クリエの魔法の話



『珍しくうめめがめちゃくちゃ緊張してるね』

椿くんがそう言うまで、俺はうめめの様子に気づけなかった。
たしかに、シアタークリエのステージ上でサウンドチェックをするうめめは本調子には見えない。
声が震えてるし、視線が不安気にキョロキョロしてる。
それに、

「はぁ…」
「おつかれさま」
「あ、おつかれさま新」

俺の前でもため息を吐いてた。
順番待ちしてた影山くんのサウンドチェックが始まる中、客席に座ったうめめの隣に座るとポケットから取り出したマスクをしてステージを見つめた。
その顔は少しだけ疲れてるように見える。
滝沢歌舞伎新橋演舞場公演が終わってほとんど休んでない。
何時間か後にはここにお客さんが入ってジャニーズ銀座が始まる。
去年はクリエC。
そして今年はIMPACTorsとしてステージに立つことができる。
そのプレッシャーが、俺にもうめめにも乗っかってた。
ため息はプレッシャー?
それとも体力面の不安?
それとも、別の理由?

「……影山、かっこいいなぁ」

サウンドチェックにかき消されてしまいそうなほど小さな呟きにうめめの顔を見たけど、うめめは俺を見なかった。
ただじっと、ステージに立つ影山くんを見ていて。
そこに次の順番を待ってた大河くんが加わって、うめめの同期がステージに揃って。
ああ、ずるいな。
メンバーが感じる”ずるい”って感情を、俺はそこまで感じる方じゃない。
そこまでうめめを特別に見ていない。
でも今、今までで1番”ずるい”って感じてる。
うめめはきっと、ずっと前からこの光景を見たかったんだ。
影山くんと大河くんがキラキラのステージで笑う、この光景を望んでたんだ。
これを見るために、毎日必死にアイドルやってきたんだ。
そして、そこに自分はいないと思ってた。
ゴソゴソってポケットからスマホを取り出したうめめはカメラアプリを立ち上げて2人の写真を撮ろうとして。
でも、そのシャッターが押される前に手首を掴んで止めてしまった。

「新?」
「え?あ、なんで?」
「いやいや、それ私のセリフね。なんで?写真撮りたいから手離して?」
「…嫌だ」
「え?」
「嫌だ。撮らないで」
「なんで?」
「……」
「新?」
「……うめめはもう、ステージに立つ人だから」
「っ、」
「客席にいる人じゃなくて、俺たちとステージに立つ人だから」

不安になる要素なんてなかった。
うめめがステージからいなくなる気配なんてなかった。
それでも無意識に手が伸びたのは、俺が怖かったからだ。
クリエCを”7人”でやりたいって思ってたうめめの面影を、サマパラで悔しそうにしてたうめめの表情を、思い出してしまったからだ。
たかが写真だ。
ステージにいる影山くんと大河くんを撮ったところで、うめめには何の意図もないかもしれない。
でも俺は嫌だった。
俺は、椿くんに言われなきゃうめめの異変にも気づけないようなやつで、仲が良いとは言えなくて、でもうめめのことは尊敬してて、うめめのことが必要で。
だから、躊躇っちゃだめなんだ。

「ちょ、新!?」
「影山くん大河くん」
「新どうした?」
「なに?」

頭にはてなマーク浮かんでるうめめの手を無理矢理引っ張ってステージに上がった。
カメラの設定を勝手に変えて、影山くんと大河くんを少しだけ乱暴に引っ張って、うめめの視線を無視して。
ステージに立つ3人を画角におさめて、シャッターを押した。

「なんだよいきなり」
「写真?撮るなら言ってよ、今すごい顔してたよ俺」
「大丈夫です、かっこよかったんで」
「え、で?なに?どうした?ブログ用?」
「それなら新も入れて撮ろうよ」
「いや、同期トリオが撮りたかったから」
「……あははは、」
「晴?」
「もー、新、ありがとう」
「……」
「大丈夫だよ、辞めないから」
「は!?晴辞めんの!?」
「それは許せないんだけど」
「辞めないってば。新心配してくれた?ありがとね」

くしゃって笑った顔を見てやっと安心した。
うめめが言う通り、大丈夫だったみたい。
俺の心配しすぎだったのかな。
何も問題なかったのかな。
俺が余計なことしなくても、うめめは笑ってステージ立てたのかもしれない。
でも本人の口から聞けた『辞めないよ』が、こんなにも安心感に繋がるとは思わなかった。

