって思って。これからは一緒に夢追いかけたいって思って、それで…」
「……」
「俊介?」
「……はぁー」

ため息吐いて壁から手を離した。
梅田を逃がさないって思って被さってた身体は元の位置に戻ってくる。
もういつでも逃げられるようになったのに、梅田は身を乗り出してきて俺の顔を覗き込んだ。

「……梅田は俺のこと好きだと思ってた」
「っ、」
「男として好きなんだと思ってたよ」

俺が伝えたかった想いと梅田が伝えたかった思いは違った。
どっちも”特別”だったけど違ったんだ。
だから梅田はこんなに驚いてる。
俺がキスするなんて思いもしなかったし、俺が梅田を好きだと想ってることなんて微塵も気づいてなかったのかもしれない。
そんな梅田にキスしてしまった罪悪感を痛いくらいに感じてため息を吐くと、梅田は遠慮がちにそっと、俺の指先に触れた。

「俊介は、その、……れ、恋愛感情として好きなの?」
「…うん」
「”特別”って、そういう意味だったの?」
「それだけじゃないしいろんな意味で”特別”だけど、……そういう意味もあるよ」
「っ、…いつから?」
「…すごい聞いてくるね」
「だ、だって知らなかったから…」
「知らなかったのか…」
「言ってくれなきゃわかんな、」
「わかるでしょ。……俺は、好きだから特別扱いしてた」
「っ、」
「好きじゃなきゃ手繋がないし抱き締めないし家まで行ったりしない。甘えたり悩み相談したり一緒に泣いたり一緒に笑ったり、全部梅田だからだよ。キスしたいのも梅田だけだよ。他の人にはしない。……ちょ、もういい?わかってくれた?俺今めっちゃ恥ずかしいんだけど」

恥ずかしかったのは梅田が目を逸らさないからだ。
顔赤くて全力で照れてるくせに、目だけは熱いまま俺を見つめてたからだ。
本人に伝えるのはまだ先だと思ってた。
もしかしたら一生言えないかと思ってた。
でも、必ず伝えたかった想い。

「……今度は噛まないでね?」

梅田のせいにはしたくないけど、もう一回キスしたのは梅田のせいだ。
だって手を握ってきた。
指先だけ触れてたのに、俺の手をぎゅっと握ってきたからだ。
目の前で好きな女の子が涙目で手を握ってきたら、キスする以外の選択肢が見つからなかった。
6年、ずっと隣にいた俺の”特別”な人。
キスしても嫌がらないって、顔見たら分かるんだよ。
触れるとやっぱり梅田は嫌がらなかった。
ふにって唇が触れて、もっと強く俺の手を握りしめた。




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