「……嬉しいなぁ」

同期3人が写る写真を見て、うめめは何度も嬉しそうに笑った。






「緊張で出そう…」
「魂が?」
「ラーメンか炒飯が」
「やめろ吐くなよまじで。てかなんでライブ前にそんな食べてんだよ」
「緊張していつもより多めに喉を通っております」
「通すな」

本番まで数分しかないのになんだこの緩い会話は。
梅田と俺の前にあるエレベーターはまだまだ数字が動いてる。
この階に戻ってくるのはまだかかるな。
シアタークリエにはステージに向かうエレベーターがあって、8人乗りのはずなのに7番目の俺が乗った瞬間に重量オーバーでブザーが鳴ってしまった。
当然、8番目に乗る予定だった梅田も乗れない。
こんなの悲しすぎるだろ。
絶対MCで笑い話にしてやる。
先に乗ってた6人を見送った後、こうして2人で足止めをくらってる。
深呼吸をしながら喋り始めた梅田の声は、少しだけ上擦ってた。

「…みんな泣くかな」
「泣くんじゃね?」
「横原も泣きそう」
「俺は泣かないわ」
「えー?泣くでしょ」
「奏とか泣きそうじゃね?あともってぃ」
「奏は泣いても笑っても可愛いから大丈夫だよ。俊介はバランス見そうだな。みんな泣いてたら我慢するかもね」
「梅田は?泣くの?」
「……泣くわけにはいかないから、気合入れてメイクした」

そう言われて目元を覗き込むと、たしかに、いつもよりアイラインが濃くてぱっちりしている。
メイクのことはあんまり詳しくないけど、綺麗に作られたこの顔は涙が溢れたら崩れてしまうんだろうか。
“泣かない”でも”泣けない”でもなく、”泣くわけにはいかない”。
その言葉選びに梅田のプライドが見える。
グループの中では歴が長いから、年上だから、お姉ちゃんだから、唯一の女だから。
そんな、いろんな立場やいろんな感情が混ざりながら、選択したのが”泣くわけにはいかない”なんだろう。
それが、すごく嫌で。
でもその言葉を選択するってなんとなくわかってて。

「梅田」
「ん?」
「ちょっとさ、少しだけ目閉じてくんね?」
「いいけど、エレベーター来ちゃうよ?」
「すぐ終わる」

キョトンって顔したままなんの疑いもなく目を閉じたから、ポケットから取り出した小さな四角いケースの蓋を開く。
会場入りしてからずっとバタバタしてて、結局今の今まで渡すタイミングがなかった。
中指で触れたキラキラしたラメを瞼にのせたら、まるで星空みたいに煌めいてた。
パチって開いた梅田の目と至近距離で目が合って、慌てて肩に触れてた手を離す。

「なに?メイクよれてた?」
「逆」

やっと来たエレベーターに乗り込むと、中に設置されてた鏡を梅田がじっと見つめた。
見つめて、ぱって顔が輝いて、ぐりんって首回して俺を見る。

「可愛い!え、アイシャドウ!?」
「あげるわ。ちなみにそれ、泣いても落ちないやつ」
「え?」
「落ちにくいし、落ちたとしても綺麗に落ちるから汚くなんないやつだから。泣いても顔綺麗なままだと思うよ」
「…横原どうした」

真顔で聞くなよ。
こんなことするなんて、俺が1番びっくりしてる。
でも、そりゃ梅田は驚くよな。
突然のプレゼント、突然のキラキラ、突然のこの空気。
そこに込めたメッセージに梅田はすぐに気づいた。
だから困惑してるんだろう。
梅田の手のひらに乗せた四角いケースに詰め込まれたキラキラは、本物の星空みたいだ。

「俺もみんなに羨ましがられてみようかなって思って」
「へ?」
「俺のこと、誰も”ずるい”って言わないのはなんか悔しいし。あと、大丈夫だって思ってほしかったんだよ。ステージで怪我しても、失敗しても、泣いても」
「っ、」
「全部俺らでカバー出来るんだから」
「横原…」
「8人はちゃんと”勝てる”」

俺も、少しだけ”勝ちたい”の意味がわかってきたのかもしれない。
IMPACTorsで勝ちたい。
8人で勝ちたい。
そのために必死に頑張ってる梅田を、助けたい。
こんな気持ちになるなんて思わなかったし、不思議だよな。
俺はずっと、俺たちに追いついてこれない梅田を1人だけ見捨てようとしてた人間だから。
できないなら、無理なら、見捨ててでも自分が前に進みたいと思ってた人間だから。
いつのまにか、気持ちは変わっていく。
ダンスが出来なくても、俺らと同じレベルのパフォーマンスが出来なくても、それでも、梅田が笑ってるとIMPACTorsは強くなれる。
それを俺はもう知ってる。
エレベーターがステージフロアに着いた。
開いた扉の向こうで、6人が待っててくれた。

「俺も一緒に願うわ」
「…うん」
「だから、涙止まんなくてもステージにいてくれよ」
「横原ってさ、クールに見せてるけど本当は熱くてIMPACTorsのこと大好きだよね。そういうところ、私は大好きだよ」
「…梅田どうした」
「クリエの空気に飲まれた。でも本音だよ」

今度はファンの前で願おう。
IMPACTorsが勝てるように、8人で、願おう。






涙腺の崩壊というのは突然やってくる。
ライブ中は思ったより平気だった。
ファンの皆さんに会えたことが嬉しくて、サマパラの生配信の時みたいに怪我をしないように必死で、途中で倒れないように冷静で。
だからこのまま泣かずに最後まで駆け抜けられるって思ってたのに、思った通りにはいかないみたい。
メンバーが順番に挨拶していく中、ファンの皆さんがペンライトをメンバーカラーに変えてくださるから。
それが、もう、綺麗すぎて。

「晴」

影山に名前を呼ばれてハッとして、自分にスポットライトが当たってることに気付いた。
私の挨拶の順番が来たんだ。
スポットライトが当たれば私が挨拶の前から泣いてるのが分かってしまう。
ファンの皆さんがびっくりしたように息を呑んで、それで、ペンライトを白に変えてくれた。
ああ、だめだ。
私、今ステージの1番前に立ってる。
誰かのバックでもない、衣装班でもない、影山と大河と、みんなと、IMPACTorsのメンバーとしてステージに立ってる。
そして、目の前にはIMPACTorsのファンの皆さんがいてくれてる。
ここへきてそれを実感して、絞り出した声はもう、ぐしゃぐしゃだった。

「っ、……、梅田晴です。あの、…っ、待って、ごめんなさい、無理ぃ、」
「無理じゃない」
「っ、」
「無理って言わない」
「晴がんばれ」
「がんばれ」

ふわって優しく触れた肩と、バシって力強く叩かれた背中。
2人が来てくれた。
私がもう少しだけ頑張れるように。
IMPACTorsが”勝てる”ように。

「梅田、名前、やり直し」
「え?」
「梅田晴じゃないでしょ?」
「…うん、そうだね。…っ改めまして!IMPACTorsの梅田晴です!皆さんに会えて!本当に!嬉しいです!」

そう、胸を張って名乗ろう。






本人に言ったら拗ねると思うから言わないけど、俺の中でずっとうめめは泣き虫な女の子だ。
それは、年上だろうが同じメンバーになろうが新と奏がいようが、変わらない。
それこそ、妹みたいだって思ってる。

「あはは、うめめ大丈夫?それ以上泣くと明日やばいよ?」
「分かってる、分かってるけど、うぅ、」
「感動した?」
「うん、ちゃんと、IMPACTorsのファンいてくれた」
「うめめのファンもいっぱいいたよ」
「やめて、椿くん、これ以上泣かせないで」

初日公演が終わった後。
明日もここに立つから早く帰って身体を休めるべきなのに、なんとなくみんなすぐには帰れなくてゆっくり帰り支度をしている。
うめめの本来の楽屋はがちゃんとかげがいる通称同期トリオ部屋なのに、荷物を全部まとめて隣の俺たちの楽屋にいた。
うめめは『同期2人に泣いてるとこ見られたくない』って言ってたけど、目的はその手に握られてるinゼリーだろう。
クリエの余韻に浸りながらinゼリーを飲み干すと、うめめと同じように目を赤くした奏が冷蔵庫から次のinゼリーを取り出した。

「まだ飲む?」
「飲む」
「飲むの!?」
「うん」
「ひぇー、底無し胃袋」

それなりにひどいことを後輩に言われたのにぐずぐず鼻を啜るうめめは何も言わなかった。
お姉ちゃんの影も形もないなって思ったけど、奏の前で素を出させてるってことは去年のサマパラの時から関係性が変わった証拠だろう。
ちゅーってinゼリーを吸ううめめの口元が可愛くて奏が真似してちゅーってしてたら、ん?って首傾げて奏がうめめの頬に触れた。

「うめめ、目キラキラしてんね。綺麗」
「あ、わかる?このラメすっごい可愛くない?」
「可愛い」
「俺にも見せて?…あー、ほんとだ。可愛い」

えへへって嬉しそうに笑った瞼と、泣いてるから涙に混ざって頬や指先にラメが付いてる。
でもどのキラキラも綺麗で、楽屋の電気でさえ光のプリズムを作って反射してた。
これをステージで見たファンの方はどう思ったんだろう。
きっと、泣いても綺麗だって思ってくれたと思う。

「魔法みたいだよね。泣いてもキラキラになれる魔法」
「えー、なにそれ、可愛いね。自分で買ったの?」
「ううん、横原がくれたの」
「横原が!?」

意外。
意外中の意外。
全く予想してなかった人の名前が出たからびっくりして奏と目を合わせてぱちくりしてたら、シャワー浴びた横原が楽屋に戻ってきた。

「……」
「……」
「え、なに?」
「よこぴーって、やっぱりメンバーのこと大好きだよね」
「なんの話?」
「アイシャドウの話」
「それ、2人に言ったの?」
「うん。え、言っちゃだめだった?」
「別にいいけどさ…、みんなに言うほどの話ではない」
「よこぴー照れてんの?照れんなって。よこぴーが俺らのこと好きすぎるのみんな知ってるから」
「うわー、面倒くさい展開になった」

なんて言ってるけど、楽屋の隅に置いてあった小さな紙袋をぽんってうめめに渡してて。
嬉しそうに受け取ったうめめはポケットから取り出したアイシャドウの四角いケースを、紙袋の中の空き箱に大切に仕舞い込んでた。

「ありがとう。明日のライブでも使うね」
「ん」
「そのブランド、前にうめめが欲しいって言ってブランドだよね?」
「え?そうだっけ?」
「そうだよ。ほら、anan出させてもらった時にさ」
「覚えてない…。あ、そうだ、ananで思い出した。その時に奏が欲しいって言ってた服作ったよ」
「作ったの!?」
「うん。渡そうと思って忘れてた。今度持ってくるね」
「やった!めっちゃ嬉しい!」

2人の興味はもうアイシャドウからうめめの服に変わってしまった。
うめめの頬に涙の跡が残ってるけど、とりあえず涙は止まったみたい。
よかった。
頬に残るキラキラをチラッと見た横原は、俺の横にあったハンガーラックから私服を取って着てた。
横顔、ニヤニヤ、嬉しそう。

「知らなかったなー、横原がうめめにプレゼント渡してたなんて」
「羨ましい?」
「ちょっと。俺もなんか用意すれば良かった」
「ライブ中のつばっくんで十分でしょ。梅田が泣きそうになる度に笑わせてたの、つばっくんだけだったよ」
「まあ一応先輩だし?そのくらいの余裕はないとね」
「俺らそこまで余裕なかったわ」
「でも魔法かけたんでしょ?あんな笑顔にできるって、やっぱりちょっと羨ましいよ」
「…全部、”メンバー”だからだよ」

その言い方が少しだけ引っかかる。
メンバーだから気にかけてた。
メンバーだからプレゼントした。
メンバーだから、うめめに触れた。
それ以外になんの感情もないんだって強調するような言い方に首を傾げたけど、横原は俺を見ない。
開けっ放しだった楽屋の扉の向こうから近づいてくる足音に耳を澄ましてた。

「……これ以上、ややこしくはしたくないね」
「へ?それどういう、」
「梅田ーいるー?……それは食べてるの?泣いてるの?」
「食べて泣いてるの。inゼリー美味しい」
「基くん挨拶は?」
「あ、……失礼します!ジャニーズJr.の基俊介です!」

会場入りした時からもってぃがふざけてやってるジュニアの楽屋挨拶の真似を見てくすくす笑ったうめめは、飲んでた4本目のinゼリーを飲み切った。
もってぃが来る前から涙は止まってたけど、もってぃが楽屋に顔を出した瞬間にくしゃって笑ったのは、いつものことなのに妙に目に焼き付いて。
すごく、特別に見えた。

「スタッフさん呼んでる」
「衣装なんかあった?」
「ううん、出前の件。たくさん頼むなら前日に頼んでくれって」
「すぐ行く」
「やっぱり底無し胃袋…」

パッて明るい顔したうめめがもってぃに駆け寄って楽屋を出て行く。
それをじっと、横原が見つめてた。



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